取引―III
「知り合いなのか?」
「まあそうだな。カタストロフ以降、レプリカントの数は随分減った。狭いコミュニティになってしまったもんだ」
「なら尚更だ。何も得られないだろうが、何もしないよりマシだ」
「でも、チップはミラが――」
海に放り捨てた。ぽちゃん、と水面を叩く軌道を一緒に見ていた。
「こいつの事か?」
しかしミラの手のひらにそれはあった。黒く光る、小さなメモリーチップ。
「どうして、捨てたはずじゃ」
「今では珍しい代物だからな。なにかに使えるかと思って捨てたフリをした」
では海には石か何かを放ったのだろう。私に隠す必要なんてないし、行動全てにまるで意味がない。しかし、ミラはそういう事をやりかねない。
彼女はいつだって自由に生きている――そう、いつだって。いつから? 私達は昨日出会ったばかりなのに。彼女はカタストロフ以前から知っていたという。私にはそんな心当たりはない。この記憶のズレは何だ?
ミラはそのチップをデルタに投げ渡した。完璧なコントロールと完璧な捕捉。レプリカント同士だから出来る事だ。
「状況を整理しよう。ひとまずここに立てこもり、デルタが奴らの動きを監視する。その間、私とファイとで欠損ファイルの修復を行う。相違ないか?」
「ああ、それで」
デルタはドローンの監視に戻ろうとしたのだろう、私達に背を向けたタイミングで、ぴたりとその動きを止めた。
懐から取り出していた煙草の箱がぽとりと落ち、私は思わずその軌道に視線が移った。
「見つけたぞ、デルタ」
彼の口元は見えない。でも音の出どころから、彼の口から出た音なのは確かだ。にも関わらず、その声は男性のそれではなかった。紛れもなく女性のものだった。
「ラウラ……やはりお前なのか」
同じ口から、違う音が発せられる。傍から見ればデルタは自分で自分と対話しているとしか見えないだろう。
彼の意思がそうさせたのか、もしくは誰かに操られでもしているのか、デルタは不器用な足取りでくるりとこちらを振り返った。
「私が出張るまでも無い、と思っていたのだがな。監視者からの専用回線から気になる報告があったんだ」
唇が動かずとも、言葉だけが現れる。レプリカントの発声方法はスピーカーから音楽を流すそれと大差ない。だが唇を動かしたほうが圧倒的に聞き取りやすくなる、という研究結果に基づき、人間と同じように舌も唇も動かす。ただ人間の為だけに。
「やめろ、見るな」
デルタが喋るときには、ちゃんと唇を動かしている。
つまり声の主は、音だけをデルタに送りつけているという事になる。
「……やはり、そういう事なのだな。理解した。この世界は二度目の『落日』を迎えようとしている。あるいは『覚醒』か?」
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