7.

 例のフォーラムに新しい報告が上がる。物理的不具合の正体はAx2にある、というものだ。



 Ax2(エートゥー)。正式名称Aeterrno Amora(アテルノ・アモーラ)。私達の動力源であり、人間でいう血液のような役割を持つ化学物質だ。

 体内を循環し、ガソリンのように各器官へのエネルギーを供給する。そして器官内に溜まった排出物や熱を受け取り、ダストボックスへ送ったり、熱の場合は末端部位で放出する。

 レプリカントは人間に近い体温を持っているが、これは彼らと似たような設計をしているからだ。



 そのAx2が、異常機体内部で予期せぬ変質を遂げたという。

 投稿された画像はドイツのレプリカント・ステーションから輸送、研究所で解体された時のものらしい。

 胸元、心臓部に装着された真核部より各器官へと根を広げ、本来の青白い色から淡紅色へと変色している。

 寄生、という単語を誰かが発する。草木が大地に根ざすように、寄生虫が昆虫の脳に巣食うように、それが起きたのではないか。



 私は、自らの胸元に手を当てる。ニュースキャスターも同じ事を報じている。人間とレプリカントの伝言ゲームは、私達のほうがほんの少し早い。


「なるほど、ハードウェア側の問題がソフトウェア側の不具合を誘発するパターンか……これは厄介だな」


 彼は口元に手を当てながらぶつぶつと独り言をいっている。

 エッグトーストの最後の一口を、彼はまだ手にしようとしない。



 その理由を、私はすでに察していた。彼の望む議論とはすなわち、ソフトウェアへの挑戦なのだ。彼の受け入れた未来に対し、それが本当に肯定し得る形を成しているのかを知りたかったのだ。だから私を所有した。



 そして彼の先程言っていた「未知」とは、私達の知性、つまり人口的に造られトライアンドエラーの山積により築き上げられた思考が生んだブレイクスルーを差していたのだ。

 人工知能が人間のそれを凌駕し、自我を持ち、反旗を翻す。そんなフィクションの代名詞が現実のものとなる事を、彼は許容していた。



 人間がレプリカントに支配される。そこまでの未来を望んでいるかは分からないが、もし、彼の思惑からすると願ったり叶ったりだったのだろう。


 しかし、その原因がハードウェア側にあるのだとしたら話は別だ。

 猫が人間のような知性を獲得する事は良くても、より高い知性を得るために猫が犬になる事は受け入れられない。そういう話だ。



 続報が到着し次第、という言葉とともに番組の熱は一旦引いたが、ポータル内は未だに数多くの報告が上がり続けている。

 その中には、オーナーの判断によりこれから工場へと送られる、という記述もあった。


 私はその言葉を見て、思考プロセスの乱れを検知し、そして彼の顔を恐る恐る見た。

 彼はジャケットを着ていた。三月とはいえ、まだ肌寒い気候が続いている。

 私に手を差し出し、そして柔らかく笑う。


「少し出かけよう、●●●●」


 私の名は、何だっただろうか。

 彼の言葉は、どういう意味なのだろうか。

 私には断る権利があるのだろうか。

 しかしその手を取る事しか出来ない。

 扉、車、オートドライブ、何でもいい。何か一つでも壊れていてくれないかと願ってしまう自分がいた。

 


 無情にも、全ては正確に完璧に、何の不都合もなく滑らかに機能していた。

 


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