6.
何か良からぬ傾向を検知し、思わず神妙な顔つきになっていた私に気づいたのか、旦那様はこちらへと視線を移した。
スクリーンが僅かに薄暗くなったと同時に、彼はふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「人は未知なるものに敏感なんだ。時代がどうあろうと、預かり知れぬ何かには過剰な反応を示す。これだってきっとそうさ」
大げさなんだよ、と呟きながら、彼は煙草に火をともす。電子タバコですら全人口のおよそ五パーセントほどしか存在しないというのに、彼は未だに紙巻き煙草に拘っている。
まるでそれが、自己同一性の証明であるかのように。害しかないと分かっていて、害であるからこそそうしたいのだと言わんばかりに。
「ですが、メタトロン内にも多くの報告が来ています」
「人間ですら誤った思想に傾倒する時代があった。レプリカントがそうならない保証はどこにもない」
「では旦那様は」
繰り返し繰り返し、世界大戦でも起きたかのような悲壮感漂う顔で速報を伝えるキャスターを尻目に、私は問う。基礎人格レシピにこんな行動プロセスは恐らく設定されていなかった。
「これで良いのですか……」
「良いも悪いも無いさ。君たちが何かを変えようとするのなら、僕はそれを受け入れる。受け入れた上で熟考する。意見なんてその後で十分だ」
「私は今、基礎人格レシピに無い言動を起こしています。リントというものが何かは分かりません。自己診断プログラムに異常は見られませんでした。それでも」
「ならばそれは正常の証だ」
「どういう事ですか」
「私は君と会話をする事がとても楽しい。君は君の思うこと、つまりこれまで何度も作成したレシピや環境データにより出来上がった最適思考をもとに構築した自我により、僕に意見をぶつける。僕はそれに答える。議論がしたいんだ、僕は」
それが、旦那様の選択の理由だったのだと、ようやく気づいた。私を議論の相手とするために。レンタルでは自我とやらを構築するために必要な時間が足らず、また新しい機体に変えては意味がなくなる。
妻のように、娘のように――そう思っていたのは、間違いだったのだろうか。
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