5.

 所有するというリスクを負ってくださった彼に、私は誠心誠意応えたい。その意志はさながら人間のようで、そんな思考を持つことができた自分を誇りに思う。



 舌を火傷しない完璧な温度調整が成されたエッグトーストを頬張りながら、スクリーンに移りだされるニュースを眺める彼を、私はただじっと見守る。



 ニュースが最新情報からエンタメへと移ろうというところで、メタトロン内のフォーラムで急に大量の通信トラフィックが発生した。

 私の属しているポータルだけでなく、世界中のレプリカントがアクセスを試みている事が、オンラインの誰かの報告により把握出来た。



 一秒間に数千件の報告が上がるスレッドは珍しく、これはレプリカント黎明期に大規模障害を引き起こした時の記録を遥かに凌駕する。最も、そのときはポータルにアクセスすら出来ないほどの深刻な不具合を起こした機体も多くなかったが。



 最も活発なフォーラムのタイトルは、「君はLintか否か」。Lintという単語が何を指すかは不明だが、この数秒間でHumanを上回る回数使用されており、単なるスペルミスでもちょっとした流行語(時にはレプリカントも効率的な情報伝達のため、略語や連想を用いたブームが発生し得る)でもないのは、投稿者たちの切迫した叫びから察せられる。



 メタトロン内での投稿やレプリカント間での内部通話を行う場合、E.L.G.O(Emotional Algorithm)と呼ばれる独自のテキスト形式を使用する。



 音声データほどサイズは大きくなく、かといって単純なテキストファイルでもない。記述者の感情データを自動的にコマンドとして組み込んだり、自ら感情コマンドを挿入する事で、読み手はそれに沿って書き手の心理状態を追体験出来る。



 「喜び」という感情コマンドがあれば、読み手にとっての「喜び」が再現され、テキストのリーディングでも自然とその声色で話しているかのように認識される。

 メタトロン内で今もっとも引用されている感情コマンドは、「恐怖」だった。



 私達内部の喧騒に呼応するように、旦那様がスクリーンの方へと身を乗り出すのが見えた。

 彼の姿勢、目線、注目度を検知し、スクリーンの音量がやや上がる。

 アナウンサーが速報を伝えている。


「繰り返します。アメリカ、ドイツ、ロシア各国の機械型擬似人間体管理局、いわゆるレプリカント・ステーションの発表によりますと、全世界数百万体のレプリカントに深刻な物理的不具合が発生している事が発覚致しました。該当モデル、製造時期等に一貫性はありませんが、『リント』という単語を用いており、規定の行動原則を大きく逸脱した言動・行動を起こしているとのことです」

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