その二
その二
富士市内のショッピングモールが改装され、販売が再開されることになった。改装初日は、ちょうど、三連休にも重なったため、大変な人で賑わった。
連休の最終日、杉三と蘭は、食料品の買い出しのため、ショッピングモールを訪れた。いつものように、大量の食材を買って、さて帰ろうとしていたところ、
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか。」
と、制服をきた店員が二人に近づいてきた。態度から判断すると、多分店長だろう。
「なんだ、店長か。どうしたんだ?」
「はい、新装開店のため、よりよい店にしていていきたく、お客様にはアンケートにご協力をお願いしたいのですが?」
蘭は、なんだか嫌な予感がした。こういうのにかかわるとろくなことがない。
「ああいいよ、やるよ。その代わり、辛口だぞ。それでもいいか?」
その正反対、悪びれずに堂々と答えを出す杉三。
「はい、お応えいただければ、ありがたいです。お礼として、あちらでやっております、福引きをひいていってください。」
「福引きか。まあ、どうせ束子しか、当たらないと思うが、インタビューにはしっかり答えてやるぜ。よし、質問をどうぞ。」
「はい、ありがとうございます。では、第一問。一番多く買われる食品のブランドを教えてください。」
「そうだねえ、日本の食品ブランドは味が薄いからまるでダメだ。トップなんとかとかあるらしいけど、味はまずいし、品質も良くないから、最悪だよ。食品は、海外製の輸入品がいいな。例えば、パスタでいったら、ディチェコかな。」
また、変な答えを言うもんだなと、蘭は呆れたが、店長さんは、特に驚きもしないようだった。やっぱりさすがである。
「第二問、精肉についてです。牛豚鳥、あなたがよく買われるのはなんですか?」
「牛。一番脂肪が少なく栄養もある。できれば、ホルスタインより、和牛とかがいい。外国であれば、ジャージーとか。」
「ありがとうございます。第三問、魚についてです。よく買われる魚の種類を教えてください。」
「うーん、マグロかな?あとは、梶木なんかもいいよね。魚じゃないけど、マッコウクジラも意外にうまい。」
「では第四問。野菜について。よく買われる野菜はなんですか?」
「筆頭はアボカド。しょうゆでもマヨネーズでも、どんな味にもあって意外に便利だし、肉を食べれない人には貴重なカロリー源だ。」
「では、最後です。当店にたいして、やってほしいことや、取り入れてほしい食品がありましたら、教えてください。」
「ほしい食品はあまりないが、やってほしいことは、車椅子エレベーターを、もう一台この近くのどこかに設置してくれ。以前はあったのに、撤去しないでもらいたかった。」
「杉ちゃん、失礼な答え出すなよ。魚のことを聞いているのに、マッコウクジラという答えはないし、食品売り場の店長さんに、車椅子エレベーターの話をしても、意味がないでしょうが。」
蘭はあわてて、杉三の答えを制止したが、
「いや、だって当店というんだから、この店全体のことを言うのかと思って発言した。それに、大和煮にすると意外にうまいよ。マッコウクジラ。」
と、一蹴された。
「いえいえ、車椅子エレベーターについては、介護施設の職員さんからも、苦情が出ました。全体会議でも、話題になりましたが、結局議論もされないまま、計画通りになってしまったようです。多分、次の会議で取り上げられるかもしれないので、お待ちください。」
店長さんは半分がっかりしながら、でも笑って言う。つまり、発言したのに、取り上げられなかったというだと思われる。ということは、結構強引な改装だったのだろうか。このショッピングモールの本社は千葉にあることは、蘭も知っていた。この会社の社長さんは、かなり強気なワンマン社長として知られているが、やっぱり企画通りに作らないと気が済まないのだろうか。ちなみに千葉からきた人が、千葉の本店とこの富士のショッピングモールの店配置が、全く同じであることに驚いていたこともある。
ただの食品売り場の店長さんでは、本社には、逆らえなかったのだろう。
「ありがとうございます。では、お礼として、あちらのコーヒー売り場の前にあります福引きを引いていってくださいね。」
そう言って、杉三に福引券を渡してくれた。
「わかったよ。もっと大きな立派な店にしてね。」
「はい、わかりました。ありがとうございます。肝に銘じておきます。」
禿げ頭を下げて、次のお客さんのもとへ店長さんは移動していった。
「ようし、やっていこうぜ。福引。」
と、言いながら平気で現場へ向かってしまう杉三に、蘭はどうしてこんなに豪快なんだろうと思いながら、ついていった。本人は、どうせ束子しか、当たらないと係りの人に言っていたが、福引券を渡し、与えられた木の箱に左手をツッコみ、取り出したくじをかかりに見せると、係りの顔の色がみるみる変わる。
「お、おめでとうございます!ついに一等が出ました!」
「一等ってなんだ?いつものように束子か?」
「いいえ、違いますよ。本社からの特別ご奉仕で、木更津市内にあります、リゾートホテルの宿泊券を差し上げます!」
と、いって係りの人がくす玉を割り、周りからはパンパカパーン!とファンファーレが鳴り響く。女の人が、はいどうぞ、といいながら、杉三に赤いリボンで縛った白い箱を渡した。
このファンファーレが大音量だったため、周りを歩いていた客が、一時的に杉三たちの方をみる。蘭は、穴があったら入りたい気持ちで一杯になった。その中にはきっと障碍者が一等を引き当てるとは何事だと、文句をいう客もいるかもしれないからだった。
しかし、そういう客は一人もいなかった。蘭は、それだけはほっとした。
一方、製鉄所では、水穂が連日悩まされていた、あのトンカチでたたかれたような頭痛から解放されて、縁側に正座で座って鹿威しを眺めていた。
「今日は具合がいいのですか?僧都なんか眺めるなんて久しぶりですね。」
懍が、資料の執筆をひと段落させて、縁側に出てきた。
「あ、はい。おかげさまで、だいぶ涼しくなってきたようです。」
「そうですか。以前のように蒼白な顔ではなくなっていますし、だいぶ快方に向かってきたように見えますよ。」
「あ、ありがとうございます。確かに今日は、なんとなくですが、以前と比べて体のだるさも半減したようです。」
「ただ、無理はしないでくださいませよ。」
懍は水穂にくぎを刺した。水穂もはいと言って、素直に頷いた。
とそこへ、恵子さんがやってきて、
「先生、杉ちゃんと蘭さんが来てますが?」
といった。
「へえ、何の用なんでしょうね。」
「まあ、とりあえずお通ししましょう。僕たちも応接室へ。」
懍は、急いで応接室に向かった。水穂も浴衣一枚では失礼だと思ったので、一度部屋に戻って羽織を着てから、応接室に行った。
「もう、僕があてたのに、なんで製鉄所の人にあげちゃう必要があるのさ?」
杉三はそんなことを言っている。まあ確かに福引をあてたのは杉三なので、この宿泊券は、杉三が自由に使っていいということになるのだが、蘭は、杉三が使用するのを認めなかったのである。
「だって、遠いでしょ、木更津なんて。それに一人ではこの宿泊券無効になっちゃうし、僕も今忙しいから、一緒にはいけないんだよ。」
「蘭さんどうしたんですか?」
二人がそうもめている間に懍が入ってきた。
「ええ、杉ちゃんが、スーパーマーケットで偶然福引をあててしまったんです。まあ、近隣の観光地ならいいと思ったんですけど、木更津なんて遠すぎますし、二人以上でないとこの宿泊券は無効になってしまうというので、僕は忙しくて同行できないもんですから、製鉄所の利用者さんたちで、使ってもらえないかと思い、もってきました。」
蘭はそう説明したが、杉三はまだ不服そうだ。そうしている間に、水穂も入ってきた。蘭は大丈夫かと声をかけたが、水穂はそれには答えなかった。
「そんなケチなこと言わないでさ、行ってこようぜ。当たったんだから、僕らが使っていいんだろ。」
「どこの宿泊券?」
蘭は仕方なく、水穂に例の箱を渡す。
「あ、なるほどね。木更津でも随一の高級ホテルだ。こんなところに泊めてもらえるなんて、最高じゃない。行ってくるといいよ。」
「だけどねえ、いける日付がないんだよ。せっかくだから、誰かに使ってもらわないと困るでしょ。それに、杉ちゃん一人では木更津なんて遠すぎてとてもいかれない。」
「そんなに遠くないよ。京葉線で蘇我駅まで行って、蘇我駅から内房線に乗り換えれば、二時間もかからないけど?」
「そうですね。それに、快速を使えばもう少し早く蘇我駅にいけますし、最近は蘇我駅を越して、そのまま内房線に直通する電車もありますので、あまり乗り換えを気にする必要はないと思います。あとは君津まで直通する特急さざなみを使えばもっと早く到着できます。」
「そ、そうだけど、、、。」
やっぱり答えに困ってしまう蘭。かつては遠かったかもしれないが、今は木更津といえば、さほど遠くない部類に入っているのだと知らなかったのである。
「ほらあ。蘭ちゃんと言え。ほんとはさ、知らなかったんじゃないの?電車がもっと便利になっていること。」
杉三に肩をたたかれ、蘭は渋々、
「ごめん、内房線って、単線で、一時間に一本程度しかないと聞いていたので、すごい時間がかかると思っていた。」
と白状した。
「蘭さん、それは大昔の話です。確かに君津以降はそうなのかもしれませんが、木更津であれば、比較的直通列車が多いですから、あまり本数を気にする必要はありません。少なくとも、一時間に三、四本は走っています。」
「それに僕もあの地域はたまに行きましたけど、千葉から蘇我までは外房線と重複しますし、横須賀線とか、総武線で直通することもできますから、今単線なのは、ほんの一部ですよね。」
懍も水穂もそういったため、蘭はすみませんとむきになって言い返すことすらできなかった。
「蘭は時代遅れだ。電車のことなんて何も知らないんだから。」
杉三にまでそう結論付けられてしまって、
「すまん!こんな馬鹿で!」
とでかい声で言った。
これを見て、杉三だけでなく、懍も水穂も吹き出して笑ったため、蘭は思わずはっとする。
あ、水穂のやつ、笑えるまで回復したのか。もう華岡の話によれば、相当深刻そうだったぞ、俺が渡した蒟蒻も、受け取ってくれそうになかったぞ、なんていうので、もうダメなんじゃないかと本気で考えていた。ちなみに華岡は、蒟蒻に味噌が付いていたのは話していなかったので、蘭は単に、蒟蒻を渡しただけだと思っていたのである。華岡も華岡で、蘭が電話した際、非常に落ち込んでいたためか、蘭に訪問した詳細を話す気にはなれなかったのだ。こんなこと、面と向かって話せば、すぐに解決できる問題というか、勘違いなのだが、、、。
「おい、お前も少し楽になったか?」
思わず水穂の顔を見て蘭は言った。
「いつ頃からだ?」
「知らんわ。そんなこといちいち聞くな。それより少し電車のこと調べてから行動したら?」
水穂は笑いながらそう返した。特にせき込むような様子も見せなかった。
「で、華岡にもらった蒟蒻は?」
「当の昔に食べちゃった。」
今度はからかうように杉三が言った。
「なんで杉ちゃんが食べたんだよ!」
「だって蘭に言うとまた怒るから、報告しなくていいって水穂さんに言われたから。」
当然のようにそういう杉三に、蘭は自分の負けだと思った。
「なんだよそれ、、、。」
「だってそうだもん。蘭に行ったら何を言われるかくらい、予測できらあ。」
「そう。だから恵子さんにお願いして、杉ちゃんの家に宅急便で送ってもらいました。」
水穂と杉三はいたずらっぽく笑った。
「まあいいじゃないですか。とりあえず、それは置いておいて、行って来たらどうですか。木更津は東京都心に比べると、静かだし、さほどけたたましくはないし、良いところですよ。」
「そうそう。それに、すしネタ青柳の名産地としても知られるよね。」
「あ、そうですね。寿司屋さんに行くと、青柳、必ずありますよね。房総半島の名物ですから、ぜひ味わって食べてくださいよ。」
「ちょっと待ってくださいよ。杉ちゃんも教授も、青柳ってなんのことですか。すしネタにそういうものがあるんですか?」
杉三の発言に懍もそういったため、蘭は驚いてそう返すが、
「本当に何も知らないんだな。すしネタ青柳といえばバカガイのことだよ。」
水穂にそう言われて更に小さくなった。
「なんだ、バカガイか。てか、食べれないくせに何で知ってるんだ。」
「それだけ知られているということじゃないの?」
「ごめん、、、。」
「まあ、それはよいとして、この宿泊券は今月中に宿泊しないと無効になってしまいますから、日付を早めに決めて実行したほうがいいですね。幸い平日でも休日でも有効であることは確かなようで。」
懍がそういうと、それを待っていたかのように蘭が言った。
「そうなんですけど、今月は立て続けに予約が入っていて、一泊二日で外出はできないんです。杉ちゃんのお母さんも帰ってこれないし、僕の母には頼めないし。だから、どっちにしろ使えないんですよ。それではもったいないから、製鉄所の利用者さんたちに差し上げようかと思ったのですけれども、杉ちゃんわかってくれなくて。」
「あいにくですが、今の季節、利用者たちも学校や仕事で忙しいものが大半ですよね。それに、杉三さんが引き当てたわけですから、転売は認められていないと思いますよ。」
蘭の発言に懍は自制するように言った。そういうところはやめろ、と言いたげな発言だった。
「そうですか。だったら教授も、杉ちゃんに福引をひかせるのをやめさせるべきだったとおっしゃるのでしょうか。」
「いいえ、そのようなことは申しておりません。過去にあったことを、口に出していっても何もなりません。とにかく、あることだけに、手を出しさえすればいいのです。蘭さんだけしか付き添いにはなれないというルールはどこにもありません。ほかの方でもいいでしょう。例えば、恵子さんや、須藤さんなどに付き添ってもらうなどすればいいのではないですか。二人に、連絡して、比較的空いている日を検討してもらいましょうか?」
「あ、はい。でも、二人とも仕事を持っていて、忙しいのですから、そういうときにやってもらうとなると、少しお礼を出すことくらいしなければならないのでは?」
お礼なんて、本当にケチだなあと思うが、蘭はそういうことを重視しすぎる男だった。
「それじゃあ、ブッチャーさんや恵子さんに頼むのも悪いような気がするので、僕が協力しなければ、ならないでしょうか。」
不意に水穂が、小さいがしっかりした口調でいった。それを聞いて、蘭はそれこそ、頭をトンカチで叩かれたような衝撃を受けた。
「何を言っているんだお前!そんなことしたら、体に毒どころか、、、。」
しかし、蘭のいうことはまるで無視され、
「あ、そうですね。それじゃあ、東京駅に電話して、特急さざなみの指定席車輌の空席状況を確認しておきますよ。指定席であれば、さほど乗り降りも頻繁ではないと思いますので。」
と、懍は言った。
「教授、教授もどうかしてます。それだったら僕が無理していったほうがずっといい。」
「でも、蘭は仕事があるんだろうからね。」
「そうですね。それに、水穂さんだって、先日華岡さんと会った時と比べれば格段に回復していますから、多分大きなトラブルはないと思いますよ。人工透析が必要なわけでもないですし、薬さえ忘れないことと、引き金になる食べ物に注意すればいいだけのことですから。あ、あと、さざなみは、平日しか運航されていない電車なので、自動的に、この旅行は平日に決行ということになります。」
蘭が一生懸命止めようとしても、聞こえていないかのように懍たちは計画を進めていく。
「あ、構いません。平日のほうがかえって観光客は少ないでしょうし、ホテルだって空いているだろうから落ち着きますよ。」
「そうですね。それに、このホテルは、木更津駅前では一、二を争う高級ホテルですから、特に、観光地に行かなくてもホテル内の娯楽室などで十分楽しめますよ。食事だって、ホテル内の食堂を利用することを強制させられることもないですし、ルームサービスも可能です。それに、木更津駅前は、レストランは大量にありますので、迷うことはないでしょう。もし、疲れてしまったら、ホテルに直行して休ませてもらってください。一流ホテルですから、必要最小限の接客だけして、あとは静かにさせてくれますからね。まあ、意外に女中がうるさいところは、一流ホテルではない場合が多いのです。そこらへんの区別は非常に難しいところですけど。」
「わかりました。駅からは近いのでしょうか?」
「ええ、確か記憶に間違いなければ、ほんの徒歩数分で到着できます。それに、電話をすれば、お迎えに来てくれるサービスもあります。」
「へえ、すごいねえ。かゆいところに手が届く、超高級ホテルだなあ。」
懍の話に杉三が口を挟んだ。
「ええ。便利なホテルですが、僕はぜいたくしすぎのような気がして、正直あまり好きではありません。ただ女性の方には非常に高評価なホテルとして、たびたびテレビドラマでも使われたりしますから、有名なところだと思いますよ。」
「そうですか。せっかくだから、単にホテルに泊まるだけではなく、木更津駅の周辺でも回ってみようかな。まあ、思い出として。」
この発言は、ちょっと蘭もぎょっとする。
「水穂さん、それを言うなら、部屋でゴロゴロしているのもつまらないから、だろ。」
杉三が、そう訂正すると、水穂もそうだねと言って笑った。
「みんな、大事なこと忘れてないか。それよりさ、体というもののほうが大事だろ。違うのかよ。」
蘭が急いでそういうと、
「いや、毒を以て毒を制すという言葉もあります。時に、ちょっとだけ無理をしてみるのも、悪くないことです。」
懍もなんだかうれしそうにそういった。
「ようし、善は急げだ。さざなみの指定席が空いている日で、一番近い日に決行しよう。久しぶりに旅行にいけるなんて嬉しいな!お天気になってくれますように。」
「そういえば、さざなみにはグリーン車もありますから、安全面を考えてそれを利用してもいいかもしれませんね。それでは、ちょっと東京駅に電話して空席状況を確認してみますね。」
懍はそういって、東京駅に電話をかけ始めた。杉三も水穂も楽しそうだが、蘭だけが不安そうな顔をしていた。
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