31

「涼ちゃん…」


 切ない手紙だった。

 浅井君と涼ちゃんは、きっとずっと…いつまでも一緒だって気がしてた。

 だから浅井君が渡米する時、涼ちゃんもついて行くはずって…誰もが思ってた。



 だけど、現実は厳しい。

 あたし達は、夢を見過ぎてたのかもしれない。

 あまりにも楽しすぎて、あまりにも幸せ過ぎて。

 涼ちゃんの家が普通の家ではない事…みんな、知ってて知らん顔してたのかもしれない。


 跡継ぎの涼ちゃんは、いつ、どんな状況で、浅井君との渡米をあきらめたんだろう。

 それを思うと、苦しくてたまらない。



 アメリカに来た時の浅井君は、ボロボロだった。

 あえて口には出さなかったけど、最初は涼ちゃんに裏切られた気さえしていたと思う。

 だけど、廉と臼井君に励まされて、バンドも軸に乗り始めて…やっとチャンスを掴んだと思った矢先…廉が逝ってしまった。



「進路は晋と一緒」


 そう言って笑ってた廉が、思い出の中でくすぶる。



 廉がいなくなって、浅井君はギターを弾かなくなった。

『FACE』は解散して、臼井君はナッキーさんの事務所でスタジオミュージシャンとしてベースを弾いている。

 バンドを組む気は…ないらしい。

 彼もまた、廉の声に惚れ込み、浅井君と共に廉の後ろでやって行くと決めていた人。

 そんな道を選んでも…仕方ないと思う。



 浅井君は、帰国する前に一度会った。


「そのうち廉がびっくりするほどの大物になる予定やから、ま、るーも心配せんといて」


 って、無理矢理な笑顔だったけど約束してくれた。


 …きっと、浅井君は立ち直る。

 あたしは、そう信じてる。



 涼ちゃんは…浅井君の子供の事、誰も知らないと思ってたんだろうけど、あたしは知ってた。

 ううん、あたしだけじゃない。

 廉も臼井君も…もちろん、浅井君も。

 というのも、宇野君が連絡をくれたから。


 誰も気付かなかったかもしれない。

 でも、あたしは知ってる。

 宇野君は、涼ちゃんが好きだった。

 だから…きっと、浅井君の子供に私書箱を使った文通を勧めたのも、宇野君だと思う。


 …子供にそんな事実を教えたのは罪かもしれない。

 だけど、宇野君は…きっと、みんなの力になりたかったのだと思う。

 実際、その文通のおかげで浅井君は立ち直ったはず。



 結局あたし達は、FACEが渡米してから少しずつ連絡を取り合う事を避け始めた。

 誰一人として欠けてはならなかった関係。

 涼ちゃんが浅井君について行かなかった事で、彼女はきっと一生自分の人生を恨む。

 あたしは、そんな思いを涼ちゃんだけにさせたくない。


 廉の訃報と共に…あたしも思い出を閉じた。



「るー、お茶しない?」


 頼子が庭から言った。


「あー、いいわね」



 あたしは大きなお腹を触りながら思う。


 いつか、あなたが恋をしたら…

 自分の気持ちに嘘をつかず、まっすぐにその人を愛してね。

 辛い恋でも、苦しい恋でもいい。

 人を精一杯愛したと、自分を誇れるぐらい。



「お母さん、聖子ちゃんちに行くの?僕も行っていい?」


 公園から帰ってきた長男の光史こうしが、頼子の家を指差して言った。

 松田聖子好きの頼子は、次女に『聖子』と名付けた。

 光史より三つ年下の五歳。

 だけど、その風格は頼子そのまま。



 あたしは幸せな光景を眺めながら、心の中で廉に手を合わせる。


「るー」


 大好きな笑顔が優しく手招く。




 そして、あたしも笑顔で…。



 2nd 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか出逢ったあなた 2nd ヒカリ @gogohikari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ