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 拝啓

 穏やかな小春日和が続いております。お元気でお過ごしでしょうか。


 ご無沙汰をしております…早乙女 涼です。

 先日、帰国されている事を知りました。

 並木の公園で偶然お母様とお会いし、この手紙を送る事ができています。


 先輩が何度も手紙や電話をくださったのに、一度も応える事ができなくて…申し訳ございません。

 応える資格がないと思い、どうしても今まで筆を手にする事ができませんでした。



 先輩もご存知の通り、浅井さんが渡米される時、私もそのつもりでおりました。

 しかし、土壇場になって怖くなったのです。

 知らない土地で、私は生きていかれるのだろうか。

 まだ将来の見通しもない浅井さんと、愛だけでやっていけるのだろうか。

 きっと私の不安は伝わる。

 そうすると彼は成功しない。

 色々な感情、憶測が、まだ幼かった私の全身を駆け巡り、その場から一歩も動けなくなったのです。

 空港でぎりぎりまで私を待っている彼の姿を、涙を堪えて見ていました。


 本当に彼を愛していました。

 しかしその気持ちよりも大きかったこと…

 早乙女の名が、私を留まらせたのだと思います。

 


 彼からの連絡はありませんでした。

 当然ですね…浅井さんだけでなく、皆様が私を軽蔑されたと思います。

 あれだけ一緒にいて、あれたけ将来を誓い合って…なのに逃げ出した私を。


 私はもう、一生誰とも関わらない覚悟をしました。

 あの頃のすべてを封印してしまう事で、自らの罪を忘れてしまおうと思ったのです。

 当然『FACE』のその後を、私が知る由もありませんでした。



 しかし先日、手にした雑誌で丹野さんの訃報を知り…いてもたってもいられなくなったのです。

 目を閉じれば、いつもビデオカメラを手に、みんなの思い出を撮っていた丹野さんの姿が浮かび、一気に日常からあの頃にと…気持ちが蘇ってしまいました。



 少し、私の近況を書かせてください。


 私は五年前にお見合い結婚して、その人との間に息子がいます。

 あの頃のように、はしゃいだりではありませんが、静かで穏やかな幸せです。


 もう一生浅井さんとは何のつながりもないはず。

 そう思っていたのですが…


 先日、八歳の長男が、頻繁に一人で郵便局に出向くのを不審に思い、内緒で後をつけてしまいました。

 長男はおとなしく人見知りも激しく、ましてや見も知らない誰かと文通などあり得ない性格です。

 しかし長男は、私書箱を使って誰かと手紙のやりとりをしていました。

 驚きました。

 どうして、そのような方法で?


 いくら親子でもプライバシーに足を踏み入れてはならない…そう思いながら、私は長男の机を開いてしまいました。

 するとそこに…


 今でも信じられません。

 長男は、浅井さんと文通をしていたのです。


 長男は浅井さんの子供です。

 でもそれを、お互いがどのようにして知ったのかは分かりません。

 浅井さんは私の妊娠を知りませんでしたし、ましてや長男が…


 私は今もその真相を長男に聞けずにいます。

 おそらくは、私の欲がそうさせています。

 どんな形ででも、丹野さんの死で受けたショックから立ち直ってくださるのなら。

 もう一度、ギターを手にしてくださる日が来るのであれば。

 私は、お互い知り得るはずの無かった浅井さんと長男のささやかな楽しみを、このまま知らなかったフリをして見守ろうと思っています。



 今となっては、あの頃のすべてが夢のようです。

 とても素敵で優しくて…思い出すだけで温かくなれる物を、心の中に秘めていられる。

 キラキラ輝いている思い出を作れた私は、なんて幸せなのだろう。

 そう、実感しています。


 その輝きが私にとって罪である事も分かっています。

 それでもあの頃を…そして、彼の子供である長男を愛してやまない私がいます。


 長い独り言のような手紙にお付き合いいただき、ありがとうございます。

 どうか、この手紙は焼却ください。

 

 お互い健康に留意して、今の幸せを生きましょう。


 敬具




 大好きな先輩へ


 早乙女 涼

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