29

「るー、手紙来てるで」


 帰国して九ヵ月。

 真音が郵便受けから一通の手紙を持って帰って来た。



「お父さん、公園行こー」


「おし。ちょっと行ってくる」


「行ってらっしゃい」



 あたしは…

 高校を卒業してすぐ、真音と結婚した。

 そして、その年、またアメリカに行く事になったDeep Redについて渡米した。


 慣れない生活と、慣れない英語…

 どうなるんだろう…って不安は大きかったけど…

 いつだって、真音が隣にいてくれて。


「よーし。一緒に頑張らなな!!」


 って…笑ってくれた。



 二人で英会話教室に通って。

 一人で寂しいなら、事務所に来てもいいって…仕事場に同行させてくれる日もあった。

 だけど、あたしは…ずっとどこかで、音楽人じゃない『朝霧真音』を求めてて…

 事務所に行くのは、やめた。



 真音はDeep Redで世界的に有名なギタリストになった。

 ワールドツアーはいつも満員。

 レコードセールスも、日本出身のロックバンドとしては記録的な数を叩き出した。


 現在Deep Redは活動を休止して、ナッキーさんが構えた事務所で、それぞれプロデュースをしている。

 やる事は全部やったから、また新しい目標ができたらその時に…というのがナッキーさんの考え。

 この事務所から、世界に羽ばたけるアーティストを育てる。

 今は、その志しをみんなが持ってる。

 メンバーはいつも一緒にいるんだもの。

 解散じゃ、ない。



「ああ、はいはい」


 お腹の子が動いて、あたしは話しかける。

 お腹には、まだ真音には内緒の女の子。

 カーテンを開けると、向かいには七生邸。

 イギリスで仕事を終えた頼子が帰国するにあたって、「向かいに家建てない?」と真音に提案したそうだ。


 真音は賛成してくれて、あたしは大好きなみんなに囲まれている。



 ――高校卒業後。

 浅井君と廉は、臼井君と三人でプロ目指して頑張った。

 その甲斐あって、あたしが渡米して三年後、彼らもアメリカにやって来た。


 八木君は大学に進んだあと、家業の建設会社を継いだ。

 瀬崎君は有名なバスケット選手になって、今カナダでプレーしている。

 宇野君は、お兄さんのお店『ダリア』を手伝いながら、Deep RedやFACEのようなバンドを発掘する事を夢見ている。



 涼ちゃんは…



「あ、手紙…」


 思い出したように手紙をあける。

 封筒に、差出人の名前はない。

 あたしは、なぜか懐かしい気持ちでそれを開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る