22

「あードキドキしてきた…」


 初ステージを控えて、緊張しまくっているあたしは…

 一人、部室で手の平に「人」なんて書いて飲み込んでいる。


 みんなはお客さんの入りを見て来るって体育館に向かった。

 開演まで、あと一時間。


 ああ…胃が痛くなってきちゃった…。



「まだここにいたのかよ」


 勢いよくドアが開いて、丹野君が入って来た。


「き…緊張しちゃって…」


「どうってことないさ」


「丹野君たちは、いつもやってるから…」


「あーそっか。俺も初めてん時は、緊張したもんな」


「…した?」


「ああ」


「……」


 …そっか。

 慣れてるようでも…みんな誰でも『初めて』はあるものね…

 丹野君も、その時は緊張したんだ。

 そう思うと、あたしの緊張は当たり前…

 で…でも、その緊張が尋常じゃないのが…残念だけど…



「誰だって初めてん時は緊張するさ。それが回を重ねると快感に変わってくんだけどな」


 すでにライヴハウスなどでもおなじみの『FACE』

 人気者の丹野君の今日のいでたちは…制服。


「…制服で出るの?」


「ああ、最後だし」


「……」


「何」


「ううん」



 男の人って、そういうのあんまり気にしないっていうかー…感傷的になるのは、女の子ばかりだと思ってた。

 ましてや、丹野君が…そこまで学校とか制服に愛着があるなんて。

 …ちょっと嬉しい気がする。



「大丈夫か?」


「ん」


 バイオリンの弦を確認。


「…楽しもうぜ」


 ふいに、丹野君がそう言って…手を差しだした。


「……」


「ほら」


 手…手を…繋ぐのは…苦手。

 ましてや、どうしてあたしが丹野君と…手を…?

 って…思ってしまうけど…


「来いよ」


「……」


 真顔で差し出されてる左手。

 あたしは、それを見つめて…右手を委ねると、ギュッと握られた。


 そのまま部室を出て歩き始めたものの…

 …無言。

 ドキドキし過ぎて…気持ち悪い…



「るー」


 体育館に向かう途中、声を掛けられて…咄嗟に手を外した。


「あ…あ、宇野君…瀬崎君…」


「あれ?廉、制服で出んの?」


「ああ」


「女子が楽しみにしてたのに。ハデなステージ衣装」


「誠司のクラス、何」


「お好み焼き」


「サボんなよ」


「ライヴ見に行こうと思ってぬけてきたんだぜ?」


 三人の会話をボンヤリと耳に入れる。

 ステージ前の緊張と、手を握られたドキドキで…

 …ああ!!

 おかしくなっちゃいそう!! 



「あ、るー。頼子来てるぜ」


「え」


 瀬崎君に言われて、目を見開いてしまった。


「よよよ頼子が?」


「何どもってんだよ」


「どこ?どこに?」


「体育館。もう行って座ってんじゃないか?」


「……」


 来るなんて、聞いてない~!!

 緊張しちゃう~~!!

 ただでさえパパとママが来るって言い張って、頼むから陰から見てね。って言ったのにー!!


「やややだ…ますます緊張してきちゃった…」


「なんだよ、おまえは…さ、行くぞ」


「ままま待って…」


 宇野君たちに笑われながら、あたしは丹野君に続く。


「待ってよ」


 体育館の裏口に回るための通路は無人で、文化祭とは思えないほど寂しい空間。

 あたしは丹野君の背中を追って、息を整えながら通路を歩…


「…………え?」


 突然、立ち止まった丹野君が、あたしを…抱きしめた!!


「たっ丹っ…!?」


「なんだよ、いつもみたいに「やっ!」とかって突き飛ばさないのかよ」


「ななななななな何っしてんの…っ!?」


 突き飛ばそうにも…!!

 両腕、ギュッてされてるし…!!


「俺も緊張をほぐそうかと思って」


「どっどうして緊張しししてないって…!!」


「…してるさ。おまえと出るの、初めてだし…」


 一応ジタバタしてみるも、丹野君は全く離れない。

 あああああああ!!

 離して~!!


「少しはおとなしくしろよ」


 そんな事言われても!!


「騙されたと思って、ジッとしてみろって」


「……」


 頭上から降って来る声に、そんなの無理!!って思いながら…

 とりあえず、ジタバタしていた腕の力を…抜いてみる。


「…そ。よく出来ました」


「……」


 トクントクントクン…


 あたしの耳元に届くこれは…丹野君の鼓動?

 それは、たぶん…あたしと同じぐらい早い。


 …丹野君も、緊張してる。

 それが本当だ、って分かって、少しホッとした。

 初めてのあたしが緊張しないわけがない。


 どれぐらいそうしてたのか…やっと丹野君が解放してくれて、あたしは胸をなでおろす。

 抱きしめられたせいと言うかおかげと言うか…

 ステージ前の緊張はどこかに飛んでしまったけど…抱きしめられた感触が消えなくて、ドキドキが止まらない…



「なあ」


「えっ?」


「そんな、身構えんなよ」


 そ…そんな事言われても!!

 身構えるに決まってる!!


 …まだ、ドキドキしてる。

 抱きしめられるなんて…



「おまえさ、俺のこと廉って呼べよ」


「…え?」


「廉。なんかよそよそしいじゃん。仲間なのにさ」


「……」


 仲間。

 なんだか不思議。

 丹野君は、もっと意地悪でぶっきらぼうで…って思ってたから。

 あたしを仲間と思ってくれてる事に…感動した。



「おまえ、全然下の名前とかで呼ばないもんな」


「だ…だって…」


 真音だけ、特別だったな…って。

 急に思いだしてしまった。


「そーいう丹野君だって、あたしのこと…おまえおまえって、名前呼んだことないじゃない」


「そっか?」


「そうよ」


「おまえが、廉って呼んだら言うよ」


 なんだか、真音の名前を呼んだ時より気軽な気がするのは、同級生だからかな…


「…廉」


 唇を尖らせながら言うと、丹野君は、ふふんって笑って。


「それでいい」


 って。


「あたしは?」


「武城」


「…ま、いっか」


 名字で呼ばれるのも、なんだか新鮮。

 なんて思いながら歩き始めると。


「…瑠音って呼んでいいか?」


 って、丹野君があたしの肩を抱きよせて言ったのよ…。

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