21

「俺のギターソロがかすむ」


 浅井君が、腕組をして言った。


「あっ、ごめん。音大きいかな」


「いや、そうやないって。なんつーか…きれいすぎるっちゅーか…」


「おまえさ、もっと乱暴に弾けよ」


 口元に手を当てて譜面とにらめっこしてる浅井君を遮って、丹野君がハッキリと言い放った。


「…乱暴?」


「ハードロックだぜ?それに晋のギターもある。二つの音でソロを作り上げてくんだって意識、あるか?」


「……」


「おまえだけ目立ってちゃ意味ねーんだよ」


 丹野君に言われて、あたしは絶句する。


「そっそんなに言わなくてもさ…」


 去年の例があるせいか、八木君が慌てて取り繕ったけど。


「そうよね…」


 あたしは、譜面を見ながら考える。

 考えて考えて…一つの結論に達した。


「あたし、ちょっと気分良く弾きすぎちゃってたかも」


「え?」


「だって、この曲のソロ、すごく流れが奇麗なんですもの」


 うん。それしかない。

 壮大な映画のラストシーンにでも使われそうだ。と、勝手に思ってしまってるそのソロは、弾くたびに感情移入が増して。

 自然と力も入ってしまうのか…気が付いたら浅井君のギターより存在感を出してしまってるバイオリン…


「……」


 あれ…?


 譜面から顔を上げると、みんなが顔を見合わせてる。

 あたしの言い方がおかしかったかな?


「ね、じゃあー…ここのユニゾンのところ、二回目はあたしが上を弾くってどう?こんな感じで」


 浅井君とのソロを、あたしの思ったように弾いてみると。


「おー…なんや、同じの二回でも全然ちゃうな」


「で、大サビからはあたしが低音から入って、最後に浅井君と絡むようにすれば…」


「ほうほう…ああ、廉のシャウトの所で、ピッタリ合うんやな」


 浅井君はあたしに合わせて、頷きながらギターを弾く。


「…うん。今の、いいな」


 丹野君と臼井君と八木君も、笑顔になりながら聴いてくれた。


「良かった。じゃ、あたしソロは上に上がるね?浅井君があんまりピッタリ合わせてくれるから、そこのユニゾンで気分良くなっちゃってたの」


 あたしが首をすくめて笑うと


「あははは、ここが根元か」


 って、丹野君が赤ペンで印をつけた。


「でも、そうしたら臼井君がコーダのところ入りにくいから、コードを…」


「待て。臼井がここでー…Gにさがる…と」


「おー、なんか、かっこええやん。るー、アレンジの才能あるで」


「ほんと、なんで今まで参加しなかったんだよ、部室でうだうだしてやがって」


「あははは」


 …楽しい。


 楽しいし…ワクワクする。

 文化祭まで、あと三日。

 まさかあたしがステージに立つなんて…って、今でも信じられないけど…

 ここまで来たら、やるしかない。


 あたしたちは文化祭を三日後に控えて、少しだけハイテンションになっていた。


 * * *


「お疲れー」


「じゃ、明日な」


 練習が終わって、あたしが一旦教室に戻ってると…


「…宇野君?」


 二階の階段の踊り場に、外を眺めてる宇野君がいた。


「ん?ああ、るー。練習終わったんだ?」


「うん」


 何を見てたのかな?と思い、宇野君に並んで外に視線を向けると…


「…涼ちゃん見てたの?」


 そこには、花壇で草取りをしてる…らしい…涼ちゃんがいた。


「何やらかしたのかなと思って」


「やらかした?」


「だいたい花壇の草取りって、何かやらかした奴がやらされてんだよ」


「…そうなの?」



 涼ちゃんは…いつも笑ってて。

 だから、何か落ち込んでるとか、そういう事があっても…あたしは気付いてあげられない。



「あいつんち厳しいのにさ、晋と付き合い始めて結構好き勝手してるから、平気なのかなーって心配してるんだよな」


「……」


 宇野君の言葉は、何だか違和感で。

 あたしはパチパチと何度か瞬きを繰り返しながら…涼ちゃんを見た。


 まさに、浅井君のためなら好き勝手をする涼ちゃん…だったけど、ちゃんと付き合い始めてからの彼女は、以前みたいに授業をサボったりはしてないはず。

 それでも、好き勝手してしまうのは…『今』を大事にする涼ちゃんが決めた事。

 だとしたら、この草取りも涼ちゃんは納得のうえでやってるはず。

 きっとそのうち『あたしのこと、草取り名人って呼んでください』なんて、笑いながら報告されそうな気がする…

 そして、涼ちゃんがそういうキャラだって事も…宇野君、知ってるはずなのに。



「……」


 …宇野君、もしかして…涼ちゃんの事、好きなのかな。

 人の気持ちに疎いあたしが、初めて…何か…ビビッと来たんだけど…



「あっ、そう言えば」


「え…っ…な…なななな何…?」


 宇野君の様子を盗み見してる所に、距離を詰められて身構える。


「るー、部活してる間は一人で帰るなよ?」


「…え…?」


「帰り、少し遅くなんじゃん」


「う…うん…」


「髪の毛切ってからこっち、るーの人気すげーからな。一人で歩いてたら、部活後のテンション上がってる輩が勢い余って何言ってくるか分かんねーぞ?」


「……」


 宇野君の言ってる事が、すぐには理解出来なくて。

 あたしは身構えたまま…宇野君を見つめた。


「あ…余計なお世話なんだけどさ」


「う…ううん…」


「心配なんだよ。るーの事も、涼ちゃんの事も」


「……」


 そう言って、宇野君はまた、窓の外を眺めた。

 花壇では、涼ちゃんが草取りを終えて…こっちを見上げて、あたし達に気が付いた。


「あっ、せんぱーい」


 涼ちゃんが、あたし達に手を振る。

 それに小さく笑いながら、宇野君が手を振り返す。


「もー…なんか俺、父親な気分…」


「…あたしと涼ちゃんの?」


「そ」


「……心配ばっかりかけて、ごめんね…?」


「ふっ。ま、青春だからな。こんなもんだろ」


「青春って、心配かけるものなの?」


「ものなの?」


「もうっ。マネしないでよっ」



 三日後は…

 あたし達にとって、最後の文化祭。



「んじゃなー。楽しみにしてるから」


「…緊張するから言わないで」



 …最後の文化祭。




 だけど、あたしにとっては…始まり…なのよ。

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