20
「お嬢ちゃま、お電話ですよ」
お風呂上がり。
階段を上がりかけたところで、フキさんに呼び止められた。
「誰?」
「朝霧さんです」
その名前に、リビングでテレビを見てたパパの肩が動いたような気がした。
「……」
あたしはしばらく立ち止まって。
「…出ないって言って」
って、つぶやいた。
「え…でも…」
「…話したくないの」
あたしはそれだけ言うと、二階にあがる。
階段の途中で、フキさんが申し訳なさそうな声で喋ってるのが聞こえて、フキさんに悪かったな…って思ったけど…あたしは、そのまま部屋に入った。
ドアにもたれかかって、溜息をつくと…
『お嬢ちゃま』
インターホンからフキさんの声。
「…はい?」
『どうしても、と…おっしゃるんですよ』
「……」
正直…電話があった事に驚いた。
何の用…?
弁解だったら…あの時してくれたら良かったのに…と思ってしまう。
でも…
あたしが勝手に会いに行った事、指輪を投げた事を怒って…だとしたら…
こうなっても、真音に嫌われたくないって思ってる自分がどこかにいる。
…本当に、勝手だよ…
『いい。私が話す』
ふいに、パパの声。
あたしは、部屋から出て、階段の中段まで行って…こっそり聞き耳をたてる。
「もしもし、娘に何のご用件ですか」
パパ、いつになく厳しい口調。
「そっちで何があったのかは知らないが、行く前の娘は嬉しそうで楽しそうで、それが私たちと一緒だからっていうんじゃないって分かっていても…あの子が幸せそうだったから、私は少しでも君を理解する気でいたよ」
…パパ…
「それが、君と会ってから…無理して笑ってみたり、食欲もない。娘が話したくないと言ってるんだ。もう、かけてこないでくれたまえ」
電話はそこで終わった。
あたしは…今回の自分の行動を、初めて反省した。
真音に会いたい…
それだけで、パパとママを喜ばせたりがっかりさせたりしてしまった。
…だめだな。
こんなあたし、まだまだ恋愛なんて向かない。
人の気持ちも思いやれないようで、どうして人を好きになれるの?
ベランダに出て空を見上げる。
あたしはこんなにもちっぽけで、全然光ってない。
外見だけが変わったって、意味なんてないよ。
一つでも、打ち込める何かが…
「……」
バイオリン…
基礎だけはやってたから、ブランクがあったにせよ手が何もかも覚えてくれてた。
あとは、あたしの音を、みんなにどう響かせるか。
「…明日から、スタジオにも行こう」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、あたしは楽譜を並べた。
夢中になればいい。
何かに夢中になって…忘れられたら…
嫌われるのが怖いから、勝手に終わらせてしまった恋。
真音の事を忘れるだけじゃなく…自分の愚かさも浅はかさも。
…全部、忘れたい。
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