19

「どー…したんだよ、その髪」


 丹野君が、目を丸くした。


 ゴールデンウィークも終わって、五日ぶりの学校。

 本当は、まだ時差ボケと…失恋の痛手から立ち直ってないんだけど。

 何とか、元気な顔で登校。



 昨日、気分転換に髪の毛を切りに行った。

 思い切って、初めてのボブカット。

 ずっと、腰まであるかないかぐらいの長さを保ってたから新鮮。



「似合わないかな」


「いや、似合うよ。前よか全然いいや…って言ったら泣くか?」


「あははは、泣かないよ、そんな事で。ありがと」


「変わるもんだなー」


「このぐらいの長さって初めて。毛先が首に当たってくすぐったいけど、結構気持ちいい」


「……」


 無言の丹野君の視線は、あたしの右手の薬指にあった。

 …あからさまだよね。

 指輪してないし、髪の毛切っちゃうし。

 あたしは失恋したんですよー!!って大っぴらに言ってるようなものよね。



「あ、おまえさ」


「ん?」


「文化祭出てくれよな。今年は六月末だから、もう時間ないし。猛練習だ」


 丹野君が笑いながら言った。


「最後だし、パーッといこうぜ」


 何だかそう言われると、気分も軽くなってきて。


「…そうだね」


 つい、そう答えてしまった。


「よし。今出るっつったからな?」


 丹野君があたしに念を押す。

 そうね…あたしはあたしの思い出を作らなきゃ。

 そこに真音がいなくても…。


 * * *


「先輩かわいい~。あたしも髪の毛切りたい~」


 放課後。

 涼ちゃんが、あたしを前に唇を尖らせる。

 みんなは丹野君から何か聞いたのか、気付いたのか…ゴールデンウィークのニューヨークの事を何も聞かない。

 それはそれで不気味なんだけど…もう察しちゃってるよね…

 


「切っちゃだめなの?」


 あたしが涼ちゃんの髪の毛を手にして言うと。


「晋ちゃんが許してくんない」


 涼ちゃんはギターの音を合わせてる浅井君を横目で見た。


「涼の髪質から言うたら、絶対裾広がりやん」


「わかんないよ?手入れとかしたら」


「無理無理。今のが似合うし、やめとけ」


「えー…だって」


「着物着る時、結わなあかんやないか」


 視線はギターに落としたまま。

 だけど浅井君は、しっかりとした口調でそう言った。


 …何も考えてないようで、考えてるのね。

 涼ちゃんは茶道の名家に生まれ育ってる。

 当然、しょっちゅう着物を着てお茶をたててる。

 だから…


「…じゃ、早く着物着なくていいようなとこにお嫁にもらってよ」


 涼ちゃんが浅井君を睨み付けながらそう言って


「おおおお!!ついにプロポーズ!!」


 みんなが冷やかしの声をあげた。


「やかましいっ!!涼!!おまえも、んな事女から言うな!!」


 浅井君が真っ赤な顔をして怒鳴りあげると。


「晋ちゃんのバーカ!!」


 涼ちゃんも真っ赤な顔をして、部室を出て行った。



「…ったく…」


 小さくボヤいてる風な浅井君に


「いいねぇ、潤ってて」


 丹野君がビデオカメラを構える。


「なんや、廉。最近そればっかやな」


 丹野君は最近毎日のように、大きなカメラを構えてクラブ中の光景を撮影しまくってる。

 いつか見せてもらえるのかな?



「それにしても…」


 あたしが丹野君のビデオに気を取られてると、八木君がクスクス笑いながら


「誰か分かんなかったよ。うっかり名前聞こうかと思った」


 あたしを見て言った。


「あー…今日はずっと言われる」


 教室に入った瞬間、『…えっ!?』って驚かれた後…

『どうしたの!?』『何かあったの!?』『誰かと思った!!』『可愛い!!』…って、クラスの女子に囲まれた。

 照れ臭いし恥ずかしかったけど…自分が生まれ変われた気もして、嬉しさも感じた。


「大変身だもんな。ま、明日あたり靴箱に手紙が入ってんじゃねーのか」


 丹野君があたしを映しながら言う。


「まさか」


 あたしが小さく笑うと、丹野君が少しだけ…ホッとしたように見えた。

 …自分でも予想はしてたけど、みんなに心配かけてる…よね…



「じゃ、今日はこれで歌うかな」


 そう言った丹野君は、あたしのお土産を頭に装着。

 正直…落ち込みが酷くて観光も買い物にも出掛けなかったあたしは、お土産の存在も忘れてて。

 最終日に、ママから『お土産はいいの?』って言われて…慌てて買い揃えた。


 みんなお揃いの…スポンジで出来た、自由の女神の冠。

 それと…美味しいチョコレート。

 宇野君と瀬崎君には、相談にも乗ってもらったし…って事で、あたしはよく知らないけど、向こうで売れてるバンドのカセットテープを数本、オマケにつけた。



「ぶっ…それ、そういう物なんや。飾りだけか思うてたわ」


 そう言いながら、浅井君も頭に…

 それなら…って、臼井君も八木君も装着。


「…これ、ビデオに撮っていい?」


 手の空いたあたしが言うと。


「いや…これは~…」


「撮らなくていいよっ」


「おもろいやん。撮ろうで」


「ダメダメ」


 みんなから、そんな返事。


 …ああ、良かった。

 笑える…。



 そして翌日。

 丹野君の言った通り…あたしの靴箱には手紙がいくつか入っていて。

 それがよりいっそう…変わらなきゃいけない気持ちにしてくれた。



 うん。

 あたし…


 今度こそ、変わる…。

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