18
「るー、気をつけてね」
「うん。行って来ます」
結局あたしはママに誘われて…宇野君と瀬崎君に背中を押される形で、渡米した。
「一緒に遠征なんて、久しぶりだな」
上機嫌なパパを見ると……少し胸が痛む。
真音には何も言わないまま、あたしはママの提案通り…公演に同行した。
会えなくても、それはそれで…って、逃げてるだけかもしれないけど。
もし会えたらー…会えたら?
…ううん、会って確かめるんでしょ…?
あの熱愛報道が本当かどうか。
そして…あたしとの事…
真音が所属する事務所から、歩いて五分もかからない場所にあるホテル。
この道を、もしかしたら真音も歩いてるのかもしれない。
そう思うだけで、胸が締め付けられる。
見慣れないはずの景色を、なぜか親しみを込めて眺めてしまうのは…きっと真音がいる街だから。
「あれっ?るーちゃん?」
背後から声をかけられて振り向くと…
え…え…っ!?
「どうしたのー。ここ日本じゃないよね?」
ナッキーさんがいた。
「あっ…こ…こんにちは…」
「どうしてここに?」
「あー…えっと…実は、両親の遠征について来ちゃいまして…」
「両親の遠…あっ、そうか!!」
ナッキーさんは思い出したように手を叩くと、後ろにいた男の人に声をかけた。
「えっ、ほんと?」
その男の人はあたしの前に来て。
「Deep Redでキーボード担当してるナオトです。君のお母さんの大ファンなんだ」
そう言って、手を差し出された。
あ…あくあく握手ね…んー…どうもまだ慣れない。
あたしが『ひーっ』って顔してるのを、ナッキーさんがニヤニヤしながら見てる。
汗をかきながら握手を終えて、この際だから…真音の事を聞いてみようか…って思ってると…
「残念だけど、マノンは夜まで帰らないよ」
何かを察したナッキーさんが、首を傾げて申し訳なさそうに言われた。
「あ…そうですか…」
「約束してたの?」
「いえ…内緒で来ちゃったから、いいんです」
「そう?それにしても、見る見るきれいになってくね。俺ならいつでも空いてるから言っておくれ」
「あはは…」
いい人なのは分かってるけど、相変わらずつかみどころのないナッキーさんに苦笑いしてしまう。
真音と同じ夢を持つ人達。
…あたしが理解してない、世界の…人達。
少しバツが悪くて…やっぱりあたしからは何も聞けずにいると…
「もし待つなら、マノンのアパートは事務所の裏のレンガ造りのやつ。三階の角部屋だから」
…ナッキーさん…すごい!!
「あ…ありがとうございます」
ナッキーさんに凍ったような笑顔を返して、あたしは一旦ホテルに戻る。
…夜まで帰らない…か。
…ついてないな…
真音のアパート…どうしよう。
事務所の裏って事は、すぐそこ。
行って待っててみようかな。
だって、あんなに普通にナッキーさん達に会えたんですもの。
真音にも…会えるかもしれない。
時計の針は午後7時。
思ったより寒い。
アパートの前の階段に座って丸くなる。
こんな事なら、連絡して来ればよかったかな。
でも、拒否される可能性だってあったわけだし…
そうこうしてると、突然黒い大きな車がアパートの前に停まった。
その車から、真音……と、女の人が。
「……」
雑誌で噂になってた人だ。
真音は女の人の背中に手を添えて…優しくエスコートしてる。
あまりにも、その光景が…絵になり過ぎてて。
あたしは立ち上がる事もできずに、うつむいた。
そして、そんなあたしの横を、真音は気付かず通り過ぎた。
…惨めだ。
あたし、何しに来たの?
このまま…二人がアパートに入るのを、見過ごしていいの?
背後でドアが開いた瞬間、あたしは立ち上がった。
「…真音」
真音の背中に声をかける。
「…え?」
振り向いた真音は驚いた顔をして、そしてその顔は…笑顔にはならなかった。
「……なんでここに?」
「会いたかったから…」
「……」
あたしの正直な言葉にも、笑顔にならない真音。
それは、もう…きっと、そういう事なんだ。
「…迷惑みたいね」
「迷惑やなんて…」
「……」
「こんな時間に、そんなとこおったら危ないやないか」
「…久しぶりに会えたのに、お説教?」
「……」
お互い、冷たいトーンでの会話になってしまった。
真音の背後で、噂の女性シンガーがあたしと真音を眺めてる。
腕を組んで…少し呆れたような表情。
「…ホテルどこや。送ってく」
「いいよ。近いから」
「……」
噂が本当かどうか確かめに来た。
それは、『あなたを信じてない』って言ってるようなもの。
だけど…安心したかった。
不安を取り除きたかった。
連絡はなくても、真音はあたしを想ってくれてるって。
忙しくても、変わらずあたしを支えにしてくれてるって。
噂は…噂でしかないんだ…って。
「会いたかった…って、言って欲しかった」
それでも真音は何も言ってくれない。
色んな感情が混ざり合って、あたしの心には限界が訪れた。
待たないって言ったり、それでも好きって言ったり…
…自分勝手なのは分かってる。
分かってるけど…
あたしは薬指の指輪を引き抜いて
「もう、要らない」
真音に投げ付けた。
「……」
それでも何も言ってくれない真音を残して、あたしは駆け出す。
驚くほど頭の中がヒンヤリしてて…角を曲がった所で立ち止まり、ゆっくり後ろを振り返った。
息を整えながら、立ち尽くす。
追って来て欲しい。
追って来てくれたら。
自分から指輪を投げておきながら。
自分から気持ちを捨てておきながら。
あたしは…期待してしまった。
…だけど、真音が追ってくることはなかった。
――決定的。
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