17

「…………」


「な…何かの間違いだよ」


 宇野君が慌ててそう言ったけど…あたしの視線は、音楽雑誌のそれに釘付けになっていた。


 それは、あまり大きくはないけど、写真付きの記事で。

 両手に持った雑誌に、顔がくっついてしまうんじゃないか…って言うほど、あたしは顔を近付けて見入ってしまった。


 そこには、真音とアメリカの女性シンガーが付き合っているという記事。

 周りも公認と書かれたその記事の写真で、真音は幸せそうな顔。


 …最近は、手紙も来てない。



「先輩…大丈夫?」


 涼ちゃんが心配そうな顔をした。


「うん…」


 宇野君が言うには、その女性は真音より10歳年上の美人シンガーで。

 ピアノの腕も高く評価されている…との事。

 美人とかピアノとか、あたしには太刀打ちできそうにないものばかり。

 …真音が惹かれても仕方ない。



「るー、ちょっといい?」


 打ちひしがれながら家に帰って、部屋で頼子に手紙を書いて…やめて…また書き直して…ってやってると、ママが


「来月の公演、ついて来ない?」


 優しく笑いながら言った。


「…どうしたの?珍しいね…」


 小さな頃に何度か行った覚えはあるけど、男性恐怖症がハッキリしてからは…留守番をしていた。

 たぶん十年ぐらいは一緒に行っていない。

 パパからはさりげなく誘われる事もあったけど…あたしに断られるのが辛いのか、五度目の誘いはなかった気がする。


「ゴールデンウィークを向こうで過ごすのもいいんじゃないかと思ってね」


「んー…」


 特に何も予定はないし、それもいいのかな。


「公演、どこだっけ?」


「リンカーンセンターよ」


「…ママ…」


「会ってきたら?」


「……」



 思いもよらない提案に、あたしは無言になった。

 会いたい気持ちはあっても、それを上回るほどの怖い気持ちもある。

 だって、真音には…彼女ができたかもしれない。

 ただの噂かもしれないけど、本当かもしれない。

 手紙なり電話なりして確かめればいいのかもしれないけど、あたしにはその勇気がない。


 …確信して、自分から真音が離れてしまうのが怖いだけ。

 夢を応援しない彼女より、夢を分かち合える相手が欲しくなるのは仕方ない事。

 あたしは自業自得に納得できないまま、ママに即答は出来なかった。



 * * *


「……」


「どう思う…?」


 翌日のお昼休み。

 あたしは…図書館で宇野君と瀬崎君に相談した。

『ゴールデンウィークに両親の公演がリンカーンセンターであって、それに同行しないか…ってママに言われたの…』と。


 すると二人はしばらく無言で、時々顔を見合わせて。


「…リンカーンセンター…」


 小さくつぶやいた。


「…な…何…?」


「いや…」


「なあ…」


 二人の様子に、あたしが眉をしかめると。


「るー…ほんっっっ…とにお嬢様なんだな…と思って」


 宇野君が、首を振りながら言った。


「……え?」


「親がリンカーンセンターで公演って…」


「ほんとほんと。うちの親が人前に立つって、せいぜいPTAで発言求められた時ぐらいだぜ…」


「……」


 う…それを言われると…


「…頼子も…お嬢様だよ…?」


 上目使いで二人に言う。


「頼子の場合…お嬢様って言うより、金持ちの娘。って感じだな。その点、るーはちゃんとお嬢様だよ」


「……」


 こ…困った…で…でも、お嬢様…だとして。

 あたし…ゴールデンウィーク…は…どうしたら…


 言葉に詰まって唇を噛みしめてると、それに気付いた宇野君が。


「あっ、ごめんごめん…えーと…ゴールデンウィークに、マノンに会いに行くかどうか、だよな?」


 あたしが相談した内容を飛び越えて言った。


「…リンカーンセンターの公演に同行するかどうか…」


「またまた。素直になれよ~。熱愛報道で居ても立ってもいられないんだろ?」


「そうそう。ぶっちゃけ俺らは誤報だと信じてるからさ。会って確かめて来たらどうだ?」


「……」


「何で悩む?」


「そうだよ。行けるチャンスがあるなら、行くだろ普通」


 …そっか…


 これって…チャンスなのかな。

 二年会えないって思ってたけど…

 不安な気持ちを持ち続けるより、行って確かめた方が…いいよね…?



「…分かった。行く」


 あたしの言葉に、二人は小さくハイタッチをして。


「お土産はいいから」


 笑顔でそう言ったのよ…。

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