07

「ねえ、るーは誰にチョコあげるの?」


「……え…っ?」


 それは家庭科の授業中だった。

 あたし、普段は宇野君と瀬崎君と浅井君とで居るから…女子だけの授業(家庭科や体育)の時は、自然と一人で座ってるか…

 もしくは、あたしと同じように一人座ってる人の隣に座るか…なのだけど。


 それまで頼子と一緒にいた事が、どうやら勝手にあたしの株を上げていたらしく…

『七生さんの特別な幼馴染』っていう事で、あたしはどんなシチュエーションに置かれようが、今も『特別視』されている…ぽい…


 …頼子の力は大きいなあ…って思う反面…

 それに応えられていない自分にガッカリもしている。



「チョ…チョコ……?」


 今日の隣の席は、出席順番があたしより一つ前の瀬戸さん。

 頼子の好きな松田聖子の髪型に似てる。

 おまけに色白で可愛い。



「もうすぐバレンタインデーでしょ?るーって実のところ、誰が本命なの?」


「ほ…本命…」


「宇野君と瀬崎君と浅井君」


「……」


 あたしは瀬戸さんを見つめて、瞬きを繰り返した。

 …あたし…

 三人の中に本命がいる。って思われてる…の…?


 …本命…



 クリスマスから…一度も会ってない。

 見掛ける事もない。

 真音のファンである宇野君と瀬崎君、そして真音の幼馴染である浅井君は、日常会話でもその名前を出したいだろうに…出さないでいてくれる。


 頼子との電話でも、真音の名前は出ない。

 あたしが話さなくても、誰かから聞いたのかもしれない。


 それって…

 みんな、『忘れた方がいい』って思ってるから…だよね?



「…ごめん…あたしの正直な意見としては…るー、あの中に好きな人はいない…よね?」


 瀬戸さんが首をすくめて、遠慮がちに言った。


「う…うん…でも…誤解されても…仕方ない…よね…」



 そうだ。

 もし、彼らの中の誰かを好きな人がいたとしたら…

 あたしって、すごく邪魔な存在じゃ…


 突然気が付いた状況に、あたしは青くなる。


 あの三人は…モテないわけじゃない。

 彼女こそいないけど…

 宇野君はいい加減に思われる所もあるけど、陸上部ではかなり目立つ存在。

 そのギャップで人気がある…って。


 瀬崎君はバスケ部のキャプテンで、まだ一年生しかいない日野原を県大会で三位入賞するほどに引っ張った人。

 誰にでも優しくて、男女問わず…好かれてる…って。

 これは…頼子情報。

 頼子はあたし以外にも仲の良かった女子と連絡を取り合ってるのか、なぜか今もあたしより宇野君と瀬崎君に詳しかったりする。


 浅井君は…

 バンドを始めて、その影響でなのか…一気に人気者になってる。

 いつだったか、靴箱にたくさん手紙が入ってた。って、宇野君が騒いでた。



 …あたし、そんな三人と一緒にいて…本当、邪魔な存在だ。

 勝手に特別扱いされてるって思ってたけど、実は呪われてもいいほど嫌われてるんじゃ…



 あたしが頭を抱えて唸りそうになってると。


「あっ、それは大丈夫…どっちかって言うと、るーがそばにいてくれた方が悪い虫が付かないんじゃないかって噂」


 瀬戸さんが小声で言った。


「…悪い虫…?」


「そう。あたし達から見ると、あの三人はるーを守ってる騎士ってイメージなわけよ」


「…騎士…」


「だって、どう見てもあの三人も、るーには恋愛感情なさそうじゃない?」


「れっ恋愛感情?そそそそれは、絶対ないよ。あたしが…色々…とろいから…心配してくれて…」


「あっ、失礼な言い方してごめんね?でも、だからみんな安心して見てるんだと思うの」


 …そう言うわりには、誰が本命?って。

 …瀬戸さん、誰かの事好きなのかな…

 そう勘繰ってはみたものの、どうもズバリ核心を突く事が出来ないあたし。


 瀬戸さんもそれ以上聞いてこなかった所をみると、あたしにその気があるかどうかだけ、確かめたかったのかもしれない。



 …みんな、恋…してるのかな…。


 バレンタインデー…


 本当なら、初めての…本命チョコをプレゼント出来たかもしれないのに…

 …なんて…

 あたし、しつこいな…


 自分から『待たない』って言ったクセに。


 今年も、パパと…運転手さんと庭師さんにチョコを作ろう。

 それでいいの。



 あたしは…


 あたしの世界で、生きていればいいの…。

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