06

 新学期が始まった。


 あたしと宇野君と瀬崎君が三人で初詣に行った事を知った浅井君が、『なんで俺は誘ってくれへんかったん!?』って拗ねて。

『おまえバンドが忙しいって断ったじゃねーかよ』って、宇野君と瀬崎君に反論されて。

『あ…そうでした…』とは言いながら、一人だけ行けなかったのが寂しかったのか、『どんな話したん?』『おみくじ引いたん?』『何お参りしたん?』って…しつこかった。


 だけど…

 浅井君は真音から何か聞いたのか、それとも宇野君達から聞いたのか。

 あたしに…何も聞いて来ない。


 真音とのクリスマスの事も、真音がアメリカに行く事も。

 あれだけ毎日、会話の中に出て来た真音の名前が…一度も出なかった。


 そんな感じで一週間が過ぎた頃。



「おかえり」


 校門を抜けると…マリさんがいた。

 だるそうにしゃがみこんだまま、あたしを見上げた。

 


「…どうしたんですか?」


「待ってたのよ。あなたを」


 えっ。


「い…いつから…ですか?」


「さー…学校終わる時間ってわかんなくて」


 足元には、タバコの吸殻が大量に…


 あたしは慌てて自分のマフラーをマリさんの首に巻く。

 だって…鼻も頬も赤い。

 今日は一月にしては暖かいって天気予報で言ってたけど、少し風があって。

 ここでしばらくじっとしてたら…絶対冷え切ってる。



「何、いらないわよ」


「風邪ひきます」


「……」


 あたしが強く言うと、マリさんは諦めたようにマフラーをしっかりと首に巻かれた。



「あたしさあ…」


 ポケットに手を入れて、視線は自分のつま先。

 あれから一ヶ月も経ってないのに…マリさん、何だか雰囲気が違う。

 なんて言うのかな…柔らかい、顔…

 …寂しそうにも見える。


「あなたに、謝らなきゃと思って」


「え?」


「クリスマスに、ひどい事言ったでしょ?」


「あ…」


「あの後、マノンがすごくしょげて帰って来て。あ、あたしの事でケンカしたなって、色々聞きだそうとしたんだけど、マノンはおまえには関係ないって」


 マリさんは、少しだけ寂しそうに笑って


「愛なんかなかったのよ。でも、あたしが抱いてって言えば、マノンはそうしなきゃいけない状態だったの」


 目を、伏せられた。



「あたし、随分前にナッキーにふられたの」


「え?」


「ほら、あなたが初めてうちに来た…あの少し前かな」


「……」


「出てけって言われてたんだけど、あの部屋が恋しくて。ナッキーが居ない時間にいつも行ってた。ナッキーにも未練あったし…ふられたのをマノンのせいにしちゃったから、マノンも複雑だったのよね」


 雲の切れ間から、少しだけ太陽が。



「あの日、慰めてあげるつもりで誘ったら…断られちゃった。こういうのは、マリに対しても失礼やからできへんって。今までの事もごめんって」


 マリさんが、優しく笑う。


「今までのマノンなら気付かないよ。優しさのつもりでも、あたしを傷付けてたって事」


「……」


「あたし、もう完全に吹っ切れた」


「マリさん…」


「早く会わないと、間に合わなくなるわよ?」


「……」


「ありがと」


 マリさんはマフラーをあたしの首にかけて


「じゃあね」


 って、手をあげられた。



『早く会わないと、間に合わなくなるわよ?』

 …もう…間に合わない。

 あたし、真音に…『待たない』って…



 マフラーからは、ほんのり…コロンとタバコの匂い。

 あたしは、それにそっと手を添えて、しばらく目を閉じた。

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