第9話 同窓会とかがあったら、俺だけ老けてる事になるのか?
「改めまして、Eクラスの皆さんの担任となる宗村です。1年間、宜しくお願いします」
教室に到着するとすぐさまホームルームが始まった。
というか担任である宗村先生が居なかったから始められなかったのだろう。
まずは細い目で朗らかな笑みを浮かべながら宗村先生が自己紹介する。
だがその自己紹介をちゃんと聞いている者は少ない。
たわわに実った2つの果実に男子の目は再び釘付けになり、女子は嫉妬と羨望の眼差しを向けているからだ。
さっきの事で懲りたので、俺はなるべく見ないように俯いておく。
今はそれぞれが席についているので俺の腕に抱き付いてくる事は無いが、もし俺が見ていた事が分かったら、休み時間になった時に抱き付きに来る可能性が高いからだ。
「それではまず皆さんにこれをお配りします」
相変わらず生徒の視線を気にもせずに、宗村先生が全員に配ったのは掌大のモバイル端末。
ここに来て、ようやく皆の視線が宗村の胸元から自身の手元へと移る。
「それは皆さんが卒業するまで学校からお貸しする携帯端末です。気が付いていると思いますが、この世界では地球の電波は届きません。ですが皆さんが既にお持ちの携帯電話やスマートフォンなどの携帯端末とこのモバイル端末を同期させる事で、この世界に居ても同じ番号で通話が可能になり、同じアカウントでメールやネットに繋ぐ事が可能となります。基本的に無料で利用出来ますが、この世界以外では電波帯が違う為に利用する事が出来ませんので注意して下さい」
おおっ!という事はこれを使えば今までやってたスマホゲームとかが普通に出来るようになる訳だ。これはありがたい。
ただし地球側へのメールの送信やネットの書き込み等には学校側の検閲が入るそうだ。
まぁ、異世界であるアスガリアの事を口外させない為だろうから、これは仕方が無い。
「さて、それではまず端末を立ち上げて貰います。正面下側のタッチパネルに5秒間、人差し指を当てて下さい。指紋認証によって電源が入るはずです。指紋情報から校内サーバーに保存されている皆さんの情報が端末にダウンロードされる筈ですので、間違いが無いかを確認して下さい」
言われた通りにすると指紋が認証され、校章をあしらったロゴマークが画面に表示されて電源が入る。続いて僅かなロード時間の後、俺自身の氏名生年月日、自宅の住所と電話番号、出身中学の校名が表示される。
それらの情報は願書を出した時点で学校側には伝わる情報なので、別に驚くような事ではない。
驚くというか恐ろしいのは、何故、各人の指紋情報まで学校側が把握しているのかという事だ。
しかしよくよく考えてみれば、願書にはハンコでは無く、わざわざ人差し指で拇印を押すようにと指示されていて、朱肉の赤で指を汚しながら押した事を俺は思い出す。
あれは指紋情報を取得する為に必要な事だったのだろう。
それならば、まぁ、なんとか納得出来る。
「全員、確認は終了しましたね?」
誰からも声が上がらないのを確認が終了していると判断した宗村先生は話を続ける。
「まずこのモバイル端末は指紋認証になっていますので、本人しか使用出来ないようになっています。また校内サーバーと繋がっていて、テストの結果や連絡事項もそこに送られますので、常に持ち歩いて下さい。それとこれは重要な事なので最初に伝えておきます。画面に時刻が表示されていると思います」
受け取ったモバイル端末を見れば確かに時刻が表示されている。しかもアスガリア標準時間と日本標準時間という2つの時刻が表示されていた。
確か俺がここに到着したのが4月1日だから、今日は4月3日のはずだ。俺のスマホの時計もそうなっている。
確かにアスガリア標準時間は4月3日の9時となっている。だが日本の標準時間がおかしい。
あれ?4月1日のままなんだけど?どういう事だ?
周囲もザワついている。
「ご覧の通り、門の向こう側の日本は未だ4月1日です。若干の誤差はありますが、アスガリアの1日、つまり24時間は地球での8時間にあたります。つまりこのアスガリアは地球と時間の流れが異なるのです。皆さんは地球時間での3年間、こちらでは9年間をこの世界で過ごして貰う事となるのです」
マヂかよ……って事は地球に居る中学の同級生とかと同窓会とかがあったら、俺だけ老けてる事になるのか?
とか思ったのは俺だけじゃ無かったらしく、女子生徒の1人が質問をぶつける。
「その点は安心して下さい。地球生まれの皆さんの肉体の成長速度は地球時間に準じます」
つまりはこっちにいる間は元の世界の3倍の時間的余裕が出来る訳だ。本来3年間しか無い高校生活が3倍の9年間になるとは夢のようだ……と思ったが、この世界の状況や入学式初日の事を考えるとそれほど甘くは無いだろうな。
きっと期末試験あたりでモンスター退治の課題があったりするんじゃないかと俺は睨んでいる。
それに俺がここに来た時に宗村先生は言っていた。
「当原々高等戦修学校は、この世界を探索する為の知識と技術を教え、開拓する事を目的とした学校なのです」と。
高校である以上、普通の高校と同じ授業があり、その他にこの世界の常識や知識、戦う為の技術なども学ぶ必要があるという事だ。
3倍の時間があろうとゆっくりしている暇は無いと考えた方が良いだろう。
「ではそれを踏まえた上で、この学校の授業カリキュラムの履修方法に関して説明します」
先生の説明によれば、基本的には年次必修科目以外は単位選択制。
なので2年次、3年次で習う内容の授業を1年目で取得する事も可能だった。
年間最低必要取得単位さえ取れれば進級は可能で、教師によっては定期試験の結果さえ良ければ出席日数を免除する場合もあるという。
脱ゆとりと授業時間の確保から基本的に土曜日も授業が行われ、休みは基本的に日曜と祝日、そして夏期と冬期の長期休暇だけ。
ただしアスガリア時間での設定となるので、地球のものとは異なる。いくら門が日本にあるとはいえ厳密には日本の領土では無く、また留学生も多いので、日本の暦を適用する訳にはいかなかったらしい。
また夏期長期休暇中には集中講習もあり、それだけで単位を取得する事も可能なのだそうだ。
「履修選択は全て端末で入力するとが可能です。選択期限は今日より1週間後になります」
猶予があるのは試しに授業を受けてみる事が出来るという事を意味する。
担当教師によっても授業の進め方などに差があるだろうし、気に入った先生、気に入らない先生も出てくるだろう。
宗村先生は数学を教えると言っていたので、あのビックボイ~ン目当ての男共が群がるだろうし、イケメン教師が居たりしたら女子はそっちに集中するだろう。
「それから教科書ですが、ペーパーレス化の為、履修科目が決定した時点でモバイル端末内に自動的にダウンロードされます。端末から見る事も可能ですが、机の右下にコネクタがありますので、試しに引き出して接続してみて下さい」
宗村先生が場所を教える為に一番前の生徒の机からコネクタを引き出す。
その際に先生の巨乳が目の前に迫ってきて、座っていた男子生徒が顔を真っ赤にして激しく動揺している。
動く度にぶるんと震えているのだから、男子高校生に堪ったものではないだろう。
と、羨ましがっていると色々と後で危険が危ないので、俺は煩悩を振り払うように机から伸びたコネクタをモバイルに繋げる。
すると何も無かったはずの机の上に、まるでホログラムが浮かび上がるようにモバイル画面そのままの映像が映る。
「接続してみましたか?机そのものがタブレットになっていますので、操作も簡単に出来るようになっています」
机にはタッチペンも付属していて、サイズもB3ほどの大きさである為、操作も想像以上にスムーズで使いやすい。
新しいスマホが出る度に新機能や解像度の高さに驚いていたが、これは今市場に出ている最新機種の更に上を行くだろう。
パンフレットに書かれてあった最新鋭の施設があるというのに嘘偽りは無かったようだ。
もしかするとアスガリアの技術も使われている可能性がある。
怪物が存在し、加護という力が存在する超常的な世界なのだ。地球には無い技術や知識があってもおかしくない。
俺達がこの学校でこの世界を探索する術を学ぶのは、まだ見ぬ異世界の技術を探す目的があるのかもしれないな。
「さて、そろそろホームルームの時間も終わりますので、最後にもう1つだけ。端末の左上にあるお財布の形をしたアプリを開いて下さい」
ガマ口財布と
「皆さんが想像している通り、それは分かりやすく言うと仮想通貨管理アプリです。このアスガリアでは
1Gは1円の価値がある。
この街では現金での遣り取りも可能となっているが、基本的にここ以外の村や街、他の地域ではこのアプリで金銭の受け渡しを行うという。
その名が示す通り、どうやら金銭神ゴルドーがこの世界の絶対神になってから導入されたものだそうだ。
ちなみにコンビニのレジにあるような読み込み機にかざすだけで良いらしいので、使い勝手は地球のものとそれほど変わらないようだ。
「盗難防止の意味もありますので、現金をお持ちの人は銀行にある専用端末でゴルドに換金しておくと良いでしょう」
モバイル端末は指紋認証だし、データは学校のサーバーで厳重に管理されているらしいので、確かに現金を持ち歩くよりは遥かに安全だろう。
しかしこんなに機械化が進んでいると本当にここが異世界なのか疑問に思えてくる。
だが原々高等戦修学校は、確か創設100年だったはずだ。アスガリア時間で考えれば300年にもなる。
地球とアスガリアが交わる場所だし、それだけ長い時間にもなれば生活向上の為に地球の科学技術が持ち込まれているのは当然と言えば当然か。
逆の見方をすれば、この100年の間に一気に技術革新を果たした地球の製品の中には、アスガリアの技術を使っている可能性もあるという事だ。そういう意味ではこっちの世界もあっちの世界も似たようなもの。
違和感を感じるのは、俺が勝手に、神がいる異世界は中世ファンタジーだと思い込んでいるのが理由だろう。
「それでは次の時間からは授業が始まります。授業の時間割はモバイルに入っていますので、そちらで確認しながら受ける授業を考えて下さい」
宗村先生はそう締め括ると同時にホームルームがびの終了を告げるチャイムが鳴る。
説明事項ばかりでクラスメイトの自己紹介すら無かったホームルームだが、同じクラスといっても選択した授業が異なれば、ほとんど顔を合わせない可能性もあるので、不要だと考えているのだろう。
まぁ、今の俺にはこれ以上知り合いを増やす心の余裕は無い訳だが……っていうか、なんでユカリさんもミサキさんも俺の背中に柔らかいものを押しつけながら、肩越しに俺が端末を操作して時間割を確認しているのを覗き込んでいるんだ!?自分の端末で見れば良いじゃないか!?
「日本史も捨て難いですが、やはりこの世界の知識は必要ですから、このアスガリア史学というのは受けた方が良いですよね。それに歴史はロマンですし」
「薬草学ってやっぱ、マンドラゴラとか使うのかな?だとしたら面白そうだよね♪それに折角の異世界なんだし、この魔法科学っていうのも気になるよね~」
う~ん、どうやらユカリさんは歴史女子で、ミサキさんは研究女子って感じだ。
しかし異世界の学校なだけあって、普通の学校には存在しない授業が多くある。確かにアスガリア史学は必要そうだな。魔法科学はちょっと興味を引かれるが、基本、文系脳の俺に理解出来るのだろうか。
他にどんな授業があるのか確認したいんだけど、集中出来ない。
背中に押しつけられる柔らかい感触もそうだが、両の耳元に感じる彼女達の吐息から漂う甘い香りも俺の脳の働きを鈍らせる。
よくあるハーレム系主人公なら、こんな時も動じずに積極的になれるのかもしれないが、俺にそんな事は無理…つーか、そんな度胸があったらこんな程度でドキドキしないっつーの!
「ユウキさん、どうかしましたか?」
ユカリさん。お願いだからそんな近くからこっちを見ないで!意識しないようにしていたのに、凛々しい美人顔に付いているプルンとした唇が目の前に見えて、更にドキドキが激しくなって、もうそこから目が離せない。
「ほら、ユウキ!とりあえずいくつか面白そうな授業も選んだし、早速、行ってみよっ!」
そう言ってミサキさんが俺を引っ張って立たせる。
グッジョブだ、ミサキさん!
強制的にユカリさんの顔から離してくれたので、俺の胸の高鳴りも若干収まる。というか、いつの間にか受ける授業が決められている?!
いや、まぁ、どうせどの授業を受けても2人は付いてくるだろうし、今の所、受けたいと思う授業は無いから、別に良いんだけどさ。
そんなこんなで俺の高校生活は始まったのだった。
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