第8話 残念ながら神に見放された人達という事になります
波乱の入学式の翌日。
俺達新入生は再び昨日と同じ講堂に集まっていた。
昨日、あんな目に遭ったばかりなのに皆、よく集まったよな~。俺も人の事は言えないけれど。
ただどういう訳か講堂内の雰囲気はやけに和やかな感じだ。まるで昨日の出来事の恐怖を忘れたかのように談笑したりしている者も多い。
ミサキさんなんて講堂に入った瞬間に顔を青褪めさせ、震えてしまって中々前に進む事が出来なかった。今も俺の隣で強く手を握って恐怖を紛らわせている。昨日の様子から平気そうだと思っていたのだが、俺に心配を掛けないように元気に振る舞っていただけのようだ。
反対隣にいるユカリさんは特段、変わった様子は無い。
心構えをしていたと言っていたし、元々、気が強い傾向にある。オーガと遭遇しても腰を抜かさない程の胆力もあるくらいなので、きっと平気なのだろう。現に昨日もこの場所に戻ってきてからすぐの先生の話をちゃんと聞いていたくらいだ。
それにしてもどうも視線が気になる。
武士のような凛々しさを持つクールビューティー系のユカリさんはそれなりに目立つ。そしてフワフワした子犬っぽい可愛い系のミサキさんも幼さはあるものの美少女と言っても過言ではないので、目を引く。
そんな2人を挟んだ間に俺が居るのだから、そりゃ気にもなるだろう。
ただ好奇の視線を向けてくるだけで話し掛けてくるものはいない。それが微妙に居心地が悪くて、尚更、視線が気になるのだ。
「あっ、あいつ……」
ミサキさんが小さく呟いて憎しみの視線を向けた先には、昨日の金髪が居た。2人の言葉を信じていなかった訳ではないが、本当に生きてやがった。
しかもあれだけボコったのに痣すら見当たらない。生き返る時に怪我まで完全に治ったらしい。
まぁ、頭を潰された状態だったから、治さないと生き返れなかったんだろう。
俺達の視線に気が付いたのか金髪がこちらを向くが、舌打ちをした後に慌てたようにすぐに顔を逸らす。
怪我が完治してようと、俺に一方的にボコボコにされた記憶はあるのだろう。
あれだけ一方的だったのだから仕返しには来ないと思うが、俺の居ない所でミサキさんに仕返しに来るかもしれない。一応、警戒はしておこう。
「おはようございます、新入生の皆さん」
講壇に穏やかな表情とは裏腹に自己主張の激しい胸を持った女性教師が姿を現し、ザワついていた講堂内が静かになる。
「改めまして、皆さん。ご入学おめでとうございます。私は皆さんに数学を教える事となる宗村です。宜しくお願いします」
おっぱい先生…もとい胸村先生…もとい宗村先生の登場で男子生徒の殆どが色めき立つ。
たわわに実った2つの果実が講壇の上に鎮座している光景は目を奪われるものがある……ってちょっと!なんで2人とも俺の腕に胸を擦り付けてくるんだよ!それに痛いので手の甲をつねるのも止めて下さい。
「おっぱいの大きさなんて関係ないんだからね!」
「そうです。大きさよりやはり形が大事なんです!」
頼むからこんな所で対抗意識を燃やさないで欲しい。
そりゃ思わずあの爆乳に見入ってしまったが、視線がそこへ向いてしまうのは青少年として仕方が無い事だと思うので、許して欲しい。
とりあえずしっかりと抱きつかれて振り解く事は出来そうにないので、せめて両腕になるべく意識が向かないように宗村先生の話に耳を傾ける。が、宗村先生が話す内容は、昨日ユカリさんから聞いた話と全く同じだったので、聞く意味は無かった。
というか知ってる内容だったせいで集中が途切れ、腕に伝わる柔らかさの方に意識が向いてしまった。
おかげで先生の話が終わりを迎える頃には俺の頭は完全に茹で上がる寸前だった。
「それでは今から皆さんの所属クラスを張り出します。どのクラスになったか確認した人は速やかに各教室へ移動して下さい。教室の場所は講堂の外に居る先生が教えてくれます」
宗村先生がそう言うと数人の教師が講堂の左右の壁にそれぞれ5枚の張り紙を貼り付ける。
遠目では書かれてある内容は見えないが、一番左がAクラスで一番右端がEクラスという感じで1枚の張り紙で1クラスという別け方になっているようだ。
「あ、ほ、ほら。俺達も見に行こうぜ!」
好機とばかりに立ち上がると自然と胸を押し付けられて組まれていた腕が解ける。
ふぅ。なんとか脱出成功。
俺は再び掴まってしまう前にそそくさと張り出された紙の前へと向かう。
それぞれのクラスごとに名前は50音順に並べられてあるようだ。
俺は蓮城の“れ”でほぼ最後の方だから後ろから探していく方が早い。
ユカリさんは式部だから“し”、ミサキさんに至っては中島の“な”でほぼど真ん中だから探すのに時間がかかっている様子だ。
っていうか俺の名前もまだ見つからない。Aから順に探し始めDまで俺の名前は無かった。まさかEクラスだとは。もし反対側から見ていけばすぐだったのかよ!
無駄な労力を割いてしまった気分だが、まぁ、こういう事もある。
もしかしてここで“
「あの、ユウキさん。お名前ありましたか?」
「ああ、見つけてないけどAからDには見当たらなかったからEクラスみたいだ。そっちは?」
「え?一応、私も確認はしていましたがEクラスにユウキさんのお名前はありませんでしたよ?それに私の名前もどこにも見当たらないんです」
は?そんなバカな話があるか?!俺はまだ確認していなかったEクラスの張り紙で自分の名前を探す。が、確かにユカリさんの言う通り俺の名前は見当たらない。
見落としたのかと思って改めてEクラス側から順番に確認していくが、やっぱり無い。
それに俺だけじゃなくユカリさんとミサキさんの名前もどこを探しても見つけられなかった。
「ユウキィ~……こ、これって……」
ミサキさんが不安そうな表情で俺の袖を掴む。
他の生徒が名簿を確認して次々と講堂から出て行く中、どこにも名前の書かれていない俺達はその場で呆然と立ち尽くすしか出来ない。
そしてその場に最後まで残ったのは俺達を含めて7人だけ。動こうとしないから、きっとこの4人も俺達と同じようにどこを探しても名前が無かったのだろう。
「残った方はこちらに集まってください」
宗村先生が俺達を集める。
「ここに居る皆さんは先日の神の試練で信徒になれず、残念ながら神に見放された人達という事になります」
他の4人の事は分からなかったが、俺達3人の名前が無かったので、多分そうだろうとは思っていた。
ただ俺は学校側が把握していないだけで加護を持っているんだけど、まぁ、説明も面倒なんでとりあえず今は黙っておく事にする。
「ですが皆さんは逆に幸せだと思います。例外は存在しますが、神に魂を捧げ、信徒となってしまった生徒達は基本的にもうこの世界から逃れる事は出来ません。一時的に元の世界に戻る事は可能ですが、魂が神に握られているので1ヶ月以上、元の世界に留まる事は出来ません」
1ヶ月以上、アスガリアから離れていると一気に衰弱してしまうらしい。
要は命を救ったという恩を一方的に押し付け、その生殺与奪権を盾に自分の手駒にするという訳だ。しかもたとえ卒業しても元の生活に戻る事が出来ないとか。
もうこれは完全な詐欺じゃないかと思うけど、死からの復活と加護という名の強大な力をチラつかせられたら抗えないんだろうなぁ。
その上、この学校はこの世界で生きていく知識と技術を学ぶ学校だ。
人によっては半不死の能力や加護がある分、向こうに戻るよりこの世界に居た方が良いのかもしれない。
「彼らはもうこの世界で生きていくしかありません。ですがこの世界に魂を囚われなかった皆さんにはまだいくつか選択肢があります」
「選択肢?」
「はい。1つ目は自主退学して地球に戻る事です。この世界の記憶は消させていただきますが、以前の生活に戻る事が出来ます。新たな入学先もちゃんとこちらで手配をしていますのでご安心下さい」
既に昨日の時点で3人が自主退学したそうだ。
まぁ、いくら生き残ったとはいえ、加護という対抗出来る能力を持たない者に、あの恐怖をこれからも味わい続けさせるには精神的に酷というものだ。
ちなみに神に召し上げられて信徒になった者は既に1度、死の恐怖を実体験しているおかげで恐怖心が薄れるのだそうだ。
クラス発表前の講堂の雰囲気が和やかだったのはそういう理由だった訳だ。
確かにあんな化物共と戦うのにいちいち恐怖を覚えていたら、まともに戦いにならない。
俺はあの猫耳女神に恐怖心が和らぐように感情を弄られてしまったので問題は無いが、ユカリさんとミサキさんはここで元の世界に戻った方が良いんじゃないだろうか?
あっ、でもユカリさんはこの学校で修行をして強くならなければいけないとか言っていたから、きっと辞めないだろうなぁ。
となるとミサキさんだけでもと思って彼女の方に顔を向けるが、どうやら俺の表情で何が言いたいか察してくれたらしい。
「大丈夫!アタシはユウキとずっと一緒だもんっ!!」
ってか、全然、伝わっていなかった。そして今の言葉から彼女も自主退学する気が無い事も分かってしまった。多分、俺と一緒に居たいというだけの理由なのだろうが、きっと何を言っても考えは変えないのだろう。
宗村先生の説明は続く。
「ただし記憶消去には記憶障害というリスクがありますので、その点も踏まえて考えて下さい。そして2つ目ですが、学校は辞めて貰いますが、その後はこの街で働くという事です。知っての通りこの街には様々なお店があります。そこで従業員となる訳です。この街で働く場合は基本的には街から外へ出ることは出来ません。ですが一応、口外出来ないように加護の力で制約はさせて頂きますが、記憶を消される事無く、元の世界と行き来する事が可能となります。就職先もちゃんとこちらで斡旋しますのでご安心下さい」
先生はこれが一番のお勧めだという。
確かに記憶障害のリスクも無く、こちらとあちらを自由に行き来可能で、化物と戦わなくても良いのだから、戦う力の無い者には最も良い選択肢と言える。
しかし限定的な制約をかける事も出来るなんて、本当に加護とは万能だなぁ。
まぁ、使用者にとってはそれ以外が一切出来ない使い勝手の悪い加護だと思っているかもしれないが。
それでも複数の加護を組み合わせれば、どんな事でも出来てしまいそうだ。
「そして3つ目ですが、これは学校に留まる事……なのですが、正直、私はお勧めしません」
その理由は、恐怖心の問題だけでは無いらしい。
どうやら加護を授かると身体能力が上がる事が分かっているそうだ。言われてみれば、確かに俺も身体能力が上がっているのを実感していた。
今朝の日課のランニングでは昨日の半分の時間でそれほど疲れを感じずに、同じ場所まで辿り着く事が出来た。朝の段階では、昨日は腹が減っていたからそれくらいの時間が掛かったのだろうと思っていたが、よくよく考えると半分も短縮されるのは異常だ。
それに昨日、オーガを斬り裂いた時の動きは自分でも驚く程のスピードだったし、あの金髪をボコボコにする際も向こうの動きが完全に見えていた。
つまり加護持ちは基本能力が底上げされているという事だ。
ただでさえ加護の分だけ差が付けられている上に、身体能力の面でも差が更に広がってしまうのだ。
「更に言えば、信徒となれなかった皆さんは、もしこの世界で死んでしまえば、生き返る事は出来ませんし、その段階で神に召し上げられるという事もありません」
学生として残るという事は、オーガのような化物が蔓延る街の外へ出なければいけない事を意味し、常に死の恐怖を感じていなければいけない。
能力的に劣っているとなれば、スタートの段階で周りに比べて2歩も3歩も遅れているので、無理をしなければいけないのに、何をするにも死なないように慎重に慎重を重ねて行動しなければいけない。それらはかなりのストレスになるだろう。
かつてそんなストレスが溜まりに溜まって、精神異常を起こした生徒も居たらしいので、このように最初に生徒自らに自分の今後を選らばせているのだそうだ。
「この話を聞いても、まだここに残ろうと思っている人はいますか?」
宗村先生の問い掛けに即座に手を上げたのは俺とユカリさん。そして少し遅れてミサキさんが手を上げる。
魂を捧げた訳ではないが、俺は既に加護持ちだ。力を授かる替わりにゴルドーってヤツの力を弱らせるという契約をした以上、それを反故にする訳にはいかない。それにもしかすると信徒となった他の生徒と同じで、俺もこの世界に生き続けるしかないかもしれない。それについては今度、あの神達に出会った時に尋ねるとしよう。
流石に他の4人は手を上げない。
まぁ、普通はそれが当然だ。自分で言うのもなんだけど、俺達の方が異常なんだ。
「本当に良いのですね?……分かりました。それでは他の皆さんは係の人が退学の手続きを指示しますので、それに従って下さい。では今手を上げた3人は私と一緒にEクラスの教室に向かいましょう」
「はい、分かりました」
俺達は頷く。
そして俺達3人は宗村先生の後ろに付いて、Eクラスの教室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます