第7話 俺の脳はキャパオーバーだ。もうどうにもでもしてくれ!
目が覚めると見知らぬ天井だった。
厨二病患者が一度は口にしたい台詞ベスト10に入るであろう台詞を、まさか実現出来るとは思わなかった。
ただこの学校に来てから俺が知っている天井は今の所、寮の天井くらいなので、どの天井を見ても見知らぬ天井にはなるだろうが。
どうやら俺はベッドの上に寝かされていたらしい。白いカーテンで周囲を覆われているので、多分、病院か保健室といった所が妥当な線か。
身体に異常は感じられない。どれくらい眠っていたか分からないが、気怠さも無いし、体力も完全回復している感じだ。流石に腹は減っているみたいだが。
上半身を起こすと、枕元に俺のスマホと制服の上着が綺麗に畳まれて置いてあった。
スマホで時間を確認すると17時。
昼飯を食いそびれたのだから、腹が減っているのも当然だ。
「けどあれからどうなったんだ?」
あのジャングルでの出来事と化物が実は夢だったなんてご都合主義な事は思っていない。
なんていったって、俺の頭の中には加護の使い方がちゃんと残っているのだから。
つまりあれは現実。そして俺がジャングルでは無くここに居るという事は、どうやってか知らないが、あの場所から生きて戻ってきたという事だ。
そうだ!あの2人はどうなったんだ!!
俺は慌ててベッドから降りて、上着を掴む。と同時にカーテンの向こうからガラガラと部屋のドアが開く音が聞こえる。
俺はカーテンを一気に開く。
「キャッ」
勢い良くカーテンが開いた事に驚いたのか、小さな悲鳴が上がる。
「目が覚めたようですね」
「ふ、2人とも怪我は無いのかっ!!あの化物は!なんで俺はここに!?」
「うわぁ~ん、王子様!目が覚めて良かったですぅ~!!!」
ツインテ少女が部屋中に響く程に大泣きしながら俺に抱き付き、剣術娘が凛々しい表情の中にもやや安堵した雰囲気を漂わせて「やれやれ」と呟き、俺は俺で何がどうなって、どうなったのか疑問ばかりが頭の中を占めていく。
「なぁ、何がどうなったんだ?俺はどうして――」
ぐぅぅぅぅぅぅ~~~
身体は正直というか、相変わらず俺の身体は食欲主体なようだ。
「また幻覚を見て変な事をされないように、説明は食事をしながらにしましょうか」
「うんうん!アタシもお腹空いちゃったし!」
剣術娘は、チャラにするとか言ってた割には今朝の事を根に持っているようだ。まぁ、ジト目じゃないので、冗談のつもりで言っているのかもしれない。けど本当にごめんなさい。だからもう掘り返さないで欲しい。
ツインテ少女はついさっきまで大泣きしてたのが嘘のように笑顔だ。
未遂とはいえあんな事をされたのにもう笑えるなんて凄いな。っていうか「ごっはん♪ごっはん♪」とノー天気に浮かれている姿を見ると、もしかするとノー天気過ぎて既に頭からその記憶が抜け落ちているのかもしれない。
まぁ、この件も蒸し返さないのが一番だろう。
「食べに行くのは俺も賛成なんだけど、えっ、えっと、あの、その…そろそろ離れてくれない…かな?」
流石にもう半裸ではないが、ずっと抱き付かれているのは、その、嬉しいんだけど、歩きにくいし、何より恥ずかしい。かといってこんな嬉しそうな表情を前に、俺に振り切る勇気なんて出ない。
「え~っ!あなたはアタシの運命の王子様なんだから、これくらいいいじゃない」
「えっと、出来ればその王子様って呼び方も止めてくれないかな。その、え~っと、あの……あー……」
助けを求めるように剣術娘の方に視線を送る。俺は2人の名前を知らないので呼ぶに呼べない。流石に剣術娘さんとかツインテ少女さんとか呼ぶ訳にもいかないし、どうしようか。
しかしどうやら彼女は俺の言いたい事を理解してくれたらしい。
「そう言えば自己紹介が遅れましたね。私は
「あ、うん。えっと俺は蓮城ユウキ。そ、その、ヨロシク」
「アタシは
「いや、様付けもどうかと……」
「えっ、そ、それじゃ…呼び捨て?それとも旦那様?……キャーッ、もうどっちでも夫婦みたいで恥ずかしいよ~♪」
友達とか恋人とかの階段を全部すっとばして、もう夫婦かよ!
「もう呼び捨てで良いですから、間違えても旦那様とか言わないで下さい。お願いしますから……」
それで妥協するしかない。そうじゃないときっともっと大変な呼び方になりそうだ。
俺がミサキさんとそんなやり取りをしていると、
「あ、あの…それでしたら私も、あなたは命の恩人でもありますし…その…ユウキ……さんと呼ばせて頂いて宜しいですか?」
「え、ええっ!?」
いやいや、なんでそっちまで対抗意識燃やしてんの?
凛々しい顔を僅かに赤らめて、モジモジしている姿はちょっと可愛いと思ってしまったけど、何故こうなった?
ミサキさんは……まぁ、乙女シンドロームを患っているようなので、これは仕方が無い。多分、熱が冷めれば、同じように俺への興味も冷めてくれるだろう。きっと、多分、メイビー。
けどユカリさんには正直、好感度が上がるような事をした覚えが無いぞ?というかそもそも今朝の事でマイナススタートだった。
一応、チャラにはなったが、あのジャングルでもミサキさんにベタベタされたのを振り切らなかったり、下着をチラ見したりして、ジト目で睨まれていたので、絶対に好感度は上がっていなかったはずだ。
なのにこれは……あっ、もしかしてあるとしたらアレか?吊橋効果ってやつなのか?
短い時間で好感度が爆上げするとしたら、それくらいしか思いつかない。
とユカリさんが好感度を上げた理由に思いが至った瞬間、右腕にふにゅんという、今朝、右手で感じた柔らかさを感じて考えが霧散する。
「うえぇっ!ちょ、ちょっと!?」
ユカリさんが恥ずかしそうに顔を背けながら、俺の右腕を抱えてくる。しかも胸を押し付けながら。
服越しとはいえこの感触は……ってうわぁ!
今度は左腕にむにゅんと別の柔らかさが押し付けられる。
「ほらほら、ユウキ。早く行こうよ~」
ミサキさんが左腕に抱きついて、早く食事に行こうと急かしてくる。
幼さがまだ残っているミサキさんは、ユカリさんどころか猫耳女神より小さいが、しっかりと膨らんでいて女性特有の柔らかさがある。
両脇から2人の美少女に挟まれ、異なる柔らかさを腕に押し付けられ、俺の脳はキャパオーバーだ。もうどうにもでもしてくれ!
オーバーヒートして何も考える事が出来なくなった俺は2人に引き摺られるように学校を後にするのだった。
* * * * * * * * * *
異世界でも季節は日本と同じらしく、まだ18時前なのに既に夜の帳が落ちている。4月初めな上に高い断崖で周囲を覆われた山の火口の中にある街という事で、日が暮れるのが早いというのもある。
ああ、断崖に囲まれてるって事はここに居ると夕焼けはまともに見れないってことか。あの昼でも夜でもない間の時間って儚いけど好きなんだけどな~。
惚けていて現実逃避でそんな事くらいしか考えられなかった俺が我に返ったのはファミレスに着いた時だった。
商店街にあるファミレスに入り、4人掛けの席に案内された際に、俺の隣にどっちが座るかの言い合いになり、ジャンケンを始めて2人が俺の腕を離してくれたからだ。
ちなみにあいこが続いてなかなか決着が着きそうに無かったので、2人が平等になるようにと俺の向かい側にユカリさんとミサキさんが並ぶように座って貰う事にした。
隣に座れなかった事に最初は2人とも不服そうな表情だったが、俺の顔を正面から見れるからそれでいいかという事で落ち着いたらしい。
ゲーム等ではハーレムエンドなんてあったりして、ハーレムは男の夢だなんて言う人も居るが、あんなのは男の願望しか反映していない都合の良い夢物語だ。
たった2人でもこの有様で、俺は翻弄されっ放しだ。
女性に慣れていない事を差し引いても、2人の女性に好かれて嬉しいという気持ちより、面倒事が増えて疲れるという思いの方が強い。
ちなみにこの2人は、競争意識は高いものの不仲という訳では無いようだ。
俺の目から見たら仲の良い姉妹に見えるし、実際に今もお互いに注文したケーキとパフェをシェアしあって嬉しそうに食べている。
今後どうなっていくかは分からないが、とりあえず今の段階では恋人の座を賭けた骨肉の争いに発展するようなことは無さそうだ。俺をここまで連れて来たあの腕組みの時にもなんとなく感じたが、もしかすると目の前のケーキとパフェのように俺自身も2人でシェアされているのかもしれない。さっきの席決めジャンケンも互いに平等に決めようとした結果なのだろう。
さて、俺の方も食事を済ませて人心地ついたので、そろそろ俺が気を失っている間に何があったか教えて貰うとしよう。
「それであの後どうなったんだ?」
「はい。ユウキさんがあの化物…オーガを倒した所までは覚えていますよね?」
空間を斬り裂いただけなので斬ったという感触は無いが、胴を真っ二つにしたのは覚えている。そうかなんとなく鬼っぽいとは思ったが、あれはオーガだったのか。
それから力を使い果たして意識を失う直前に、一番最初に襲われて俺が腕を斬り裂いたオーガが現れた所までは意識がある。
「うん。アタシ達ももうこれで殺されちゃうんだって思ってたら、地面がピカーってなって、気が付いたら入学式をやってた場所に戻ってきてたの」
「先生が仰るには、転送の加護であの森のような所に送って、ある程度の時間が過ぎると強制的に元の場所に戻るようになっていたそうです」
うん。もう驚かない。実際に加護の力は体験しているし、神や人によって異なる加護が発現する事も知っていたので、そういう加護があっても不思議じゃない。
「それでそれで聞いてよ、だん…ユウキ!!」
ミサキさん。今、思わず旦那様って言おうとしたね?けど思い留まってくれてありがとう。
こんな公共の場で旦那様呼ばわりされたら、もうこの店に来れなくなっていただろう。というか狭い街だから、変な噂はすぐに広まってしまいかねない。そうなったら俺、この街で生きていく自信が無い。
そんな俺の杞憂など気にする様子もなく、ミサキさんは言葉を続ける。
「アタシを犯そうとしたあのクズ男。ちゃっかり生きてるんだよ!!」
はっ?生きてる??そんなわけが無い!彼女達には俺の影になっていて見えなかったかもしれないが、俺はしっかりと見た。顔の無い死体を。スイカをプレスしたかのように潰れ、真っ赤な血溜まりとなった金髪野郎の姿を。
思い出したらちょっと気持ち悪くなってきた。
でも食事前でなくて良かった。もしそうだったらきっと何も喉を通らなかった可能性が高い。
「正確には“生きていた”ではなく“生き返った”です。どうやらあの森は特別な場所らしく、あそこで死ぬと魂は神の元に召され、召し上げられた神に誓いを立てる事で加護を授かり、生き返ることが出来るそうです。死ぬ事が出来なかった私達は神から見放された者なのだそうですよ」
ふむ。つまりあそこで死ぬと神達が加護を与えて、蘇らせるという事か。
加護の力で半不死も可能なくらいだ。この世界には完全復活させる事が出来る加護もあるんだろう。
転移の直前に白髪の先生も「殺されても安心しろ」みたいな事を言っていた気がするしな。そうでなければ入学式当日に何の説明もなく、あんな危険な場所に送り込むはずが無い。新入生に加護を与える為の儀式みたいなものだと考えれば、色々と辻褄は合う。
ん?けどおかしくないだろうか?俺はあの場所に行く前、このアスガリアに足を踏み入れた瞬間にあのジジィと猫耳女神に出会った。それに死んだ訳でも無いのに加護も貰ったぞ?
あいつらが嘘を言っているようには思えなかったし、それにユカリさんが言うには神から見放された者の中には俺も含まれているらしい。つまり学校側は俺が神から加護を貰ったという事実を把握していない事になる。
「今日の所はそれ以上の説明は無く解散となりました。詳しい事はまた明日、お話があるそうです」
戻ってきた後に意識があった者は、今、ユカリさんが話してくれたのと同じような説明を受けたらしい。だが俺と同じように意識を失っていた生徒も多数居たそうだから、詳しい説明を翌日にしたのも当然だ。
明日の朝、今日と同じ講堂に集合する事を言い渡されて解散となったのだそうだ。
ちなみに目が覚めたのは俺が一番最後だったらしい。加護の力の使用はそれだけ消耗が激しいという事だろう。今回はたまたま強制帰還のおかげで助かったが、使い所などは色々と考える必要があるな。
まぁ、何はともあれ、今日も色々とあって疲れた。きっと今夜もぐっすりと眠れることだろう。
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