第6話 女の前で格好付けなくて、いつ格好付けるのだろうか?
俺が加護の説明を終えると彼女は考え込む。
多分、あの怪物を倒す為に最も有用な方法を考えているのだろう。
だがいくら考えても今の俺達があの化物を倒す方法は2種類しか存在せず、最も有用と思われるのはその内1つしか無い。
「わ、私が囮になりま――」
「だが断る!」
俺は彼女に最後まで言わせない。
「けれど生き残る為にはそれしか方法が思いつきません!」
「確実に一撃であの化物を殺せる確証が無い限り、囮作戦なんて俺が許さないから!!」
彼女が囮となって誘き寄せ、身を隠した俺が必殺の一撃で止めを刺す。
化物を倒す事が出来る加護を持っているのが俺だけなのだから、確かにそれは理に適っている。
だがそれは彼女を危険に晒すだけでなく、死の危険さえもある。
いくら彼女が剣術を学んでいて俺よりは戦う知識を持っていたとしても武器も何も無い状態で、しかも相手が常識外の存在であることも踏まえると、死ぬ覚悟をしないと誘き寄せはきっと成功しないだろう。
フェミニストを気取る訳ではないけど、そんな危険な事を彼女にさせられない。させたくない。
なぜなら彼女の声が僅かに震えていたから。
気が強かろうと、肝が据わっていようと、剣術道場の娘だろうと、死の恐怖に怯えない人間など居ない。特にあんな化物を相手にするとなれば尚更だ。
「他の手を考えよう。それに倒すだけが選択肢じゃ無い。確かにあの化物を倒せれば、安全は確保出来るかもしれないけど、2人で考えればこのジャングルから抜け出す事も出来るかもしれないじゃないか」
可能性を示して見せたが、正直、この場所から逃げ出す事なんて無理だろう。
ちゃんとした装備があればまだしも、俺達は入学式の途中でいきなりここに連れて来られたので、来ている服は学生服。所持品も時計代わりの電波が通じないスマホくらいなもの。
食料も無いので、ジャングルを抜け出す前に飢えてしまう確率が高い。
親父に世界中を連れ回されていたおかげである程度のサバイバル経験と知識はあるものの、地球とは別の世界なので食べられる草や実がどれかすらも判別出来ない。
手詰まり感が半端無い。
そのせいで俺も彼女も次の言葉が口から出ず、俯いて黙り込んでしまう。
「――い……いやぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」
それは女性の悲鳴。
突然聞こえたその悲鳴に俺達はビクリと肩を震わせ、顔を強張らせながら上げる。
もしあの講堂にいた新入生が全員、同じ場所に来ているのなら、この悲鳴を上げている人物も俺達と同じ立場ということになる。
身を守る術も戦う術も持たない狩られる側の人間。
「い、いやぁ!来ないでぇぇぇぇ!!!」
悲鳴は近付いている。
何かに追われて、逃げているのは確実だ。
彼女が俺の顔を見詰めてくる。その凛々しくも美人な顔にちょっとドキリとする。
「い、行きましょう!」
そう告げると震える身体を抱きながら、彼女が立ち上がる。
聞こえてしまったのだから、このまま見過ごす事など出来ない。
助けを求めているのだから、無視する事など出来ない。
もしあの化物に追われていたとしたら、ここで見て見ぬ振りをする事は、必死に逃げているだろうその人物を見殺しにする事を意味する。
「うん。助けに行こう」
俺も頷いて立ち上がると、震える彼女の手を安心させるように握る。
休んだおかげで大分、体力は回復している。まだ少し身体は重いが、動けない程ではない。この体力なら“
彼女の手を引きながら、悲鳴が聞こえたと思われる方向へと走り出す。
急ぐが、さっきの逃走時のようなスピードでは無い。彼女のスピードに合わせた余裕のある速さだ。
この先にあの化物が居るかもしれない。
もしその時に、走り疲れてしまっていたら今度こそ逃げ切れないだろうから。
「いやだぁぁっっ、もうやめてよぉぉぉぉっっっ!!!」
徐々に悲鳴が近付いてくる。
自分が死ぬかもしれないのに人を助けようなんて思える程、俺は出来た人間じゃ無い。なのに何故か俺は今、助けを求める声に向かっている。
そして死ぬかもしれないという恐怖すら今は感じていない。
俺はいつからこんなに勇敢な人間になったのだろうか?
いつから俺はこんなに立派な人間になったのだろうか?
いや、単純にこの異常な状況と緊張が続いたせいで恐怖心とか色々な感情がマヒしているのだろう。
そして恐怖に耐えながらも他の人を助けようとしている彼女がいなければ、こんな行動をしようとは思わなかっただろう。
そうでなければこの俺がアニメのヒーローのように見ず知らずの人間を助けようなんて思うはずが無い。こんな英雄的な行動を取ろうなんて思うはずが無い。
「ひぃっ、いやっ!止めて!来ないでっ!放してぇぇぇぇっっっ!!!」
すぐそこの茂みから悲鳴が聞こえる。
聞こえてくる状況から既に追い付かれてしまったようだ。
すぐにでも突入しなければ手遅れになりかねない。
俺は引っ張っていた彼女の手を離して独り加速する。
いつでも加護を発動出来るように心構えをすると、悲鳴の上がっている茂みへと一気に突入する。
視界に捉えたのはまだあどけなさを残すツインテールの少女。
ここまで必死に逃げてきたのか、脛や太股には小さな擦り傷や切り傷が見える。
組伏せられている為、よくは見えないが、スカートは半ばまでずり下ろされ、ブラウスも無理矢理破られたかのようにビリビリだった。
手足をバタバタと動かし、首を振って抵抗する少女の瞳からは涙が溢れ、叩かれて赤くなったらしい頬を伝って流れていく。
「テメェ!何やってやがんだ!!」
俺は加護の力を使わず拳を握り締めて、少女を組み伏している奴の顔を怒りに任せて全力でぶん殴る。
少女に馬乗りになっていた奴が吹き飛ぶ。
「……あっ……」
何が起きたのか分からないといった表情をする少女に俺は慌てて制服の上着を脱いで投げ渡す。
リボンの付いたピンク色の可愛らしい下着が露わになって、目のやり場に困ったからだ。
状況が状況でなければ、思わず見入っていたかもしれないが、俺はそんな欲望を振り切って、殴った奴に鋭い視線を向ける。
「テメェ、いきなり何しやがんだ!」
俺が殴った奴が血走った眼で俺を睨み付ける。
少女を襲っていたのはあの化物では無く、俺と同じ制服を着た金髪に口ピアスをして少し悪ぶった印象の男子生徒だった。
「それはこっちのセリフだ。この子に何をしようとしてたんだ!」
「ケッ!どうせ俺達はここで全員死ぬんだよ!だったら最後にその女に気持ちいい思いをさせてやろうって思ったんだよ!!邪魔すんじゃねぇ!ぶっ殺すぞっ!!」
まぁ、予想通りの答えだな。
きっとこいつもあの化物に襲われたか、あるいは誰かが襲われている所でも目撃したのだろう。
その結果、いつ殺されるかも分からないので、自棄を起こして凶行に走ったという訳だ。
しかも自分は加害者では無いと主張するかのように“しよう”ではなく“させてやろう”とか言って、自分を正当化しようとしている。
最低なクズ野郎だ。
そりゃ俺だって男だから、死ぬ前にせめて一度はって思いが無い訳じゃないので、こいつの気持ちも分からないでも無い。
幼さが残っているとはいえ、この少女も結構、いやかなり可愛い。
こんな娘となら致してしまいたいという気持ちも分からないでもない。だが無理矢理は良くない。犯罪だ。
こんな場所で日本の法律が適用されるのかは分からないが、それを抜きにしても人としてやってはいけない事だ。
「クソッ、女の前だからってカッコつけてんじゃねぇぞっ!!」
いや、女の前で格好付けなくて、いつ格好付けるのだろうか?
俺は健全な男子なので男より女にモテたい。だから当然、女の前で格好を付ける。男の前で格好付けて、男に惚れられても困る。っていうか絶対に嫌だ。
理性を失って殴り掛かって来る金髪のパンチを、俺は一歩後ろに下がって余裕で避ける。そして金髪の身体が泳いだ所で右の拳を振り上げてアゴ目掛けてアッパーカット。
恐怖がマヒして、頭がスッキリしているおかげなのか、身体の切れが良く、相手の動きも良く見える。そしてチラチラと視界の端に見え隠れするピンクも良く見える。
少女に寄り添いながら、彼女……あっ、そういえばまだ名前も聞いて無かったな……彼女が呆れたような、蔑むようなジト目を俺に向けている。
チラ見しているのは少女が無事かどうかを確認しているだけであって、決して下心はないんだ。意識しないようにはしているけど、濃緑色のジャングルの中には存在していない可愛らしいピンク色が目に入ってしまうのは不可抗力なんだ。それに折角、制服を投げ渡したというのに、肩に羽織っただけでちゃんと前を隠そうとしない方も悪いと思うんだ。
だからそんなジト目で見ないで欲しい。
「って……ありゃりゃっ?」
そんな事を考えつつ、チラチラと余所見しながらでも金髪の動きが余裕で見えてしまうもんだから、ついついボコボコとカウンターかましまくってたら、いつの間にか金髪最低クズ野郎が白目を剥いて大の字に倒れていた。
ちょっとやり過ぎたか?いや、でもあの少女にやろうとした事を考えれば、これでも甘い方か?
でもまぁ、流石に延びている相手にこれ以上、追い打ちをかけるのもなんなので、この辺で勘弁しておこうか。
「大丈夫だった?」
金髪をその辺に捨てつつ、俺は座り込んでいる2人の元へと歩み寄り、少女に声を掛ける。
一応、少女の姿をなるべく見ないように目は逸らしているのだが、隣から突き刺さるジト目が痛い。
「もう安心して良いですよ。この人は…まぁ、ムッツリみたいなのできっと大丈夫です。さっきのように無理矢理、襲い掛かって来たりはしないでしょう。それにもし襲ってきたら私がすり潰しますから」
酷い言われようだが、まぁ、あながち間違ってはいないので、反論は出来ない。
もし女性に襲い掛かれるだけの度胸と根性が俺にあったのなら、当に童貞なんて捨てている。
それにしても一体何をすり潰すというのだろうか……彼女の口から直接聞いてみたい気もするが、そんな事を尋ねたらマジで大事な所をすり潰されかねないので黙っておこう。
「え、えっと、そそその子の事は頼んだ!!」
半裸の少女をしげしげと眺めている訳にもいかないし、なによりジト目に耐え切れなくなったので、俺は彼女に丸投げして背中を向ける。
「……お……お………」
少女が声を震わせて何かを呟いているのが聞こえるが、声が小さくて震えているので言葉になっていない。
うん、まぁ。いきなり変な所に飛ばされ、目の血走ったクズ野郎に襲われたのだ。きっと相当に怖かったのだろう。
とりあえず少女が落ち着くまでは彼女に任せて、俺は周囲を警戒しておこう。
クズ野郎はしばらく目を覚まさないだろうが、あの悲鳴とこの騒ぎを聞き付けて、あの化物が近付いていたら危険だからな。
とか思って周囲に意識を向けようとした瞬間、
「お、王子様!!あなたはアタシの白馬の王子様!!遂に巡り合えたわっ!!」
突然、少女が飛び付くように俺に抱き付いて来た。
飛び付いたせいで羽織っていただけの俺が渡した上着も地面に落ち、その下のブラウスもほとんど肌蹴ていて、ほぼ下着にしか身に付けていない状態。
肌色成分が9割近くのツインテ少女が頬を上気させて俺を見上げてくる。
「窮地に颯爽と現れて助けてくれたあなたはアタシの王子様!!」
「ちょっ、えっと、あの…その……」
動揺はしているが、突き刺さるジト目と少女が興奮してテンションマックスなおかげで、俺の方は逆に引き気味で少し冷静になれる。
これは夢見がちな少女によくある乙女シンドロームという奴か。
男子が勇者やヒーローに憧れたり、邪鬼眼的な特別性があると妄想するのと同じで、女子にもお姫様やヒロインに憧れ、夢見る乙女を妄想する事がある。
厨二病の類ではあるのだが、やや系統が違うので、俺はなんとなくそれを勝手に乙女シンドロームと名付けていた。
「この運命の巡り合わせをアタシは絶対に手放さないわっ!」
下着姿で俺の胸元に頬をスリスリしてくる少女に俺はどうしたら良いか分からずうろたえるばかり。
引き剥がそうにも、いかにもスベスベで柔らかそうな肌に触れる勇気が湧いてこない。単に抱き付かれているのが嬉しいからそのままにしているという訳じゃない。
それにこのまま抱き付かれていると、身動きが出来ない上に突き刺さるジト目が滅茶苦茶痛い。
というかそんな目で見てないで助けてくれ。
俺は正直、一杯一杯なのだ。手を出さないように我慢しているので精一杯なのだ。だから助けてくれ!
助け船を求めるべく、彼女に視線を送る。
しかし彼女は助けてくれるどころか、唇を震わせている。
もしかして怒っているのか?と思ったのも束の間、ジト目だった彼女の顔が血の気が引いたように青くなり、瞳が見開かれる。
そこで俺も背筋を走る悪寒を感じる。
しまった!半裸の少女に抱き付かれて気が動転していて、全く気が付かなかった。
背後でぐしゃりと中身の詰まったスイカとかメロンのようなものが潰れる音。
それが何を意味するか頭が理解してすぐに俺は動く。
「この子を連れて逃げろっ!!早くっ!!」
彼女の方に少女を押しやって、俺はすぐに反転する。
真っ赤に染まった水溜りの上にある赤黒い筋肉質な足に向けてタックルを食らわせる。
全体重を乗せたにも関わらず、ビクともしない。
「GUHUU」
俺の2倍はあろうかという巨体の化物が、嘲笑ったかのような声を出す。
俺の全力のタックルなど蚊に刺されたほどにも効いていないという余裕なのだろうか?だがその余裕ぶった態度が命取りだ。
ここまで近付いてしまえば、絶対に外す事は無い。
「くらえ!“
化物の腹を横一文字に振るった俺の腕に沿って、紫色の輝きが軌跡を描く。
俺の中から一気に力が抜けていき、膝が崩れる。
だがそれと同時に化物の上半身だけが後ろに倒れていく。
一撃必殺。
なんとか上手くいったようだ……が、正直、俺の気力も体力も風前の灯火だ。
目が霞み、瞼も徐々に下りてくる。ああ、もう眠い。このまま完全に目を閉じれば楽になれると頭が訴え掛けてくる。
とりあえずあの化物を殺し、2人の身を守れたのだから、もう眠ってしまっても問題はないだろう。
俺の意識が途絶えようとした瞬間。
「きゃああああぁぁぁっっっ!!!!」
再びの悲鳴に閉じかけていた重い瞼を持ち上げる。
霞む目で見えるのは上半身と下半身に分かれた赤黒い肌を持った化物の姿。そしてその奥に見える、もう1対の赤黒い足。
ははははっ、マジかよ……これ。
切り離された化物の上半身。そこには2本の腕がちゃんと存在していた。その事実にもっと早く気付くべきだった。
いや、そもそも最初にあの化物と出会った時点で気付くべきだったのだ。
人間だって動物だって植物だって、絶滅危惧種で無い限り、同じ種族、同じ種類の動植物は数多く存在している。
あの化物と同じ種族がこのジャングルの中に数多く存在していても不思議では無かったのだ。
薄れゆく意識の中、頑張って目を見開いて見たもう1匹の化物の右腕は肘から先が無かった。
どうやら俺が最初に遭遇したあの化物がここまで追って来ていたらしい。
だがもう指1つ動かす事が出来ない。瞼も重い。
俺が意識を手放す直前に見た光景は光輝く大地。そして誰かに抱き包まれたような柔らかさと温もりの中、俺は意識を手放した。
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