第2話 わざわざ俺なんかじゃなくても、あの世界には異世界に行きたがってる連中がたくさん居るんだからそいつらを誘ってやればいいじゃないか!

 俺は今、よく分からない変な場所に居た。

 まるで水の中に居るみたいにフワフワして、前後左右どころか上下の感覚すら分からないのに意識だけは、きっちりはっきりとしている。

 周囲は真っ白で何も見えないのに自分の身体だけは知覚する事が出来、試しに手を開いたり握ったりしても、何の不自由無く身体を動かす事が出来る。

 もしかしてこれが死後の世界とかだったり?


「ほほう、時空の狭間に居て、尚、自身の存在を保っているとは……中々に強き御魂じゃのう。安心せい。お主は死んだわけではない」


 突如、どこからか声が聞こえてくる。

 右から聞こえたような気もしたが、上から聞こえた気もする。


「誰だ!!」

「儂は時と空間を司る神マータイ。よくぞ参った」


 うわぁ、自分で神を名乗るとかスゲェ痛いんだけど。そして胡散臭いんだけど。


「胡散臭いとは何事じゃ!儂は正真正銘、神であるぞ」


 今度の声は正面から聞こえて来た。

 何も無い白い空間に突如、恐ろしく顎髭が長い爺さんが姿を現した。

 真っ黒なローブに頭には三角のトンガリ帽子を被り、手には尖端が渦巻き状に曲がった杖を持っている。典型的な魔法使いの格好だ。

 やっぱり胡散臭い。


「じゃから胡散臭くなど無いわ!それに儂ら神に肉体という概念は存在せぬ。今、お主が見ている儂の姿はお主が勝手に認知した姿を映し出しているに過ぎぬ」

「ふぅ~ん…ってか、さっきからなんで俺が胡散臭いって思ってんのが分かるんだよ!」

「ここは神である儂が生み出した空間。そこに居る者の思考を読み解くなど造作も無い事よ。神じゃからな。ふふん」


 神である事をやたらと強調しているが、それが余計に胡散臭さを増してる。

 とはいえ俺の思考を読み取っているのは確かなようだ。


「ほう。流石は強き御魂の持ち主よ。この状況でも落ち着いている上に既に状況を理解しているか。なら話が早い。儂を神と信じようが信じまいが、どちらにしろお主には働いて貰わ――」

「だが断る!!」

「返答が早いわ!!事情くらい聞いてくれても――」

「だから断るって言ってんだ!早く俺を元の場所に戻せ!神を自称してここに呼び寄せたってんなら戻す事も出来るんだろ!!」


 俺は全力で断る。

 テンプレに照らし合わせるとこういうのは大抵、碌でも無い事に巻き込まれるのだ。

 神だがなんだか知らないが、勝手に異世界に呼び寄せて、お前は選ばれし勇者なので、やれ世界を救えだとか、やれ魔王を倒せだとか言うに違いないのだ。

 いわゆる巷に溢れる“異世界で英雄になろう”とか“異世界チーレム生活”とか、そんな類の物だろう。

 こんな状況で落ち着いて状況分析出来ているのは、そういうネット小説を腐る程読んでいたおかげだと言える。

 こんな話は引き籠って世間を疎ましく思ってる奴とか女にモテずこの世界に悲観してる奴とか非リアな奴らとかなら喜んで飛び付くだろうが、俺は別に異世界に行きたいと思った事なんて無い。

 こういうのは大抵、文明レベルの低い中世風でネットもゲームも存在しない世界なのだ。

 そんな世界に誰が行きたいと思うかっての。

 現代っ子を舐めんなよ!

 未来世界で現代よりも技術レベルが高ければ、ちょっと興味は……いやいや、以前から期待していた新作ゲームがもうすぐ正式サービス開始されるのだ。

 だからそれをやらない内は他の世界になんて行ってられない!


「ほら!早く元の世界に戻せっての!!こっちにだって都合があるんだよ!!」


 突発的に死んだ訳では無いのならば、恐らくはこの自称神とやらがこの場所に俺を強制的に連れて来た事になる。

 ならば元の世界に戻す事も可能だろう。

 自らが神である事を誇張しているのだから、それくらいはやって貰わないと。

 やれないのであれば、神なんてご大層な事は今後、言わないで貰いたいところだ。


「む…むぅ~……」


 自称神が俺の迫力に押され、額に汗を流して難しい顔をしている。

 おい、自称神!

 なんでそんな顔してんだ?


「って、おい!まさか……」

「いや、戻すのは簡単じゃ。じゃが、じゃがなぁ~……まさか強い御魂がここまで御しにくいとは思わなんだ……」


 ジジィがブツブツと言ってるが、戻すのが簡単ならさっさと戻せっての!


「にゃはははっ、やっぱりマータイじゃ無理だったにゃ~」


 俺がジジィに詰め寄ろうとした途端、いきなり少女のような甲高い声が俺の頭の上から降ってきた。

 いや声だけじゃない。声の主そのものも降って来やがった。

 声に反応して上を向いた俺の顔の上に軟らかな感触と共に圧し掛かり、そのまま鼻が押し潰される。

 正直に言えば、重さは殆ど感じない。

 恐らく上も下も無い無重力のようなこの空間のおかげだろう。

 もし重力があったなら、俺はそのまま後頭部を地面に叩き付けられて、頭がスイカ割りのスイカ状態になっていたに違いない。

 だがいくら重くなくても鼻を押し潰されて顔の上に座られているのには変わりが無い。


「にやぁ~ん♪初対面で女神のお尻に顔を突っ込むなんてダイタンにゃ~♪」


 突っ込んできたのはそっちで俺じゃない!

 と、というか、な、なんでもいいから早く降りてくれ!!


「にゃにゃにゃ?もしかして恥ずかしがってるのかにゃ?にゃははは、カッワイ~♪」


 く、くそ、仕方無いじゃないかっ!

 女を異性として意識し始めてから接触する機会なんて、中学の体育祭だったか学園祭だかで強制的に参加させられたフォークダンスで手を握った程度しか無いのだ。

 思春期の童貞男の顔の上にいきなりあんな軟らかい桃が乗せられたら誰だって…………って、だからさっさと降りろっての!!


「にゃにゃ?ドーテー君だったのかにゃぁ~。それは悪い事をしたかにゃ。にゃははははっ」


 くそっ、思った事が筒抜けっていうのは色々と面倒臭い。

 笑いながらピョンと音がしそうな勢いで自称女神が俺の顔の上から飛び降り、そこでようやく自称女神の姿を見る事が出来たのだが、その姿に俺は再び赤面する。

 赤髪のショートヘアーがボーイッシュなイメージを思わせるが、黒くてやや吊り上がった瞳に口の端から覗き見える八重歯がキュート。

 女神を自称するだけあってその容姿は現実離れした美少女だった。

 しかも頭の上からは猫耳が生え、尻には尻尾まで生えてやがる。

 極め付けはその服装だ。

 まるで羽衣のような白い布が胸元と腰を覆っているだけ。それもややシースルー気味。

 せめてもの救いはその胸がペッタンなおかげで、僅かばかりだが色気が軽減されているという事くらいか。


「にゃ~、これが君が認知するボクの姿か~。欲を言えばもう少し胸は盛って欲しい所だにゃ~」


 ああ、そういえばこいつらの姿って俺が認知した姿になるんだっけ?

 語尾に「にゃ」とかついてたせいで猫耳を想像した結果、こういう姿になったって訳だ。

 あのエロい格好も俺の願望の1つという事になる。

 うん、まぁ、男なら仕方が無いよな、うんうん。


「1人で納得してるみたいだけど、まずは自己紹介にゃ。ボクは運命を司る神ディティニス。ヨロシクにゃ♪」

「あ、う、うん。よろしく」


 つくづく俺…というか男ってのはバカだ。

 神と自称しているのはジジイと一緒なのに、見た目がエロ可愛い女の子の姿をして笑顔を向けているというだけで、胡散臭く思っていた気持ちが一瞬でどこかに吹き飛んで行ってしまった。

 いやジジイに対する胡散臭さは未だに変わってはいないけど。


「と、とりあえず、自称神が増えたからって俺の意思は変わらないからなっ!戻せるならすぐに戻せよ!」


 自称女神のエロカワパワーで一瞬、忘れそうになったが、早く俺を元の世界に戻して欲しい。


「それにわざわざ俺なんかじゃなくても、あの世界には異世界に行きたがってる連中がたくさん居るんだからそいつらを誘ってやればいいじゃないか!」


 俺の中学時代の友達にも何人かいたし、ネトゲ内でもそういう奴は一杯いた。

 というかネトゲの廃ゲーマーなんて、異世界に行きたがってるから、あれ程までハマっているとしか思えないんだけど。


「う~ん、ここまで意思が強い人は初めてにゃ。それに何か勘違いしてるようだから言うけど、ボク達がキミを呼んだんじゃ無くて、キミがこっちに足を踏み入れたんだにゃ」

「はっ?」

「キミ自らが異世界の門を通ってきたって言ったんだにゃ。身に覚えないかにゃ?」


 門か。門と言ったら……って、やっぱ、あれしか考えられねぇよなぁ~。

 やはりあれはハニートラップで間違いなかった訳だ。

 というかここまで来ると学校側だけじゃ無く、クソ親父とクソ先公もグルだった可能性が高い。


「けど、折角こうやってお話出来たのにもう帰りたいなんて、困ったにゃ~」


 全然困ってるような口調ではないし、あざとく尻尾を振って、チラチラと上目遣いするのも卑怯だ。

 その上、シースルーの布からうっすらとサクランボが見えるのも反則だ!

 はっきり言おう。

 もう俺の意思は決壊寸前だ。


「ま、まぁ、その…なんだ……とりあえず話だけは聞いてやろう」


 俺は色気に屈した。

 あ、いや、話を聞くだけであって、異世界に行く事を決めた訳じゃないからなっ!


「にゃはっ♪ありがとうなのにゃ~♪」


 猫耳女神が正しく猫のように俺に飛び付き抱きついてくる。

 こんなエロ可愛い女の子に抱きつかれるのは、かなり恥ずかしいがそれ以上に嬉しかったりする。が……

 胸!胸が当たってるから!!ち、ちっぱいだけど当たってるから!!


「にゃははは。女神様のおっぱいに顔を埋めるなんてそうそう出来る事じゃないんだから、もっと嬉しそうにしてにゃ~♪」


 ぐりぐりと俺の顔に胸を押し付ける猫耳女神。

 ちっぱいだけど柔らかい…じゃなくて!

 嬉しい…ってそれも違う!

 あ、いや柔らかいし嬉しいのは認めるけど、やっぱり恥ずかしいんだよっ!!

 俺はなんとか猫耳女神を引き剥がす。

 なんというかこのままでは意思どころか理性まで崩壊しかねない。


「オ、オホン。そ、それで俺にどうしろって言うんだ?」


 とりあえず俺は平静を装って話を促す。

 とはいえ、考えてる事が筒抜けなので意味は無い。

 ジジィがニヤニヤしているのがムカつくので、とりあえず睨んでおく。


「それじゃまずはボク達の今の世界の事を説明するにゃ」


 猫耳女神がパチンと指を鳴らすと真っ白で何も無かった空間に映像が浮かび上がる。

 まるで全天周モニターみたいだ。

 その中央にまるで地球のような青い星が浮かんでいる。


「これがボク達の世界“アスガリア”にゃ」


 まるでその星に落ちているかのように周囲の映像が高速に流れ、止まった頃には周囲はネオンか何かの光で煌びやかに輝く高層ビル群で囲まれていた。

 ビルの上層を見れば、肥え太った綺麗な身なりの男女が旨そうにステーキを食べているのが見え、下層を見れば、骨が浮く程痩せ細り薄汚れた格好の男なのか女なのか分からない人が泥水を啜って飢えを満たそうとしている。


「これは……」

「アスガリアの今の状況の一部じゃ。金銭の神であるゴルドーが君臨してから、ますます貧富の差は激しくなり、一部の支配階級によって多くの者が奴隷のような扱いをされ、虐げられている世の中になってしまったのじゃ。遥か昔からこの状況をなんとかしようと我らはゴルドーに立ち向かったのじゃが、今から300年ほど前からゴルドーの信徒が増大し、その多くが神をも殺す程の力を手に入れてしまってのう……」


 神という存在は人間に直接干渉する事が出来ないという制約がある為、神殺しの力を持つゴルドーの信徒に手を出せず、為す術も無く滅ぼされたり、ゴルドーの配下になったりしたらしい。

 つまり反抗した神はそのゴルドーって神にボロ負けしたってことだ。


「あれ?でも人間に直接干渉出来ないのに、なんでそのゴルドーって奴の神殺しの力を持つ信徒はそんなに大量発生したんだ?」

「それはあやつの加護の力じゃ。神は幾つもの奇跡的な力を持っておるが、その力の一部を加護として信徒に貸し与える事が出来るのじゃ。神が本人の意思とは無関係に勝手に貸すという建前じゃから間接的な干渉として扱われているという訳じゃ」


 なんというザル仕様。

 建前っていうのはなんて便利な言葉だろうか。


「加護は元々、貸し与えた信徒の願望によって信仰する神の持つ力に対応したものに様々に変化するのじゃが、彼奴の与えた加護の中の1つに金銭を捧げれば捧げる程、力を増し、捧げ続ければ神にも匹敵する程の力を手に入れる事が出来るという能力があったのじゃ。その上、死んでも暫くすると僅かに能力が下がるだけで復活するのじゃから面倒極まりなくてのう」


 不死な上に金さえあれば無限にレベルアップ…いやステータスアップが出来るとか、ゲームバランス崩壊級のチート能力だろ、それ。

 けど人によって加護の能力が変わるなら大量発生なんてしないのでは?


「その加護を手に入れた最初の信徒に自身の加護の内容を広めさせたんだにゃ。そうする事で同じような加護の力を持つ者が増えるって考えたのにゃ。強い者、賢い者が増えれば世界はもっと豊かににゃると思ったから、ボクがゴルドーにそう教えてしまったのにゃ。でも現実は……」


 どうやら元々の元凶は目の前にいる猫耳女神で、その尻拭いを俺はさせられるという訳か。

 まぁ、いくら元凶とはいえ、この女神を倒した所で事態が好転して、めでたしめでたしとはならないので今更どうもしない。

 決して見た目が女の子だからじゃないぞ!

 まぁ、ジジィだったら容赦無く殴り付けてただろうけど。


「理不尽じゃわい!!」


 ジジィの事は無視して話を続ける。


「つまり俺にゴルドーを倒せって訳?」

「うんにゃ、倒す必要は無いにゃ。というか倒してしまうとアスガリアに金銭の概念が消滅してしまうにゃ」

「じゃから信徒の方を倒し、奴の力を削ぐのじゃ」


 いや、それって無理ゲーじゃね?

 せめて相手と同じように不死だとか、何かしらのチート能力でもあれば別だが。


「うん。その為にボク達の加護をキミに与えようと思ってるんだにゃ」


 つまりその加護で俺に戦えという訳か。

 うん、無理。

 貰った加護がどんなものになるかは不明な上に、神を殺せる程のステータスを持った奴がうじゃうじゃといる訳だ。

 俺に何を期待しているのか知らないが、そんな奴らに歯向かうなんて無謀、というか自殺行為以外の何物でも無い。


「やっぱ悪いけど、他をあたってくれ」

「ここでボク達の提案を受け入れにゃいと、きっと後悔するにゃ?それでもいいにゃ?」


 いや、死ぬよりはマシだ。

 ゲームならともかく、リアルで戦うとか俺には絶対に無理だ。


「にゃぅ~、でもでも~ここまでボク達の声を聞いてくれた人は初めてだし、勿体無いにゃ~」

「それでは脳を弄って洗脳でもするかのう。そうすれば意のままに操れるぞい?」


 おい、ジジィ!

 そんな物騒な事を本人の目の前で、しかも聞こえるように言わないで貰いたい。

 いや、聞こえないように言われていきなり洗脳されるのも勘弁だが。


「流石にこんな強い意志を挫いて洗脳させるのは無理だと思うにゃ」

「ふん。そうじゃな。そんな手間を掛けるなら、他の奴を探した方が楽じゃ」

「う~ん、でもでも、ゴルドーの干渉を受けない強い意志の人間を探すのは一苦労なのにゃ」

「じゃが神を神とも思わぬような奴に頼ろうとするのも間違っておるのじゃ!」


 ジジィのくせに言いたい放題言いやがって。

 けど、まぁ、洗脳はされないようで助かった。


「どうでもいいけど、そろそろ戻して貰えるか?」

「ふん!言われんでも追い返してやるわい!さっさとここから立ち去るが良いわ!!」


 ジジィが杖を振ると俺の身体が徐々に透き通っていく。

 色々とあったが、ようやく元の世界に戻れるらしい。

 っていうかこのまま強制的にあっちの世界に飛ばすとか無いよな?!


「ふん!仮にも神である儂がそんな狡い事はせんわ!」


 自称神でもその辺りは神のプライドって奴なのかな?

 まぁ、何にせよ、これで面倒事とはオサラバだ。

 俺の身体はどんどんと薄くなり、意識の方も薄くなっていく。


「うにゃ~、やっぱりこのまま戻らせたら駄目なのにゃ~!!!」

 そんな言葉が聞こえた直後、薄れゆく感覚の中にあって1ヶ所だけ温かく柔らかい感触を感じる。

「もし危険が迫ったらボクの事を思い出すにゃ。きっと力に――――」

 その全てを聞き終わる前に俺の意識は霧散した。

 唇に残る甘く柔らかい感触だけを残して……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る