馬型ドールにて



 私たちは結局、師匠の昔の知り合いのところに行くことになった。簡単にいうと追い出された。その知り合い曰く、直してほしいドールがいるらしい。ちょっと変わった人なんだって。


 師匠の知り合いとか、絶対変な人だよ。どうしよう、不安だ。




「まぁ、けっこう遠いがお前たちなら平気だろうと私は思うが」


「プートルを渡す……と言いたいとこなんだけど、その無理」




 とのことで、私たちは二人で歩いている。二人旅ってやつだ。整備されていないデコボコ道。うっかりしてると転んじゃいそうだ。デコボコ道をすごい音を鳴らしながら馬車が走っている。




「うわぁ〜馬車だ! 珍しいね」


「……今時、本物の馬なわけないのよ! 馬型ドールなのよ」



 思わず指をさして言うと、ノアは何も知らないのよ! と呆れながらメーアが教えてくれた。今は動物保護がうるさいから生き物の馬はダメらしい。こういう問題はとにかく難しいことなんだってさ。



「ヒヒーーン」


「ドールも鳴くんだ」


「ドールは頭がいいのよ!」


 メーアはどうだと言わんばかりに、アピールしてくる。あぁ、可愛い。私はメーアの頭を撫でまわす。


「あ、頭を撫でるのはやめるのよ! 子ども扱いはイヤなのよ〜」



 プンスコと怒るメーアに、ニヤニヤが止まらない。不思議だ、なんでこんなに可愛いんだろう。メーアの薔薇色の瞳に私が映るだけで、心が満たされる。


 幸せに満たされるとは、このことなんだって思う。



「あのさ、メーア! 私ね――」






 ガタン、ガコッ!


 何かが壊れる音がした。メーアと話そうとしていた口を閉じ、足を止める。




「ノア? どうしたのよ、お腹でも痛くなったのかしら?」


「……ドールが苦しいって言ってる」



 私がそう告げるとメーアの顔色が変わる。二人で周りを見渡してみると、さっきじゃり道を元気で走っていた馬型のドールが座り込んでいた。乗っていた人が慌てて飛び出してくるのが見える。



「大丈夫ですか、何があったんですか?」


「馬が急に、動かなくなって」



 馬型ドールの所有者のおじさんは相当驚いたのか、汗だらけで落ち着きがない。


 馬型ドールを動かしている人がお金持ちの人だと思っていたから、そのおじさんの服がボロボロだったことに驚いた。



「少し落ち着くのよ。見苦しい」


「落ち着けるわけがねーだろ! 直すのにいくらかかると思ってんだッ?! あああああ、どうすりゃいいんだ」


「私がな「ノア、行くのよ。待ってる人がいるのよ」



 ピシャリと言葉を遮られる。メーアの瞳から早く行こうという意思が感じられる。


 ……メーア。



「私、困ってる人は助けたいんだ」


「そう。ならメーアは何も言わないのよ」



 馬を抱き起こそうと躍起やっきになるおじさんはすごく悲しそうで、それだけこの馬型ドールが大切なんだということが伝わってくる。



「私、ドール医師です」


「はぁ、嘘言っちゃいけないねお嬢ちゃん。そんな若いのに……」


「これ、見てください」



 証拠の指輪を見せる。すると小馬鹿にしていた表情から一転、おじさんはワラにすがるような勢いでまくしたてる。



「そ、それはっ、お嬢ちゃんすまなかった!! 許してくれないか?! こいつを助けてくれよ――頼む」


「……ケッ」


「こ、こらメーア! もちろんです」



 私がそう言うと嬉しそうに駆け寄ってくる。メーアはゴミを見るような目でおじさんを睨みつけていた。



「ずいぶんと都合のいい話だとは思わないのかしら?」


「い、いや。だってそれはドール医師の指輪じゃないか」


「メーア、邪魔するならどっか行ってよ!」



 私が強く言うと、メーアは一歩下がった。見てるから早くやれということらしい。



「始めるのでおじさんも少し下がってくれませんか」


「あぁ、すまない。近くで応援してやりたいんだ」


 おじさんはそう言って馬型に釘付けだ。退いてくれない、気持ちは分かるけど。







 私はドールに指輪を近づける。するとエメラルドの光が馬型を照らしていく。こうやってどこに異常が出ているのかを調べているのだ。



「やっぱり足に異常が出ていますね」



 馬型の足に触れると痛いのか、くぐもった声が聞こえる。さらに触って分かったことがある、足がピクピクと痙攣けいれんしているのだ。



「足の使いすぎですね、疲労です。たくさん走ったんですか?」


「へっ? あぁそうなんだ。……疲労か、なんだ」



「焦らせやがって」とおじさんは呟いた。その呟きを拾ったのは他でもないメーアだ。


「疲れをバカにしちゃいけないのよ!! ドールだって人間と同じように疲れたりもするのよ」


「今日はもう走れないのかい?」


「急ぎの用か何かですか?」


「まあ、そんなとこさ」


「…………本当は休ませた方がいいんですけれど。痛みを和らげましょう」



 軽く馬型に回復魔法をかけてあげる。ふとメーアを見ると完全におじさんを睨みつけていた。



「あとこれ、飲み薬です。疲労回復に効果があるものです、使ってください。一日三回、一週間ぐらい飲ませてくださいね?」



 私がそう言うと、おじさんは明らかに嫌そうな顔をした。



「薬か、おじさんは苦手なんだよね〜こいつも嫌がりそう」




「ドールは主人に似るらしいのよ」







 *****






「助けてくれてありがとね! どこに向かうんだい?」


「暗闇の館という知り合いの所です」


「乗せていこうか?」


「歩くのでいいのよ、気にしないでほしいの」


「そうか、じゃあな!」



 おじさんは馬型と一緒にもう、見えなくなってしまった。



「メーアはあの人苦手なのよ」


「……うーん」




 二人で歩こうとした時だった。ものすごい勢いで何かが迫ってくる。



「な、何!」


「下がって、ノアッ!!」


 メーアは爪を出し、何かに向かって攻撃体制をとる。



 さっきまで一緒だった大声が聞こえた。



「暗闇の館ならここから歩いてだと二日かかるよ〜」


 メーアの動きが止まる。

 そして、その言葉で私達は歩くのを断念した。

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