師匠とチュートリアル

 これは私と師匠が出会った時の話だ。



 森深くに一軒。家が建っていた。私はそこに暮らしているとある女性のもとへ、一人で向かっていた。メーアが「メーアもついていくのよ」とうるさかったけど、「ついてきたら絶交だからっっ!!」と黙らせた。


 多分、ついてきてないと信じたい。



 私は目の前のドアを叩いた。反応はない。叩いた、反応はない。もう一回叩いてみる、反応はない。


 うーん、いない? でも物音はするよね。



 私がもう一度叩こうと手に力を入れた瞬間、ドアが開いた。



「うるさいっ!! 居留守使ってんのわからないのか?!」


「えっと、その」



 開口一番、強い口調で言われ焦る。まるで気分は狩人に狩られそうで、追い詰められているウサギだ。なんでウサギが頭に出てきたのか分からないけど、とにかくその時の私はびびっていた。


 第一印象は美人。でもキリッと睨んでいる視線はかなり怖い。怒ったフェイさんよりも怖い。見てるだけでこんなに怖いなんて、怒ったらどれくらい怖いんだろう。そ、想像したくないや。




 黒髪に一ヶ所だけ白い部分がある髪をひとつにまとめており、なぜかタンクトップと短パンという信じられない格好だ。はちきれそうなほどの胸が私の視界をさらっていく。大きい。



 まあ、人と会う予定がないからラフな格好なのかなと思う。普段からこの格好なら、変態確定だ!



 スラリと長い脚が動くたび、なんとも言えない色気が出てる気がする。脚なんか組んだりしてみたら、きっと最高だよね!!



 脳内でセクハラされてるなんて、思わないだろう目の前の女性は、私をしげしげと見つめている。



「その、寒くないですか?」


「……っ、余計なお世話だ」


 怒られてしまった。




 *****


 その女性は私に指摘されてもタンクトップに短パンだ。正直、目のやり場に困ってしまったりする。




「で? アンタどこの子?」



 どうやら私がチビだから子ども扱い、もしくはどこかに追いやりたい気持ちが強いらしく、投げやりだ。でも負けない。



「癒しの魔法を教えて欲しいんです!!」


「却下、帰れ」



 私の祈りも届かず、ドアが閉まりそうになる。たまらず声を張り上げた。



「ドール! ドール医師になりたいんですっ!!」


「…………へぇ、面白いね」



 ドアは半分ぐらいしか開いておらず、気づいたら女性はドアにもたれかかった格好のまま立っていた。面白いと笑った女性の瞳が妖しく光ったのを見た。ちょっと怖いです。



「入りなよ」



 そうしてドアは勢いよく開かれる。鼻をくすぐるのは、美味しそうなご飯の匂い。いかにも普通の家という感じの見た目も相まって、警戒が少し解けた。そしてそこから、私の地獄が始まったんだ。









「まずいです。これは人間が食べて平気なものなんでしょうか?」



 思わず口に出たのは敬語と罵りの言葉だった。目の前の女性は苦笑いで、私を見たあとにこう言った。



「料理は全然ダメなんだ。せっかくの客だから、振る舞おうと思ったんだ……よ」



 気持ちは嬉しいけど、まずい。酷い味だ。見た目はとても美味しそうなシチュー。でも口に入れてみると、とんでもない間違いであったことに気づく。ヌチョヌチョとしていてなぜか生臭い。ヌンズンを食べてみても固い。噛み切るのもやっとだ。これ、多分半ナマ。


 ふと顔を上げるとつまらなそうに私を見ていたらしく、目が合う。



「で、帰る気になったかい?」


「いいえ、絶対に帰らないです。あ、あとすいません。少し言い過ぎました」



 少し反省する。人間でも食べれるのかというのは流石に、言い過ぎた。私の言葉に女性はため息をつき、めんどくさそうに話し始めた。



「なぜ、私なんだ? 回復の魔法などもっと使えるやつはいる。それに私はドール医師ではないぞ」



 回復、または癒しの魔法、癒術。呼び方はたくさんある。この人は回復の魔法呼びらしい。見た目と違って可愛いな。



「王を守る騎士として活躍し、長い間姿を消した。騎士なのにヒーラ役としても活躍した元騎士のーー「ふぅん、誰から聞いたんだ? まあ、だいたい想像はつくけどな」


 私の言葉を遮り、興味深そうに私を見つめてくる。



「……? 多分知らないですよ」と言ったところで気づいた。


 私、誰からこれを聞いたっけ?

 なんで私、この人の家知ってるんだろう。


 考え出したら、鳥肌が止まらなくなってきた。



「……っ」


「どうした? 体調でも悪いか、帰るのか」


「か、か、帰らないです」


「そうか」



 二人の間になんともいえない空気が流れる。すっごく気まずい。時計の針の音がやけに響く。



「そういえば、なんて呼べばいいですか?」


「師匠で構わん、それでアンタの名は」


「ノアです。ただのノアです」


「タダノ・ノア?」


「いや、違います!! ノアですっ」


「……冗談だ」



 キャンキャンと叫ぶ私に師匠はお手上げだと言わんばかりに、手を挙げ私を制した。その動きだけでも、様になるのだ。ドキドキする。




 二人とも落ち着いてから、師匠がお茶をだしてくれたので飲んだ。味は普通だったからね、心から安心したよ。



「悩みなんですが、聞いてもらってもいいですか?」


「はぁ、構わないが」


「……魔力のコントロールが出来なくて村の測定の時に、うっかり近くの森を焼こうとしてしまったんです」


「それは凄いな」


「ありがとうございます!」


「……う、うん。ポジティブなのはいいことだぞ! 元気出すんだ」



 若干引き気味の師匠。励ますように突き出した両手は行き場を失い、細かく震えている。頑張れよと励ましてくれる。



「私より幼馴染の方が落ち込んじゃって、二属性がどうとか」


「へぇ、二属性。それも珍しいな。ふーん、男のプライドか」


「えっ! なんで男だってわかったんですか?」


「……勘だよ、勘」


「なるほど?」



 これが経験の差か……!? そんなこともわかっちゃうなんて凄いな師匠は。



「はーい」と私は学校の生徒の如く、手を挙げてみる。私は学校には通ったことはないんだけども。師匠は一瞬驚いた顔をしたけど、にっこりと微笑んでくれた。その様子を見て、微笑む美人は絵になるよねなんて思ってしまった。



「なんだ?」


「質問でーす! 全属性持ちの人はいたりするんですか?」


「私が知る限り、二人しか知らないな」


「でもいるんだ」


「あぁ」


「知り合いなの?」


「…………あぁ、そうだったな」



 師匠の顔が分かりやすく曇った。あまり聞いちゃいけないことだったらしい。ごめんね、師匠。私は心の中で謝った。





「周りの木々に被害が及ばないように、がっつりと空間を作る」


「く、空間を作るですか!? そんなことが出来るんだ」


「ふふん、私ぐらいになると簡単なことさ」



 ふふんと、師匠は元気になった。かなりチョロい。師匠の料理はかなりまずいけど、やっぱり凄い人なんだなってことを改めて認識した。


 チョロくなきゃ、もっと凄い人だったかもしれないなって思ったのは師匠には内緒だ。

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