師匠と私達

《 サクラ》に導かれた者



 信じれば、願いは叶うと思っていた。


 わたしはただ、何のために今ここにいるの?


 わたしは何のために存在しているの?


 ママ……パパは許さない。絶対に、絶対に。




 わたしは随分と細くなってしまった身体を引きずりながら、一番上へと向かっていく。ゆっくりと階段をのぼるの。転ばないようにね。



 左を見てみると、大切なトモダチが床に転がっていた。バラバラになってる。


 あーあ、こわれちゃったらしかたないよね。




 そんなことを考えて階段を上がっていると突然、視界がモヤのかかったようになってしまい、怖くなった。目があまり見えない。


 身体にも力が入らなくなる。


 独りは怖い、怖いよぉ。


 わたしは動くのをやめてしまう。まるで人形のようにパタリと倒れ込んだ。


 皮と骨だけになったわたしの手が、自慢だったモチモチとしていたほっぺたにコツンと当たったの。そのほっぺたはガイコツみたいになっていた。







 死にたくないな、死にたくないよ。いやだよ、なんで? なんでわたしなの。もっと他にもいたのに、わたしじゃなくて。



 いきていることは、すばらしいことでカミサマにイノリをささげることは、だいじなこと。


 あれ? かみさまじゃなかった? めがみさまだっけ? ……まじょさまだったっけ?


 なんかよくわからなくなってきた。


 わたしは、いきなきゃいけないの。まだやりたいことたくさんあるのに、おいしいものもたくさんたべたかった。




 かいだんでズルズルと、おちなくてよかった。おちたら、ぜったいしんじゃうよ。


 しぬなら、いたくないほうがいい。



 コツリ、コツリと音が聞こえる。ぐるぐるとした階段になってるから、反響しているのがよくわかる。



 その音のおかげで、すこし意識が戻ってきたの。だれがきているのか最期に見たい。


 でもだれだろう。天使? 悪魔? 死神? 女神様? 神様?



 音がおおきくなってきた。むねがドキドキする。……もうしんじゃうかも。







「ここから出たいか?」


 音がしないなと思って上を見たら、男の人がいた。黒い服をきてて、フードで顔は見えないけど。


「し……にがみさんなの?」


 わたしをつれて逝くの? 本当はそう、ききたかったけど声が出なかった。


「水だ……さぁ、飲め」


 皮に包まれた、きれいな色のお水。久しぶりにみた。いつも塔のすきまから雨水を飲んでたから。


「……む」


 かすれてて、聞こえてるのかわからなかったらどうしようと思ったけどその人は、お水を支えててくれた、すごくのみやすかった。



「……ん?」


その水は甘い身体が熱くなっていくような感覚に襲われる。


「飲まないのか?」


「のむにきまってる」


 ゴキュゴキュと凄い音を立て、わたしはお水を胃の中へとおさめていく。一滴も残さない。


 つめたくて、おいしい。おいしいよ、すごい。力が出てきたきがする。


「無くなったか。もう少し飲むか?」


「いらない。ありがとう、お兄ちゃん」


 助けてくれたお兄ちゃんは、口元しか見えなかったけど満足そうに、笑ってから頭を撫でてくれた。


 ん? 頭を撫でてくれた?


「ふぇ? あ、あぁ。ううう、うわぁああああん、おに、おにいちゃああん」


「っ!? えっ」



 わたしはお兄ちゃんに泣きながら、抱きついた。もう号泣だ。滝のように流れている。理解したら、涙が止まらなかった。わかってる、それがなぐさめってやつなんだって。それでもわたしは……。


 お兄ちゃんは優しい人。初めてだ、頭を撫でてくれた人。うれしい、うれしい。







 *****




 最上階。外の空気が気持ちいい。落ちないようにのぞいて見ると、森ばかりだった。万が一、わたしが落ちて死なないように魔法がかけられている。だから落ちても死ねないのだ。


「ここから出ていく気はないのか?」


 モグモグとお兄ちゃんから分けてもらったパンを食べていると、お兄ちゃんがそんなことを言った。


「お兄ちゃん知らないの? わたしはこの塔から絶対に出ちゃいけないんだよぉ〜。そんなの村の子どもでも、知ってるもん!」


 常識だよ? と笑うと、お兄ちゃんの顔が曇った。


「俺の知る聖女とは……扱いがずいぶん違うな」


「なーに?」



 私の質問を無視したお兄ちゃんが次に少し明るい声で聞いてきた。


「もしもここから出れるとしたら、出たいか?」


「うん。もちろん!!」


 すぐに答えた、当たり前だよ。


 だれだってこんなに、だれもいなくてつらくて、かなしくてくるしいばしょなんかいたくない。


 いたくないでしょ? こんなとこ。



 お兄ちゃんはパンパンとお尻に付いている砂を叩いてから言った。


「どうでもいいと思わないか? あんな村の連中なんか。……俺はそう思うが」


 冷たい視線。今まででも何度も見てきたもの。わたしはお兄ちゃんのことが怖くなって、何も変わらない外を見ることにした。


「……でも」




「わかるか。お前、親に売られたんだぞ」


 親に売られた?


 ハンマーで頭を叩き割られたような衝撃が、おそってくる。


 あぁ、でも知ってた。だってママ、わたしがお家から連れられていくとき、お金を嬉しそうにもらってたもん。



「でも、だってわたしが外に出たら村が滅んじゃうんだよ? わたし、悪いコになっちゃうよ」



「そんなお前を連れ出すんだから、俺も悪いコだろ?」


 お兄ちゃんのサラリと口にした言葉にポカンと口を開けて、固まってしまう。


「コってことは、お兄ちゃんも子どもなの?」


「クククククッ。俺が子どもに見えるかよ。聖女さんよ」


 お兄ちゃんは心底楽しそうに笑ってる。笑顔がきれいだ。



「お兄ちゃんは何してる人?」


「旅をしている。……一緒にくるか?」


「やったーー!! いきたいっ! お兄ちゃんと一緒」



 やったーとわたしは、まだしっかり身体を動かすことはできないから、声で嬉しさが伝わるようにしてみた。


 お兄ちゃんは、ちょっと笑ってた。かわいい。


 でももうちょっと顔を、いや顔の全部見てみたい。



「フード取らないの?」


「気になるか? ここから出たらな」


「ぶっー! ケチー」



「なぁ、本当に後悔はないか?」



 急に真面目なトーンで言われたから、わたしはぶっー、ぶっーと騒いでいた口を閉じた。お口チャックだ。




「……はぁ。お兄ちゃん、それはないよ」


 自分でけしかけておいてさ。何それ、ずるい。



「ヘタレで悪かったな」


「へたれ?」


「なんでもない」


「ところでお兄ちゃんは、お名前なんていうの?」


「あぁ、――――だ」


「――――っていうんだ。じゃあ、――――お兄ちゃん? 長いなぁ。あっ! ――お兄ちゃんはどうかな」


「好きにしろ」



 プイッとそっぽを向いたお兄ちゃんは、ほっぺたが赤くなってた。


 ――かわいいな。









 下へ下へと向かう階段の途中、あることを思いついた。


「あっ。お願いが二つあるんだ、お兄ちゃん」


「あぁ、いいぞ。なんだ」


「聖女との約束は破れないってこと知ってての安請け合い?」


「難しい言葉を知っているんだな。それで、なんだ」


「内容を聞かなくていいの? いいんだね!?」


「あぁ、構わない」



 お兄ちゃんは太っ腹さんだねと笑うと、なんかゴミムシをつぶしたような顔してた。面白いなー。


 呪文を唱えるため、わたしは構えのポーズをとる。両手をぎゅっと結んで、足を開く。


 よしっ! かんぺきだよ。こんなときのために練習しといて、よかったー。


 おおきく息を吸って、吐いてー。




「それじゃあ、いくよ。

 聖女サクラの名において、――――と契約を交わす。聖女との約束は破ることを許さない。ぜっーたいにダメだからね! 大変なこと起こるから」


「いいから進めろっ!」


「うー。

 一つ、――――――――こと。

 二つ、――――――――――――――こと」


 魔法陣がわたしたちを照らす。お兄ちゃんは驚いた顔してたけど、約束守れるのかな?



「わたしの大切なものなの。お兄ちゃん、約束破らないよね?」



 それから、わたしたちは外へと一歩を踏み出した。

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