呆れるほどの幸せ

「早く家に帰って美味しいもの食べようね」


「お腹すいたのよ〜」


 着替えながらそう言うとメーアは上機嫌に、鼻歌を歌いながらスキップをしだした。私の周りで。


「ん? メーア……メーアはご飯食べられないでしょ」


「ドールジョークってやつなのよ」


 そう言い、ウインクするメーア。アイドル顔負けの美しいウインクで、私を殺しにかかる!!


 んぎゃー。か、かわいすぎかっ!! メーアの可愛さに気が遠くなりそうだ。私は思わず、メーアを抱きしめてしまう。



 ドールとは思えないほどの精密な肌。ポムくんとはどこか違う肌質。ほんのり赤く色のついた天使のような、モチモチのほっぺ。


「はぅ……メ、メーア〜」


「気持ち悪いのよ。とても、セクハラなの」


 冷めた目で見てくる。小さいからどう見ても上目遣いにしか見えない。何コレ……言葉が出ない。


「か……わいい」


「ばっ!! 馬鹿にしているのよ、それ。やめた方がいいのよ」


 照れ笑いかな?


 ツンっと反対側を向くメーアの頬は赤く染まり、ピンクの薔薇のような瞳は少し潤んでいた。



「ふふっ。あ、着いたよ」




「おかえりなさい。ノア、メーア」


 ドアを開けると、フェイさんが優しく迎えてくれた。出会った頃よりも少しシワが増えちゃったけど、その優しい笑みは何も変わらない。


「ただいま。フェイさん」


 フェイさんは私にとって、おかあさん的存在でなんでもできる自慢な人でグラオベ村の村長さんだ。



 あっ! フェイさん、私が誕生日にあげたエプロンをつけてる。


「ポケットがたくさんあって助かるのよ。ノアの見立ては最高よ!」


 私がフェイさんのエプロンをジッーと見つめているとそれに気づいたのか、そんな嬉しいことを言ってくれる。



「えへへ〜、嬉しいな。そんなに気に入ってくれたの?」


「ノアからのプレゼントなのに、喜ばない馬鹿はいないのよ」


「んー、そんなことないよ。アレンはプレゼント渡したら、嫌そうな顔したんだよ」


「……殺す」


 アレンの話をするとすぐに、メーアは怖い顔するんだから。


 そんな黒いオーラを撒き散らし始めたメーアにフェイさんは動揺もせず、話を続ける。


「ほらほら、ノア。今日はシチューよ」


 そう言って中に招き入れてくれる。


「うん、メーア。行こうか」


 私はメーアの小さな手を取って、歩きだした。大好きなシチューの元へと。





 *****





「んんんん〜うんまい〜」


「あいかわらずノアは、フェイのシチューが大好きなのよ」


 はしたなくガツガツとシチューを貪り食べる私に、メーアは呆れた顔をする。




 トロリと白い輝きを放つシチューをスプーンですくうと、さらに輝きが増したように見える。


 そして口に入れるとまろやかなコクと野菜の甘み、旨味が凝縮された味が、のどを通っていく。



「このお野菜も美味しいのよ。なんていったって今日とれたお野菜なんだから」


 お野菜が嫌いなのを知っているフェイさんにそう言われ、シチューのルーばかりを口に入れていた私の手が止まる。



 きょう、とれたて……なんて、そんなの美味しいに決まってるよぉ!


 白いシチューではかなり目立つオレンジ色のヌンズンを口に入れてみる。


「……っ!! う、あ」


 ……甘い。それが最初の感想だった。さらに噛みしめるたびに甘みが増していく。


「もう、最高」


「……メーアも食べてみたいのよ」


 ピャーピャーと騒ぎながら食べる私の横で、メーアが小さく呟いた。


 私だって……メーアと一緒にご飯食べてみたいな。


 そんな叶わない願いを心の中で想った。





 美味しかったシチューも食べ終わり、フェイさんがお皿を洗い、私はそれを受け取り拭いていた。水滴を残さないように丁寧に拭いていく。



 集中しているとフェイさんが懐かしむように、話しかけてきた。



「ほんと、出会った時はあんなに小さかったのに大きくなったわね」


「うん、私を拾って育ててくれたフェイさんには感謝してるよ」


 ニコリと笑顔を見せて言うと、フェイさんも嬉しそうな顔をしてくれる。




 そうだ、感謝なんてものじゃ足りないぐらい私は恩がある。







 私はメーアと一緒に村の近くで倒れていたらしい。らしいというのは、村の人から聞いたことだから曖昧なのだ。


 大きな木の下で服もボロボロの私とメーアを拾って、お世話をしてくれたのがフェイさん。



 目を覚ました私は、最初は何も言葉を話さなかったらしい。でも周りの人に支えられて少しずつ話せるようになった。記憶喪失というやつだったらしい。確かに私は、村で過ごした記憶はあってもその前の記憶は一切ない。



 まぁ、ないものは仕方がないと思う。最近そう思うようになった。


 メーアは倒れた私の近くに、ただ座っていたのだという。そして受け応えもしていたらしい。



 メーアに何があって、私が倒れていたの? なんて聞いてしまうと一週間は口を聞いてくれない。



 そう、それはとても恐ろしいことだ。メーアと話せないなんて、私には耐えられない。だから私は聞かない、何があったかなんて。過去のことなんてどうでもいいし。



「デザートのムキンもあるのよ。ノア、まだ食べるのよ?」


「もちろんっ!!」


 ムキンか……。皮を剥くのはちょっとめんどくさいし、白い繊維みたいなのも手についちゃう。でも、この村のムキンはジューシーでひたすら甘いんだよね。香りもいいし、食べると筋肉がつく。



「ノアは食いしんぼうなのよ」


「え〜、そんなことないし! この村の食べ物が美味しすぎるのが、悪いと思う」




 *****



 朝早く目覚めてしまった私は、家の周りの枯れ葉が気になりほうきとチリトリで掃き掃除を始めていた。


 やっぱり、この時期は寒いな。でも食べ物は美味しい。特に温かいものが!




「ノア、おはよう。相変わらずチビ」


「おはよう。アレン、今日は早いね。チビは余計だよ」


 いつもの軽口を叩きあうと、二人して笑い始めた。多分、寝起きだからテンションがおかしかったのかもしれない。



 アレンとは幼馴染で、かなり仲がいいと思う。服は今、都会で流行りの王子様風の服を着ている。赤髪でパッチリとした顔立ち、本当に王子様みたいで、まぁ正直カッコいいとは思う。


「今日は休みか?」


「うん。またドールが怪我したとかだったら、向かわなきゃいけないけど」


「お前しかいないって大変だな」


「そうでもないよ」


「……そうか」


 思ったより会話が続かない。

 最近、忙しかったから、アレンと会話するのが久しぶりすぎてなんか……。


 あー、緊張するな。


「メーアはどうしたんだよ。いないなんて珍しいな」


「そうなんだよね。なんか用事があるとかで、朝早く飛び出して行っちゃったんだ」


「……そうか」



 ん? アレンの顔が曇った。もっと顔を覗き込もうとした瞬間、アレンが顔を上げた。



「うわっ」


「ん、どうした?」


「なん、なんでもないよ」


 びっくりした、心臓に悪い。



「……昨日ポムのこと、ありがとな」


「仕事だからっていうと冷たい言い方かもしれないけど、当然のことだから。アレンは昨日は確かビーバーン村に行ってたんだよね? なんで知ってるの」


「あれだけ大騒ぎすれば、こっちに伝わってくる」



 そっか、そんなに大騒ぎだったのか。でも上手くできてよかった。この小さな村だとあんな大怪我初めてだったから。



「お互い大変だったな」


「一人で他の村へ行って、物を売ってるんでしょ? お疲れ様」


 私はメーアと常に行動してるから、一人で隣の村にーだとかは全然考えられないから、アレンのこと普通に尊敬してたりする。



「まぁ俺は商人の息子だからな」


 誇らしげに笑うアレン。……誇りか、私にはないものだ。



 アレンのお父さん、お母さんはもともと旅をしていた商人だったらしく、自然溢れて活気のあるこの村を気に入り、ここに住み始めるようになったという珍しい家族らしい。


 ちなみにアレンはこの村出身だ。



「俺はこんな小さな村なんか飛び出して、かつてのオヤジみたいに旅をしまくってやるんだっ!」


 意気揚々と宣言するアレンに素直に拍手を送る。私には考えられないことだなー。


「す、すごいな。……アレンはさ。しっかりと目標があって」


「……おう」


 照れているのを隠そうとしているのか、アレンはぐるりと後ろを向いてしまう。後ろ向いた所で、アレンの耳は真っ赤になってるのがわかってしまうんだけどね。




「……っのに」


「……ん。 何か言った? アレン」




「いや、なんでもねぇーよ。……ところでウヌススがさばけたみたいだ。俺の家で食べるか?」


「食べる!!」


 ウヌススのお肉か。少し臭みがあるけど美味しいんだよね。


「畑を荒らしてたらしいぜ。まあ、かなりデケー奴みたいだからな。……楽しみにしとけよな、ノア」


「うん、うん!! 」









「メーア。遅かったね」


 夜中だった。メーアがやっと帰ってきた。思わず低い声が出てしまったのは、仕方ないことだと思う。


 あまりにも遅いから心配してた。



「……また転んでしまったのよ。直して欲しいの」


 メーアから異様な雰囲気を感じる。ドアが閉まる音がやけに重く響いた。


 痛々しい傷を見せてくるメーアに駆け寄ってみると、今日あんなに嬉しそうに自慢していた服がかなりボロボロになっていた。



 普段、メーアが見せたがらない左腕に黒いハートを半分にしたような模様が見えてしまっていた。





 ……なにこれ。

 誰かに傷つけられたの? 転んだ? 嘘でしょ。


 私の思考がじわじわと真っ赤に染まっていく。私の様子に気づいたメーアの唇が弧を描いたように見えた。



「…………もしかして誰かにやられたの?」


「転んだのよ。……ノアの考えすぎなのよ」


「でもっ!!!」


「痛いの……早く直して?」


「……ぐっ」


 色々、言いたいことはあった。

 でもしょうがない、治療専念が第一だから。



 でも治療しようと近づいて、さらにわかった。メーアから粘菌とは程遠い、生々しい血の匂いがただよっていた。

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