ドール医師



『目覚めなさい、希望ノアよ。貴女こそ、――をすく』




 その言葉を最期に――は動かなくなった。



 血飛沫は舞い、ゴトリと首が転がった。



 *****




「ノアお姉ちゃん」


 私を呼ぶ声が聞こえる。私は作業の手を止め、イスごと少女の方へ向き合う。すっかり伸びてしまった銀色の髪がサラリと視界の隅を通りすぎた。



「どうしたの。ポムくんがまた怪我でもした?」


 少女の顔を見て、そそっかしいポムくんを思い浮かべる。


 ポムくんは何回目だろ。ほんとに慌てん坊さんなんだから。また身体をバラバラにしちゃったんだね。


「ちがうの、あのね。ノアお姉ちゃん、今日学校で宿題が出て、自分の名前の由来をお母さんやお父さんに聞きましょうっていうやつ。二人とも忙しいから、お姉ちゃんならわかるかなーって」



 学校の宿題かー、なんか懐かしいな……ってあれ?



「もちろん、知ってるよ。でも私からでいいの?」


「うん。早く終わらせて、遊びたいから」


 なんとも子どもらしい。こういうのって親に聞いて愛情を深め合うものだよね? なんて、子ども前では聞けない。



 私は彼女を傷つけないよう、慎重に言葉を選びながら話し始める。


 ほら、ちょっとのことで傷ついちゃうお年頃だもんね。


「そっか、大切な話だからしっかり、聞いてね」


「うん」





「……聖女サクラ、知ってる?」


「うん! すごい人!」



 この村では、聖女サクラを知らない人間などいない、有名な昔話。


「そう。彼女が塔の中に居てくれたから、世界は救われたんだよ。聖女サクラを尊敬している貴女のお母さん、お父さんは聖女サクラのようになって欲しいという願いを込めて、この名前にしたんだよ」


 やっぱりねーとサクラちゃんは、満足そうだ。


「うん、そっかー。嬉しいな。でもこの村、サクラがいっぱいだよ。名前呼ばれるだけで五、六人は振り返るもん」


「サクラちゃんも大変だね。どう、役に立てそう?」



「ありがとう! ノアお姉ちゃんっ! ポムと遊んでくるー」


 話を聞くと、サクラちゃんは物凄い勢いで飛び出していった。


 元気な子。




「お人好しなのよ。でも真実を伝えるのも、人生の先輩としての仕事なのよ」


 ずっといないと思っていたのに、物陰の奥からひょっこりと出てくる。



「……聖女サクラの呪いで、隣の村無くなっているのよ。まぁ、サクラを生贄としたのが悪いのね、自業自得なのよ。やっぱり、これは完全なサクラの祟りなのね」


 サクラが去ったのを確認してから、この事を言うあたり空気の読めるいい子だと思う。


「その顔、馬鹿にしているの!? チビのくせにー」


 私がニコニコと笑っていると、気に障ったのかピャーピャー騒ぎ始めた。本当に可愛いドール。



 私だけのドール、名前はメーア。人形とは思えないほどのきめ細かい肌。贔屓目ひいきめで見ても可愛い。私の家族だ。



 動いて話す人形といえば、わかりやすいだろうか。大きさが小さいというのと、人形の関節のようなものがあるだけで、あとは人間と変わらない。


 私はかなり身長が小さいけどメーアは、それより小さい。愛くるしい私のドール。



「確かに私は、他の子たちよりもちっちゃいけど今、関係ないからっ!」



 確かに私は小さい。でもそれは小さい頃、栄養が足りてなかっただけで……ううん、虚しくなるからやめよう。




 ドールは人間のために働く。お掃除ドールと呼ばれてるドールが村や街のゴミなどを掃除したり、店番をしていたりとドールはもはや人間と大差がない。


 この病院の受付もメーアではないけど、ドールがやっていたりする。


 ドールは食事や排便などは一般的にはしない。



 今この時代、一人一ドールと呼ばれており、ドールを所持していない人などいないこんな時代なのだ。


 茶髪のツインテールを揺らしながら、プリプリと怒っている。蝶々の髪留めが取れそうでちょっと怖い。そんなに振り回さなくてもい……ん?


「あー! 今日の服、可愛いよ。すごく似合ってる」


「えっ! そ、そうかしら。よかったのよ、奮発して買ったかいがあったの〜」


 メーアが今着ているのは、都会で流行りのゴスロリファッションとかいうやつらしい。



「メーアは何着ても似合うね」


「ノアもオシャレするべきなのよ。私服が五、六枚しかないとか由々しき事態なのよ」


「うん、今度買おうかな〜」


「メーアが選ぶのよ!!」


 しまった、メーアと一緒に行くと着せ替え人形にされちゃう! またその時間が長いんだ、服なんか選んでる時間があったら他のことやってるよ。





「それにしても、ノア。だいぶ一人前っぽく見えるのね。修行のおかげかしらね?」


「そうかな」


 ポツリとメーアが零した言葉を拾うと、メーアは嬉しそうな顔をしたから、話を続ける。


「本当に、嬉しいな。師匠との修行のおかげだよ」



師匠との修行は思い出したくないほどの辛さだった。今でも夢に出るほどに……。



 私は、ヒラヒラと白衣を見せびらかすようにクルリと舞い、指輪を見せる。ドール医師としての証の指輪で、エメラルドの石がついている。




「なんか、まだ実感ないや」


「な、何言ってるのよ。このドール医師の試験にどれくらいの人間が受けてると思っているのよ!? 奇跡といっても過言ではないのよ」


 早口でまくしたてるメーアを見つめる。名前は私のことを自分のことのように心配し、想ってくれてる。私はそんなメーアが大好きだ。




 私はふと思う、ドール医師になれたのは奇跡かもしれないと。




「一人前のドール医師っぽく見えるのね。いい感じなの」



「これでフェイさんに恩返しができるよ。だって赤の他人の私をここまで育ててくれたんだもん」


 メーアは、可愛い瞳を大きく開かせそっぽを向いてこう言った。


「すごく……ノアらしいのね」


「何それ」






 *****




 急患もいなく、コーヒーを飲みのんびりとした時間を過ごしていたその時だった。


「ノアお姉ちゃんっ!? 助けて、助けてポムがー、ポムがっ」



 サクラちゃんの悲痛な叫びが聞こえ、慌ててドアを開けるとドール独特の甘い香りが漂い出した。


 これは、まずいっ。かなり出血している時の匂いだ。


「ノアお姉ちゃん!!」


 サクラの腕に抱えられたポムくんは、木の破片が胸に刺さっていた。オーバーオールが粘菌に染まりきって、金髪だった髪は赤くなっていた。


粘菌は人間でいう血液だ。足りなくなるとまずい。


「サクラちゃん。手術するから出て行って、早く」


「いやだぁ、ポムっ。ポムー、うぅ」


 手術台の上に横たわせると、サクラちゃんはポムくんの元へと近寄ってくる。



「……っ。メーア、お願い」


「早く行かないとポムが死ぬのね」


 でも、でもと泣き叫ぶサクラちゃん。メーアが説得しているのを横目にポムくんの容体を確認する。




「う、や、やだ。わかった、待ってる」


「いいコね、待ってて」


「うん」


 いいコなサクラちゃんの頭を撫でると、少し落ち着いた表情を見せてくれる。これなら大丈夫そうだ。



 ドアが完全に閉まるのを見届けてから、ポムを手術台に固定しておく。もし暴れられたりでもしたら、ひとたまりもないからだ。


「頑張ろうね、ポム」


 絶対、助けるから。ポム。


 まず、ポムを貫いている木の破片を取り除く。大きさはそこまで大きいものじゃない、ただコアが傷ついていたらかなりヤバイほうだ。


 コアとは、人間でいう心臓。コアが壊れると活動停止まで追い込まれる。



「えいっ」


 思いっきり、木の破片を引っ張り取り除く。大量の粘菌が顔にかかる。甘ったるい匂いに包まれる。


「メーア。顔拭いて」



 メーアに顔を拭いてもらい、集中力を高める。徐々に手のひらに魔力を貯めてから魔力を解放すると、エメラルドの光がポムを包みこんでいく。


「いけそうなの?」


「まだわからない」


 これは一時期、ドールの血液循環を止めることができる。とりあえず、コアに触れないように周りに破片が残っていないかを確認し木の棘などを取り除いていく。


「これで三つっと」


「痛くないのかしら? ポムは」


「多分」


 ぐちゃぐちゃと、中をいじられるポムを見て顔をしかめるメーア。メーアは他のドールと違って痛覚があるらしい。だから怪我をするとよく痛い、痛いと喚くのだけど。






「あとは縫うだけっと」



 コアの周りの皮膚を、慎重に縫い付けていく。緩まないように縫わないといけない。処置が甘いと粘菌が溢れ出てしまうのだ。



 しっかりと縫えていることを確認し、プツリと糸を切る。


「かなり早いのよ。ノアはやっぱりすごい奴なのよ」


 メーアが何かを言っていたが、手術に集中しついる今、構う余裕がなかった。


「開けるよ」


 パカリとコアの真上の部分を開けると、ひし形の宝石のようなコアが見える。光が射し込んでキラキラと光って見える。


 ポムの髪色と同じ金色のコア。



「コアの表面にゴミを発見。メーア、念のためにポムを抑えて」


 いくら痛覚のないドールといえども、コアの周りは弱く、暴れるドールが多い。



「平気なのよ。さぁ、やるのよ」


 ゴミをピンセットで取り除こうと、コアに近づけると「ぐああああ、あぐっ」と悲鳴を上げ、手足をばたつかせる。



 稲妻のような光がコアの近くを、通り過ぎた。コアを守るための拒否反応だ。


「うっ」


「ノア!!」


「ぐっ……平気」


 痛みを訴え、震える手でコアを傷つけないように、ピンセットでそっとゴミを取りのぞく。


「よしっ、終わった」


 カランッとピンセットとゴミをトレーに入れて、コアを最終確認する。



「サクラをもう呼ぶの?」


「あとは粘菌を補充するから、もう少し待ってね」


 人間でいう輸血だ。ドールでも粘菌が無くなってしまえば、動けなくなってしまうこともある。


 私は、急いでパックを取りに行った。





「かなり出血していたから、目を覚ますのに少し時間がかかるかもしれない」


「わかった。……ポムは無事なの?」


 目を真っ赤に腫らしたサクラちゃんを怖がらせないように優しい声を出す。



「手術は成功だよ、サクラちゃん」


 トテトテと歩いているメーアは、サクラちゃんを慰めるようにいつもの棘を無くしたような声で話す。


「お母さんはもう少ししたら来るのよ。安心したらいいのよ」


「えっ、メーアが呼んでくれたの?」


 黙っていようと思ったのに私は思わず、声を上げてしまった。


「「サクラ!!」」



 男と女の人の声が聞こえ、振り向くと二人がサクラちゃんに駆け寄る姿を見た。サクラちゃんは泣きながら、その二人に抱きついている。


 なんとなく見てはいけない気がして、目をそらした。



「ノア先生っ! ポムをありがとうございました」


「……いえ、助かってよかったです。もう大丈夫そうなので、後は家で様子を見てくださいね」


「わかりました」



 ポムを手渡すと、サクラちゃんのお父さんは愛おしいものを見つめるように、大切に受け取った。




「手をカバーする手袋とか買った方がいいのよ。ノアの手が傷つくの」


「大丈夫っ! だってアレは高すぎるんだもん」


「ドール医師は、人員不足だからこんな安い給料のとこで働くより、都会の方がもっと儲けられるのよ」



 またメーアの説教だ。



「私はここから出て行く予定はないよ? それよりも晩御飯、食べようか」


「早くするのよ」


 メーアは、珍しいドールで痛覚もある。他とは違うドール。






 ドールは人のために、動くことを原動力としている。


 ポムが怪我をしたのもサクラちゃんが、溺れている猫を助けてほしいと願ったから。


 運悪く増水している川に浮かんでいた木の破片が激突したから。



 ドールは人のために生きる。それが例えどんな理由だったとしても。











 〜もうすでにこの世にない情報〜


 聖女サクラは塔から脱出しており、聖女サクラが住んでいた村が災害に見舞われた。


 聖女サクラが絶対に出られないように、何重にも魔法をかけていたにもかかわらず、なぜ解けたのか?


 聖女サクラの力を手に入れたい、第三者の仕業と考える。



 聖女サクラは、今どこにいるのか? 全勢力を注いででも見つけ出さなければならない。



 国家機密


 聖女サクラの失踪は誰にも伝えてはならない。



 一ページ目

(【真っ黒に塗りつぶされている】年にこの資料は消失したとされている)

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