疑惑
朝起きるとメーアが、またいなかった。昨日の怪我は直ったけど、粘菌が足りないから絶対にベッドに横になって安静に言ったのに……。
「もういっそ……」
メーアがこれ以上、私との約束を破るなら……。目の前の景色が真っ赤に染まっていく。私はそれにゆだねるように意識を
トントントンとドアをノックされた。
「ノア〜。アレン君が来てくれたわよ」
「えっ!?」
フェイさんの言葉で、微睡んでいた景色が一気に冴える。
今日、なにか約束したっけ? こんな、なんでいきなり。
「ま、まって! まってって言っておいて」
「ふふ、わかったわ」
慌てて身支度を整えると、フェイさん特製の美味しいコーヒーを飲んでいるアレンがいた。私の姿を確認するとキョロキョロと周りを見てから小声でこう言った。
「……話がある」
やけに真剣そうな表情を浮かべるアレンだと思った。こんなアレン、初めて見た。
「診療所に行きながらでもいい?」
「いや、誰にも聞かれたくない」
「じゃあ着いたら中で話そう。患者さんが来るまでだよ」
「わかってる」
真面目な会話をしながら二人で診療所まで歩いていく。幼い頃は何も考えずにいたけど、よくよく考えてみたら結構恥ずかしいな……なんて何照れてんだろう、私。
あぁ、いつもはメーアがいるからかな。
「なんか暑いね」
「そうか? 俺は別に……ってノア顔真っ赤」
アレンは私のおでこに手を当てた。至近距離からの整った顔に、ひぃいと心の中で悲鳴をあげてしまう。いや、もっと体温が上がっちゃうから! 放っておいてよー。
むりむり、近い! なんで、こんな急にドキドキし始めるのかな……私の心臓どこかおかしいんじゃないですかね!?
「医者に診てもらうか。あっ、ノアのことじゃなくて」
うん、わかってるよアレン。私はドール医師だもん。だから慌てて取繕わなくても平気。
「熱じゃないから平気だよっ!」
「でも、もしなにかあったら」
「じ、自分のことは自分でやるから」
押し問答の末、病院に行かなくても済んだ。けど……
「アレンって過保護だよね」
「悪いけど、お前のとこにいるメーアとかいうドールには負ける」
「メーアが過保護? アレンの方がよっぽどだよ」
「……自覚がないのが一番怖いんだ」
*****
診療所に着くと、アレンをソファへと案内した。アレンが座ると、ギシリと音がなった。ボロボロでゴメンね。
「ここには俺たちしかいないよな」
「気になるなら見てみる? 私たちしかいないよ」
「そうだよな、すまん」
アレンの様子がおかしい。元気がないというか、警戒してる? アレンの顔に緊張が走る。
「……またメーアがいないのか」
「うん」
ふとメーアとの昨日のやりとりが思い浮かんできた。アレンにならあのこと、話してもいいかなとチラリとアレンを盗み見ると、真剣な表情のまま、ソファのギシギシ具合を確かめていた。
アレンは何やってるんだろう?
「アレンさん?」
「あっと……ゴ、ゴホン。それで?」
「昨日のことなんだけど」
「あぁ」
すっかり緩んでしまった空気が元に戻る。アレンは私の目を見据えており、話さないとなんていう使命感だけが積もっていく。
「実は昨日、メーアが夜遅くに帰ってきたんだけど、メーアが血だらけだったんだ。……あれは人間の血だよ」
「血か……なぁ、なんかヘンだよな。俺の親もなんかコソコソしてる」
「コソコソって」
「失礼なこと聞くけどよ。村長に変なとことかは」
村長というのは、フェイさんのことだ。そういえば女の村長って珍しいってメーアが言ってたっけ。
「今のところ、特にはないよ」
「ならいいんだけどな……。最近大人達が夜中に集まってるの知ってるか? 」
「昨日も大人達は集まってたの? 」
「みたいだ。……村長さんもいたらしい」
「それは確かな情報なの? 私は昨日起きてたけど、フェイさんがどこかに出かけた音はしなかったよ」
思わず強い口調で問いつめてしまう。得体の知れない何かにフェイさんが関わっている? でも村長だから当たり前なのかな。
……誰にもバレずに夜中に集まって話さないといけない何かがある。
大人だからっていうのもあるのかもしれない。でもそうやってひた隠しにされるのも……嫌だ。
「……噂がある。この村が聖騎士団とつながっているのではないかという噂だ」
「そんなことありえないよ」
言いたくなさそうに表情を歪め、でもしっかりと言い切ったアレンに掴みかかるような勢いで私は食ってかかった。
「この村は聖騎士に脅されてる。だからありえない。そのことでフェイさんがっ! どれだけ苦労してるか知らないからそんなことが言えるんだよ!!」
途中感情がこもって机を叩いてしまい、ものすごい音を立てると同時に錯覚だろうか、診療所が少し揺れた気がした。アレンはそんな私を探るような目で見たあと、何も言わずにただただ私の次の言葉を待つ。
「聖騎士とつながってるなんて、そんな」
「心当たりはないんだな」
私が首を縦に振ると、アレンは納得したように笑顔になった。
聖騎士団。
聖騎士と聞けば誰もが、真面目でかっこよく偉い人みたいなイメージがあると思う。私がそうだった。でも現実は違う。
聖騎士団とは聖女を守るという名目の軍団。聖女サクラを崇め、聖女サクラはまだ生きていると信じ、否定した人々を虐殺したりととにかく狂った連中なのだ。
狂ったヤバイ人達の集まりなのに、なんでそんなカッコいいでしょ? 権力持ってますみたいな名前なのか本当に疑問だ。
考えんでいる私を見ていたアレンは、勢いよく手を叩いた。その音でピリピリとした空気は塵のように散っていき、私の考えていたことも吹っ切れてしまった。
「ごめん、俺さ。ノアに嘘ついた」
「はぁあ?」
ごめんごめんとカラカラと笑うアレンだったが、一瞬覚悟を決めたような顔をして嘘をつかれて不機嫌な私に衝撃的な事を告げた。
「見たんだよ……聖騎士のやつらがフェイさんに頭下げてたところを」
血の気が引いていくような感覚に陥る。言葉の意味を理解しようとする頭を私の何かが知ってはダメと引き止めている感じがする。警告音が頭の中で鳴り始める。
聖騎士が、フェイさんに頭を下げていたの? 逆じゃなくて? 逆なら話はわかる。でも……。
「なんで嘘ついたの? あとどういうことなの」
「もしかしたらお前も知ってたんじゃないかと思って。そのままの意味だ」
それって私のことも疑ってたってことだよね、アレン。ねぇ、アレンそのままってどういうこと?
「良かった。ノアが敵じゃなくて」
そう言って悲しそうに笑うアレンの手が、震えていて……でもそれよりもフェイさんが関わってたことに驚いて、アレンの見間違いじゃないかと思ってしまう私がいた。
「なあ、本当はこんなこと言いたくないんだが、お前の大切なメーアも関わってる可能性が高い」
いきなり出てきたメーアの名前に、また思考が鈍くなり始める。
「ど……いう」
「調べたんだが、今日この村の人達に怪我人はいないらしい。じゃあメーアは誰を傷つけたんだ?」
「それはメーアが自分で転んで!!」
「自分で言ったんだろ? 人間の血がついてたって」
「……っ」
「今夜も集まるらしい。なあ、俺と一緒に確かめに行かないか?」
私はアレンに頷くことしか出来なかった。そしてポタポタとこぼれていく涙をぬぐい、アレンはそっと抱きしめてくれた。
その暖かいぬくもりを感じ、私は「ありがとう」とそっと呟いた。
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