第3話「ゴリマッチョ」

 夢を見た。

 まだ若い母と、幼い頃のわたし。

 蝉の声。

 座卓を囲む、祖父母。開け放した縁側、曽祖父。

 遠い夏の日。

 やがて蝉の声は徐々に小さくなり…。


 目が覚めると、泣いていた。

 昨日は、唐突な展開に、ただただ流された。落ち着いて考えるゆとりもなく、歩いた。撃った。

 眠ったら、心細さに気づいた。安全な場所にいると、考えてしまう。

 突然の知らない世界。妖魔が彷徨う、深い森。わずかな食糧。向こうに残してきた、母と曽祖父。

 せめて、わたしがここで生きてるって伝えたい。

 

 ひとしきり泣いたら、少し落ち着いた。

 食糧が尽きるの待つより、とにかく人里に出ないと。街に出たら、今よりも何かできるはず。

 諦めにも似た心情かもしれないが、今できることをする。乾パンと砕いた氷砂糖で、簡単な朝食。汗で汚れた下着を替え、上着は荷物に放り込む。

 重い小銃と荷物を背負い、格子戸を開ける。


 ドールハウスの外は夜明けの森だった。

 トランクを閉じると、格子戸は跡形もなく消える。不思議。やっぱり異世界だわ。

 昨日は気づかなかったが、朝焼けの向こうに山が見える。たぶん、平野部に行けば街がある。ほとんど勘だけど、宛のないわたしは、西に向って歩くことにした。

 草に埋もれた、ほとんど獣道に近い小道を歩く。太陽が高くなりはじめ、蒸し暑さが増す。

歩き続けると、ちょっと太めのわたしはシャツ一枚でも汗だく。

 時折り見かける乾いた場所で休み、また歩き続ける。

 汗を拭い、鳥の鳴き声に驚き、気がついたら日が暮れる。

 ドールハウスで休めるのがせめてもの救い。床に突っ伏して、意識を手放す。

 

 3日目。

 食糧も残り少ない。半分諦めの境地で歩く。他にどうしようもないから。

 足場の悪さにも、落ちてくる蛭にも慣れてきた。慣れたくないけど。

 昼過ぎ。少しずつ木々が薄くなってきた気がする。期待に、自然と足が早まる。さらに1時間、ついに森が切れた。

 森の向こうは、彼方まで拡がる緩やかな丘陵。人家はないけど、丘を縫うように伸びる白い線と、点々とした黒いものが見える。

 目を凝らすと、細く伸びる並木。糸杉だ。

 確か昔のイタリアじゃ、街道に糸杉を植えたはず。

 街道だと思いたい。

 あそこまで10kmくらいかな?

 最後の乾パンを半分残して、祈るように歩く。遮るもののない陽射しが辛い。転生者というより、敗残兵の心境だわ。神さま、お約束を下さい。

 日が傾いてきたころ、ようやく最後の丘だ。これを越えれば街道に出るはず。もうすぐ丘の頂き。

 その時、かすかに聞こえたのは、怒声と雄叫び。


 眼下に数台の馬車。見つからないように、姿勢を低くして近づく。

 馬車を取り囲む数十匹のゴブリンと、護衛らしき人間が争っている。

 何だろう、違和感が?

 よく見ると、護衛の男たちが皆ごつい。

 それに強い。

 次々となぎ倒され、吹き飛ぶゴブリン。男たちはなぜか半裸で、重量級の武器を振り回している。

 自慢の筋肉を震わせ、無双する男たち。ひと言で言うなら、ゴリマッチョ。

 馬車に残る立派な衣装の人も、バールのようなものを振り回し、無双。

 お約束どおりなら助けて恩を売ろうと思ったけど、正直、どちらが襲われてるかわからない。

 言葉が通じるかもわからないし。

 そう思ってしばらく戦いを見守っていると、乱戦の輪を抜けた数匹が、大型のクロスボウを持った男を囲むのが見えた。

 髭モジャのその男は、素早くクロスボウを捨て、側にあった角材で応戦するが、数匹の攻撃に明らかに押されている。

 やっと出番かな?

 膝立ちで小銃を構え、槓桿を引く。

 この身体になってから、すごく見える。200m先がよくわかる。当たるはず。

 軽い発射音とともに、1番外側のゴブリンが倒れる。音速を遥かに超える弾丸は、狙い通り胸を貫通。

 突然の出来事に、一瞬ゴブリンたちの動きが止まる。そこにもう一発。足に弾が当たり、倒れる。

 動きを止めたゴブリンを見逃さず、髭モジャの角材が唸った。

 

 戦いは終わり、死屍累々。リアル異世界は血なまぐさい。吐きそうになるのをこらえ、片付けに追われる馬車に、そろそろと近づく。ゴブリンと筋肉なら、まだ話の通じそうなのは筋肉だ。人間だし。たぶん。

「ひゃ!?」

 誰かが背中の荷物を掴んだ。ゆっくり後ろを振り向くと、見事にビルドアップされた上半身。日焼けした顔に白い歯が眩しい。

「隊長、怪しいのを捕まえました。」

 あ、言葉がわかる。武装した筋肉に囲まれてるけど。

 16人、逃げられない。近くで見ると、さらにごつい。全員半裸だし。

 それに、見た目はあれだけど、てきぱきした行動。一見ただのマッチョのようだけど、訓練された兵士のような動きだ。

「さて、君は誰だね?」

 バールのようなものを持った壮年の男に詰問される。赤黒く輝くのは返り血ですか?

 さすがに足が震え、しどろもどろするわたし。上品な口調が逆に怖い。

 いきなり襲われないだけ紳士的かも。半裸だけど。

「まあグルトゥース殿、待たれよ。」

 筋肉の中から1人が進み出る。さっきの髭だるまだ。

「先程の援護はお主だろう。助けられたな。」

 その一言に、場の空気が幾分和らぐ。見た目と裏腹に、話が通じそうだわ。

「ずいぶん汚れているが、旅人か?」

 こくこくと頷く。緊張で口が動かない。ぱくぱく、声が出ない。これじゃ金魚だわ。

 そこへ、ウォーハンマーの人。隊長っぽい人だ。

「はは、我々の見事な筋肉に声も出ないか。私はマルコ。こちらは、」とバールの人を示し、

「商都アルナの大商人、ロッソ=グルトゥース殿、我われは専属護衛団、『筋と花』だ。」

 悪い人たちじゃなさそうだけど、話すたびにぴくぴく震える筋肉。そして話の合間にポージング。濃ゆい。

「さて、我われが名乗ったところで、そちらも自己紹介して頂こうか?」

 と、グルトゥースさん。貫禄のある美中年。この人も、なぜかローブを脱いでポージング。ブーメランから覗く大殿筋が見事だわ。

 こういうとき、小説なんかじゃ「道に迷った」、「東の果てから」、などと答えるのが定番だけど、わたしの背後は深い森。道に迷って森に入るひとなんていなさそう。説得力なさすぎ。

 迷ったあげく、気がついたら森の中にいた、と正直に答えておいた。

 その言葉に、何となく頷く面々。

 わたしがよほど不思議そうな顔をしてたのか、髭だるまが教えてくれた。ちなみに髭だるまはジョルジオさんらしい。

「この地方には迷い人の伝説があって、何十年かごとに、奇妙な格好をした者が現れるのだ」

とのこと。どうも、この人が副官っぽい感じだ。参謀役かな?髭だるまだけど。

 奇妙な格好はひどいけど、薄汚れた軍装に、山盛りの荷物。反論できないわ。

 でも、話してて思ったのが、この人たち、第一印象とずいぶん違う。戦闘で殺気立ってた雰囲気がなくなると、みんな素朴ないい笑顔だ。

 思い切ってグルトゥースさんにお願いしてみた。

「実は食糧が尽きそうで困ってるんです。働きますから、街まで連れて行って下さい。」

「マルコ、ああ言っているが、団長としての意見はどうだ?」

 マルコ団長に意見を求めるグルトゥースさん。

「役に立つなら異論はありません。迷い人は幸運をもたらすとも言われますので。」

 団長、信頼されてるみたい。幸運があるかはわかんないけど。

 だけど、これで行き倒れなくて済みそうだ。

 良かった、のかな?



第4話予告

毎夜、あの素晴らしい畑を脅かす山賊たち。農村を守る誇り。素朴な野良着に身を包んだ農夫たちの、ここは、戦場。無数の野蛮人のギラつく欲望にさらされて窮地に立たされるカッレの村の農民達。卑しい欲望と、日々の生活。己の生存を賭けた戦いが激突する。

次回、『カッレ村』。戦場にあんなの銃剣が煌く。

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