第4話「カッレ村」

 馬車に揺られる。

 彼方まで続く、緑の丘陵。街道に沿う、糸杉の並木。

 道は白い石畳。ところどころ擦り切れてるけど、未だ役割を果たしている。

 まるでイタリアだな、って思う。

 違うのは、世界が違うこと。


 隊商に拾ってもらって、丸一日。ごとごと揺れる馬車には慣れないけど、護衛の人たちとは、ずいぶん打ち解けてきた。馬車の見張りは当番制。日中はわたしを含め、16人が4班に分かれて見張りに立つ。

 わたしがいるのは、先頭の馬車。日差しの下、2時間立ちっぱなしは辛いものがあるけど、これも生活のため。それに、歩くよりましだし。

 わたしが当番の間は、幸い何事もなかった。この辺り、隊商狙いの山賊が出るらしいけど、馬車4台の規模なら、あまり心配いらないらしい。そんなことも含め、『筋と花』の人たちは、この地方の地理や一般常識を教えてくれた。

 今いるのが、靴下の形の半島、スティバーリ地方の中部。グルトゥースさんや『筋と花』の人たちは、商業都市アルノって町の出身で、東部の鉱山街から金属製品や武具をの仕入れの帰り。今日はカッレっていう村で1泊するそうだ。ちなみにアルノは都市国家らしい。

 反対にみんなは、わたしの装備や武器について、いろいろ質問してきた。詳しい原理や性能は伏せておいたけど、特に小銃に驚かれ、意外なところでは飯盒への食いつきがすごかった。「これがあれば、どこでもパスタが湯がける」だって。

 世間話は楽しいんだけど、馬車の揺れが半端ない。地面からの衝撃が直に響くから。天幕を畳んだ上に座ってるものの、とにかくお尻が痛い。他の人たちは上着を丸めた上に座ってるけど、やっぱり辛そう。モデル級のスリムなおしりなら、地獄だろうね、これ。

 当番の合間に通販カタログを見ようと思ったけど、3秒で酔いそうになって止めた。馬車の中は荷物一杯で、それでなくても狭いのに、マッチョが2人とわたし。馬車酔の前に筋肉に酔いそう。通販は落ち着いてからのお楽しみだ。


「おい、あんな、ちょっといいか?」

 見張りに立ってるルイジ=デルトイデさんの声。

 昨日、わたしを捕まえた人で、巨体のわりにとても機敏。まるでどこかの機動兵器。

 ルイジさんに限らず、隊商の人たちは、『異能』っていう能力持ちらしい。

 この世界では数十人に1人、『異能』という能力を持ってるそうだ。『異能』の詳細は言えないそうだけど、みんな筋肉に関係するとか。どれだけ筋肉好きなんだろ?

 

 ルイジさんに呼ばれて、幌から顔を出す。

「昼過ぎから尾けられてる気がするんだが、どう思う?」

 右手の丘を小さく指さして、小声で聞かれる。

「どうしてわたし呼んだの?」

「いや、昨日遠くからゴブリンを倒してたからな。もしかしたら、何かわかるんじゃないかなってな。」

 そう言われると、確かに気配に敏感になってる気がする。伺うような視線を感じる。丘の稜線に伏せて、こっちを見てるのかも。

「2人、いや3人かも。山賊?」

 ルイジさん、顎に手を当てて考えてから、

「多分な。あらかた斥候だろうし、まだ襲撃はないな。戻って中に伝えてくれ。あと、騒ぐなよ。」

 うん、馬車が止まったときのほうが襲いやすいだろうね。野営なら特に。でも今夜は村の中だし、とりあえず大丈夫かな?

 中の2人も、わたしと同意見みたい。

 ちょっと覗くと、ルイジさん、後続の馬車にサインを出してる。ていうか、それポージングだけど。


 陽が傾いてきた頃、周りの風景が変わってきた。丘を上るように作られた小麦畑やブドウ棚。オリーブの林。草を食む羊。ところどころで見かける農夫。牧歌的な光景。今日の目的地、カッレ村が近い。

 だけどなんだろ、こちらを見る目が、どことなく緊張してるのは。

 しばらく進むと、村の入り口。だけど、なにかぴりぴりしてる。頑丈な木の柵、槍や農具を持った人たち。

「おーい、私だ。通してくれ。」

と、グルトゥースさん。村から代表らしき人がきて、2人で何か話してる。

 やがて、話がついたのか、馬車の隊列が進み出し、村の広場で止まる。だが、隊形は円陣。襲撃に備えた構えだ。

 隊形を組み終わったあと、グルトゥースさんが全員を呼び集める。誰もむだ口を叩かない。苦手だな、こういうの。

「全員、だいたい状況はわかってると思うが、この村はしばらく前から山賊に狙われている。」

 カッレ村は、数日前から散発的に、小規模な襲撃を受けているらしい。

「今までのは威力偵察だと思うが、状況が変わった。我われ隊商という獲物が村に入ったからだ。」

 そこでひと区切り、全員を見渡し、

「村長とも話をつけた。今夜は新月、おそらく襲撃がある。山賊をここで迎え撃つ。」

 御者を務める1人が挙手。商隊に雇われた人だ。

「迎撃の必要性はわかります。が、村の防衛まで我われが行うのはどうでしょうか?」

 グルトゥースさんは、ドーシィさんを見る。答えてやれってことだろうね。

「疑問はもっともだが、この村の次は我われが襲われる番だ。街道で野営中に襲われるのと、ここで迎え撃つのは、どちらが良いかな?」 

 グルトゥースさんが引き継ぐ。

「加えて、アルノの豪商グルトゥースが村を見捨てたとあっては、商会の沽券にかかわる問題だ。」

 かっこいいね。いちいちポージングがなければもっと。

「『筋と花』は雇い主に従う。異論はないな?」

と、マルコさん。全員異論はないみたい。

 

 その後、村長さん宅で作戦会議。村長だけあって、村で一番広い。ちょっとした豪邸だわ。

 どちらかというと、領主に近い立場なのかな。

 メンバーは村長と、自警団の隊長、グルトゥースさん、マルコさん、ドーシィさん。で、なぜかわたし?

 マルコさんに聞くと、『迷い人』だから、いいアイデアがあるかもしれない、だって。あんまり期待されても困るんだけど。

 山賊は約50人。

 作戦は、可能な限り柵で食い止めて、柵が破られたら広場まで後退、馬車の円陣を利用して防衛する、というもの。

 柵から広場までは、およそ100m。その間の家の屋根には、弓を持った村人が待ち伏せる。

 村の防衛の間は、村の人たちは村長邸に避難。自警団も村長邸を守備する。

 ドーシィさんは参謀役なのか、てきぱきと計画を立てていく。服を脱ぎながら、ポージングしながら。

 他の人は何事もないように話し合ってるけど、疑問は感じないの?

 もしかして、おかしいのはわたし?

 悩んでると、マルコさんが教えてくれた。

「ドーシィの異能は『哲学する筋肉』、衣類が少なくなるほど知力が向上する能力だ。」

 この世界でやっていく自信、なくなってきた。


 陽が沈む。月のない、漆黒の夜。

 わたしの配置は馬車の上。柵まで見通せる位置。

 小銃、拳銃、両方の動作を確認する。銃剣の取り付けも問題ない。

 いよいよだ。手が震える。

 あとは、わたしの提案が、どこまで役立つかだ。



第5話予告

いつも感じていた、心の何処かで。平穏な日々の裏にある危うさを。安らかな平和に潜む悲しみを。戦の日々を。自分が生き抜くたび、散っていった仲間の数を数える。突撃ラッパと砲声が聞こえてくる。

第5話『たぬき』。万朶の桜は、襟の色。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る