第5-2話 王都サルバドール②
――間に合って良かった。
シェリアはその胸に子供を抱きながらそう思った。
騎士の両手を貫いたあの一撃はレーザーの単発射撃だ。粒子砲は威力が強すぎ、他の人を巻き込む恐れがある。ならばと思った彼女が撃ったのがそれであった。勿論、それは騎士の無力化が目的であったため、殺すような事をしてはならないと考えたシェリアはじっくり狙いを定めて放ったのだった。結果は狙い通りに両手を貫き、巻き込んだ人間は皆無だった。
(ふっ、さすが私。両手を狙って相手を無力化させるなんて造作もない――)
『緊張で手が震えていた人の台詞とは思えないわね』
(アイリス姉!? 人の心の声を読まないで!)
そんなやり取りをしながらシェリアはチラリと抱いている子供を見る。一瞬の出来事でまだ頭が追いついていないのか、それとも怯えているのか、ガタガタと震えながら彼女の腕の中にいる。茶色の髪に緑色の上着と白色の半ズボンのような服を着ている所から男の子だろうと判断した。
怪我をしているか判断したいが、原状ではそんな余裕はない。
(さて、助け出すことは出来た。後はこの状況をどうやって凌ぐかだけど……)
彼女のこの行動は突発的なものだった。屋根に上って状況を見守っていたのだが、子供が殺されそうになった時、彼女の体は自然と動いていた。そして気づけばこの状況だ。次の策など考えているわけがない。
「なんだ、貴様は」
と、我に返ったピエールが不機嫌な声を上げる。自分の楽しみを潰された為であろう、その顔も不機嫌さを隠そうともしていなかった。
「何だ貴様は、って言ってもね。ただの通りすがりだ」
「ただの通りすがりが何のようだ? なぜ僕の楽しみを邪魔する?」
「楽しみって、こんな小さな子供をこんな大勢の前で処刑する事か? 正直言って良い趣味とは言えないな」
「ふん、庶民には分からないさ、この楽しみは。見たところ、上流階級でも余り見ない程の美貌だな。どうだ、今ならそれに免じて許してやっても良いが?」
「どんだけ傲慢なんだよ……。そんなの受け入れられるわけがないだろう」
「ならば仕方がないな」
そう言ってピエールが指を鳴らすと、シェリアの左側の人だかりから別の私兵が出てきた。人数は三人。
――まだ隠れていたか、と思わず舌打ちをする。
「お前達、子供は殺せ。女は……そうだな、捕らえて屋敷に連れて行こう。どんな声で鳴くか楽しみだ」
そう言ってピエールは舌舐めずりをする。その醜悪な顔に思わずシェリアは身震いする。
(貞操の危機じゃん。このままだと非常に不味い気がする。とりあえずこの子を抱えて逃げるか……?)
そんなことを考えている間に兵士達が近付いてくる。ふとダレンの方を見ると、彼を抑え付けていた私兵の後ろにいつの間にかロイが立っていた。彼は二人の私兵の首を腕で締め上げながら、その豊満な筋肉を使って持ち上げる。勿論、二人は暴れるが、その拘束を解くことが出来ず、やがて気絶した。
「ん、もう終わりか。あっけねぇな」
そう言ってロイは気絶している二人を離し、下に落とした。その倒れた音に気付き、ピエールがそちらを向く。
「な、何だ貴様!?」
「見て分からねぇか? ただの通りすがりだよ」
「貴様もあの女の仲間か! おい、あいつも殺……せ?」
ピエールが見た三人の私兵がいた場所、そこにあったのは倒れた三人の私兵と、ウィルが剣を抜いて立っていた。
「ん? どうした、何か気になることでもあるのか」
とウィルはピエールを挑発するように言い放つ。
「くっ、役立たず共が! もう良い。お前等、抑えているその女を切……」
再びピエールは声を詰まらせる。母親を押させていた騎士達を見たが、そちらは自由になったダレンとロイの二人が鎮圧していた。そして母親はシェリアの下に向かい子供を抱いている。
「で、あんた一人になったわけだけど、まだやるか?」
「く、くそっ! どけっ!」
ゆっくりと近付いてきたウィルに尻尾を巻くようにしてピエールは人だかりの中に逃げていった。
それを見て、終わったとシェリアは安堵する、と同時に辺りは歓声に包まれた。
「やるじゃねーか兄ちゃん達!」
「貴族を撃退するとかすごいじゃねーか!」
「嬢ちゃんもかっこよかったぞー!」
それを受けながらシェリアはウィルの元に向かう。
「ウィルさん――」
「ったく、一人で突っ走りやがって。けどよくやったな、シェリア」
と、笑みを浮かべた彼にシェリアも笑みを浮かべる。
「はい。それと助けてくれてありがとうございました」
とシェリアとウィルが話していると、ロイとダレンも二人の所に向かってきた。
「すまない、助かった。礼を言うぜ」
「構わねぇよ。俺たちもあいつに一泡吹かせたかったからな。ロイはどうだ?」
「ああ、俺も清々したぜ。でもよ、ウィル。相手は貴族だったんだろ? こんなことをして大丈夫だったのか?」
「あ、それ私も気になります」
今回行ったのは明らかにイベール家への攻撃と捕らえかねないだろう。となればシェリア達が行き着く先はどうであれ、碌な目に遭わない可能性がある。
「その辺はダレンさんがなんとかしてくれるだろ?」
「ああ勿論だ、そのくらいはさせてくれ。それとここの処理も俺がやっておく。悪いが、残りの騎士もここを手伝って貰うために外させて貰うが良いか?」
「構わねぇよ。それじゃ後は頼んだぜ。それじゃ、行くぞお前等」
そう言いながらウィルは馬車に戻り始め、ロイがそれに続く。それを見たシェリアも続こうと歩き始める。それを見た母親は立ち上がり、頭を下げた。
「ありがとうございました!」
シェリアがそれに反応して、母親の方を見るとそう御礼を言う母親の側で、子供は陰に隠れながら小さく手を振っていた。それにシェリアも小さく手を振って答えると、二人のあとを追っていった。
思わぬ足留めを食らったシェリア一行であるが、目的地に到着したのは日の半分が地平線の向こうに沈もうとしているころだった。足留めされたと言うことも大きいが、そもそもここに来るまでに大勢の歩行者が道を行き来していた。道は広いが、そんな状況では当然道路は渋滞を起こし、速度を上げることもままならないため、結果この時間での到着となっていた。
目的に到着後、御者の指示の下に荷物を下ろし始めた。この頃になると疲れからかウィルとアリアの動きは遅く、それをカバーするようにシェリアとロイは動き続ける。そしてすべてが終わったのは完全に日が沈んでからであった。
「やっと終わったな」
「終わりましたねー」
商店の壁面に背中を預けて立つシェリアとウィルは、手に水が入ったコップを持ちながらそう言い合った。ここに至るまで色々なことがあったが、どうにか目的を達成することが出来、ようやくのんびり出来る時間となった。なお、ロイとアリアの二人は今夜の宿を探すために、離れている。
「さて、後は帰りだが……、予定では一週間後に出発だったな」
「一週間ですか。少々長い休暇ですね。で、それが終わったらまた護衛ですか。次は何事もなければ良いんですけどね……」
「そうだな……、ん?」
「どうしました?」
「あっちを見てみろ」
そう言って彼がある方向を指さす。彼女がその方向を見ると、そこには数人の騎士達がこちらに向かってくるのが見えた。その様子から昼間の件であることは想像がつく。
「あれ、あの人って……」
向かって来る騎士達の一人に見覚えがあった。しかし朧気なためか彼女はうまく思い出せない。そんなことを考えている間に彼らが目の前にたどり着いた。
「君たちがピエールの暴走を止めた冒険者達だね?」
「ああ、その通りだ。あんたは?」
「申し遅れた、私はレーツェル王国、騎士団長レオンだ。よろしく」
自らをレオンと名乗った男はウィルに向けて右手を差し出す。それを見てウィルも立ち上がると彼の手を握る。
「ウィルだ。あんたの所の奴とやり合った連中のリーダーをやっている」
「よろしく。それと……」
その言葉とともに手を離すと、彼はシェリアの方に顔を向ける。そして一言、
「君も久しぶりだな」
と、彼女に言葉を投げかける。明らかに自分のことを知っている、そう思った彼女は必死に思考を巡らせる。
――短く駆られた茶色の髪に黒色の瞳、四十代中頃の男。
「あっ、もしかしてあの時の……」
ようやくその容姿に彼女の記憶に一人思い当たる者が見つかった。それは彼女がこの世界に来た頃に出会った騎士団の団長だ。
「思い出してくれたか。しかし、元気にしているようで良かった。ダレンから聞いたぞ、すごい魔法使いになっているそうじゃないか」
「い、いえ、あの時騎士団の皆さんが助けてくれたおかげです。私の方もあの時はありがとうございました」
「ははは、礼には及ばないよ。それより団員が迷惑をかけた。本当にすまない」
「いえ、お気になさらないでください。それであの人なんですけど、どうなるんですか?」
「私の権限で奴の隊長資格は取り上げた。そしてしばらくは独房部屋で反省させる。貴族の両親が何か言ってきそうだが、そこはどうにかするさ」
「じゃあ、俺たちは何も心配しなくても良いんだな。助かったぜ、ありがとうよ団長さん。でもよ、なんであんな奴が騎士団に入っているんだ? 以前は入ることが出来なかったはずだぜ?」
ウィルの問いにレオンが、そして後ろに控えている騎士達全員が苦い顔を浮かべる。あまり話したくない内容なのか、レオンはしばらく沈黙し、やがて重い口を開く。
「政情の変化だよ。君はこの国の王が体調が優れないという話を知っているかい?」
「いや、ここに来たばかりだからな。そうなのか?」
「ああ。そのため王は自らの仕事を周りの者へ割り振っている。自分がいなくなっても国が混乱しないように、今の間に経験をさせるみたいだ。数年前から徐々に始まったことだが、これが悪かった」
「何でだ? 良いことじゃねぇか」
と、顔をしかめるウィル。シェリアも彼のそれに同意見だ。
この国の王が行っていることはごく当たり前のことであり、決して間違っているとは思えなかった。そんな二人の表情を見て、後ろめたいのか、視線を下げて続ける。
「貴族達が騎士団内部の権力を手に入れようと、それを利用してきたのだよ。王の負担を軽くしたい等と言ってな。その結果、騎士団は多くの干渉を受けることになり、騎士団内部の人事にまで口を挟み始めた。さらにこちらの進言も中々聞き入れてくれなくなった。その結果が現在の王国を作り上げてしまった」
「王は何も言わなかったのか? そんな状況なら貴族共からそれを取り上げるはずだ」
「……そのはずなのだが、全く状況は変わらなかった。いや、むしろ悪くなっている。今、王が何を考えられているのか、そして何が起こっているのか、うちの補佐官を通じて調べてはいるが収穫はなかった。正直、どうすれば良いのか判断がつかない」
そういうレオンの表情は悲しげだった。騎士団長として騎士団をどうにかしたい。だが、政治がそれを許さない。何も出来ない自身への諦めから来ているのだろう。
「そうか頑張れ、としか俺には言えねぇよ。それを知ったところで俺に出来ることはないからな、他を当たってくれ」
そんな彼に対しウィルは淡泊な反応だ。あっちいけと言わんばかりに手で払うような仕草を彼に向ける。
「私としてはそれを聞いて騎士団に戻ってきてくれたら良かったんだが。アレンから君は優秀だったと聞いているからね。シェリアさんはどうかな? 騎士団に入る気はないかい?」
「……すみませんが、今の話を聞いて入ろうと思う人はいないと思います」
ウィルと同じくシェリアも同じ反応だ。手を払うような仕草こそしなかったものの、その目から拒否の気持ちが存分に出ていた。
「ははは、確かにそうだ! ともかく私から言えることは一つだ。現在の騎士団とあまり関わらない方が良い。それでは帰りも気をつけようにな」
そう告げるとレオンはきびすを返すと部下達を連れて人混みに紛れていった。
「何というか、とんでもなくドロドロしているんですね、騎士団の内部って。もう少し綺麗な場所なのかなとか思っていたんですけど」
「そんな訳ねぇよ。騎士団だって組織だ、ほかの所と同じように中はドロドロだ」
団長から聞いた騎士団の内情に呆れを感じているシェリアに、ウィルはさも当たり前と言わんばかりに答える。
「ウィルさんは昔そこにいたんですよね? そのときはどうだったんですか?」
「さぁな。もう昔のことだ、忘れちまったよ」
果たしてそれは本当に忘れてしまったのか、それとも思い出したくないのか。騎士団の内情から考えるに後者だろうな、と彼女は考える。貴族出身の全員ではないだろうか、ピエールのような者が入っている以上、かなり腐敗している事は想像に難くない。
「にしても団長自ら警告とは恐れ入った」
「警告?」
ウィルが放った一言を理解できなかったシェリアはそう返す。団長の会話は至って普通だったように思えたからだ。その様子にウィルはため息一つつくと、彼女とはあさっての方向を見ながら口を開く。
「そもそも謝罪に来るなら多忙なはずの団長自らが来る必要はないはずだ。それこそ補佐官とやらに来させれば良い。それに騎士団の内情を話す必要もない。それを敢えて話したと言うことはこれ以上余計なことしようと考えるなと言いたいんだろうよ。まぁ、内情に関してはさすがに話すべきか迷っていたようだけどよ」
「なるほど。それにしても余計なこと……ですか? 例えば?」
「貴族を糾弾したり、民衆にそれを広めて扇動とかな。今騎士団を牛耳っているのが貴族だと言うことを知れば、巻き込まれまいと思うのが普通だからな」
「ああ~、それは確かに。私も巻き込まれたくはないですからね。私の想像ですけど、それに首を突っ込もうとするのは、よほどの馬鹿か、物好きな奴でしょうね」
「まさにお前のことだな。昼間のお前の行動、忘れてねぇぞ」
「うぐっ……!」
痛いところを突かれたとばかりに思わずのけぞってしまうシェリア。そしてそれに呆れた視線を送るウィル。とはいえ道徳的には間違っていないため、ウィルもそれ以上言うことはなかった。
「どちらにしても、あまりこの国には長居したくない、さっさと離れたいものだ」
「そうですね。でもたった一週間ですよ? この短い間にそんな変化が起こりますか?」
「さぁな、そればっかりは俺らの運を天に任せるしかねぇよ。と、あいつら帰ってきたな」
彼が顎で指した先、ロイとアリアの二人が並んで歩いてくるのが見えた。二人は店の前にいるシェリアとウィルに気づくと走って彼女たちの元に向かってきた。
「ごめんなさい、遅れたわ」
「かまわねぇよ。で、宿はどうだった?」
「たまたまキャンセル客が出たとかで2部屋空いていたわ。しかも一週間分ね」
「すげぇ偶然だな。誰かに仕込まれていねえだろうな?」
「そんなことどうでも良いじゃねぇか。それよりも早く行こうぜ、俺はもう腹が減って仕方がねぇよ。俺の筋肉も飯を求めているぜ」
「わかったよ、それじゃ行くか」
ウィルの言葉に全員が頷くと、宿の向かって歩き始めた。
そんな彼らを見る視線が一つ。
「あれが主の言っていた方ですか。なるほど」
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