第3-2話 それぞれの談笑②

「あっ……」


 シェリアが目を覚ましたとき、そこにあったのは、薄暗い空間といくつものつなぎ目があるテントの布だった。そこはアレン達が用意してくれたテントであり、比較的大きい物であったため彼女達四人が寝ても十分なくらいだった。


 シェリアはゆっくり上半身を起こし、周りを見渡す。まだ夜が明けていないためか、薄暗いその空間にはロイとアリアの二人が夢の中に入っている。しかし、その中にウィルの姿はなかった。


 彼がいないことに疑問を思いながら、彼女はミリスとの会話を思い出していた。その時、体の中からアイリスの声が響いてきた。


『どうしたの、シェリア? 嫌な夢でも見たのかしら?』

「うーん、ちょっとね」


 曖昧に答えながらミリスの言葉を繰り返し再生しながら考える。


 ――近い将来、君たちはアレと衝突することになる。


 現状、シェリアが決して勝つことが出来ない相手。情報も無く、こちらの攻撃を一方的に無効化にしてしまう最悪の相性。しかし彼女の言っていた君たちという言葉。決して戦いたくない相手であるが、彼女の言葉でそれが確定してしまった。しかし”君たち”と言う単語からもしかしたら一人で相対する事はないかもしれない。しかし、あくまで可能性なので当てにはできない。


 そしてもう一つ彼女が言っていた事。彼らを止めてくれという言葉。


(彼らって事は複数居るって事だよな?理由もそのうち分かるって……、もう少し具体的な情報が欲しかったな)


内容が抽象的すぎて情報が殆ど無い。それにシェリアは頭を悩ませる。一体自分の行く先に何があるのか、不安は広がっていくばかりである。

 そんなことを考えていたためか、すっかり目が覚めてしまったシェリアは、寝所から立ち上がるとテントの入り口に向かう。


『シェリア、どこに行くの?』

「どこって外だよ。すっかり目が覚めてしまったから、ちょっと気晴らしにね。大方、まだ夜だろうけど」


 そう言ってテントの外に出ると、まだ地平線は闇が支配し、はっきりとはしていない。普通の人であれば、そこを見ることすら難しいだろう。

 この場所での光源と言えば、空に輝く星々と、騎士達が燃やしている焚き火だけだ。それを中心にして数人の騎士達が首を仕切りに動かしている。その中には見知った顔も含まれていた。

 ダレンだ。

 周囲を見渡していた彼は外に出ているシェリアを見つけると、彼女に近づいてきた。


「どうしたんだ、嬢ちゃん? 眠れないのか?」

「いえ、変な夢を見て目が覚めてしまったので、ちょっと気晴らしにと」

「のんきだな、嬢ちゃんは。いや、アリオンを救った英雄だからこその余裕と言ったところか?」

「ありゃ、私の事を聞いたんですか」


 彼からその話題が出るとは思っていなかったシェリアは少し驚く。


「ああ、アレン隊長からな。しかし、初めて嬢ちゃんに会ったときはそんなことが出来るようなヤツには見えなかったのにな。本当に人は見た目では分からねぇよな」


 そう言ってダレンは感心したような様子で言いながら、シェリアの体全体を観察するように見ている。


「それは、どうも。ところでアレンさんが言っていましたが、ダレンさんが私たちの護衛に付いてくれると聞いたんですけど」

「ああ、それは隊長から聞いている。人員は俺と、今天幕の中で休憩している二人が護衛に付く。大船に乗ったつもりでいてくれ」

「はい、よろしくお願いします!」

「おお、良い返事だな。ったく、アイツもここまで素直で元気が良ければなぁ……」


 と、ダレンはハァー、と大きくため息を吐いた。それはまるで嘆いているような、そんな風に思えるようであった。彼の言うアイツが誰のことを指しているのか、何となくではあるが、シェリアは感づいていた。


「もしかしてクレアさんのことですか?」


 その問いにダレンは首を縦に振ることで肯定を表した。

 シェリアは昼間の彼女の様子を思い浮かべたが、一年前に出会ったときとあまり変わっていないような印象を受けていた。

 たがが一年であるが、されど一年である。彼女が彼の部下であるならば、二人っきりではないにせよ、多くの時を彼と過ごしているはずである。疑問に思ったシェリアは眉をひそめながら問いかける。


「何というか、以前と変わっていないような様子でしたけど、あれからアレンさんとクレアさんの仲はどうなっているんですか?」


 すると、ダレンはシェリアから視線をそらし、目を泳がせる。その反応に彼女はある程度察することが出来た。


「進んでいないんですね、全く」

「ああ、その通りだ、全く進んでいない。主な原因は隊長にあるんだがな」

「アレンさんですか? もしかしてクレアさんの好意に気づいていないとか」

「それもある。それもあるが、もう一つ問題があってな、嬢ちゃんの話題を出すところだ。隊長は妙に心配性なところがあるからな。本当に嬢ちゃんが生活できているかとか俺たちに話していたんだ。と言ってもそれを話すのは希なんだがな。けど、自分が好きな男が別の女の話をしていたら面白くないだろう?」

「ああ、それは確かに……。だから私と会ったとき睨むような視線を送ってきたんですね」

「そう言うことだ。だからアイツも、もう少し素直になったら仲が進展するのにな」


 仕方がないとばかりに肩をすくめる。彼自身もその状況にやきもきしている、そんな風にシェリアには思えた。


「クレアさんって普段からあんな感じなんですか?」

「ああ、何時もな。とにかく頑固で真面目なもんだから、融通が利かねぇ。最もこれは俺が言っても仕方がない。あいつ自身が変わらないとな」

「そうですか。ところで、ウィルさんはどこにいるか知っていますか? 姿が無かったんですけど」

「ああ、ウィルの旦那ならさっきうちの隊長と一緒に向こうに行ったぜ」


 そう言ってダレンが指差したのは、シェリアが眠っていたテントとは反対方向にあるテントである。そこは彼女達がこの野営地に来て最初に招かれた場所だ。


「あの裏に二人とも向かっていたぞ。何というか、気のあった仲って感じだったな」

「そうですか」


 そう答えながらシェリアは思っていた。あのアリオンに送り届けられてからアレンに会うことはなかった。それ故に彼に未だ助けてくれた事への感謝を伝えていない。そのためこの機会に伝えておきたいと、そんなことを思っていた。


 しかし、気のあった仲と言うことは何らかの古い友人の可能性がある。そんな二人の会話を邪魔して良いのだろうか、とも思っていた。


(とりあえず近くに行って、まだ話しているようだったら姿を隠しておけば良いか。で、終わった頃を見計らって行けば問題ないよな?)


「すいません、ダレンさん。私、これからアレンさんに挨拶に行きたいと思いますので、これで失礼します。あ、ちなみにクレアさんは今どこに居るんですか?」

「クレアなら、俺と入れ替わりで仮眠に入っているぜ」

「それは良かったです」


 と、シェリアはホッと息を吐く。彼女の行動を見る限り、アレンと接触している事を知られたら何をするか分かったものではない。しかし、ダレンにはその動きが別のものに見えたようだった。


「もしかして嬢ちゃん、隊長に気が有るのか?」

「いえ違いますよ。なんでそうなるんです?」


 突拍子もない言葉にシェリアは若干呆れたような声でダレンに返す。確かに、助けてくれた事への感謝の気持ちはあるが、それによってアレンを恋い慕うという気持ちは微塵もなかった。即答で返された事にダレンは苦笑いを浮かべた。


「いや、悪いな。ほら、隊長は顔が整っていてさ、格好いいだろ? だから騎士団の中でも隊長を狙っているヤツは多いんだ。だから、嬢ちゃんもその口かなってつい思っちまってな」

「ああ、そうだったんですか。確かに格好いいですもんね。じゃあ、私は行きます」

「おう、隊長によろしくな」


 ダレンの見送りを受け、彼女は目的のテントに近づいていく。そこに近くなっていくと、ウィルとアレンの話し声が聞こえてきた。その声を頼りにテントの影に隠れながらゆっくり顔を出す。そこにいたのはウィルとアレンの二人のみであり、ダレンの話の通り、彼女に背を向けている状態で立って談笑をしていた。シェリスはそれを見ると予定通り、テントの影に身を隠し、そこに座った。


 彼女が居る場所は二人がいる場所に当然近いため、彼女の耳には二人の会話の内容が一言一句届いていた。


『なんだか、盗み聞きして居るみたいね』

「言わないでよ、私だってちょっと気にしていたんだから……」


 同居人の言葉にシェリアは少々うんざり気味に答える。

 内容は他愛のないものであった。最近の状況や出来事、そんなものばかりだ。しかしとても楽しそうに二人の会話は続く。


(本当に仲が良いんだな。そういえばウィルさんは騎士団に入っていたって聞いたことがあるけど……)


 と、シェリアがそんなことを思っていた時だった。


「ウィル、騎士団に戻ってくる気はないか?」

「どうしたんだ、突然?」

「君も知っての通り、このレーツェル王国は危機に瀕している。村々は焼かれ、民は苦しい生活を送っている。そんな時に民の助けになるべき騎士団を指揮する王都の上層部は自身の保身ばかりだ」


 そうアレンは吐き捨てるように言い放った、それが合図とばかりに、先ほどまで和やかだった雰囲気が一変して、重くなる。それを肌で感じ取ったシェリアは恐る恐る影から少し顔を出す。


「そもそも、こんな事態になる前に対応をするべきだったんだ。にも関わらず上層部はこれを甘く見ていたようだ。そして今更対策しろと言ってきた。こんな馬鹿な話があるか!」

「……民衆はどう思っているんだ? 比較的近いお前ならわかるだろう?」

「当然、事態の対処の遅れた事に激怒しているよ。王都はまだそうでもないが、地方に行けば行くほどその声は大きくなっていて不満が溜まっている。さらに外国にも問題がある」

「もしかしなくても、うちの国か?」

「そうだ。君たちの都市を襲ったあの戦い以後、帝国派が勢力を拡大し、王国派は大きく数を減らしたらしい。その結果、態度を硬化させている」

「そらそうだ。あんな大群を見逃してこっちに何の連絡もしなかった国なんて信用できないからな」

「被害者である君たちには申し訳ないと思っている。あれ以降騎士団で調査した結果、魔物の襲撃で破壊された村々や廃棄された砦を拠点として分散して配置していたらしい。そしてアリオンへ向かう際に徐々に合流していき大群を形成した、というのが騎士団の結論だ」

「だが、途中には見張り台があるだろう? 何故そこにいる奴らは気づかなかったんだ?」

「それは……もうわかることはない。そこにいた物達はすでに処刑されている。王国を貶めた物達としてな。しかも尋問をする暇もなく、即座にだ」


 それを聞き、シェリアはこう思った。消された、と。恐らくその物達は何かを知っていた、もしくはそれに協力していたのだろう。そして必要がなくなったから消されたのだろう。ほかの誰も知ることがないように。


(やばいだろ王国。どれだけ混沌としているんだ?)


 彼女がそう考えている中、彼らの話は進む。


「確実に今回のことを手引きした者がいる。恐らく王に近い人間だと思うが……」

「何でそう思うんだ?」

「処断を行った者が近衛の者だからだ。話によれば、尋問を行うために見張り台に騎士団が向かう前に、彼らは到着し処断した」

「それはまた、王は気が気じゃないだろう。自分を身近で守る近衛の連中の中に裏切り者がいると思うとな」

「ああ、だから近衛は王の主要な護衛任務から外されつつある。その代わりに私たちの騎士団から人員が割かれている。確かに王の護衛は名誉ある仕事だ。しかし、街道の見回りを行わなければならない我々は手が回らない事態になりかけている。だからこそ、お前の様な人材が必要なんだ」

「……悪いがアレン、俺はもう騎士団に戻るつもりはない。そもそも俺が騎士団をやめた理由を知っているだろう? その上層部が気に入らなくなったからだ。そんな俺が今更そんなところで何が出来るって言うんだ」

「それは分かっている。あの事件で君が上を信用しなくなったことも知っているさ。それでも、民が苦しんでいる時にそんなことを考えてはいられない」

「勇者はどうなんだ。王国が召喚したんだろう? 噂で聞く限り、相当強いヤツだって聞いているけどよ」

「確かに彼は強い、だが、所詮は異世界から来た人間だ。いつ何があるかわからない。だからこそ、信頼の置けるお前に戻ってきて欲しいんだ」


 アレンの懇願にも似た声にシェリアは少し驚いていた。優しく、冷静なイメージがあった彼がそんな言葉を発するのが意外だったのだ。


 ――ウィルさんは、その申し出を受けるんだろうか。


 真剣なアレンの様子に友人であろうウィルはその誘いに乗るのではないか、と考えたシェリアであったが、答えは変わらなかった。


「悪いが、俺は騎士団に戻るつもりはねぇよ。あんな所よりも俺は今の方が心地いいんだ。あいつらとバカやって楽しいんだ。それによ……」


 そう言ってウィルは後ろを向いた。それは狙ってやったのではなく、偶然だったのだろう。ウィルは一瞬目を見開くと、呆れたような視線をシェリアに向ける。一方のシェリアは背中にじっとりと汗をかき始めた。


「お前、そんなところで一体何をしているんだ?」

「えっと、かくれんぼ……ですかね?」

「誰とだよ。さてはお前、盗み聞きしてやがったな」


 そんな会話をしていると、アレンも彼女の方に視線を向けてきた。こちらはウィルと違い、苦笑いを浮かべている。


「シェリアさん、一体何時からそこにいたんですか?」

「あはは、ちょっと前からです」


 シェリアは立ち上がると、ばつの悪そうな表情を浮かべながら二人の元に向かう。


「にしても、盗み聞きするとはあまり褒められた事じゃねぇぞ」

「いや、そのつもりは無かったんですよ。アレンさんに以前助けてくれたお礼を言いたくて待っていたんです」

「それでそこにいたんですか。しかし、気にすることはありませんよ、それが私たちの仕事ですので。そういえばウィルから聞いたのですが、シェリアさんは特殊な魔法を使われるとか。もしよろしければそれを見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「は、はい。大丈夫です!」




 そう言われてシェリアは説明を交えつつ、自身の魔法を見せていく。その姿を一言で表すと、新しいおもちゃを見せびらかす子供の様なものであった。


「以上です。どうでしたか?」


 そう笑顔で言うシェリアに対して、アレンは困惑している様子であった。


「そう、ですね。凄いとしか言えませんね……」

「だろうな。コイツの魔法は特殊すぎるからな」

「つくづく、なんであの時シェリアさんを勧誘しなかったのかと後悔しているよ。ちなみにウィル、彼女を手放すつもりは?」

「一切無いから諦めろ。コイツは俺たちの重要戦力だからな」

「それは残念だね。ところでシェリアさん、一つ質問があるのですか、良いですか?」

「はい、何ですか?」

「先程の魔方陣ですけど、全て展開しなければ攻撃は出来ないのですか? 説明を聞く限り、展開する数を減らせば、もっと攻撃の頻度を増やせると思うのですが……」

「あっ……」


 シェリアの魔法において、現在展開できる数を決めているのは、彼女が供給できる魔力の量とそれを使用する量のバランスによって決まる。使う量が供給量を上回れば、チャージに掛かる時間が増えてしまう。ではその逆はどうなるだろうか。当然使用量よりも供給量が上回れば魔力に余裕が出来る。余裕が出来るということは一つ一つに対しての供給量を増やすことが出来、当然手数も増やすことが出来る。

 とにかく展開できる数を増やすことしか考えていなかったシェリアの盲点であった。

 そんな彼女の反応に、ウィルは感づいたようで大きくため息をついた。


「その様子じゃ、考えていなかったんだな。ったく、相変わらず抜けているヤツだな」

「いや、今まではとにかく増やすことばかりを考えていましたから……。しかしそれならば、突発的に打つことも出来ますね。魔力の供給量は調整しなければいけないですけど、溜めすぎて暴発とか嫌ですし」


 供給量が増えると言うことは、それだけチャージの時間を短く出来る。しかし、それが早すぎて制御できる量を超えてしまい、暴発と言うことは考えられる事態である。どんな怪我でもたちどころに治ってしまう彼女でもそれに巻き込まれて無事でいられるかは分からないのだ。故に慎重にならざるを得ない。


「とにかく有効な手段ではあると思います。アレンさん、助言ありがとうございます」

「いえ、お役に立ててなりよりです。しかし、先程の物を見たらシェリアさんがアリオンを救ったと言うことも頷けます」

「見た目では絶対思わないだろうけどな」

「ウィルさん、茶化さないでくださいよ」


 そう言ってシェリアは唇を尖らせて拗ねた表情を見せる。それを見て、ウィルとアレンは笑った。ひとしきり笑うと、アレンが口を開いた。


「さて、二人ともそろそろ寝ませんと明日に響きますよ」

「そうですね。じゃあそろそろ戻り――」

「隊長!」


 シェリアの言葉を遮るように大きな声が響き渡った。何事かを思って三人が声のする方を見ると、そこにいたのはクレアだった。息を切らせ、睨み付けるような強い視線をシェリア達に向けてきていた。


「ク、クレア。一体どうしたんだ?」


 いつもと違う様子なのだろう、それに気圧されたアレンの声には動揺が見え隠れしていた。そんな彼の様子を知らないとばかりにクレアはアレンの手を取ると、シェリアをキッと睨み付けてそのまま彼の手を握ったまま、近くにあったテントに入っていった。その様子にぽかんと呆けた様子でウィルは口を開く。


「何だったんだ、今の怖いねーちゃんは……」

「さ、さぁ」


 そう返答したシェリアであったが、自分がアレンと会っていたことも原因なのだろう、と彼女は考え、心の中でアレンに手を合わせるのだった

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