第3-1話 それぞれの談笑①

「みんな、久しぶりだな!」


 そう言って短い金色の髪を乱しながら向かってきたのは、シェリアがこの世界に来てから初めて出会った人物、アレンだった。その表情は久しぶりに出会えた喜びからか、満面の笑みを浮かべていた。


「久しぶりだな、ウィル。てっきり野垂れ死んでいたかと思っていたよ」

「ひどい言い様だな、アレン。俺だって働いているんだぜ? ていうか、お前、俺が冒険者やっていることを知っているだろうが」

「ははっ、すまない。ちょっとした冗談だ。で、君たちはここで一体何を……。ん?」


 ウィルと話していたアレンが、シェリアに気づく。彼女もそれに気づき近づくと、ペコリと頭を下げた。


「お久しぶりです、アレンさん。以前はお世話になりました」


 そう言う彼女に対し、アレンは驚いた様な表情を見せる。何故ここに彼女がと思っているのか、彼は大きく目を見開き、口も半開きなっている。が、すぐに表情を険しくすると彼はウィルに詰め寄るように顔を近づける、


「ウィル、これは一体どういうことなんだ?」

「アレン、話は後だ。俺たちはこれからここで野営を行いたいんだが、この辺は物騒だろう?だから護衛を頼みたいんだけどよ、いいか?」

「……分かった。近くに私の隊が野営をしているところがある。そこまで君たちを誘導しよう」


 不承不承と言った様子であったが、アレンはそう答えると馬に乗り、彼女達を先導するように前を進み始める。彼の部下であろう四人の騎士もそれに続き、後ろに馬車隊が続く。


 やがて付いたのは複数のテントがおかれている小さな野営地だった。

 シェリアが初めてアレンと出会ったときに見た、あの野営地とは比べものにならない程に小さい。テントの数は2個程度であり、そこに居る人員も先程のアレン達を含めて15人程度しか居なかった。その付近に馬車を停めたシェリア達は後のことを御者に任せると、アレンの案内でテントの一つに移動する。


「この中で話をしよう。みんな中に入ってくれ」


 そう言ってアレンを先頭に中へと入っていく。内側は何の家具も配置されておらず、端っこに最低限の道具が置かれている。そんな寂しい空間に腰を下ろしている男女の姿があった。


「お疲れ様です、たい……、ん?」

「ん? これはまた、珍しいお客さんだな」


 そこに居たのはアレンと同じ時に出会ったクレアとダリルだった。どちらも最後に出会ったのは一年以上前だが、どこも変わっている様子は無かった。そしてクレアは驚いた表情をするとシェリアを睨むような視線を向けながら声を発する。


「隊長、確かこの辺りの偵察に出かけていたはずでは?」


 妙なことを考えているのか。クレアはそんな言葉を投げかける。


 ――相変わらず不器用な人だな。


 そんなことを思いながらシェリアは思わず苦笑する。それが気に入らなかったのか、クレアの視線は更に強くなった。そんなことをしていると、アレンがそれに答えた。


「その通りだ。その途中で彼らに出会ってね。すまないが二人とも外に出て入れくれないか?」

「尋問なら私たちがいた方が良いのでは?」

「おいおい、クレア。どう考えても尋問じゃないだろうが。おら、さっさと行くぞ」

「ま、待ちなさい、ダリル! 私は――!」


 そんなこと言いながらクレアはダリルに腕を捕まれると強制的にテントの外へと出されていった。


「お前の部下か、アレは? なかなか面白い奴らじゃないか」

「あはは、恥ずかしいところを見られてしまったね。とにかく座ってくれ。色々話を聞きたい」


 そう言うとアレンはテントの奥に座る。彼の正面にウィルとロイが座り、シェリアはウィルの隣、アリアはロイの隣に座った。


「さて、一応予想できているが聞いておきたい。君たちはここで一体何をしていたんだ?」

「商隊の護衛だ。アリオンから王都サルバドールまでの区間だな」

「やっぱりか。それにしても無茶をやる。この国の状況は知っているんだろう?」

「当然だ。けどよ、お前達騎士団が回っているから、ある程度マシになっているって聞いてるぜ?」

「確かに、私たちが巡回するようになってから被害は減ってきている。それでも危険なことに変わりは無い。君たちがAランクの冒険者とは知っているが、あれだけの数を三人で守るのは難しいだろうに……」

「それに関しては心配いらねーよ。何せ、コイツがいるからな」


 そう言ってウィルは隣に座っているシェリアに左手で拳を作り、親指で彼女を指す。それにアレンは怪訝な表情になる。


「そういえばウィル、何故彼女がここにいるんだ?」

「コイツも冒険者だからだよ。しかも結構な実力者だぜ」


 そうウィルは言い放つと、アレンはシェリアを見る。そして彼の言葉が信じられなかったのか、笑い始める。


「ウィル、冗談はよしてくれ。私もシェリアさんがどんな人か知っているが、とても戦える人には見えないぞ。それに冒険者だったとしてもランクは低いんだろう?」

「確かにそう見えるよな。まぁ、ギルドカードを見せれば信じられるだろう。シェリア、見せてやれ」

「あ、はい」


 促されたシェリアはギルドカードを取り出すとアレンに渡す。笑いながらそれを受け取ったアレンであったが、それを見ていく内に彼の表情が怪訝な表情に変わり、それが徐々に驚きの表情に変わる。


「で、アレン。感想は?」


 その様子をニヤニヤと笑みを浮かべながら見ていたウィルはそう問いかける。アレンは驚きからか、答えようとしているが、うまく声が出ないようだ。やがて落ち着いた彼はゆっくりと答える。


「えっと、これは本物なんだよな。ランクはともかくとして、何故二つ名が付いているんだ?これは多大な功績を挙げた者にしか与えられないはずだろう?」

「アレン、シェリアさんはその功績を挙げたんだよ。知らない? アリオンがゴブリンの軍団に襲撃されたこと」

「あ、ああ。その事については私も知っている。騎士団の中でもその話題があったよ。確か無数のゴブリンの軍団に襲撃されたとか。その時に街にいた魔法使いの一人がそれを壊滅させたと聞いている」

「その魔法使いがコイツなんだよ」


 それを聞いてアレンは固まる。表情も、仕草も、時間が止まったかのような印象を受けるほど綺麗に固まった。そして肺から空気を絞り出すような声を発する。


「本当……なのか?」

「そんなに信じられねぇのか? シェリアちゃんのギルトカードに二つ名が書いているのが証拠になるだろ?」

「ロイ、確かにシェリアさんのカードにはそれが書かれているけど、普通は信じられないのが当たり前よ。私たちだって、そこに居たから信じられるんだし」

「ああ、なるほどな。確かに普段のシェリアちゃんを見ていれば確かにそうだな。圧倒的に筋肉が足りねぇ」

「アンタはいい加減、筋肉で物事を図るのをやめなさい」


 そんな二人のやり取りを横で聞きながらアレンは口元に手を当て、視線をカードとシェリアを何度も行き来させる。


「何というか、私たち騎士団が逃がした魚は大きかったようだね」

「そのようだな。けど、今更遅いぜ」

「ああ、本当にそうだな。ありがとうございます、シェリアさん。これをお返しします」


 そう言って苦笑いを浮かべ、アレンはカードをシェリアに返す。そして表情を整えると、再び彼女達に向き直る。


「さて、切り替えて別の話をしよう。君たちはこの後、王都まで向かうとのことだが、その間の休憩箇所などは決めているのか?」

「一応は、な。確か、王都とアリオンの間に地方の中継都市があったはずだ。そこに辿り着いて休憩した後、再び出発する予定だ」

「中継都市……。ああ、確かにそこは無事だ。比較的大きな都市だから休憩は出来るな。しかしその後は? またしばらく進まないと行けないからな。よし、私の隊からダリルと他二名を君たちの護衛に当てよう」

「は? ちょっと待て、アレン。俺たちとしたらそれはありがたいけどよ、そんなことをしたらお前らの戦力が落ちるだろうが。良いのか?」


 これはウィルにとって寝耳に水だったようで、彼は困惑の表情を浮かべていた。彼としてはアレンに護衛を頼めればと思っていたのだろう。だが、まさか向こうからそれを申し出るとは思っていなかったようだ。


「うん、構わない。と言うよりもそう言う命令が下っているんだ。巡回中に護衛の少ない商隊が居たら出来る限り戦力を裂いて護衛せよ、とね。中央も今必死さ。激減した貿易量を元に戻そうと躍起になっている。そのしわ寄せが私たちにと言ったところだね」

「何というか、お前も大変だな。そう言うことならありがたくいただくぜ」

「うん、必ず君たちの役に立つと保証するよ。さて、今日は私たちの部隊が君たちを護衛する。明日に備えてゆっくり休んでくれ」


 **

  

「また、ここか」


 アレン達に用意された寝床で眠りについたシェリアが、次に見た光景は何時もの白い空間だった。何度も見た光景。既に慣れてしまい、最早驚くことはない。そしてここにいる人物も当然分かっていた。


「ヤッホー、ミリスさんだよー!」


 緑色の髪を揺らし、満面の笑みでピースサインをする彼女に、シェリアは無言で近づくと右手を握りしめ、その脳天めがけて振り下ろした。ゴッチーンという擬音がぴったりな光景の後、頭を抱えながらミリスはその場に蹲った。


「痛ったー!! ちょっとシェリアちゃん、一体どうしたの!? ドメスティックバイオレンス!?」

「うるせぇよ。いつぞやの呪いの借り、これで返したからな」

「呪い? ああ、あの語尾にニャンが付く呪いの事だね。でも可愛かったから良いじゃ……」

「ふむ、もう一発喰らいたいと見た」

「うそうそ、冗談。もうシェリアちゃんは冗談が通じないんだからー」


 笑顔で再び拳を作るシェリアに、だらだらと冷や汗を流しながらそう答えるミリス。その姿はとても女神とは思えない。その姿に拳をとき、ため息を一つしてシェリアは彼女の視線に合わせる。


「それで今回は一体何です? 重要な情報でもくれるんですか?」

「いや、そういうのはないんだけど……、今、大丈夫かなって、無理していないかなとか思ったからだよ。ほら、前に大変な事とかが起きたでしょ。それでちょっと心配になって」

「ああ、そういう。見ての通り、何とか無事に生きていますよ。あなたからもらった体のおかげです」

「そっか、良かった」


 と、ミリスは安心したように胸をなで下ろした。


「ていうか、アレを知っているなら私が生きていることも知っているんでしょ? だったらこんな所に呼ばなくても良かったんじゃ……」

「遠くで見ているのと、こうして直に会うとじゃ全然違うよ。それに私は直に確かめる方が好きだしね」


 そう言って若干拗ねたような様子になる。その姿は彼女の幼い姿と相まって通常の時よりも更に子供っぽく見える。しかしその表情も長くは続かなかった。次はシェリアから視線を反らせたまま、落ち着かない様子で視線をせわしなく動かす。何とも煮え切らない表情だ。


―― 一体どうしたのだろうか。


 先程までとは打って変わった様子に、そんな思いが彼女の中を巡る。


「あの、一体どうしたんです? 何か気になることがあったら言ったらどうですか?」

「え、う、うん。そのさ、君の中にいるアイリスちゃん、だっけ? どんな感じかな?」

「どんな感じ? まぁ、とても優しい人だと思いますよ。私のこと助けてくれるし、ウィルさん達とも仲が良いように見えますから、何も問題ないと思いますよ。時々過保護っぽくなるのは玉に瑕ですけど」

「そ、そっか……」


 ミリスの若干安心したような様子に彼女は違和感を抱く。何故そのようなことを煮え切らない表情で聞いてくるのか。いつもの彼女であれば、相手のことなどお構いなしに聞いてきそうな印象である。


「あの、アイリス姉……、アイリスさんがどうかしたんですか?」

「あ、ううん。なんでもないよー」


 そう言うミリスは空笑いでそう答える。明らかに何かを知っているが、話すつもりはないようである。


「さて話は変わるけど、なかなか面白い魔法を使うね。さすが異世界人、発想が違うよ。その調子で今後も頑張ってくれたまえ」

「それは、ありがとうございます。ちなみに一つ聞きたいことがあるんですけど……」

「うん? 何かな?」

「アリオンが攻撃されたときに現れた、あの黒い騎士について知っていることがあれば教えてほしいんですけど」


 現在、唯一彼女の攻撃が無効化される相手だ。今後彼女の前に姿を現すかは分からないが、もしその時が来た場合、負ける可能性が高い。少しでも情報が欲しいというのは彼女の本音だった。


「ああ、あの騎士くんか……。申し訳ないけど、私にも分からない。アレがどうやってそれを成しているのかは謎だ。でもこれだけは言える」

「それは?」

「君、いや君たちは将来アレと衝突することになる。それは間違いない」

「つまり、その時までに対処を考えておけと、そう言うことですか」

「うん、そういうこと」


 最悪だ、とシェリアは思わずには居られなかった。情報が手に入らなかった上に、将来的にアレとぶつかると分かればそんな気分になる。


 ――対抗するための武器を開発しなければ。


 シェリアは心に強くそう決めた。自身が生き残ることを考えると自然にそう考えざるを得ない。


「あと、もう一つ。これは私のお願いだ。別に聞いてくれなくても良い」

「――何ですか?」


 そう答えながらミリスの方を見ると、彼女はいつになく真剣な表情でジッと自身を見てきた。重要な事なのだろう。彼女は姿勢を正して、次の言葉を待つ。


「どうか、彼らを止めてくれ。この理由はそのうちに分かる」


 ――彼ら?

 そうシェリアが思った時、再び視界が白く染まっていき、同時に意識も遠くなっていく。いつも感じている感覚が彼女を襲う。


「どうやら、時間のようだね。じゃ、またねシェリア。また、話せる時を楽しみにしているよ」

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