第2-2話 新たな冒険と再会②

 夜が明けると、シェリアたちは関所に向かい、通行許可証を兵士に渡した。

 確認のため、しばらく時間が過ぎた後、通行許可が下りた。


「これが通行許可証とここを通ったという証明書だ。どちらもなくさないようにすること。それと聞いているだろうが、街道は現在多くの馬車が襲撃を受けている。警戒を怠らないようにすること、以上だ」


 その兵士の言葉を受けて、シェリアたちはレーツェル王国領内に入った。

 やがて視界が開けると、また同じような景色が広がっていた。しかし、彼女の心の中は新たな地へと入った事への興奮でいっぱいだった。


 彼女がこの地に降り立ってからすでに1年以上は経っているが、アリオンの勢力圏外に出たのはこれが初めてである。見知らぬ地で一体何を見て、何が起こるのだろうか。彼女はそんな気持ちになっていたのである。


 そんな新たな世界にわくわくしながらも、彼女は目を皿のようにしながら周囲を警戒していた。今、自身がいるのは安全な場所ではない。いつ襲われてもおかしくない所なのだ。姉を自身の体の中に入らせ、警戒に当たる。彼女だけでない。ロイもアリアも同じだ。この中でウィルのみ休憩のため、馬車の床に腰掛けている。しばらく時間が経過したら、誰かと交代する手はずとなっていた。


 街道を進んでいくとシェリアの視界にある物が入ってきた。それは街道から少しそれた位置に存在している。

 目をこらして見てみると、馬車のような物体のように思えた。


 やがて馬車がその近くに通りかかると、その細部が見えてきた。それは街道から少し外れた、というよりも邪魔だからどけられた様な印象を持つ、朽ち果てた馬車であった。あちこちが破壊され、近くにそれを引いていたと思われる馬の白骨した死体が転がっていた。


「ウィルさん、あれってもしかして……」

「ああ、大方攻撃を受けて破壊された馬車だろうよ」


 シェリアの言葉に、座りながら周囲を見ていたウィルがそう答えた。

 そしてそれがきっかけとばかりに、次々とそのような馬車が出現していた。場所はまちまちであるものの、そこにある物は大体が似たり寄ったりな物だった。

 それらの光景が、ここが危険地帯であることをひしひしと伝えているようであった。


「ひどい物ですね。こんなことになっていたんですか、隣国は……」

「街道の襲撃が増えたのは、今から1年以上前の話だからな。それから考えればこんな光景になっているのも頷ける」

「ちなみに、どんな魔物によって攻撃を受けたとか、そんな情報もないんですか?」


 と、ウィルに体を向けて、そう問いかけた。事態が発生してからすでに1年以上が経過しているのだ、何らかの情報があってもおかしくないと考えた故の問いであった。


「生き残った者が少ないから、情報が少ないらしいが、多くは野生に存在する魔物が多いらしい。そして時たま、ゴブリンのような奴らに襲撃されるそうだ」

「確か、地方の村々は壊滅しているんですよね? 王国は何も手を打たなかったんですか?」

「範囲が広すぎて無理なんだろうよ。すべての町を守ることなんて不可能。王国の連中もそれが分かっているから、安全な城壁のある都市に疎開させるなどしているようだぜ。最も、街道を巡回し始めてからは改善されてきている、って話だが……」

「だが、なんです?」

「いや、なんでもない。とにかく、一連の影響で地方では物資が不足しているって事だ」


 それを聞いてシェリアは元いた世界で行われていた通商破壊の事を考えていた。

 物資や人員などを運ぶ馬車を攻撃し、その行き来を妨害する。これが現地にいる魔物達によって行われている。しかし、それは偶然に行われている事なのだろうか。


 答えは否、とシェリアは思っていた。そもそも野生動物の様な存在の彼らが、そのような通商破壊の様な行動をするだろうか。それが数件起こる程度なら、たまたま運が悪かったというので片付けられるだろう。だが現実は、地方で物資が不足するほどの攻撃を受けている。明らかに異常だ。


「ウィルさん。誰かが、その魔物達を指揮しているとかは考えれませんか?」

「……考えられるとは思う。アリオンを襲ってきたゴブリン共にしても、あれだけのことを奴らだけで成し遂げられるとは思えねぇ。だが、問題は誰がそれをしているかって事、そしてその理由だな」

「ウィル、それだったらさ、王国の隣にある帝国が怪しいんじゃないの? あそこ、王国と結構な対立をしていたし……」

「ああ、エストラント帝国のことか。確かに考えられるだろうな」


 エストラント帝国。レーツェル王国の隣に位置し、王国と肩を並べられるほどの大国であるが、領土摩擦や政治体系の違いで大きく対立していた。それを考えると、確かに帝国が王国の力を削ぐために行っていると十分に考えられた。


「だが、ここで俺らがあれこれ考えたって仕方がねぇ。そのあたりは国同士で話し合うだろうよ」

「ちなみに、戦争になることは……?」


 そう不安げにシェリアが問いかけるが、ウィルは嘆息して何気ないように答える。


「さて、な。その時はその時だ。それよりも周辺の警戒を緩めるなよ。お前のその目が、俺たちの運命を握っているんだからよ」

「はい。……ん?」


 周辺の警戒を再開した彼女の視界に妙な者が映った。進んでいる馬車から見て、右前方、その向こうに白い物体が動いているのが見えた。そしてそれは、徐々に大きくなっていき、彼女の瞳はその形を捉えた。それは白色の狼で、数は確実に30体以上はいるように見えた。それらが固まって真っ直ぐに向かってきていた。


「ウィルさん、右前方より向かってくる集団があります!」

「何!? 数は? 何が近づいてきているか分かるか?」

「数は三十以上、白い狼の群れです!」

「白い狼……、スノーウルフか」

「スノーウルフ? 一体どんな魔物なんですか?」

「説明は後だ! おっちゃん、馬車を止めてくれ! ここで迎撃する」

「分かった!」


 その声と共に馬車が停止する。そして停止した馬車からシェリアたちが飛び降りると、商隊の右前方、馬車を背にして立ち塞がるように布陣する。その向こうには距離を詰めてきたスノーウルフの集団が見えていた。


「シェリア、奴らに一発かまして戦力を減らせ! 近づけると厄介だ!」

「了解、迎撃を開始します!」


 シェリアは杖を構え、陣を展開する。その数は8。使用するのは広範囲に被害をもたらすプラズマ砲だ。魔物の集団は固まっている。そのため、分散される前に範囲の広いプラズマ砲で一網打尽にしようと考えたためである。

 チャージが開始され、8つの陣の加速器が回転、電撃をまとった白色の塊が生成される。そしてきっかり3秒後、チャージが終わり、彼らの速度を考慮して手前に落ちるように調整しながら、一斉に放たれた。

 白い粒子の尾を引きながら弧を描き、彼らの元へ向かっている。そしてもう少しで着弾といったところでそれは起きた。


 それは彼らの本能から来るものだったのか、それとも誰かに教えられたものだったのか、着弾直線に彼らは走る速度を上げたのだ。それだけでなく、3方向に分かれたのだ。数は均等に、一つはそのまま真っ直ぐに、二つは左右に弧を描くような動きに変わった。


「分かれた!? くそっ……」


 予想外の動きにシェリアは動揺するもすぐに頭を入れ替えて、狙いを真っ直ぐに向かってくる集団に変更した。彼らが走る速度を上げたため、能力を使って着弾位置を修正していく。そして誘導を受けた白い弾頭は彼らの頭上に落下した。着弾した8つの弾頭は白い粒子をまき散らし、集団がいた場所を白く染め上げる。それによって戦果を確認出来なかったが、それが収まるまで待つ余裕はない。残りの2方向から他の集団が向かってきているのだ。


「シェリア! お前は右をやれ! 俺たちは左をやる!」

「了解! ご武運を!」

「おう。いくぞ、お前ら!」


 そのウィルのかけ声と共にウィル、ロイ、アリアの三人はそちらに向かって駆け出していく。それを見送ると、シェリアは任された右側の集団を睨み付けるように見る。距離が近くなり彼らの大きさがある程度分かってきた。それは人の背よりも大きく、おおよそ2メートルは超える大型の狼だ。彼らは更に速度を上げ、後ろに回り込もうとしているようだった。


『このままプラズマ砲で狙うの?』

「いや、速度が速い。プラズマ砲では追いつけないよ」


 シェリアはすぐさま粒子砲による攻撃に切り替える。陣のチャージが再び始まり8つの加速器が唸りを上げるように回転する。そして白いビームが一斉に放たれる。当たれば一溜まりもない物であり、何体かのスノーウルフはそれに巻き込まれて体が蒸発する。しかし、本能からかそれを回避する個体もいた。それに対しては能力を使って追尾させ、更に数体を消失させるが、3体ほどの個体がそれをくぐり抜けた。


 そして踵を返す様に馬車の車列の右後方から突進を開始した。現在車列の後方には誰もいない。不味いと思ったシェリアは彼らを足止めするため、新たに陣を4つ展開した。そして12個の陣から放たれるのは、白色のレーザーを断続的に連射するパルスレーザーだ。その猛烈な弾幕はシェリアが予想していた以上の効果を生み出した。


 まず突進してきた彼らを躊躇させ、簡単に足止めさせることが出来た。

 そしてその歩みを止めた彼らの命運はこの時尽きたと言って良い。

 白いレーザーの嵐は彼らの頭、足、胴体など容赦なく貫いていく。やがて射撃が止まり、そこに残っていたのは、白い体のあちこちに黒い焦げたような後を幾つも付けた彼らの亡骸が転がっていた。


「こっちは片づいた。後はウィルさん達の方だけか」


 そう呟くとそれらを展開したまま、反対側に走って向かう。相手は大型の狼だ。その上に分散したとはいえ数も多い。そしてそこで見た物に彼女は絶句した。


 そこに転がっていたのは、彼女に背中を向けて立つ三人と、その前に打ち倒されたと思われるスノーウルフの死体が転がっていた。そして一番驚くのは、彼らが誰も返り血を浴びていないということだ。


「お、そっちは終わったか? こっちも終わったぞ」


 と、彼女の姿に気づいたウィルは事も無げに言った。苦戦していたような様子は全くない。さすがAランクだな、とシェリアは思った。


 **

 

 時は少し巻き戻り、ウィル達三人がスノーウルフと交戦する前に遡る。ここでもスノーウルフの群れは大きく弧を描きながら馬車に向かっているようだった。


「あいつら、後ろに回りこんで馬車を襲うつもりの様だぜ」

「そうはさせねぇよ」


 ウィルはそう言いながら銀色の小さい杖を取り出す。手元に近い方に赤と緑の小さな宝石が埋め込まれ、先端に向かって枝のような模様が刻まれている。送られていた彼専用の杖だ。そしてその杖の先端を彼らに向けた。


「力と破壊の象徴たる火の精霊よ、業炎となりて、敵を灰燼と化せ、フレア!」


 杖の先端に生まれるは真っ赤な溶岩を丸く固めたような球体。大きさは20センチ程であろうか、それがスノーウルフが進む先に向かって放たれる。その進む速度は速く、1秒後に着弾すると、大きな爆発をもたらし、彼らの行く先をあっという間に火の海にしてしまった。それに2体ほどの個体が巻き込まれ、哀れにも火だるまになって辺りを転がる。


 行く道が塞がれてしまった彼らは、自分たちの障害を排除するために、残りの戦力でウィル達に向かって突進してきた。そこに向かってウィルはファイアバレットを叩き込み始めた。しかし、がむしゃらに打ち込むのではなく、生物の急所である頭に向かってである。これを受けた何体かが、そこを貫通され、地面にめり込むように倒れ込んだ。


 だが、仲間がやられても彼らの突進は止まることはない。


 それを見て、ウィルの前に大剣を肩に乗せるように持っているロイと、緑色の液体が塗られた短剣を持つアリアが立つ。そしてロイは、剣先を左後方に向けるように剣を構えて走り出す。


「オラァァァァァ!」


 叫ぶような声と共に彼は剣を左から右に振り切るように力一杯振るう。その姿はさながら、ホームランを狙う野球打者の様に見えるだろう。

 振るわれた剣は最も左側にいた個体の胴体に、その刃を食い込ませる。そしてそれは赤い血に染まりながら奥へ奥へと刃を進めていく。同時に胴体はその力に押され、横にいた個体を次々と巻き込んでいき、剣が振り切った時には彼らはその勢いによって吹き飛ばされた。少しの間、宙を飛び、重力に引かれて地面に叩きつけられる。


 彼の大剣を直接受けた個体は傷口や口から大量の血を吹き出していた。一方で受けていない個体は衝撃のみだったため、すぐに立ち上がろうとする。そこをいつの間にか距離を詰めてきたアリアが手に持つ短剣で切り付けた。その時に切り付けた傷は大きな物ではない。軽く皮膚を切り裂いただけだ。しかし、すぐに切り付けられた個体に異変が起こる。苦しそうな表情をした後、その場で転がり始める。目は白目をむき、口からは緑色の泡を吹き出していく。やがて動かなくなると地面に力なく倒れ込んだ。


「終わったな」


 そうウィルが言ったとき、馬車の陰からシェリアが姿を現す。それを見たウィルは言った「お、そっちは終わったか? こっちも終わったぞ」


 **


 スノーウルフたちを撃退し、シェリアたちを回収した車列は再び動き始め、血の臭いが充満しているここから移動を始めた。


「かなり大きな狼でしたね。あれが魔物なんですか?」

「ああ、そうだ。学者達に言わせれば、野生生物が何らかの力によって突然変化した姿があれなんだとよ。今じゃありふれた魔物なんだけどよ」

「あれがありふれた、ですか。アリオンに住んでいてよかったと思いますよ。それにしても、あれはどの位の強さの魔物なんですか?」

「あれ単体ならDランクのやつでも倒せる程度だ。だが、集団でいることがほとんどで、単体でいることなんていないからな。どんなやつでも死ぬ可能性はある」

「結構危険な魔物なんですね……」


 それを聞いて、シェリアは先ほどの光景を思い出す。集団でそのまま突っ込んでくると思いきや、3方向に分散させて攻撃を仕掛けてくる狡猾さ。少数であったが、粒子ビームを避けるその身体能力。確かに通常の冒険者であれば脅威となるだろう。


「ちなみに、あの魔物から素材ってとれるんですか?」

「素材? 素材になりそうなのは、あの毛皮ぐらいだ。しかも安い値段でしか売れねぇ。だから討伐してもあまり良い金にはならねぇよ」

「その程度の価値なんですか……」


 売れば良い金になるのか、と考えていたシェリアにとって、それは落胆する答えだった。とは言っても、現在は任務中でありそのようなことは出来ないだろう。 


 そんなことを話している間にも、馬車は街道を進む。その後は襲撃はなく、順調に進んでいった。やがて、空がオレンジ色に染まってくる頃、そろそろどこかで野営をしようと全員が思っていた時、再びシェリアの目にある物が見えてきた。


 街道の向こうに何か煙のような物が一本立ち上っているのだ。誰かがそこにいるのだろうか、と思っているとその方向からこちらに向けて向かってくる物体が見えた。魔物かと思い、シェリアは目を細めると向かってきているのは馬に乗り鎧を着ている、騎士と思われる者達だ。


「ウィルさん、向こうから騎士の様な人たちが向かってきますが……」

「何?」


 シェリアの言葉にウィルだけでなく、ロイやアリアもその方向を眺める。向かってきている数は五人。


「大方、ここを巡回している騎士団だろうよ」

「どうしますか?」

「あいつらに護衛を頼めるか言ってみようぜ。もしかしたらやってくれるかもしれねぇからよ」


 そう言ってウィルは馬車を止めて下に降りると、彼らの元へ向かう。それにシェリアやロイ、アリアも続く。そして騎士達はウィルの近くまで来ると馬を止める。そしてその内の一人が下に降りると、走って彼女達の元に向かって来ながらその兜を脱ぐ。それを見てシェリアたちは固まった。そこにいたのは、自分たちが知っている人物であったからだ。


「みんな、久しぶりだな!」


 それはシェリアの命の恩人であり、そしてウィル達の共通の友人である、アレン・ケーフィンであった。

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