第1-2話 召喚されし勇者②
眠りに付いていた裕也が、次にその目を開いたのは部屋が既に暗くなっているときだった。部屋の唯一の明かりは窓から入ってくる弱い月の白い光のみであった。
――結構な時間、眠っていたのか。
そう思いながら彼はゆっくり起き上がると、ボーッとした頭をそのままに、ベッドから窓の外を眺める。白い光の先には、黒い空と数個の星が見える程度であったが、彼はそれをじっと見ていた。
そんな時、まるで彼が起きる時間を予測していたかのように、ドアが数回ノックされる。
それに裕也は返事をせず、ただただそこを見ていると、ドアがゆっくりと開かれる。
「勇者様、起きていらっしゃいますか?」
聞こえてきたのは彼をこの世界に召喚した、あの王女の声だった。しかしその姿はドアの影に隠れており、それを見ることは出来ない。
一体何をしに来たんだ、とそう訝しげにしていると、王女がそこから姿を現した。そして裕也は目を見開いて釘付けになる。
その姿は昼間の彼女の服装とは異なり、ピンク色のネグリシェを着ていた。月光に照らされた彼女の服は布が薄いのか、下に付けられている下着がうっすらと見えている。
しかし、それが恥ずかしいのか、彼女は頬をピンク色に染めながら、顔を俯かせている。
また、スカートに当たる部分も短く、白く輝く太股もよく見えていた。それはもはや気品溢れる王女ではなく、男を誘うようなただの女になっているような印象を受けるだろう。
しかしそれがハニートラップであることは明白である。しかし、性欲を持て余す若い彼にとって、それは魅力のある姿であった。
体が熱くなり、身体の一部分に血液が集まっている感覚が彼を支配する。
しかし、少し残った理性を使って彼は顔を正反対に向け視線を外す。
「な、何しに来たんだ?」
簡単に予想は付いていたが、彼はそう問いかける。それに王女はピンク色の頬を赤く染めながら答えた。
「その、勇者様の元に夜這をしに来ました……」
「やっぱりか……」
予想通りの答えに、彼はそう言うしかなかった。彼が読んだりしていた小説などにもこの様なことを行う描写があったが、まさが自分の身に降りかかるとは思いもよらなかっただろう。
しかしそれに答えることは自分自身の破滅を意味する。手を出せば今回の行為を使っていいように利用されることは明白である。
据え膳食わぬは男の恥とも言うが、それも状況によりけりであろう。
――素数を数えるんだ。
素数を数えだし、起き上がり始めて来た愚息を必死に抑え込む。そんな時だ。
ベッドの軋む音共に、甘い香りが彼の鼻に入ってきた。それ共に、荒い息づかいが近くで聞こえてくる。
マズいと思いながらも彼はそこに目を向けてしまう。そこにはベッドに乗り、四つん這いになり潤んだ瞳を向けてくるエミリア王女の姿があった。
紅潮した顔、ピンク色の柔らかそうな唇。月夜に照らされて輝くきめ細やかな肌。
膨らんでいる胸部には、透けて見える下着の形から、そこに綺麗な形の程よい大きさの小山が二つが並んでいることが推測できる。
一瞬、理性が崩壊しそうになり、彼女を押し倒しそうになる彼であったが、ギリギリのところで耐えた裕也は再び顔を反対側に向けた。
「な、なんでそんなことをするんだ!? お前は王女なんだろう、そんなことをしなくたって良いじゃないか!」
「私にとって大切なのはこの国の民です。ですからそれを助けるためなら私の体など、いくらでも差し出しますわ」
「いや、だからって……」
「お願いですわ、勇者様。私の体を如何様にもして構いません。ですから、この国を救い下さいませ」
「待って、ちょっと待って!」
そう言うと裕也は顔が熱くなっていることを感じながら彼女の両肩を、自身の両手でつかみ、彼女を押して制止した。押されたエミリアはその勢いで上半身を起こされ、ベッドにちょこんと座った形になる。一方裕也は目を瞑り、顔を背けたまま言った。
「まず説明してくれ! 何故、君は俺をここに呼んだんだ!? 話はそれからだ!」
彼がそう言うと、少しの時間をおき、彼女は先程の恥ずかしさを含んだ声とは、全く別の口調が聞こえてきた。
「この国は今、危機に瀕しています」
裕也はゆっくりと彼女の顔を見る。顔を赤らめていた表情が一転して真剣な表情に変わっていた。しかし、服装は替わっていないため、目のやり場に困りつつも、裕也は返す。
「危機って、一体どんなものなんだ。その、魔王が出現したとか?」
「そうですね。それもありますが、まずこの国の状況です。我が王国では地方の町が次々に魔物に襲撃されております」
「襲撃?」
「その襲撃方法は様々ですが、攻撃を受けた村や町は例外なく滅ぼされました。その攻撃によって、我が国の生産力は著しく低下しております。もちろん、私たちも地方の防備を強化するなどの対応を行いました。しかし、魔物達は我が国の対応を見るやいなや、方針を変え、街道を通る者たちを無差別に襲い始めたのです。その結果、王国の貿易量は激減しております」
「……それって、もしかして魔物達を指揮している者がいるかも知れないって事?」
「私たちはそう考えております。そしてそれこそが魔物達を率いる魔王と思われます。ですが……」
そう言って一瞬俯くと、再び彼に視線を戻す。
「それはあり得ないことでした。何故なら魔王は500年も前に滅ぼされていたはずなのです。伝説の勇者達が倒したと、各国に記録が残っているのです。しかし、この国にいた高名な占い師がある占い結果をもたらしました。曰く、魔王は死んでいない、と」
「その結果を私たちにもたらした後、その占い師は殺されました。おそらく魔の物によって殺されたと思われます」
「それじゃ、本当に魔王がいるとして、俺に何をして欲しいんだ? その魔王と戦えって事なのか?」
「私としてはそうしていただけたら嬉しいと思います。ですが、今の貴方様の心境では難しいでしょう。ならばせめて、民を勇気づける希望となっていただけないでしょうか?」
「希望?」
「我が国の国民は、終わりの見えない魔物達との戦いに疲弊しております。このままでは国民は未来に希望を持てず、絶望に沈むことでしょう。ですから、貴方様には国民の道しるべになっていただきたいのです。どうか、お願いします」
そう言って見てきたエミリアの真っ直ぐな瞳に、再び裕也の心は揺れる。
彼はこの世界に誘拐された。その事実は変えようがない。しかし、目の前には救いを求める少女がいた。小さい頃に夢見ていた、勇者になりたいという夢。人々の希望になって欲しいという、光溢れる役目。彼は考えて、考えて、未だ迷っていた。
魔王がいる以上、それと戦う可能性は大いにある。ならばその戦いで死んだらどうなるだろうか。当然、死んでしまえば元の世界に帰ることはかなわない。いや、そもそも今の段階で元の世界に帰れるのだろうか。それが気になった裕也は口を開く。
「一つ聞きたい。俺は元の世界に帰れるのか?」
「……帰れます。いえ、私が必ずあなた様を元の世界に帰して見せます」
そういう彼女の視線は真剣な、そして強い視線で答える。
それを見て、彼は答えを出した。
**
次の日。
そこは王城の中でも一際広い空間であった。
天井は高く、開放簡易溢れ、壁面や床のレンガは傷一つ無く、どれに輝いている。その空間の真ん中には入り口から玉座に向かって赤色の絨毯が敷かれ、両側には銀色の全身鎧を纏った兵士達が並んでいた。
裕也はエミリアに連れられ、御付の兵士達に両際を囲まれながらそこを進んでいく。
やがて辿り着いた王座には一人の男が座っていた。赤いフワフワとしたコートのような物を身に纏い、大量の白い髭を携えている。そんな彼は片膝をつきながらジッと裕也を見ている。その瞳の下にはクマが出来ており、あまり良い体調ではないように思えた。その傍らには側近と思われる一人の男が立っていた。そして両側には貴族達がずらっと並んでいた。
兵士達が片膝を付いて頭を垂れると、裕也もそれにつられて同じように頭を垂れる。そしてエミリアは立ち姿のまま、声を掛けた。
「お父様、お連れしました。このお方が今回の召喚によって今世に招かれた勇者ユウヤ様になります」
「おお……そうか。勇者よ、名は何と申す?」
「そのままの格好で名前を言ってください」
隣の兵士に諭されて裕也は大きな声で答える。
「はい、俺はユウヤ・ミカミと言います。その、王女様に召喚されてこの世界にやってきました」
彼はこの国の勇者になることを決めた。もちろん心の底では自身をこの世界に召喚したこの国に不信感を持っている。
だが、真剣な眼を向けてきた彼女を、信じてみたくなったのだ。騙されているかもしれない。それでも、信じてみたくなったのだ。
こうして、この国に一人の勇者が降り立ったのだった。
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