第1-1話 召喚されし勇者①

 裕也が次に目覚めたのは白い天井が広がるベッドの上だった。彼が今まで寝ていたどの寝具と比べても柔らかい感触が背中に伝わってくる。首、瞳などを動かし周囲を見て回ると、そこは彼がいたあの地下とは打って変わって、清潔そうな赤い絨毯と、シミ一つ無い白い壁紙で囲まれた広い部屋であることが分かる。


 ベットで寝ている彼の上には厚い羽毛の掛け布団があり、とても暖かい。それは二度寝をしてしまいそうな快適な物であったが、それを振り払うように彼はベッドから出て立ち上がる。着ている服装は彼がここに来たときのままであり、持っていた鞄は近くの壁に立てかけられていた。


 裕也はまだふらつく頭を手で押さえながら近くの窓に近づくと、そこから外の景色を眺め始める。外からの強い光が差し込む窓からは、日光の強い光が差し込んでおり、その光を我慢しながら見てみれば、壮大な景色が広がっていた。


 都市の中央を貫くように、片側五車線はありそうな広い石畳の道路が走っている。その周りにはコンクリートのような灰色の4階建て程度の建物や、2階建ての木造家屋のような建物がいくつも立っている。しかしそのどれもが日本では見たことがないデザインの物ばかりだ。そして何よりも、その都市の規模が凄まじく広かった。今彼は比較的高い場所にいるにもかかわらず、都市の境界が見えないほどであった。


 それを唖然とした様子で見ていると、部屋のドアを開ける音が聞こえた。

 その音に反応して振り返って見れば、入ってきたのは彼を召喚した、あの少女であった。


「あ、おはようございます。良く眠れましたでしょうか?」


 そう言って柔らかな笑顔を向けてくる少女。それに対する裕也の反応は、冷ややかな物であった。

 それもそのはずである。何の説明もなしにここに連れてこられた上に、拒否すれば何らかの力で眠らされた。不信感を持って当然であろう。


 その反応を見て、少女は笑顔から気まずそうな、悲しそうな複雑な表情を浮かべた。

 彼女自身も悪いと思っているのだろう、視線を落とし、チラチラと裕也の反応を見始めた。それを見て裕也も気まずい雰囲気に包まれる。彼自身、こんな状況を作り出した彼女に怒鳴り散らしたい様な思いもあるが、少女の反応を見てどうにも言いづらい様な感覚に包まれる。それに耐えきれなくなった裕也は彼女に背を向けるように再び、外の景色を見始めた。


 外の大通りには幾つもの馬車が行き交っており、非常に活気に包まれていることがよく分かる。そんな風に眺めること数分。ついに耐えきれなくなった裕也が視線を少女に戻す。


「えっとさ、その、何の用かな?」

「は、はい、その、申し訳ありませんでした。あそこでは私の話を聞いてくれそうになかったので、魔法を使って貴方を眠らせて、ここに連れてきました」

「魔法? あの緑色の風みたいなヤツのこと?」

「はい、そうです。私は風と水、そして雷の魔法を使うことが出来ます。そして風魔法の一つを使って貴方様を眠らせました」


 魔法と聞いて裕也は特に驚くことはなかった。そもそも魔法じみた召喚のやり方から、そう考えざるを得なかった。


「それで、ここは俺がいた世界じゃないんだよね?」

「そうです。ここは貴方様にとって全くの別世界になります。私たちは代々伝わる特殊な魔方陣を用いて、貴方様をここに召喚いたしました。そして召喚される方は魔方陣によって選び出され、ここに送られることになります」

「でも俺は何の能力も持たない一般人だぞ。なんでそんな俺が選ばれたんだ?」

「それは私にも分かりません。ただ、陣は心の綺麗な人間を欲すると言われております。おそらくそれで選ばれたのではないでしょうか」


 そんな曖昧な答えに、裕也は顔を歪める。明確な理由がないのに呼ばれたというその事実に不満げだ。


「けど、俺には無理だ。大体、何の力も持たない俺に何ができるっていうんだ……」

「いえ、異世界から召喚された貴方様には特別な力がございます。入ってきなさい」


 そう言って彼女は部屋のドアの方を向く。するとドアが開き、二人の兵士が入ってきた。

 一人は両手にそれぞれ水晶玉を持ち、もう一人は半球状の道具を持っている。シェリアがギルドで使ったあの測定器だ。二人はそれらの道具を裕也の前にまで持ってきた。


「これは?」

「貴方様の力を測るための道具です。測る方法は簡単です。ただこれらの道具に触れていただければ大丈夫です」

「……本当にそれだけか?」

「はい」


 そう彼女ははっきりと裕也に伝える。裕也は若干躊躇しながら、兵士の持っている水晶玉、その片方に手を触れる。するとすぐに反応が起きる。水晶玉に閉じ込められていた白い光が次々に変化する。赤、青、黄、緑、紫と、だ。これが表す内容は一つ。彼は全ての属性の魔法が使えると言うことだ。

 この結果に兵士も、もちろん彼女も目を見開く。


 それは何故か


 このレーツェル王国は魔法に特化した国である。それ故に複数種類の魔法を使える者は非常に多い。しかしそれでも4種類の魔法を使える物は少ない。では全種類使える者はいるかと言うと、全く存在しない。それを考えると、彼女たちの反応は当然である。


「つ、次はこちらの方に触れてください」


 急かすように彼女は裕也に次の水晶玉に触れるように言う。彼女たちの反応に困惑しながらも裕也は次の水晶玉に手を触れる。すると中にある光が力強く輝き始めた。その光は外から入ってくる日光の光さえも超えるような光を放ち始める。あまりに強い光にこの部屋にいる者全員は目を瞑る。やがて、その光は徐々に収まっていき、最後には最初の状態に戻った。


 この結果に彼女も兵士も固まるしかない。彼女たちの前にいる少年はこの王国にいるどの魔法使いよりも強力な力を持っている。もし彼を鍛え、そして戦力と出来たならばとても頼もしい戦力になるだろう。


「あの、結果はどうなったんだ?」

「……あなた様は最高の力を持っていらっしゃいます。属性も、そして魔力の量もです。この国に、あなた様を超える人材はおりません」

「そんなにか?」

「はい。次はこちらに手を触れていただけませんか?」


 そう彼女が言うと、もう一人の兵士が回路強度を図る器具を彼の目の前に持ってきた。

 裕也がそれに手を触れると、すぐに器具は反応する。7つのランプ全てが点灯する。これが示すのは、彼はどんな強力な魔法でも使えるという事である。つまり彼は膨大な魔力を有し、属性の縛り無く、強力な魔法を行使できると言うことだ。この世界においてはもはや反則と言っても過言ではないだろう。


「すごいです。貴方様はどんな魔法使いにも負けない強力な魔法使いです。決して、能力を持たない一般人ではありません」


 そう言って、彼女は裕也の前に跪く。それに兵士二人も続いた。そして頭を垂れながら彼女は言った。


「異世界より召喚されし勇者様。私はレーツェル王国、第2王女エミリア・ルム・レーツェルと申します。この国の危機に際し、貴方様を召喚いたしました。どうか、その力を私たちに貸していただけないでしょうか。よろしくお願いします」


 そう言って彼女、エミリアと御付の兵士達はそのままの格好で裕也の返事を待つ。


 一方の裕也の心は揺れ動いていた。測定器具の反応を見れば、彼が魔法に関して強力な能力を持つことは確実だ。しかし、彼にはそれが分からない。そもそも、自分たちの都合で彼を召喚した彼女たちを信じられるかと言えば、答えはノーであろう。しかし、彼自身が夢見ていた、勇者になるという事。それが叶えられるかも知れない、その考えが彼を揺さぶっていた。


 長い沈黙の末、ようやく彼は口を開く。


「ちょっと考えさせてほしい」

「……わかりました。ではまた答えの方をお聞かせくださいませ」 


 そういうと彼女はお付きの兵士を連れて部屋を出て行った。それを見送ると裕也はベッドに向かい、そこに体を投げた。 


「訳がわからなくなってきた。俺が勇者? 確かにそれは夢ではあったけどさ……」


 そう言って彼はベッドの上にある枕に顔を埋める。

 いきなり異世界に召喚されただけでなく、自身に強力な力があることが分かった。次々に起こる出来事に彼の脳内は限界に近かった。


「俺は強力な力を持っている。それが本当なら、俺は、この世界のために戦うべきなのか?こんな、俺の知らない世界で……」


 そうブツブツと彼は呟き、やがてそのまま眠りに入っていった。


 ** 


「エミリア様。勇者様は我々に協力していただけるでしょうか?」

「協力してもらえるようにするしかありませんわ。最も、最初の印象は最悪でした。ここから挽回しなければなりません。あのお方の力は確かです。何としてもあの力を貸していただけるようにしなければなりませんわ」

「そうですな……」


 エミリアのそう己の決意を言うが、兵士達の表情は微妙であった。彼の返答から自分たちに力を貸してくれる可能性は低いのではないかと思ったためだ。しかし、それを口に出す事はしない。そんなことを言ってやる気になっている自分たちの主人の気を削ぐつもりはないし、彼をどうにかするとしたら、目の前にいる彼女だけだからである。


 そんな時、向こうから付き人を連れて一人の女性が歩いてきた。金色の髪に顔立ちもエミリア姫のように非常に整っている。赤いドレスを身に纏い、彼らの元に来るとこう言い放った。


「あら、エミリアじゃない。どうしたの? あの頼りない勇者の元に行ってたのかしら。貴方も大変よね、ようやく召喚できたと思ったらいきなり拒否されるなんて。ホント、情けない男よね。さっさと捨ててしまえば?」


 そう言われたエミリアは眉を顰める。


「お姉様、そのようなことを言われるのは慎んでいただけますか? 召喚に応じてくれた勇者様に失礼ですわ

「あら、私は事実を言ったまでよ。それに異世界の人間なんて、獣に違いないわ。私にとっては、あの男はただの駒よ。なら、それにふさわしい扱いにするだけ」


 そう彼女は口元を歪ませて笑う。それは決して冗談ではなく、本当にそう思っているのだろう。それに


「それ以上あのお方を侮辱されるのであれば、お姉様であろうと許しませんよ」

「ああ、怖い。私の妹とは思えないほど野蛮な思考ね。まぁいいわ、あの頼りない勇者でせいぜいお父様のご機嫌をとることね」


 そう言って彼女はエミリアを鼻で笑いながら離れていった。明らかな挑発にエミリアの心の中は怒りに満ちていた。


「エミリア様……」

「いつもの戯言です、気にしないでください。行きましょう」


 兵士の言葉にエミリアはそう答えると、再び廊下を進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る