第11-2話 反撃の時②

 ウィルは、何故? と、そう思っていた。彼が先程まで見ていた光景は、黒騎士に痛手を負わせ、とどめを刺そうと剣を振り下ろした光景だった。ならば今見ている光景は、その黒騎士がその剣の前に倒れ、物言わぬ屍になっている姿を見ているはずであった。


 が、彼の瞳に映っているのは、雲一つない青い空であった。

 あの剣を振り下ろしたのは間違いなく自分のはずだ。ならば自分はここに立っていなければならないはずだ。なのに何故自分は地面に倒れているのだろうとそう思った。


「ぐっ!」


 ウィルの体に鈍い痛みが広がる。まるで何かに吹き飛ばされて地面に叩きつけられたかのように。痛む体に鞭を打って上半身を起こすと見えたのは、あの黒騎士だ。

 だが、その様子が一変していた。黒騎士の体からあの黒い霧が漏れ出ていたのだ。しかし、今回はあの時とはまるで違っていた。


 見た目は同じ黒い霧だ。しかし、それは濃度が明らかに上がっており、まるで怒り、悲しみ、憎しみなどの負のオーラを凝縮したかのようにどす黒い色に凝縮されているようだ。

 そしてその霧を纏っている黒騎士は、死に神か、もしくは冥界の死者を思わせるほど不気味に立っている。見ているだけで飲み込まれそうなほどおぞましい物にウィルは思わず身震いをする。


「何なんだよ、アイツ。一体……」


 ウィルは思った。自分たちはとんでもない化け物と戦っていたのではないかと。


「おい、ウィル! 大丈夫か!」


 ウィルがそう貌然としていると、ロイが駆け寄ってくる。見渡してみれば、ウィルと同じように飛ばされたのだろう、そこかしこに倒れている騎士の姿があり、他の騎士が介護していた。それらを見たとウィルはロイに視線を向ける。心配そうに顔を向けてくる彼であったが、彼自身は怪我などをしていないようであった。


「ああ、なんとかな。しかし、何なんだあいつは。あんな奴、見たことも聞いたこともねーぞ」

「ああ、俺もだ。で、どうするんだ? このまま逃げるのか、それとも戦うか」

「じゃあ、逆にお前に聞くが、あれから逃げられる自信、お前にはあるか?」

「ねぇよ。絶対に追いつかれて背中から真っ二つにされてしまうのがオチだな。俺の筋肉があれを耐えるのは無理、って言ってるぜ」

「だろ。だから、戦うしかねーよ。それしか俺たちが生き残る術はねーんだからな」


 そう言うとウィルは痛む体に鞭を打って再び立ち上がると近くに落ちていた杖を拾い腰に挿す?。そして剣を構え直して黒騎士と対峙した。


「お前、本当に大丈夫なのか。かなりきつそうだぞ」

「心配すんな。いざって時は、お前を囮にしてさっさと逃げるぜ」

「そんな口をきけるのなら問題はないみたいだな」


 ロイもウィルに続き、剣を構える。それを待っていたかのように黒騎士は黒い剣を構え、地面を蹴って襲いかかってきた。その標的は弱っているウィルだ。ウィルを先に片付け戦力を減らそうと言う魂胆だろう。しかし、その行動は読まれていた。


「させるかよ!」


 すかさずロイがウィルの前に出て黒騎士の刃を受ける。ロイか黒騎士を押し返そうと踏ん張ろうとする。黒騎士にダメージを与えたときと同じだ。ロイが時間を稼ぎ、ウィルが黒騎士に一撃を与える作戦だ。

 だが、


「な、何っ!」


 ロイは困惑した。黒騎士の力があの時よりも大きくなっているのだ。みるみるうちにロイが押し負け、剣で大きく弾かれる。


「ロイ!」


 ロイが簡単に弾き返されたことでウィルの動きが止まる。それを待っていたかのように黒騎士がウィルにめがけて襲いかかる。その速度は先程よりも速い上に、ロイが簡単にはじき返されたことでウィルは動揺した。彼は剣で受け止めようとするも簡単に体勢を崩され、その場に倒れる。黒騎士は倒れたウィルにとどめを刺そうと、剣を振り上げた。


「この、ウィルから離れやがれ!」


 ロイが黒騎士の後ろから切りつけようと迫る。それに気づいたのか、黒騎士は高くジャンプし、ウィルを飛び越えて向こうに着地する。


「おい、しっかりしろウィル!」


 ロイがウィルに駆け寄る。ウィルは倒されただけであり、すぐに立ち上がる。


「ちっ、同じ手は通用しねーとは思っていたが、ここまでアイツがやるとは思わなかったぜ」

「それだけじゃねぇぞ。あいつ、力が上がっている。俺が押し負けるなんてどういうことだ」

「速さもな。長期戦になりそうだし、アリアを回復薬として残しておくべきだったか? いや、もしそうなら今頃アイツはこの世にいねーな。アイツ接近戦苦手だし」


 二人が話していると黒騎士が空高く飛び再び二人に迫り斬りかかってくる。二人はその一撃を左右に避けると、二人がいた地点に黒騎士が土煙を上げ着地する。その時、隙だらけになった黒騎士に剣を振る。


「「!」」


 が、二人の一撃は軽々と防がれる。土煙が晴れた時に見えたのは黒騎士が頭の上でその手に持った黒い双剣を交差させ二人の一撃を防いでいた。

 馬鹿な、と二人はそう思った。あの黒騎士に双剣を持っている様子はなかった。持っていたとしても一体どこから出したのか。

 そんなことを思っていると黒い霧を吹き出す様に放出し、二人は飛ばされる。


「がっ!」


 また地面に叩きつけられるウィル。痛みをこらえながら立ち上がると辺りを見渡しロイの姿を探す。すると地面にひれ伏し動かなくなっているロイを見つけた。ウィルは駆け寄ろうと思ったが、黒騎士が向かって来るのが見えたため、放っておくしかなくなった。今彼の元に駆け寄ることは可能であるが、それは相手に自分の無防備を晒すことになる。そうなれば二人仲良くあの世行きだ。


 本当にとんでもない相手と戦っているものだと、ウィルは思った。初めは早く終わるものだと思っていたが、完全に予想を覆され、完全に劣勢に回っている。だが今後悔しても遅い。もはや彼は戦うしかないのだ。今の彼に生き残る術は目の前にいる敵を倒す以外にない。


「ったく、とんだ貧乏くじを引いてしまったぜ」


 そう言いながらウィルは、剣を構える。そのとき上はちらりとロイの方を見る。いまだにロイは地面にひれ伏したままでピクリとも動かない。ロイは戦闘に参加できない。よって彼一人でこの危機を乗り越えなければならない。その時だ。


「ウィル殿を援護しろ!」


 そう言って三人の騎士が一斉に黒騎士へ剣を振り上げてそれに向かって行く。しかし黒騎士はそれを見ても動こうとせず、彼らが向かってくるのを待つようにそこに立ったままだ。やがて騎士達が目の前まで来た時だ。剣を振り上げて斬りかかってくる騎士に対して、黒騎士は前に出るとがら空きの腹に向かって横にした剣を振り上げ、両断する。そのまま体を回転させ、斜め上から剣を振り下ろして二人目を切り捨てる。続く三人目は二人が一瞬で切り捨てられた事に動揺し、立ち止まったところを狙われた。黒騎士は剣先を彼に向けるように構えると彼の兜と鎧の隙間を狙うように突き立てた。と剣先は彼の喉を切り裂き、隙間から赤い血を吹き出しながら倒れた。


 それを見ていた騎士達は躊躇し、動けなくなった。逃げるわけには行かない。しかし、やたら斬りかかっても全滅するだけ。彼らは互いの顔を見合わせるが、誰もが動揺している。


「並の騎士じゃ、アイツには勝てないか。だったらやっぱり俺が行くしかねぇか……」


 そう呟きながらウィルは黒騎士に向かって突撃していった。そしてウィルと黒騎士の一対一の戦いが再び始まった。ウィルの戦い方は最初と変わらない。相手の攻撃を避けていき隙が出来たところを見逃さず一撃を叩きこむカウンター戦法だ。しかし相手の剣の速度が上がっており、ただ体を捻ったり体を横にするだけでは避けきれない。そのためウィルは避けきれないと思った攻撃は剣を使ってうまく相手の攻撃をいなしていた。これはロイには出来ない繊細な戦い方だ。彼の戦いのセンスがそれを成し遂げていた。


 そうして機会を待っていたときその時が訪れる。

 黒騎士が横切りをしてきたのだ。本来ならこれは後ろに飛んで避けるのであるが、このときの彼は違っていた。その場にしゃがみ剣を避け、立ち上がるときの勢いを利用して黒騎士との距離を詰める。そして一瞬で杖を引き抜くと再び黒騎士の腹にあの痛手を負わせた一撃を叩き込む。


 黒騎士は同じように吹き飛ばされるも、体を回転させて着地した。しかし無傷とはいかなかったようで若干ふらついている。


「へっ、人間様をなめるなよ」


 そうウィルが黒騎士を挑発するように言うが、それは反応しない。代わりに近くに倒れている騎士から剣をとり、もう一方の手に握る。いわゆる双剣にして、ウィルに襲いかかってきた。当然ウィルも応戦する。だが今度は先程のようには行かない。黒騎士の手数が増えたため、全く隙がなくなってしまった。


 それだけではない。


 遊びは終わりだと言わんばかりに繰り出される攻撃のラッシュ。これでは反撃に出ることも出来ない。ウィルは次第に追い詰められていく。そして金属が割れる音がし、怒濤のラッシュに耐えきれなくなった剣が割れた。それに動揺してしまったウィルに隙が生まれてしまう。黒騎士はお返しだと言わんばかりにウィルの腹を思い切り蹴りつけた。


「がっ!」


 ウィルは苦悶の表情と共に蹴られた勢いで地面に叩きつけられる。前と後ろからの衝撃で一瞬息が止まり、目の前がチカチカした。ウィルは動くことすらままならず、そこに仰向けにひれ伏す。黒騎士が向かってくるが今の彼にはどうする事も出来ず、ただ死の瞬間を待つしかなかった。

 黒騎士はウィルの横に来ると、剣を振り上げる。先ほどとは全く逆の立場だ。ここまでか、とウィルは思い観念する。

 そして黒騎士がウィルに向かって剣を振り降ろそうとした瞬間、それは起きた。

 中央部から巨大な白い光の柱が放たれたのだ。周囲はそこから発せられた光によって、周囲は白く照らされる。黒騎士は驚いた様にそちらを振り向き、そしてウィルは、勝ったと言わんばかりに口角を上げた。


**


 時間は、シェリアが荷電粒子砲を発射する直前に巻き戻す。


 この時、既にゴブリン軍団の猛攻によって騎士団はその数を多く減らしていた。それでも彼らは必死に戦う。それに答えるようにシェリアも必死に発射シークエンスを進める。そしてついに最終プロセスにこぎ着けた。


(もう少しで臨界だ。狙いを定める……!)


 シェリアは魔力の流れを制御しながら体ごと陣を動かす。この状態での移動は初めてのため、彼女はゆっくりと狙いを定める。その間にも次々にゴブリンが城壁に押し寄せてくる。

 それに焦りながらも心の中で自身を落ち着かせるように動く。

 そんな彼女の狙いは左翼の敵の軍団、その端っこだ。そこからなぎ払うように攻撃する。これがシェリアが考えている目の前の軍勢を倒す手段だった。そしてついにその時が訪れる。


「臨界……、開放!」


 一瞬の静寂の後、それは発射された。それはかつて彼女が初めて撃った荷電粒子砲とは明らかに違っていた。まずその太さだ。今までは陣と同じ程度の大きさだったのが、数倍の太さになっている。その流れは衝撃波を発生させ、それによって城門付近にいたゴブリンは容赦なく吹き飛ばされる。しかしそんな彼らは幸運だったのかも知れない。運が良ければ生き残ることが出来るのだから。

 

 着弾点にいたゴブリンは悲惨の一言だった。発射から瞬時に着弾した荷電粒子砲は、まずそこにいた軍勢を一瞬にして蒸発させた。もちろん彼らには痛みも何が起きたかも知ることなくあの世に送られたことだろう。そしてその膨大なエネルギーによって大地は震い、地面を巻き上げていく。巻き上げられた地面もゴブリンと同様にその熱量で分解、蒸発していく。


「こん、のおおおおおおお!」


 そう叫びながらシェリアは陣を動かし、地面を抉りながらゴブリンをなぎ払っていく。近づいてくるそれを見てゴブリン達は逃げようとするが、間に合うわけがない。彼らも同じように白い光の中に消え、蒸発していった。

 やがてそれが終わると、そこにあったのは谷のように扇状に大きく抉られ、血に染まったかのように赤く熱せられた大地だけがそこに残っていた。あの、無数に思えた軍勢の姿は微塵もない。


「や、やった……」


 荒い息を整えながらシェリアは呟く。その非現実的な光景にアリアも騎士団も、敵であるゴブリンも唖然としているのか、動かなかった。しかし、それが現実と分かると、ゴブリン達は一斉に逃げ始めた。そしてそれは他の場所にいる者たちにも波及する。次々に逃げていく彼らだが、それをアリオンの防衛部隊が見逃すはずがない。

 壁のあちこちから銃撃が行われ、逃げる彼らに降り注いでいく。大通りを走る者は格好の獲物だ。情け容赦なく狙い撃ちにされ、そこはゴブリンの死体で埋まっていった。


 **


「勝ったようだな。で、どうするんだ黒騎士の旦那。まだやるのか?」


 その問いに黒騎士はウィルの方を向くが何も答えない。しかし行動で示した。それは踵を返すように体の向きを変えると、城壁上を外に向かって走り始める。間にいる騎士団がそれを阻止しようとするが、黒騎士はその手に持つ剣を振るい、通り過ぎざまに斬り殺していく。やがて端まで到達すると、ジャンプして下に降りていった。


 それを見てウィルは痛む体を引きずりながらロイの元へと向かう。既に彼の元には周辺の騎士達が彼の様子を見ているようだった。


「どうなんだ、ロイの様子は……」

「心配はいりません。気絶しているだけのようです」

「そうか」


 そう言うとウィルは力が抜けたようにその場に座り込むと、周りにいた騎士が駆け寄ってきた。


「ウィル殿、大丈夫ですか」

「何とかな……」


 そう言いながらウィルは服の中をまさぐると、緑色の液体が入った小瓶、アリアの回復薬を取り出して飲み干した。

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