第11-1話 反撃の時①

 それは東の空から朝日が昇り始めた事だった。


 第2防壁から大砲と銃の発砲音が一斉に響き始めた。白い硝煙の煙と香りが辺り一面に広がっていく。それらの狙いはもちろん、商業区と第1防壁にいるゴブリンだ。中央部にある大砲は商業区に、両端に配置されているのは第1防壁にいる者を狙って攻撃を繰り返していく。大砲の発射音が辺りに轟く度に建物は吹き飛ばされ、銃声が響けばゴブリンが倒されていた。


 商業区を狙っている大砲は、彼らが隠れていそうな場所を手当たり次第に狙って撃ち込み、銃剣隊は外に出てきたゴブリンを狙い撃ちにする。


 戦い方としては良い物なのかも知れないが、戦闘後の復旧を考えると行政の者たちが頭を抱えたくなるような光景だ。しかし彼らにそれを考える余裕はない。今自分たちが行っている作戦が失敗すれば、彼らに待っているのは滅亡と死だ。そうなってしまえば最早復旧など永遠に出来なくなる。


 故に彼らは迷わない。一匹でも多くの敵を仕留め、そしてこの作戦の要に全てを掛けているのだ。


 そしてその要であるシェリアは左端の城壁にいた。時折吹く風に髪を靡かせながら砲火を浴びている商業地区を眺めていた。時間と共に空から注がれる光によって周囲は明るくなっていき、徐々にそこが露わになっていくが、彼女の瞳にはそれよりも前に見えていた。


 街に存在していた建物の多くは戦闘時の火災によって多くが黒焦げになり、完全に焼け落ちている物もある。無事な建物も、大砲の砲撃を受けては無残に破壊されていく。そしてその破壊された建物からゴブリンが続々と出てきては銃剣隊によって撃ち殺されていき、それを鮮血に染めていく。自分が働き、生活していた街が無残な姿を晒し、この世の地獄の様な光景を生み出していく。シェリアはそれをジッと、まるで目に焼き付けるように眺めていた。


「大丈夫か?」


 そう後ろからウィルが声をかけてきた。ハッと我に返り、彼女が振り返ると心配そうに見てくるウィル、アリア、ロイの姿があった。


「はい、大丈夫ですよ」


 そうシェリアは笑顔で返す。しかし、どこかぎこちない笑顔であったためか、ウィルは小さくため息をつく。


「そうか。無理をするな、と言いたいところだが今回は別だ。無理をしてでも戦ってもらう必要があるぞ?」

「はい、わかっています。ところでウィルさん、そんな小さな杖で良いんですか?」


 そう言ってシェリアは彼の腰に着けられている30センチ程の杖を見た。銀色で、装飾はルビーとエメラルドのような宝石が一つずつ取り付けられているだけだった。


「このぐらいで良いんだよ、俺にとっては、な。お前の持っているようなヤツじゃ、邪魔で剣を振り回せねぇ。それにこの杖は借り物だ。そこまでこだわる必要は無い。それよりもあの時にも言ったが、後ろは心配するな。お前はお前のやるべき事をしろ。な、ロイ?」

「ああ、こっちは任せな。それとアリア、シェリアちゃんの事は頼んだぜ」

「分かった。そっちも気をつけなさいよ。もし死んだりしたら、バカ共ここで死す、って書いてやるわ」


 いつもと変わらない彼らのやりとりに、彼女は若干心が軽くなったような感じがした。そして再び商業地区の方を見る。下に居るゴブリンや第1防壁付近にいた者たちはいきなり攻撃を受けるとは想定していなかったのか、混乱しているようで右往左往している。そこに大砲の弾や銃弾が容赦なく叩き込まれ、彼らは四肢を捥がれて絶命する。すでにあちこちにゴブリンの死体が広がり、赤い水溜まりを作っていた。最早城門と防壁にいるゴブリン達に抵抗する気力は残っていないだろう。


 それを待っていた、とばかりに両端にある城壁上の門が開かれた。そしてそこに待機していた騎士団の軍勢が雄叫びを上げながら、一斉に突入していった。攻撃を生き残ったゴブリンはそれに動揺し、逃げ出し始めた。


「作戦通り、って事で良いのかな?」


 それを見ながらシェリアが小さく呟くと、彼女の隣にアイリスが現れる。そして彼女もジッと戦いの行く末を見守っている。


『ええ、後はどのタイミングであの黒騎士が出てくるかって所ね』

「アイリス姉、あの黒騎士についてだけど、何か知ってる?」

『全くね。私もあんなのがいるなんて知らなかったわ。もっと情報を得たいところだけど、今はそんなことは言ってられないでしょう』

「そう、だね」


 やがて、騎士団による第1防壁の占拠が終わると、彼女たちの出番である。


 シェリアはウィル達と共に門の前に移動すると、騎士団数名の護衛を受けながら城壁を走り始めた。ウィルとロイを先頭にその後ろにシェリアとアリア、そして騎士団と続く。


 同行している騎士達は片手に人が隠れるほどの大きさの盾、もう片方には松明を持ち、腰に水筒のような物をぶら下げていた。


 そしてシェリアは杖を背中に背負ったまま走る。道中、あちこちで真新しいゴブリンや騎士の死体を見かけるが、今の彼女にそれを気にする余裕はない。何せこれは時間との勝負である。城壁の向こうをチラリと見れば、梯子で登ってきたゴブリンと戦っている様子が見て取れた。それは外のゴブリン達が奪われた城壁を奪還しようと攻撃をしてきていると言うことに他ならない。


 つまり、時間がかかれば掛かるほど、騎士団の犠牲が増えてくる。そして昨日のように物量で圧され、城壁が再び彼らに占拠されるだろう。そうなれば作戦は失敗し、貴重な戦力を失っただけという結果だけが残るだろう。最悪の場合、第2防壁が突破される恐れもある。


 ――急がないと、そんな思いが彼女を突き動かしていた。


 そして中央部までの距離が半分ぐらいになった頃だ。ここに来てシェリアは再びあのゾクッという不快感に襲われる。走りながらそれを感じた方向を見てみると、商業区の中心辺りから黒い物体が空高く飛ばされてきた。それは彼女達が進む先、おおよそ100メートル程の位置に着地した。


「おいでなすったな」


 そこにいたのはあの黒騎士だ。しかし昨日見たときとは様子が違う。彼の特徴だったあの黒い霧を纏っていないのだ。代わりに腰には長さ90センチ程度の剣が追加されていた。


「あいつ、あの霧を纏っていませんね。もしかして黒い霧を出す事が出来なくなっているのかも知れないですね」

「だとしたら好都合だな。お前が魔法を封じられる事はない。よし、じゃあ作戦開始だ」


 ウィルの言葉を受けて騎士が腰に着けていた水筒のような筒を取り出す。それには導火線のような物が取り付けられており、騎士達は素早くそれに火を付ける。導火線に火が付き、それを伝って火が進んでいく。それを騎士達は黒騎士の足下に向かって投げつけた。そして騎士が前に出ると盾を構え、シェリア達はその後ろに隠れ、耳を塞ぐ。そして起こったのは複数の爆発音。構えられていた盾が衝撃で少し後退する。そしてそれが収まるとウィルが叫ぶ。


「よし、今だ!」


 煙が充満し先が見えない道に全員が一斉に走り出す。端をシェリア達が走り、その内側に黒騎士がいた方向に盾を構えた騎士が走り抜ける。煙を抜けると、その先には城壁を一時占拠している騎士団の姿が見えた。そしてあの黒騎士の姿はない。


 ――抜けたと思ったシェリアであったが、背後からは未だにあの不快感を感じていた。まだアレは活動できる、そんな気がしていた。そしてそれは決して気のせいではなかった。彼女が後ろに振り返ると、もうもうと煙が立ちこめるそこから、黒騎士が姿を現したのだ。彼の着ている鎧は所々に煤けた跡があるが、それ自身がダメージを受けたような様子は見受けられなかった。


「あれで倒れてくれたら良かったんですけどね……」

「そううまくはいかないって事だ。行け!」

「はい、ご武運を!」


 シェリスアそう返すとアリア、そして騎士団の護衛と共に走り出した。


 **


「行ったな」

「ああ」


 背中越しに走り去っていく音を聞きながらウィルとロイは互いにそう言い合った。

 今この場にいるのはウィル、ロイ、そして二十メートル先に煤けた黒騎士が立っている。そしてそれは二人に向けて歩き出す。一歩一歩確実に近づいていく。


「さて俺たちはここで、何としてもアイツを食い止めないといけないわけだが……。いけるな、ロイ?」

「当たり前じゃねーか。俺はいつでも良いぜ。で、お前の方はどうなんだよウィル。見た目からなかなかの強敵に見えるんだがよ、逃げるなら今のうちだぞ」

「アホか。あいつらに後ろは任せろって言ったんだ。逃げたら俺の人生は終わる。それに奴に背中を見せて逃げられるわけねーだろ。逃げたら後ろから切られて、あっという間にあの世行きだ」

「ははっ、違いねぇ」


 そう言いながら互いに笑い合うと二人は剣を抜く。ウィルは刀身が八十センチほどの両刃の剣。そしてロイは長い刀身を持つバスタードソードだ。刀身は百二十センチほどで、柄の部分には緑色の宝石が付いている。それを見て近づいてきていた騎士の動きが止まり、それもまた剣を構えた。それを見て、強敵との戦いにウィルとロイは笑いあった。


「ひさびさの強敵との戦いだ。やっぱりシェリアちゃん達を向こうに行かせて正解だったな」

「だな。それにシェリアのヤツはまだまだ半人前だ。俺たちがカバーしてやるのが当然だろう」

「ああ。お前の言うとおりだ。しかし、昨日の一件からどうもシェリアちゃんは自分を犠牲にしやすい類いの様だ。お前のようにな。だからお前の事は、俺がしっかりカバーしてやるから安心しろ」

「へーへー、ありがたいこって」


 どや顔で言うロイに対しウィルは手を振り、軽く受け流すような仕草で答える。そして二人はじりじりと黒騎士ににじり寄っていく。


「で、ウィル。一つ聞きたいんだが、俺たちアイツに勝てると思うか?」

「さてな。勝てるかもしれないし負けるかもしれない。だけど、負けるわけにはいかないだろ? 負けたら今度はアイツらが狙われるかもしれないからな」

「そうだな。絶対に勝たないと行けねぇな」


 ウィルとロイは互いに顔を見合わせ、にやりと笑う。


「言っておくが、俺たちの役目は時間稼ぎだ。無理するなよ」


 そう、彼らの目的はそれを倒すことではない。シェリアが荷電粒子砲を放つまでの間、時間を稼ぐためだ。そしてそれが放たれた時、彼らの勝利は決定する。そしてそれはロイも理解していた。


「おう、分かっているぜ。それじゃあ、俺から行くぜ。いいか、ウィル」

「おぅよ。アイツに一発かましてやれ」

「是非もない。じゃあ、行くぜ!」


 ロイは剣を肩を上にのせるように持つと、全身の筋肉を震わせ、暴風を思わせる速度で黒騎士に斬りかかる。そして一気に黒騎士に向けて振り下ろした。普通の兵士ならば怯むような速度で向かって来るロイを黒騎士は怯むことなく同じ大剣で受けた。それによって互いの剣が弾かれる。しかしそれで終わりではない。二撃目、三撃目と火花を散らせながら互いに剣をぶつけ合う。


 ロイはその鍛え上げられた筋肉を駆使して、重量物である自らの大剣を己の手足のように振るう。その威力は見た目通りのものであり、並の兵士であればその重い攻撃に耐えられずに切り捨てられてしまうだろう。しかし目の前にいる騎士は違う。大剣を平気な様子で振り回し、彼の一撃一撃を受けているのだ。ロイと違ってその体型が細いにも拘らず、だ。


 そうして打ち合っていたが、突然黒騎士は後ろに飛び距離を開けた。そして手に持っていた大剣をその場に捨て腰の剣に持ち替えると再び彼に襲いかかる。

大剣をその場に捨て腰の剣に持ち替えると再び彼に襲いかかる。→改行が入ったのを修正するとこの行は不要

 ロイは向かってくる黒騎士に対し、剣を構えて防御する。互いに剣をぶつけ、そして一旦弾かれるように互いに距離を取ると、再び打ち合いが始まった。しかし打ち合う度にその状況は先程に比べて悪くなっていた。


「ちっ!」


 大剣同士の打ち合いでは互角だったロイが、打ち合っていく度に劣勢に回っていく。確かにロイは長い刀身を持つバスタードソードを軽々と振るうことが出来る。しかし、戦況が膠着することを嫌ったのだろう。黒騎士は武器を持ち替え、さらに早く剣を振り手数を増やすことでロイを打倒するつもりなのだ。それだけでなく、大きな質量を持つロイの剣と打ち合っても黒騎士は揺らぐ様子を見せない。


 やがて黒騎士は、ロイの懐に入り込もうと体を捻るように懐に入り込もうとしてくる。ロイの剣は黒騎士が持っている剣に比べてリーチが長い。が、長い故に懐に入り込まれたら弱い。


 当然ロイもその事は知っているため、距離を取ろうとバックステップなどで後ろに下がるがそれも間に合わなくなっている。


「くそっ!」

「下がれ! ロイ!」


 黒騎士の横に移動したウィルが切りかかる。黒騎士はそれに気づくとロイへの追撃を中止して、後ろに飛ぶ。その時の隙を狙ってウィルは黒騎士に追撃をかける。


 が、その追撃にも軽々と剣で受け、弾く。その時に上に上げた剣をそのままウィルに振り下ろす。それをウィルは体を捻り右に避けることで剣を避ける。そして右手に持っている首の後ろから黒騎士の頭目掛けて振り下ろす。しかし黒騎士も頭を下げ右に避けウィルの一撃を交わす。剣を避け、剣を振り下ろし、剣で弾き、また剣を振り下ろし、それを互いに何度も繰り返していく。


 ウィルにはロイのような強力な一撃はない。しかし相手の攻撃を見切り、カウンターを仕掛けるやり方を得意とする。それを可能にしているのは彼の経験に他ならない。鍛え上げられた身体能力と動体視力、そして経験を元にした勘で、ウィルは黒騎士の熾烈な攻撃を巧みにかわしていく。強力な一撃を交わし、それによって出来た隙を狙っていた。しかし、その隙を突こうとしても相手も動きがしっかり見えているようで、ロイとは違って押されることがなければ押すことも出来ない膠着状態になった。


 埒があかないと判断したウィルは体勢を立て直すために後ろに下がりロイと合流した。黒騎士は追撃はせず、その場に立ったままだった。


「おいおい、なんだアイツ。ただもんじゃねーな。こっちの動きが見切られているように感じたぞ」

「こっちは力で押し負けそうになったぞ。力には自身があったのにな」


 二人としても相手がここまでの手練れとは思っていなかった。確かに嫌な予感がしていたが、ここまでとは予想していなかった。何より驚異的なのは、連続で二人の相手をしたにもかかわらず、肩が上下していない。それは持久戦では相手にならないと言うことを示していた。つまり、ウィルが持久戦に持ち込んだ場合、負けるのはウイルということだ。無論、それをして時間を稼ぐという方法もあるが。


「で、どうするんだウィル。俺がやっても打ち負けるし、お前がやったらいつまで経っても決着が付かず、最終的にお前の体力が先に尽きる。打つ手がねぇぞ。それとも無理を承知でやって時間を稼いで、シェリアちゃんが目的を達成するのを待つか?」

「確かにその手もあるが、コイツは危険すぎる。もし打ち合っている間に逃げられたら、それこそ最悪だ。コイツはここで倒さないとマズい。ロイ、どうにかしてアイツに隙を作れないか?」

「やれるかどうか分からないが、努力はしてみる。が、期待するなよ」

「頼んだぜ。ちょっと試してみたいことがあるからな」


 再びロイが黒騎士に目掛けて突撃していく。その突撃を最初と同じように黒騎士は剣で受ける。だが、その後の斬り合いは起きなかった。ロイはそのまま力任せで黒騎士を切ろうとする。当然黒騎士も切られまいと押し返す。互いに押し返すことで黒騎士に一瞬の隙が生まれる。


 当然ウィルはその隙を見逃さなかった。黒騎士の横から切りつけようと突撃する。それに気づいた黒騎士はロイを弾くと向かって来るウィルを串刺しにしようと剣を突き出す。だがこの失敗が彼の運命を決めた。ウィルは突きだされた剣を左に軽く避け自分の剣を盾にしながら黒騎士の懐に飛び込む。そしてあいていた左手で杖を取り出すとその先端を黒騎士の腹にあてる。


 そして小さく呟やき、その刹那、爆音と主にウィルの左手から衝撃波が放たれる。その衝撃をもろに受けた黒騎士の体は、くの字に折れ曲がり吹き飛ばされる。そして何回か地面にバウンドして数メートル先で止まった。


「すげぇな、ウィル。今の何だ? 魔法か?」

「まぁな。シェリアと修練に行っているときに考えた魔法だ」


 ウィルが放ったのは火の魔法の応用で手の平で猛烈な爆風を発生させ、その衝撃波を一方向にだけ向けて放つ技である。本来爆風は四方八方に向けて広がるため一つの衝撃は小さくなるが、それを一方向にのみ向けて放つのでとても威力は高い。反面、遠距離ではその衝撃波が減衰してしまうためどうしても接近戦用の技となってしまうのであるが……。


 そして、常人であれば内臓が潰され、絶命する程の衝撃であったはずだが、黒騎士は未だ立ち上がろうとしていた。しかし、やはりダメージが大きかったようでなかなか立ち上がることが出来ないようである。


「さすがだな、ウィル。あの野郎を一撃であんな風に跪かせちまうんだからな」

「お前が隙を作ってくれたお陰だ。じゃあとどめ刺すか」


 ここで生かしておいた場合また自分達の前に現れて害をもたらす可能性がある。それを考えるならばここで始末した方が得策だ。そう考えたウィルはとどめを刺すことを決める。

 未だ立ち上がれず跪いている黒騎士に近づく。ロイもウィルの後に続く。


「俺たちをただの人間と侮って、あの黒い霧を纏ってこなかったのがお前の敗因だな。次は油断せずに来ることだな」


 そう言ってウィルは黒騎士に向かって剣を振り下ろした。


          *                         *


 ウィルが黒騎士にとどめを刺そうとした頃、シェリアは城壁の中央部に到着した。そこでは梯子から上がってくるゴブリンを騎士団が必死に迎撃していた。そして城壁の外を見ると城壁に張り付いている軍勢と、向こうの方に隊列を組んだ本隊の姿があった。


(まだ本隊は動いていないな。いや、動かす必要も無いと考えているのか。どっちにしても都合が良い)

 シェリアはそう思うと、近くにいたアリアや護衛の騎士達に声を掛けた。

「皆さん、作戦通り援護をお願いします!」

「分かったわ! どーんと派手にやっちゃって!」

「はい!」


 シェリアは杖を構え、魔方陣を展開する。再び展開される大量の陣に周りの騎士団も圧倒されるが、すぐに気持ちを切り替えたようで、ゴブリンを倒す行動に戻る。


 そして陣の展開を終えると魔力の注入を開始する。それを受けて6つの陣の加速器が動き始め、魔力の圧縮を始める。やがてそれは前に展開されている陣に注入され、圧縮されていく。なお彼女は今回、充填率を抑えるつもりはなかった。もう二度とあんな気持ちになりたくない。その思いから、最大まで溜めるつもりだ。その所要時間はおおよそ3分、秒にして180秒と短く、彼女にとっては何倍にも思える時間が始まった。


 その間にも次々に梯子を伝ってゴブリンが城壁に上がってくる。騎士の何人かは梯子を倒そうとそれを力強く蹴り飛ばす。しかし倒れない。下を見てみれば梯子をオークが支えているようだった。


「くそっ、オークだ!オークを狙え!」


 それを聞いた騎士の何人かが銃を取り出し、オークに向けて発砲する。しかしオークの硬化した筋肉に阻まれてしまい、それが倒れる事がない。逆に周囲にいるゴブリンの反撃を受けて負傷し、倒れていく。

 そんな中でアリアも迫り来るゴブリンを次々にその手に持つ短剣で切り捨てていく。その最中だ。それは流れ弾だったのか、彼女に不運が襲う。


「ぐっ……!」


ボウガンの矢がアリアの左肩に深々と刺さる。周囲にボウガンを持つゴブリンはいないため、下からの流れ弾だろう。


「アリアさん!」

「気にしないで! シェリアさんはそっちに集中して!」


 そうアリアは苦痛に顔を歪めながらそう言い放つ。その気迫にシェリアは首を縦に振ると再び視線を展開している陣に向ける。まだ魔力は十分に溜まっていない。


(もっと、もっと早く!)


 シェリアは送り込む魔力の量を更に増やしていく。

 その間にアリアはシェリアの後ろ、彼女の視界に入らない位置に移動する。そして、刺さった矢を手に握ると勢いよく引き抜いた。引き抜いた瞬間にそこからは血が吹き出し、城壁の床に赤いシミを作る。


 アリアの顔はその時に発したであろう、痛みに耐えるように目を瞑り、更に声を出さないように歯を食いしばる。そして声を出さないように鼻で荒い息をしながら彼女は回復薬と解毒薬を手に取ると、それを一気に飲み干した。暫しの後、痛みが和らぐとアリアは傷口を強く縛り、戦闘に戻った。まだ傷口からは血が出ていたが、それは回復薬の効果で止まるのであろう。

 そう考えたのか、アリアは再び剣を振るい始めた。

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