第10話 作戦
第二防壁。
アリオンの商業区と住宅区を分けるこの城壁である。
夜間と言うことで防壁のあちこちには照明用の松明に火が灯され、明るくなっている。それに反比例して目の前にある商業地区は暗い。月の光によってある程度の明るさはあるが、建物に隠れているのか、そこにいるはずのゴブリンの姿は見えなかった。戦闘が止まってから数時間が経過するが、たまに下からゴブリンの鳴き声がする程度で戦闘らしい戦闘は起きておらず、暫しの静かな時間がそこに生まれていた。
さて、この第二防壁は文字通りアリオンにおける中央部の壁であるが、第1防壁と同じく多数の兵士が詰めていた。なお、兵士の構成は多少異なる。主な兵士はマスケット銃を持っている銃剣隊であるが、その中に鎧をまとった騎士の姿も見受けられていた。その理由としては、この防壁を絶対防衛線にしている事だろう。何せ既に民間人が退避していた第1防壁と比べて、第2防壁の内側には彼らの生活圏があるのだ。ここを突破されれば、彼らに被害が出ることは容易に想像できる。故にここの防備はかなり厚くなっていた。
一応、行政府の指示の元、民間人の避難が始まっているが、それは遅々として進んでいない。絶対に突破されてはいけない場所であるが故に、多くの兵士が詰めているのである。
そんな防壁に詰めている兵士の間を縫うように進む一行があった。彼らは左から中央部に向かって進んでいる。
レミールに連れられたシェリア達一行だ。シェリアを先頭にウィル、アリア、ロイの順番で続く。彼女の同居人はいつものように彼女の中に引っ込んでいた。
彼女はそこを進みながら、周囲の兵士の表情を見ていた。彼ら兵士達の表情は様々だ。どんな奴でも追い返してやると、笑顔で言う兵士もいれば、陥落した防壁を諦めの目で見ている兵士もいた。そんな彼らを眺めながら、前を歩くレミールに問いかけた。
「えっと、レミールさん? 一体どこに向かっているんですか?」
「そうね、とりあえず付いてくれば分かるわよ」
「ずっと同じ答えなんですけど、そろそろ教えてくれても良いんじゃないんですか?」
と、若干飽き飽きした様子でそう返す。レミールの答えはここに来るまでの間、ずっと同じ答えだ。何度問いかけてもはぐらかすような答えばかりであり、彼女はそれに不満を覚えながらもレミールに付いていく。
やがて中央部付近に辿り着くと、そこには一つの天幕が設置されていた。入り口にはマスケット銃を構えた兵士二人が立っている。
「さて着いたわよ、シェリアちゃん。ここが貴女を案内したかった場所ね」
「えっと、ここは一体何の場所ですか?見張りの兵士さんが立っている所から、何となく想像できるんですけど……。軍の作戦会議場ですか?」
「入ってみれば分かるわよ。行きましょ」
「は、はい」
そうして中に入ると、まず目に入ったのは正面にいる人物。額が若干後退している茶色の髪に、見覚えのあるカイゼル髭。肩幅の大きな鎧と腰に着けた一本のサーベル。第1防壁で指揮官をしていたドランだ。彼は、前にある机に広げられたアリオンの地図を指さし、左右にいる部下と思われる者たちと会議をしているようだった。そこにレミールが失礼します、という言葉と共に割って入る。
「お疲れ様です、ドラン指揮官。例の子を連れてきましたわ」
「おお、シェリアとやら、ようやく来たか。体の調子は良いか?」
「はい、もう大丈夫だと思います。それでえっと、確か指揮官のドランさんですよね?」
「うむ、その通りだ。よくここに来てくれた。そしてご足労を掛けて申し訳ない、副ギルド長」
「いえいえ、このくらいどうって事ありません」
「副ギルド長? あのレミールさん、どういうことです?」
二人の会話にあった、聞き慣れない単語にシェリアは疑問に思う。彼女の記憶ではレミールはただの受付攘であったはずである。確かに周りの職員が彼女の言葉に従っていたような記憶があった。しかし彼女は、それがレミールが長い間ギルドに属していたからと思っていた。故にそう問いかけたのだ。
それにレミールは彼女の方を向くと、両手を合わせて謝るようなポーズを向けた。
「今まで黙っていてごめんなさいね。私は本当は受付攘じゃないの。アリオンのギルド、そこで副ギルド長をしているのよ」
「えっ、ええ!?」
「おいおいレミールさんよ、コイツ大混乱しているじゃねーか。もっと早く伝えていた方が良かったんじゃねーか?」
「ていうかシェリアさん、本当に知らなかったのね。私としてはそっちの方が驚きなんだけど」
「えっ、だって初めて会ったときに、レミールさんが受付嬢って自分から言っていたんですけど……」
「ごめんね、それ嘘なの。ギルドマスターからの命令で、貴方を監視していたのよ」
そう言ってレミールは事の顛末を話し始める。
彼女によれば、全ての始まりはシェリスがギルドに初めて来た時から始まった。
当時、まだシェリアの素性が分からなかったオスマンは、副ギルド長であるレミールに彼女を監視するように命令をしていた。そしてその際に専属の受付嬢と偽って彼女と接触するようにしたのである。そして彼女の行動はレミールを通じてオスマンに伝わっていたのだ。
「それで監視が終わったのが、あのランクアップクエストの後ね。その後は貴方の成長を見守って欲しいってお願いされて、今に至るのよ」
「そんなことがあったんですか。と言うかウィルさんはこのことを知っていたんですよね?」
「まぁな。ただ別に知らせなくても良いだろうって思ってもいたからな。すでに監視もされなくなっていたから、別段お前に不利益があるわけじゃない」
「うーん、何というかいまいち納得できないですけど、もう良いです。それでなんで私がここに呼ばれたんですか?」
「それに関しては私から説明しよう」
そう言ってドランが髭を揺らしながら割り込んでくる。この場にいる全員の視線が彼に向けられた。
「シェリアとやら、君をここに呼んだのはほかでもない、この私だ。そしてここに呼んだ理由を説明する前に君に質問したい。君が使う魔法にあのゴブリン共を一瞬で滅ぼせる魔法があると聞いたが、それは本当か?」
それを聞いて彼女はピンと来る。彼の言葉が指している物と言えば一つしか無い。それについて話すことを躊躇したが、一度見せていることを思い出し、諦めたように口を開く。
「一瞬ではありませんが、あります。ドランさんも見た、私が魔法陣を多数展開して放とうとしたアレです。ただし、敵に対して撃ったことがありませんので、どれだけの威力があるのかは未知数です」
「未知数か。しかし、見る限りでは凄まじい魔法であった。アレを使えばゴブリン共を打ち倒すことが出来るかもしれんな。ちなみに、それは今ここから撃って、外にいるゴブリンを倒すことは可能か?」
その問いにシェリアは視線をそらし、顎に手を当て考え始める。果たしてここから荷電粒子砲を撃って壊滅させることは出来るだろうか? そしてその影響は? シェリスは脳内を回転させ、いくつかの結論を導き出して視線を戻す。
「私が出せる答えは一つです。全くの不明と言ったところでしょう。まず、先程言いましたが私の魔法の威力は未知数です。そのため、ここから撃ってゴブリンを倒せるかは分かりません。また、それは直進しか出来ませんので必然的に第1防壁に命中します。それから考えられる事は、私の魔法が壁を貫けず、ゴブリンを倒すことが出来ない。もしくは第1防壁は破壊した上で、ゴブリンを殲滅するかのどちらかです」
「両極端だな。ウィル、今の話を聞いてどう思う? お前は直にそれを見たのだろう?」
そう言ってドランは射貫くような視線を向ける。嘘は決して許さないと言った様子だ。しかしウィルは慣れているのか動揺する事無く、ドランに目を合わせる。
「そうだな、俺は後者になると思うぜ。俺はあの魔法の改良前を見ているが、それでも凄まじい物だった。おそらくあの段階でも第1防壁は破壊出来たと思う。そしてコイツが使おうとしているのはそれの改良型だ。呆れるような威力になるだろうぜ」
ウィルの言葉にドランは渋い顔をする。ゴブリンを倒すためとは言え、アリオンの守りである第1防壁を完全に捨てるその戦略はしたくないのであろう。
「うむむ、そうか。であればやはり”アレ”を行うしかないと言うことか。シェリア、君に頼みたいことがある」
「何でしょうか」
「我々は明朝、ゴブリン共に対して反攻作戦を行う予定だ。発案はギルドだがね。その反攻作戦に君も参加して欲しい」
「……反攻作戦ですか。内容はどんな物なのでしょうか」
「作戦としては単純だ。まず、作戦開始と同時に市街地と城壁上にいるゴブリン共に対して砲撃と銃撃を加える。ある程度攻撃を終えたら、両端の門より一斉に騎士団が突撃を行う。
そして城壁を一時的に占拠したら君の出番だ。後は説明せずとも分かるだろう」
「……そこで私が城壁に突入した後、第1防壁に当たらない位置から魔法を放てば良いと言うことですね」
「その通りだ。やってくれるか?」
「やってくれるか、と言われれば私はそれを実行したいと思います。私もこの町を守りたいと思っていますから。しかし、一つ問題が……」
「分かっている。あの黒い騎士のことであろう?」
ドランの答えにシェリアは小さく頷く。
例え作戦通りに行ったとしても発射態勢に入ったときにあの黒い粒子をまき散らされては、魔力を無効化され荷電粒子砲の発射どころではなくなってしまう。今の彼女にとって天敵である黒騎士は最悪の障害であった。
「あれが出てくれば最早撃つどころではありません。それに敵は私の魔法を見ています。ですから私が出ていけば真っ先に狙われると思われます」
「だろうな、私だって同じ事をするだろう。だからこそそいつらも投入する」
そう言ってドランはある方向を顎で刺した。それを辿ると、そこにいたのはウィル、ロイ。アリアの三人だ。
「まさか、ウィルさん達を足止めに使うんですか?」
「その通りだ。残念だが、騎士団にあれを止められる様な人材は少ない。しかもそいつらは首長を守る要であるため動かすことが出来ない。ならばギルドの中で高い実力を持つそいつらを使うしかないと言うことだ。心配はいらない、そいつらの実力は本物だ。今まで近くで見てきた私が保証する」
そうドランが自信満々に言うと後ろから肩に手が置かれる。そこには三人が皆、シェリアに笑顔を向けていた。
「そういうわけだ。ドランの旦那が言うとおり俺らの事は心配するな。お前は自分の仕事に専念して戦え。後ろは俺たちに任せろ」
「ウィルの言うとおりだぜ、シェリアちゃん。それに俺らはアリオンのギルドが誇るAランクの冒険者だ。あんな奴には負けねーよ。と言うわけでアリア、お前はシェリアちゃんの護衛を頼むぜ」
「分かったわ、護衛は任せて……ってちょっと待って、私もロイたちと一緒に黒騎士と戦うんじゃなかったの!?」
そう言ってアリアは二人に食ってかかる。それをウィルは軽くあしらった。
「アホか、相手はガチガチに鎧をまとった騎士だぞ。軽装のお前がいても意味がない。毒だって鎧に阻まれてしまって終わりだ。だから俺らに回復薬を渡して、お前はそいつを護衛しろ」
「うっ、そんなはっきりと言わなくて良いじゃないの」
「事実だろ。それにそいつには保護者が必要だ。目を付けていないと、何をしでかすか分からねぇ。それに、そんな強敵と戦うのは俺たちバカ共の役目だ」
「そうだな、俺たちの役目だ」
そう言ってウィルとロイは口元を上げ、笑う。その姿に呆れているのか白い目を向けるアリアであったが、大きくため息をついて諦めたかのような表情を見せる。
「分かったわよ。でも本当に良いのね?」
「ああ、そいつのことは頼んだぜ。で、後はそいつが出てきた時だが、大方そいつは俺らの進む道に立ちはだかるように出てくると思うんだけどさ、その時はどうするんだ? 行く道を塞がれたらコイツは迂回をする必要が出てくる。そうなれば結構な時間耐えなければならないんだけどよ」
そのウィルの問いにドランは心配するなと言わんばかりに右手の平を向ける。
「それに関しては心配するな。お前達に同行する騎士達にある物を持たせる。それを使えば何とかなるだろう」
「その言葉、信じるぜ。シェリア、お前もそれでいいか?」
「はい、大丈夫です」
「うむ、では作戦決行は、明朝とする。総員、直ちに準備をするように」
そのドランの言葉を合図に各自が準備を始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます