第8-2話 アリオン防衛戦②

 それは一言で言えば異質であった。黒い全身鎧もさることながら、周りにまとっている黒い霧のような者をまとっている。其の手に持った大剣も黒く染まり、所々に入っている赤い線は脈動するように光を放っている。そして名乗ることもせず、自身が着地したところで周りを威圧するようにそこにたたずんでいる。

 その気に圧され、周辺にいる兵士達は後ずさり、互いに顔を見合わせる。


「一体何なんだ、コイツは……。アイリス姉、何か分かる?」

『分からないわ、何も。でも一つだけ分かることは、目の前にいる騎士がゴブリン達の親玉でしょう。シェリア、これはチャンスよ。ここでこの騎士を倒すことが出来れば、戦局を変えられるかもしれない』

「だね。とにかく、射線を確保するために移動をして……」


 その時である。シェリアがそれへの攻撃を行うために射線を作ろうとした時、突然、騎士の体にまとわりついていた黒い霧が動き出す。それは球状になりながら、騎士の体を包み込むように動き始める。突然の動きについて行けず、誰もがそれをただただ見ていた。


「何をしておる!さっさと撃たんか!」


 ドランの怒声に兵士達が再起動し、銃を構えるとそれに向かって銃を放つ。しかし、銃弾はその内側に届かず、表面で弾かれてしまった。それに誰もが驚愕する。


(まさか、魔力障壁!? じゃあ、私の粒子砲なら突破できるかも)


 そう考えたシェリアは急いで移動しようとする。しかし、それは遅かった。

 それは何故か?

 その球体が突然弾けるように爆発したのだ。その衝撃に周囲にいた兵士達は吹き飛ばされる。それは近くにいたシェリアも例外ではない。

 

 衝撃で吹き飛ばされたシェリアは背中から地面に叩き付けられる。衝撃で肺から空気が噴き出し、痛みで一瞬呼吸が出来なくなる。そして咳き込みながら首を起こすと、自身と同じように地面に倒れ込んでいる兵士達が見えた。


「おいシェリア、大丈夫か?」


 そう言ってウィルは彼女の体を起こす。彼も同じように飛ばされたのか、服のあちこちに砂がついている。しかし、特に怪我はしていないようだった。


「はい、なんとか……。アリアさん達は?」

「あたしも大丈夫よ。ロイもね」

「危うく下に落ちそうになったけどな。何だ、今の攻撃?」


 周囲には黒い粒子のような物が辺りを漂っていた。そして騎士を包んでいた黒い霧は明らかに細くなり、その濃度も先が見えるくらいに薄くなっていた。


(何だかよく分からないけど、防御を捨てたな!)


 そう思った彼女は走り出した。


「おい待て! 危険だ!」


 ウィルが制止するが、すでに遅い。その脚力で彼女は騎士の正面、つまり、彼女がゴブリン軍団を正面に見る事の出来る位置に移動する。ここは射線上に味方がおらず、絶好の射撃位置であった。


(ここならいける、勝った!)


 そこに立ち、杖を騎士に向けると、シェリアは陣を展開して粒子砲を放とうとした。しかし、そこで異変に気づく。陣を展開するように想像したが、どこにも出現しなかったのだ。


「えっ、なんで陣が……」


 何度も展開しようとするが、全く展開できなくなっている。それだけではない。自分が持っている杖にも異変があった。通常彼女がそれを手に持ったとき、青色の淡い光とともに回路の模様が浮かび上がるはずである。しかし今、それらは力を失ったかのように消えていた。

 そして異変はそれに留まらない。

 彼女を守っていたはずの障壁さえ消えていた。


(故障? いや、そんなはずはない。例えそうだったとしても最低限の陣は展開できていたはず……)


 シェリアは陣を展開することを諦め、杖を下ろし、左手を前に突き出すとそこに魔力を集中させる。しかし、それでも集まらない。


「何で……もっとか!?」


 一気に魔力を大量に送り込むと、ようやく魔力の塊が出現し始める。しかし、それだけで今までの様にならない。

 ――何が起こっている、と思っていると、騎士はゆっくりと彼女の方へと向かってくる。そして大剣を振り上げると、混乱している彼女の頭上を狙って振り下ろしてきた。


(やばっ……!)


 そう思った彼女に右側から大きな衝撃がやってきた。突き飛ばされるようなそんな感覚で、いきなりそれを受けたシェリアは抗うことが出来ず、地面へと倒れ込む。痛みを感じながら自分がいた場所を見ると、黒騎士が振り下ろした剣が城壁の床を叩き、そこにあったレンガを砕いていた。そして、彼女を抱えるようにウィルが同じように床に倒れ込んでいる。困惑している彼女に対して彼は素早く起き上がる。


「何やってんだお前! 死にたいのか!?]

「す、すみません! 魔法が使えなくなったので……」

「魔法が使えない? 一体どういうことだ?」

「わ、わかりません」


 そう答える彼女の耳に他の兵士の会話が聞こえてきた。


「おい、何してんだ! 早く援護してくれ!」

「出来ないんだ! 何故か魔法が発動しない!」


 その声はあちこちで聞こえる。その様子からただ事ではないと言うことが見て取れる。


(何故だ、なんで魔法が使えなくなった? 私の魔法は他の魔法とは基本がそもそも違う。魔法その物を封印されたとしても、私の能力であれば関係はないはず。となれば別の要因だ。考えろ、何か共通点があるはずだ)


 彼女と他の魔法使いの共通点。彼女は脳をフル稼働させて考え、そして気がつく。どちらも形は違えど魔力を送り込むことによって使用していると言うことを。

 精霊魔法は媒体に魔力を送り込むことによって、その力を使用する。そしてシェリアは展開した陣に魔力を送り込むことによって使用する。その共通点からある答えが導き出された。


(まさか、この粒子には魔力を減衰、もしくは無効化する効果があるのか?)


 そう考えれば彼女が陣を展開できなくなっている理由が説明できる。彼女が作る陣も元々は自身の魔力を使って作り上げている物だ。その素材となる魔力が無効化されれば、陣が作れなくなるのも当然である。


(まさかのジャミングかよ、面倒な事をして……。これじゃ障壁も張れないじゃないか。だが理屈が分かれば簡単だ。妨害の原因となっているこの粒子を集めるか何なりして、無効化してしまえばいい)


 そう考えたシェリアは立ち上がると、能力を使って黒い粒子を集め始めようとした。


「ギャギャ!」


 しかし、それを行おうとしたのもつかの間、ゴブリンの鳴き声と共に彼女達にゴブリンが襲いかかってきたのだ。それをウィルはなぎ払うように斬り殺していく。


「ちっ、キリがねえ。シェリア、まだ魔法は使えねぇのか!?」

「少し時間を稼いで下さい! 対処します!」


 そう言ってシェリアは能力を行使する。幸いにも近くにいる黒騎士は動いていなかった、その理由は彼女には分からなかったが、それを好機は判断した。頭の中でイメージし、黒い粒子を自身の前に集めようとした。しかし、他の物に比べて少ししか集まらない。


(っ! どういうことだ、集まりが悪い。なんで……)


 予想とは違う光景にシェリアは動揺する。そしてそこで気がついた。


(そうか、目の前の粒子を目で確認しただけで、それがどんな物が正確に理解出来ていないからだ)


 彼女の能力の源はその元素を想像することだ。そしてそれは正確であればあるほど、強さを増す。

 

 それが分かっているからこそ、彼女は理解しやすいように陣を組んで魔法を行使しているのだ。そして魔力その物もアンジェとの修練によって、それがどのような物であるか、そして肌でそれを感じて、それがどんな物なのかを理解した上で使用している。


 だが目の前の物に関してはそれが通じない。確かにどんな物なのかは想像することが出来る。しかし所詮は推測であり理解しているわけではない。

 ならばどうなるだろうか。答えは彼女が初めて魔力という物を使おうとした時と同じ、殆ど操ることが出来ない。


(最悪だ。これじゃあ今の私は手足をもがれた状態じゃないか。どうすれば……)


 そう彼女が想ったときだった。大きな揺れと共に城門の付近から轟音と共に煙と火柱が上がった。


「なっ!」


 巻き上げられた破片が周囲に飛び散っていく。それを見て呆然とするシェリアの耳にある兵士の叫びに似た声が入ってきた。


「じょ、城門が、破られた!」


 その言葉を聞いてシェリスは思った。


――まさかコイツはただの囮では無いのかと。その推測は当たっていた。


 黒騎士が城門に登り、その周辺を混乱させている時だ。城門付近にいたゴブリンやオークは、門の前に火薬が入った大量の樽を配置したのだ。そして火矢を使って爆破、城門を破壊したのだ。

 

 破壊されたときの衝撃波で城門が吹き飛ばされ、その破片が正面のバリケードに張っていた兵士達を襲う。それは大きな質量兵器となってバリケードを破壊、その後ろにいた兵士達はその破片の下敷きになり、またある者は小さな破片によって負傷する。一瞬で地獄絵図と化した城門前だが、事態はそれだけに留まらない。破壊された城門から大量のゴブリンとオークが侵入してきたのだ。


「ウィルさん、これはマズいですか?」

「ああ、最悪の展開だ」


 壁の下では乱戦の怒号と銃の発砲音がいくつも聞こえている。下がとんでもないことになっていることは、それだけで察することが出来る。

 そして囮としての役割を果たした黒騎士は、もう用はないとばかりにそのまま城壁を横断する。そして眼下に見える城門前に飛び降りていった。


「下に行っちゃいましたね」

「ああ、そうだな。ところでお前、魔法は使えるようになったか?」

「まったくです。ですが身体能力は問題ないはず。肉弾戦でどうにかするしかないですね」

「そうか。なら剣を抜け。とにかくゴブリン共を何とかするぞ」

「了解です。そういえばロイさんとアリアさんは……」


 そうシェリアが二人の様子を見ようと思ったとき、いつの間にか、兵士に交じって戦っているドランの元にいた。そこで協力してゴブリンを迎撃している様だ。


「あっちも良い感じだな。とにかくゴブリン共をどうにかするぞ」

 ウィルの言葉にシェリアは頷き、シェリスは杖を背中に背負うと、短剣を握りしめて戦いに加わった。





 シェリア達がゴブリンに対処している頃、下では凄惨な市街戦が行われていた。

 民間人こそ既に撤収しているため被害はないが、双方共に大きな被害が広がっていた。どの場所も敵味方入り交じった乱戦状態となっており、もはや指揮などは一切関係無い状態となっている。とにかく目の前の敵を倒す、どちらも全く同じ事を考えていた。



 城壁で、そして城門付近で混乱が続く中、第2防壁よりある物が打ち上がった。

 青色の煙を噴きながら空高く登っていくロケットのような物だ。それはゴブリンを殺し、顔に、そして服とあちこちに血糊が付いたシェリアにも見えた。


「あれは……」


 荒い息でそれに気を取られていると、近くにいたゴブリンが剣を槍のように構えて彼女との距離を一気に詰めてきた。それをギリギリで交わすと同時に、その突き立ててきた腕を脇に挟み込むことでゴブリンの動きを封じる。

 そしてシェリアがその脳天にオリハルコンの短剣を突き刺した。

 すでに血糊でべとべとになっていた柄を両手で握りしめ、吹き出す赤い血を顔に浴び、そこからむせかえるような臭いに耐えながら深々と突き刺した。そして勢いよく抜くと支えを失ったようにゴブリンは横へ倒れた。


『シェリア!? 大丈夫!?』

「うん、ギリギリだった」


 そう彼女が安堵した時だ。突然右腕に鋭い痛みと衝撃が伝わってきた。


「ぐっ!」

『シェリア!』


 苦悶の表情でそこを見ると、右腕の上腕付近にゴブリンが放っていたボウガンの矢が突き刺さっていた。痛みでそこを押さえながら飛んできた方向を見ると、そこには一匹のゴブリンがボウガンを構えていた。自分の狙いが正確に当たった事に笑い、そして持っていたボウガンを捨てると剣を構えてシェリアに向かってくる。

 しかし、彼の思い通りには行かなかった。銃の発砲音と共にゴブリンは地面に倒れ込んだ。ピクピクと痙攣し、その頭からは血が流れ出ていた。音が聞こえた方を向くと、そこには銃口から白い煙が上がっているマスケット銃を構えたドランと、彼女の元に向かってくるウィル達であった。


「シェリアさん、大丈夫!?」

「はい……何とか」


 腕から伝わる痛みに耐えながらシェリアはそう返す。

 周辺を見てみると、戦況は圧倒的に不利になっていた。城壁を守る兵士達はその数を大きく減らし、徐々に占領されつつあった。また、第1防壁内部の戦闘も、奥まで攻め込まれており、形勢は不利になっていた。それを肌で感じながらシェリアはウィルに顔を向ける。


「ウィルさん、さっきの煙は?」

「ああ、奥の城壁への撤退の信号だ。急いでここを離れるぞ。動けるか?」

「はい、大丈夫です。あの、矢はどうすれば……」

「下手に抜かない方がいいだろう。血が吹き出て死ぬ。さぁ、行くぞ」


 その言葉を合図に一斉に彼らは撤退を始める。


「総員!直ちに第2防壁に撤収せよ、急げ!」


 ドランの声に各兵士達も行動を開始する。

 彼らが目指すのは第1防壁と第2防壁を繋ぐ連絡通路だ。各防壁は左右両端に各防壁を繋ぐ連絡通路が設けられている。そしてそれぞれの通路に門が設けられており、それによって敵の侵入を防ぐのだ。そしてそれは現在、第1城壁の兵士達を受け入れるために開かれている。


「急げ急げ!早くしないとゴブリン共がやってくるぞ!」


 兵士達に護衛を受けながらドランは走る。その後ろからシェリア達が続く。城壁の通路にはあちこちに兵士の死体とゴブリンの死体が入り混じって転がっている。辺りは硝煙と火災を起こしている建物から出される黒煙、そして兵士とゴブリンの血の匂いが混じりあい、不快な空間が広がっている。そこを荒い息でシェリアは痛みに耐えながら右腕を押さえて走る。その指の先からは傷口から流れ出た血が滴り落ちていた。その彼女の隣にはウィルが併走するように走り、怪我をしている彼女をカバーするように動いていた。そして連絡通路に入ったとき、シェリアの後ろからゴブリン達の声が聞こえ始めた。彼女は首を動かしてチラリと見てみると後ろの方からゴブリン達が追ってきているのが見えた。


(くそっ、追ってきているな。魔法さえ使えたら迎撃できるのに……ん?)


 ふと彼女は気づく。周辺にあった黒い粒子が消えていることに。それどころか、先程までいた場所からもその粒子が消えているようだった。


(もしかして風に流されたか? もしそうならば……)


 シェリアは自分の頭上に陣を展開しようとする。すると、何事もなかったかのように出現した。――いける、そう思った彼女は陣に魔力を込める。それを隣で走っていたウィルが見ていた。


「使えるようになったのか?」

「はい、このまま走りながら後ろから追ってくる奴らを叩きます」


 陣に魔力を充填しながら、後ろをチラチラ見ながら距離を確かめる。そして、発射した。

 発射されたのは面攻撃のプラズマ砲だ。飛んでくる青白い塊を見てゴブリン達は急停止するも間に合わない。それに巻き込まれ、吹き飛ばされる。


「……良い感じですか?」

「ああ、見事だ」


 そうして追撃してくるゴブリンを迎撃しながら、シェリアは第2防壁に逃げていく、そのときだ。


「うっ……」


 突然彼女の視界が歪むと同時に胃からこみ上げてくるように吐き気がしてきた。前触れもなく襲ってきたそれに対応できず、足がもつれその場に転倒した。


「シェリア!?」


 それに気がついたウィルは駆け寄ると抱きかかえるように起こす。彼女は苦しそうに呼吸をし、時折嗚咽している。


「すみません、突然気分が悪くなって」

「気分、まさか――」


 ウィルは彼女の肩に刺さっている矢を見る。わかりにくい物であったが、そこには吹き出た血以外に粘性の物資もついていた。それと彼女の症状から導き出される答えは一つだ。


「毒か……!」


 気づけなかった自分が悔しいのだろう、彼は歯を食いしばる。そこに異変を察知したアリアとロイが駆けつける。


「ウィル、どうしたの!?」

「アリア! ポーションをくれ、こいつが毒を食らった!」

「毒!? わかったわ、すぐに……っ!」


 と、彼らが走ってきた方向から多数のゴブリンが迫ってきた。シェリアの攻撃が止まったためだろう。彼らは一方的に攻撃された鬱憤を晴らそうと雄叫びを上げながら向かってくる。


「くそっ、先に第2防壁まで行くぞ!」


 そう言って彼はシェリアを両手で抱きかかえると門に向かって走り出し、彼の後にアリアとロイも続く。そうして第2防壁の門をくぐるとそれはゆっくりと閉じた。

 そうしてやってきた第2防壁上では、第1防壁と同じように銃剣隊が配置され、撤退してきている防衛隊と押し寄せる軍団を迎撃している。


「よし、ここまで来ればもう大丈夫だ。アリア、ポーションを」


 そう言いながらウィルはシェリアを地面に下ろすと刺さっている矢を抜く。血が流れ出し、彼女が痛みで苦悶の表情を浮かべる。そしてアリアから手渡された2つのポーションを飲ませた。それぞれ透明と緑色の液体だ。


「すみません、ご迷惑をかけました」

「かまわねぇよ。それより、調子はどうだ?」

「はい、少し……楽になりました。でも、これからどうなるんでしょう?」

「さぁな」


 そう二人が話していると、ドランが彼女たちの元にやってきた。


「すまぬ、シェリアとやら。一つ頼みがある。兵士達の撤退援護のため、魔法攻撃をしてくれないか?」

「撤退援護……ですか?」

「ちょっと待ってよドランさん! 今シェリアさん怪我してて、毒も受けているんだよ! そんなことをさせるつもり!?」


 そう言ってアリアはドランに食ってかかるが、ドランは頭を下げる。


「すまぬ、彼女がかなり疲弊している上に怪我をしている事はその様子から重々承知している。だが、彼女の攻撃は正確無比で強力だ。頼めないだろうか?」

「……分かりました。やって……みます。ウィルさん、すみませんが手助けを……」

「馬鹿野郎、そんな状態で何か出来るって言うんだ!」

「お願いします、私の力で助けられるのなら、私はやりたい……」

「――っ! どうなっても知らねぇからな!?」


 そう言ってウィルは再び抱きかかえて立ち上がるとそのまま城壁の縁に向かう。それを心配そうに眺めるアリアとロイ。そしてドランが見ていた。やがて彼は二人に頭を下げた。


「すまない、お前達の仲間を消耗させる様な真似をする事を許してくれ」

「ああ、今回で最後にしてくれ。シェリアちゃんが苦しんでいる姿なんて、見たくねーからな」

「そうね、その通りよ。次はないわ」


 と、そう言っている二人は静かに、しかし怒りを抑えたような口調でドランに言うと、二人の後を追った。


「すまない、そしてありがとう」


 ドランはその後ろ姿に頭を下げ続けた。

 


 

 ウィルに抱えられながら城壁の縁に到着したシェリアは左手で杖を持ち、陣を展開する。しかし、毒と腕の痛み、そして戦闘によって消耗した精神のせいでうまく集中できないでいた。。


「くっ、うまく行かない……」

「苦しいようなら無理をするな」

『そうよ、無理はしないで』

「いえ……大丈夫です。何とか……します」


 そう言ったシェリアであったが、結局展開できたのは3つのみであり、火力は半減している。


 そんな状態のシェリアが狙ったのは、今彼女がいる位置と反対側の連絡通路だ。彼女が目を凝らすと、そこには撤退中の兵士達がいたが、押し寄せるゴブリン達によってうまく撤退出来ないように見えた。シェリアはそこの撤退援護のためにプラズマ砲を放つ。それは今までのように弧を描き、着弾した。


 側面からの攻撃でゴブリンは混乱状態となる。そこを逃さず、シェリアは次々に叩き込む。その度に青白い花火が上がり、ゴブリンが宙を舞う。それを見て、兵士達は驚いている様子だったが、それが味方の援護だと分かると一斉に撤退を始めた。やがて動く者がいなくなった頃には全ての兵士は第1城壁からの撤退を完了した。それを確認するとシェリアの視線は眼下の戦場に移る。第2防壁の城門前にも撤退しようとしている者とそれを援護する者たちで溢れているのが見えた。しかし、射線の関係からうまく狙うことが出来ない。


「くそっ……。ウィルさん、中央へ」


 シェリアは苦悶の表情を浮かべながら中央に向かおうとする。それを二人に追いついたアリアが目に涙を溜めながら抱きつくように引き留める。


「待ってシェリアさん、もう良いから!」

「でもそれじゃあ、あそこにいる人たちが……」

「良いから、もう良いから!」


 そう言い合っていると、シェリアの目に最後まで残っていた者たちが門の中に入り、それが閉められたのが見えた彼女の心に安堵の気持ちが広がる。それと同時に構えていた彼女の腕は力なくだらんと垂れ、左手に握られていた杖は力が抜けるとともに重力に引かれて地面に落ちた。


「よく頑張ったな」

「後は俺たちに任せて、シェリアちゃんはゆっくり休んでくれ」

「はい……ちょっと、休憩しま……」


 そうしてシェリアはウィルに抱きかかえられたまま、ゆっくりと意識を手放した。

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