第8-1話 アリオン防衛戦①

 ――2日後。


 城壁都市アリオンに存在する三つの壁、それの一番外側に位置する第1防壁が東の空から上がって来る太陽の光によって上から徐々に照らし出されていく。

 

 商業地区にいた民間人はすべて内側の壁の中に避難しており、今そこにいるのは、騎士団を中心とした防衛部隊のみであった。城門の内側にはバリケードが作られ、その隙間から騎士や兵士達は銃剣を装着したマスケット銃の銃口を出しており、城門を破って出て来ようとするものを迎撃しようとしていた。

 そして城壁の上、そこには銃剣が取り付けられたマスケット銃を肩に背負い、腰には一振りの剣、動きやすいように鉄ではなく革の鎧を着た兵士達が詰めかけていた。


 彼らは二列に並び整列し、ジッと壁の外を睨み付けるように見ている。そして所々に杖を持った魔法使いも配置されている。 

 彼らの視線の先には、緑の絨毯と思える数のゴブリンの軍勢がいた。壁からの距離はおおよそ800メートルほど。彼らは一同に整列し、所々に体の大きなオークが立っているのが分かった。

 軍団の後方には大きな四つの車輪が取り付けられてた投石機が配置されていた。有名なトレビュシェットの様な形をしており、片方に大きなおもりが取り付けられ、反対側に物を投射するための棒が取り付けられている。


 その軍勢をシェリアは他の兵士達と同じように見ていた。

 彼女がいるのは第1防壁の中央に近い場所である。杖を手に持ち、いつものように赤いコートを羽織っている。その下にはいつもの白色の私服が見えている。腰にはベルトを装着し、そこに武器屋で購入したオリハルコン製の短剣をぶら下げていた。

 その彼女の両隣には他の兵士達と同じマスケット銃を肩に掛けたウィル、大剣を杖にして体を預けるように立っているロイ。ウィルと同じようにマスケット銃を持ち、斜め右前には城壁の縁に腰掛け、首を動かして前を見ているアリア、その反対には外に出てきているアイリスがいた。


「いよいよ、始まるんですね……」

「なんだ、緊張しているのか」

「緊張……そうですね、緊張しています。こんな戦い、今まで参加したことがありませんから」

「シェリアさんはそんなこと無縁そうに見えるからね。お姉さんの方はどうなの?」

『私は、生きている頃は何度もあったわ。当然、死にかけたこともあった』

「そっか。それにしても初めてお姉さんに会った時は驚いたわ。シェリアさんと瓜二つなんだからさ。確かシェリアさんのご先祖様だったんだよね?」


 あの時、シェリアとウィルは彼女のことを自分のご先祖と言い、そして自分を守るために魔法を使って彼女に乗り移ったと説明したのだ。

 現代の日本であれば、あっという間に精神病院へ送られかねない説明であったが、ここは魔法が存在する世界であったため、アリアとロイの二人は信じてくれたのだった。


『ええ、私も最初は驚いたわね。さて、あのゴブリンの軍勢だけど、見事に整列しているわね。乱れているところが一つもないわ』


 アイリスの言葉に全員がそこを見る。彼女の言う通り、その列に乱れているところはなく、綺麗な長方形の形で壁の正面に布陣している。


「それにしてもすげーな、アレがゴブリンとは思えねーぜ。正直言ってアレが味方だったら頼もしかったんだけどな」


 そう笑顔で言うロイに誰もが笑い合って同意する。

 その時だ。

 

 城壁の右の奥にある大砲が轟音を放ち発射された。そしてそこから左にある大砲が順々に続くように、ドーン、ドーン、と一門ずつ、かつ連続するように放っていく。放つ度に黒色火薬の白い煙が城壁に立ちこめていく。

 やがて彼女達の近くにある大砲に順番が回ってきた。松明を手に持った兵士が大砲の後ろに付けられている鉄の棒のような物に火を近づけた。一瞬の後、他の砲と同様に白い煙を吹き出しながら弾を発射した。小型の花火を燃やした時と同じような匂いと共に白い煙が包み込む。その煙に巻かれ彼女は小さく咳き込む。


 さて、現在使用されている大砲は、歴史の教科書にも書かれているような二つの車輪が付いた小型の物だ。銃と同じく前装式で、砲の後ろにある鉄の棒を熱することでその先にある火薬に引火させて発射する。発射している弾はただの鉄球であり、爆発するようなことはない。しかし、当たればその対象はただでは済むことはない。


 事実、何体ものゴブリンが飛んできた鉄球により、頭や胴体を吹き飛ばされ絶命する。しかし爆発を起こさないため、効果は限定的だ。


「あまり効果が無いように思えるんですけど……」


 周りに聞こえないような小さな声でシェリアはウィルに話しかける。


「仕方がねぇよ。そもそも、大砲は敵を倒すのではなく恐怖感を与えるために使ってんだ。まぁ、もう少し大きな砲なら効果があったかも知れないけどな」

「そうですか……」


二人がそんなことを話している間にも次々に撃ち込まれるが、軍団は陣形を維持したまま一向に崩れる様子はない。


「かなり統制がとれている。こりゃかなり苦戦するかもな」

「そう思いますか?」

「ああ、これで簡単に指揮が崩壊する程度だったら連携はとれてないだろうよ。だったらそこら辺にいるゴブリンと変わらないだろう。だが現実はそうじゃない。気合いを入れないとこっちがやられるぞ」


 そんなことを話していると、彼女たちの元に一人の兵士が近づいてきた。頭に兜、歩く動きに合わせて先端が上下に動く茶色のカイゼル髭、肩幅の大きな鎧を身にまとい、腰には一本のサーベルを携えている。


「おいおい、お前達。私語は禁止だぞ」

「おお、悪い、ドランの旦那。危険な中央部に配置されたから、その緊張を和らげていただけだ」


 そういうウィルにドランと呼ばれた男は、眉を嚬めた後に鼻でそれを笑う。


「和らげる? お前達が? なかなか面白い冗談だ。そこのお嬢さん二人ならともかく、お前達が緊張するような玉か?」

「ひでぇな、旦那。俺たちだって大将である旦那を守らないといけないんだからよ、緊張ぐらいするさ」

「そんな風には見えないんだがなぁ。とにかくお前達、頼んだぞ」


 そう言って、その兵士は中央部に向かって歩いて行った。その後ろ姿を眺めながらシェリアが問いかける。


「あの、今の人は誰ですか?」

「ああ、あの人? あの人はここの指揮官でドランって言うのよ」

「へー、指揮官……って指揮官!? もしかしてこの城壁のですか!?」

「そうよ。そして私たちがここに配置されることになった元凶よ」

「元凶……ですか?」

「そ。あの人とは何度もギルドのクエストで一緒になったことがあるのよ。その縁から今回、この中央部に配置されて、かつ護衛を依頼されたって事なのよ。シェリアさんは知らなかっただろうけどね」


 と、アリアが言ったとき、中央部にいたドランが大きな声で命令を出す。


「魔法使いは攻撃用意!合図があり次第、攻撃を行うように!」


 それを聞いてシェリアは自身の顔が引き締まっていくのを肌で感じた。


『いよいよね。じゃあ私は戻るわね』

「うん、分かった」


 アイリスの姿がいつものように自身の体の中に収まるのを確認すると、彼女は持っている杖を前に構えた。


「展開」


 彼女の周囲に魔方陣が展開される。その形は小口径の荷電粒子砲のものと酷似していたが、魔方陣に書かれている文字はプラズマ砲である。これも荷電粒子砲の技術を応用して強化された代物だ。


 魔方陣を展開すると、周りにいた魔法使いがざわつき始めた。何せ、自分達が使っている物と明らかに違っているためだ。そしてドランは感心したような表情でシェリアを見ていた。

 しかし、彼女はそれに構うことなく魔方陣の展開を終える。


「おお、これがシェリアちゃんの魔法か。格好いいじゃねーか、俺も使ってみてーぜ!」

「何言ってんの。アンタみたいな脳筋が使えるような物じゃないわよ。で、シェリアさん、それは一体どんな魔法なの?」

「これはー、その、アンジェさんと共同で考えた魔法なんですよ。詳しくは話せないですけど、威力は保証しますよ。そういえば、ウィルさんは魔法を使わないんですか?」

「杖がまだ出来ていないんだよ。杖なしでもいけるかもしれねぇが、確証がねぇ。俺は黙って銃を使うさ。で、問題は残りの魔法使いだが……」

「結構強い方々なんですか?」

「ん、いや、まぁな」


 ウィルの煮え切らない返答にシェリアはそれが何を示しているのか分かった。そして不安を覚えざるを得なかった。今回の戦いに参加した冒険者たちは、シェリスたちを合わせて300名あまりであり、最終的な戦力は騎士団、衛兵も合わせて9300名程度にしかならなかった。この様な絶望的な戦力比で彼女たちは防衛戦を行うことになる。



 **



 砲撃が五巡目に差し掛かろうとしたとき、それは起こった。

 戦場に角笛が響き渡ったのだ。音の方向はゴブリン軍団のいる方向であり、それが消えると、一斉に軍団が突撃を始めた。


(いよいよ始まるのか)


 それを見たシェリアは魔方陣への魔力の注入を始める。それに伴い各魔方陣の後方にある加速器が回転を始めた。その3秒後には、青白い色をした魔力の塊が6つ出来上がる。

 彼女が攻撃準備を終えたとき、周辺にいる兵士たちも準備を始めた。


「銃剣隊一列目、構え!」


 ドランより伝えられた命令は、即座に各地点に配置された兵士によって伝えられる。そして一列目に立っていた兵士達が持っていた銃を構える。それにマスケット銃を持っているウィルとアリアも同じように構えた。

 やがて、その距離が半分に近づいてきた時だ。ドランは叫んだ。


「各魔法使いは攻撃開始!命令があるまで撃ちまくれ!」


 ドランのその言葉に、待ってましたと言わんばかりに、壁のあちこちにいる魔法使いから一斉に攻撃魔法が放たれた。しかしそれらは統一されておらず、バラバラの属性で放たれていた。兵員の不足であちこちからかき集められたことが明白だ。

 その上、放たれた魔法はどれも威力があるようには思えず、シェリアは心の中にあった不安を増加させた。

 事実、多くの魔法は数体のゴブリンを倒す程度であった。その中でも一番戦果を上げているのは火球を放つ魔法であった。着弾と同時に爆発し、破壊をもたらしては周囲にいるゴブリンを殺傷していく。しかし半径2メートル程度であり、圧倒的な数の前に意味を成さない。


 それを横目に彼女は自身の魔法を放った。放たれたのはプラズマ砲である。粒子砲は確かに強力な砲撃である物の、基本的に点での攻撃になるため集団を狙うには効率が悪い。そのため面の攻撃になるプラズマ砲を選んだのだ。

 放たれた6つの弾頭は青白い粒子の尾を引きながら弧を描くようにしてゴブリンの軍団へと落下していく。やがて着弾すると周囲に粒子をまき散らしながら爆発した。衝撃で周辺にいたゴブリンは体を大きく欠損させながら吹き飛ばされる。その範囲は直径20メートルほどであり、他の魔法使いを遥かに上回っていた。

 やがて粒子が収まったとき、着弾地点には大きなクレーターと黒焦げになりバラバラになったゴブリンの残骸が残された。


(なかなか良い威力だけど、見ていて気持ちの良い物ではないな)


 彼女の優れた視力はそれをはっきり映し出しており、グロテスクな風景に顔をしかめながら内心そんなことを考える。

 その後も彼女は次々とそれを放ち、なるべく広範囲に落ちるように調整した。戦場のあちこちで青白い花が咲き、そのたびにゴブリンが、オークが宙を舞っていく。しかし、広すぎる戦場に多すぎる敵と、彼女が最大の火力を投射しても限界がある。

 事実、それを超えて彼らは壁に殺到してきた。それを待ち構えているのはジッと銃を構えていた銃剣隊だ。


「撃てーーー!!」


 ウィルとアリアの二人を含む一列目の物達は引き金を引いた。その瞬間、大砲と同じように白い煙を吐き出しながら銃弾は発射される。無数の銃から吐き出され鉄の雨と化したそれらは、壁へと向かうゴブリンの集団に吸い込まれるように飛んでいく。


「ギッ!」

「ギャギッ!」


 そんな鳴き声をあげながら、体のあちこちに風穴を開けたゴブリンが次々に倒れていく。

 撃ち終わった兵士は装填のために後ろに下がり、二列目の兵士達が前に立つ。


「第二列、構え、狙え!」


 一列目と同じように兵士達が狙いを付ける。


「撃てーーー!!」


 その声と共に再びゴブリン達を無数の銃弾が襲う。

 無慈悲に撃ち殺されていく彼らであったが、次々に倒れていく同胞を無視して壁に一直線に向かっていく。まるで暴走状態のイノシシだ。

 そしてそれは後ろにいる軍団も変わらない。火球やプラズマ砲によって吹き飛ばされても、彼らは決して止まることはない。しかも彼らの数は圧倒的のため、シェリアの攻撃や他の魔法使いの攻撃でも全体を見ればまだまだ被害としては小さいだろう。

 それでも諦めずに彼女たちは魔法を放ち、銃剣隊は次々にゴブリンを仕留めていく。

 そんな中、攻撃をくぐり抜けてきたゴブリン達が反撃を開始し始めた。


「がっ!」


 シェリアの近くにいた一人の兵士が肩を押さえながら倒れ込む。そこには矢のような物が突き刺さり、出血していた。


――なんだ、そう思ったシェリアに別の兵士がその答えをもたらした。


「ボウガンだ!奴ら、ボウガンで攻撃してやが……」


 その兵士は次の言葉を継げることなく、額に矢を受けて絶命した。

 それを皮切りに、次々へと兵士達が飛んでくるボウガンの矢によって負傷、または戦死していく。


「シェリア!危ねぇからお前は防壁を張っとけ!」

「わ、分かりました!」


 ウィルの強い口調に押され、シェリアは自身の周囲に障壁を展開すると、再び攻撃を再開する。。

 やがて一列目の兵士達が三回目の射撃を終えた時だ。そんな彼らの頭上からある物が降り注いできた。それは次々にプラズマ砲を叩き込むシェリアの視界にも入ってきた。


「あれは……」


 それが気になった彼女は目を凝らして見てみると、それは炎をまとった大きな岩だ。

 それは見る見る大きくなっていき、彼女の頭上を通過して市街地に落下した。落下した岩は建物の屋根を突き破って屋内に落下する。そして火が建物に引火し、直撃を受けた建物はあっという間に黒煙を上げて燃え始める。


「ちょっ!何で岩が燃えているんですか!?」

「大方、岩に油を塗って火を着けたんだろ! 見ろ、まだまだ来るぞ!」


 そのウィルの声の通り、後方にあった投石機から大量の火をまとった岩が放たれた。そしてそれは商業区のあちこちに落下していき、そこにある建物を破壊し、炎上させていく。その火が隣の建物に、そしてまた次の建物にと次から次へと延焼していった。


「街が……」


 黒い煙を上げながら燃えていく街をシェリアは呆然とした表情で見る


「シェリアさん、次が来るわよ!」


 アリアの声に振り返れば、再び投石機から岩が放たれるのが見えた。数は3つ。それを見て彼女は瞬時に決断する。


(迎撃するしかない)


 シェリスはプラズマ砲の砲撃を中止し、粒子砲による攻撃に切り替える。素早くチャージを終え、射撃可能となった6つの魔方陣を空へと向ける。


(そのまま撃って迎撃できるか?いや、一発ずつなら何とか誘導が出来るはず……!)


 彼女はチャージを終えている6つの魔方陣の内、一つから粒子砲を放つ。白い光の帯が空に向かって伸びていく。それを能力を使って誘導し、向かって来ている岩に命中させた。粒子ビームの強力な熱量によって、岩はあっという間に融解し蒸発する。それを繰り返し、シェリアは次々にそれを撃ち落としていった。


「迎撃成功……!」


 飛んできた岩を迎撃するという事を成し遂げたシェリアに、周辺は唖然となる。一方で既に彼女のやることになれてきたウィルはいつも通りだ。


「やるじゃねえか、シェリア! あれを落とすなんてな!」

「はい、ありがとうございます! ですが……」


 ウィルに褒められて笑顔になるシェリアだったが、すぐに眉を顰めた。


(迎撃できたけど、一気に撃ち出されたら処理が追いつかなくなる。けど、こっちに押し寄せて来ているゴブリンもどうにかしなきゃいけない。どっちを優先する!?)


 そうシェリアが悩んでいるときだ。ドランが彼女へ叫ぶように声を上げる。


「シェリアとやら、今のそれを使って投石機を破壊出来るか!?」

「っ、可能だと思います! ですがゴブリンはどうしますか!?このままでは……!」

「構わん! とにかく投石機を黙らせろ!」

「はい!」


 ドランの言葉が後押しとなってシェリアは決意する。使用した粒子砲を再びチャージすると、遥か向こうに見える投石機に狙いを定め、粒子砲を先程と同じように一発放った。それを投石機の支点部分を狙って誘導する。粒子ビームは能力による誘導を受け、軌道を修正しながら、目的の部分に命中した。支点が破壊され、巨大なおもりが下に落下し、投石機を支えていた車輪ごとそれ自体が自壊していく。


「一つ!」


 それを確認したシェリアはすぐに近くにある投石機を狙って同じ様に破壊していく。これを繰り返し、彼女は次々に投石機を破壊していった。


(よし、良い調子だ)


 その破壊していくペースに若干心の余裕が出来ていく。――これを終わらせれば街への攻撃は収まる、そう彼女が考えたとき、次の攻撃がアリオンを襲う。


「梯子だー!」


 誰かがそう叫んだ時、彼女の目に木製の梯子の先端がこちらに向けて倒れてくるのが見えた。そこには一体のゴブリンが乗っている。そしてそれはここだけの光景ではなく、見渡せばあちこちで同じような光景が出来上がっている。


「来るんじゃねぇ!」

「オラァ!」


 梯子が完全に掛けられ、侵入しようとしてくるゴブリンをウィルとロイが迎撃する。ウィルはゴブリンの首元を狙って銃剣を突き刺すと、それは大量の血を吹き出しながら下に落下していく。一方でロイは大剣をゴブリンの脳天を狙って振り下ろし、ゴブリンを真っ二つにする。しかし、その光景を下から見ているにもかかわらず、ゴブリンは次々に登ってくる。


「ウィルさん、ロイさん!」

「シェリアさん!こっちは良いから、シェリアさんは投石機を!」


 そう言ってアリアも手に持っている銃剣を振るってゴブリンを殺していく。それを見てシェリアは投石機への攻撃を続行する。正確に外さないように一発ずつ確実に当てていく。やがて戦場に存在していた全ての投石機は破壊された。


「全て破壊しまし……た」


 そう言って、ドランに報告しようとした時だ。そこには城壁に上がることに成功したゴブリンたちが兵士と戦っていた。そしてその数は時間とともに増えていく。


(まずい、このままだと数に押されて城壁が占領される・・・・・・!)


 彼女が恐れていた、数に物を言わせて押し込む攻撃。彼女の脳裏に占領され、ゴブリンに滅ぼされるアリオンの様子が浮かぶ。それを頭を振ることで払うと、プラズマ砲での攻撃を再開し、弾頭を放ちながら彼女は考える。


(どうにかしないと……。プラズマ砲、いやこれだけ叩き込んでも全く気勢が衰えないところを見ると、これで抑えるのは難しい。じゃあ粒子砲は……。いや、なぎ払ったところで面の攻撃に比べて弱い。となると、残る手段は……)


 彼女の脳裏に浮かぶのは、彼女自身の最強にして最大の攻撃、荷電粒子砲である。


(あれを使えば一気になぎ払うのは簡単だ。それにあの時に比べて更に改良したから、その威力は増しているはず。しかし……)


 彼女はそれを使うことに迷いがあった。

 シェリスは3日前の実験の際、荷電粒子砲の試験を行ったが、実際放ったのは非常に低い出力だった。理由としては、実験場所の破壊を極力抑えたかったためと、シェリア自身がそれを使うことを恐れていたためだ。改良前の荷電粒子砲でさえも、異常とも言える魔力の放出があった。そしてそれを改良し、出力を更にあげたため、それを使うことでどのような事が起きるのか推測できなかったのだ。故にそれを恐れ、低出力で行った。


(あの時、出力を弱めた状態でも粒子砲を遥かに上回る破壊力があった。もしそれを最大出力で打ちだしたらどうなるか……。でもこのままだと押し込まれる)


 アリオンを助ける事と、それを使う事で起こる自身への不利益、恐れ。シェリスはそれらを天秤にかけて考える。そして一つの結論に至る。


(出力を半分にしても十分な破壊力があるはず。地形破壊もある程度で収まるかも知れない)


 そう決断したシェリアは、近くにいたウィルに叫ぶ様に言った。 


「ウィルさん、荷電粒子砲を使います!」

「荷電粒子砲……ってまさか、アレを使うのか!?」

「敵の気勢を削ぎます! 援護を!」


 そう言ってシェリアは、自身を守る障壁を解除すると、荷電粒子砲の発射シークエンスに移る。展開された物は、以前とは明らかに違っていた。

 まず、彼女の目の前に展開される魔方陣の数が4つから6つに増えている。そのうち手前から5つの魔方陣には、細い帯のような物がぐるっと囲むように着いている。そして6つ目の魔方陣はそれらから少し空間を空けて展開されていた。

 そして、あらかじめ展開されていた6つの魔方陣から魔力が注入されていく。それを受けて一番先端の魔方陣を除き、5つの加速器が回転を始めた。

 この世界の彼らにとって非現実的な光景に魔法使いは唖然とする。無論、指揮官であるドランも同様だ。


「ウィル! 彼女は何をしようとしているのだ!?」

「奴らの気勢を削ぐためにコイツの切り札を使う! 旦那、コイツを援護してくれ!」

「分かった! 総員、彼女を援護しろ!」


 彼女の近くにいた兵士がカバーする様に展開する。その間にも先端の魔方陣と加速器の間の空間に魔力の球体が出現し、圧縮されていく。また、高速で回転する魔法陣から電撃のような物が発生し、それが周りに配置されている帯につながる。


(よし、いい調子だ。このまま溜めて発射する。もしそれで敵の気勢が落ちなければ、もう一発叩き込んでやる)


 順調に進んでいるそれに笑みを浮かべそう思っていると、突然彼女の体にゾクッという何とも言えない不快感が襲った。


(何だこの感覚……)


 その彼女の視界の先に妙な物が見えた。そこに見えたのは1匹のオークだが、注目すべきはそれの肩に乗っているものである。全身に黒い鎧を身にまとい、背中にはロイの様な大剣を抱えている一人の騎士が立っていた。さらに黒い霧のような物をまとっている。


(もしかして敵の指揮官か? ちょうど良い、アレもまとめてなぎ払えば更に敵の気勢を削げるな)


 シェリアがそんなことを考えていながら狙いを付けようとしていると、オークがその騎士を大きな手で掴む。そして大きく振りかぶると、その騎士を上空に向けてぶん投げたのだった。


「……は?」


 突然行われたその行動にシェリアは唖然となる。それを目で追っていくと、その騎士は上空に投げられた後、体勢を変えながら徐々に彼女達のいる方へと向かってくる。そして背中に背負っている大剣を握るのが彼女に見えた。


(まさかあの騎士、ここに落ちてくるつもりじゃ……)


 彼女の予感は当たっていた。その騎士の姿はどんどん大きくなっていく。

それを見て確信した彼女は咄嗟に右へと飛ぶ。その次の瞬間、彼女がいた地面に、騎士の大剣が深々と突き刺さった。


「危なっ、あと少しでやられるところだった……って、しまった!」


 彼女がそう思うのは遅かった。制御が甘くなった荷電粒子砲の機構は、その標的を狙うことなく発射された。極太のビームが衝撃波を発生させながらゴブリン達の頭上を通過していく。やがて、魔力の放出が終わり、ただの空になった魔方陣がそこに残った。


「くそっ」


 シェリアは自分の狙いが邪魔された事に苛立ち、その原因となった黒い騎士を睨み付ける。一方それはゆっくりと立ち上がり、大剣を引き抜くと、周りを威圧するように立ち上がった。


 その騎士によって戦局は新たな方向へと向かう。

  

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