第6話 迫り来る危機

 それはシェリアが試験に合格した日から、数日経過した夜のことだった。そこはある大きな都市の一つの家屋。そこの地下室に男はいた。部屋の中央に置かれた大きな机にはロウソクが置かれ、そこに灯されている灯はユラユラと揺れ、部屋を照らしている。そんな場所で男は設けられた椅子に座り、顔の前で手を組んでは何かをじっと待っていた。そこに一人の人物が入ってくる。

 黒いフードにローブをまとった人だ。それはドアを閉めると、彼の元へと向かった。


「申し訳ありません、あちらの業務に手間取りまして」

「構わない、計画が順調に進んでいれば、な。で、状況はどんな感じだ」

「はい、すでに準備は完了しております。部下の報告によれば明日にも出撃できるとのことです」

「そうか。で、あの町にいるとか言う、例の魔法使いはどうなった?」

「はい、斥候からの情報では、ギルドの定例会のために都市を離れたとのことです」


 それを聞いて男は笑みを浮かべた。自分が望んだとおりに事が進んでいることに喜びを感じていたからだ。


「そうか。ならばあそこにもう障害になるようなものはないな。しかし、そこまで行くのに見つかったらどうするんだ?見つかってしまえば、他方から間違いなく応援を呼ばれるぞ」

「ご心配には及びません。それに関してもすでに手を打ってあります」

「そうか、ならいい。で、『アレ』はどうするつもりだ?俺としては『アレ』には同情しているが、放っておけば後々厄介なものになる」

「今のところは手を出さない方が良いでしょう。何せ今はまだ王家の目があります。事を起こせば、そちらの方が厄介なことになるでしょう。しかし、時が来たら必ず……」

「……いいだろう、そのタイミングは任せる。そして、用意していた軍を出撃させろ。目標は変更なし。いいな?」

「はい、では失礼します」


 そう言ってフードの人物は部屋を去って行った。一人残された男は手を組んだまま動かない。しかし笑みを浮かべたままであり、ボサボサの髪と相まって不気味な印象を受ける。


「これでまずは第一弾といったところだろうか。いよいよ計画か始まるんだ。もう少しで君を取り戻せる。待っていてくれ、アイリス……」


 そう呟き、男は邪悪な笑みをさらに強めた。


 **

 

 試験合格から三日後、修練が終わった二人はアリオンに帰ることになった。

 アトリエ前にはドレス姿のシェリアと普段着のウィル。そして彼女を見送るために、玄関のドアの前にはアンジェとフィリアがいた。二人は笑顔であったが、その目はどこか寂しげな色をしていた。


「じゃあ、お世話になりました」

「また来るぜ、婆さん」

「ええ。またいつでも来なさい。それにしても、少々寂しくなるわね。ねぇ、フィリア?」

「そうですね。あの、お二人とも近くに来ることがあったら、またここにお寄り下さい。歓迎しますので!」


 そう言うフィリアにシェリアは腰を下ろして彼女の視線と自分の目線を合わせる。そして優しく微笑みかけた。


「うん、分かった。でもここからアリオンまで馬車で2時間半って所だから、また遊びに来るよ。ね、ウィルさん?」


 そう言いながらシェリアは、首を動かして隣に立っているウィルの方を見る。


「んっ?ああ、そうだな、またいつか……」

「でもウィル、以前あなたはそう言って、しばらく来なかったことがあったわね?」

「うっ、仕方がないだろう。あの時は早くランクを上げるとこに集中していたんだからよ」


 そう言いながらウィルはアンジェから視線をそらす。その様子から彼自身も悪いと思っているのだろう。そんな気持ちが見て取れた。何時もクールな印象を受ける彼の珍しい姿に、面白く感じたシェリアとアンジェは笑う。それが恥ずかしく感じたのか、ウィルはほんの少し頬を赤くした。

 ひとしきり笑うと、アンジェはシェリアの方に視線を向けた。


「さて、シェリア。あなたの中にいる居候は出てこないの?」

『あら、私を呼んだかしら?』


 その声と共にシェリアの体の中から件の居候が出てきた。


「出てきてくれたのね。てっきりもう出てこないんじゃないかと心配したわ」

『出る機会を窺っていたのよ。なかなか出にくいような空気だったから助かったわ』

「そう、それはなりより……」


 そう一言言うとアンジェの表情が笑顔から、気を引き締めるように顔を引き締め、まっすぐに彼女の方を見つめる。


「アイリス、その子の事をお願いね。あなたも知っての通り、その子の力は強大よ。だからしっかり見守ってあげてね」

『ふふっ、分かっているわ。私が見ている限り、この子は大丈夫。絶対に道を間違えるなんてことはさせないから』


 アイリスはそう言って彼女は腰を下ろし、シェリアをギュッと抱きしめた。抱きしめられた方は、突然の行動に困惑するばかりだ。しかし、アンジェが何を言わんとしているのか、そのことは理解できた。それを見てアンジェの表情が和らぐ。


「そう、あなたがそう言ってくれるなら心配はいらないわね、それじゃ、頼んだわよ」

『任せなさい』


 そう言うとアイリスはシェリアの中に溶けるように消えていった。それを確認するとウィルは口を開く。


「それじゃ、そろそろ行くぞ、結構馬車も待たせているだろうからな」

「は、はい!」


 シェリアはスッと立ち上がる。そして二人に向けて頭を下げた。


「それじゃ、これで。いろいろありがとうございました」

「またね。魔法のことで分からないことがあったら、そのままにしないで質問に来なさい」

「シェリアさん。お待ちしていますので、またいつでもいらっしゃって下さいね!」

「はい、また来ます!」


 そう言う二人に手を振りながら、二人はアトリエを後にした。


**


 城壁都市アリオン前。

 

 いつものように中に入る多くの人で溢れている。しかしそこの住人である二人には関係ない。馬車の窓からその列を眺めながら、住人用の門の前に辿り着くとそこで馬車を止める。ドアを開けるとシェリアは杖を右手に持って外に出る。そして杖を持ったまま、両腕を伸ばして体を思いっきり反らせた。


「んー!長かったー!」

「確かにな。ったく、肩が凝って仕方がない。じゃあ門の中に入るか。ギルドカードはなくしてないよな?」

「はい、しっかりと」


 そう言ってシェリアはウィルに自身のカードを見せると、安心したように頷く。


「そうか。お前は抜けているところがあるからな。もし忘れていたら……とか思ったぜ」

「ひどいこと言いますね、ウィルさん。そんなことより早く入りましょ」


 そう言ってシェリアは門へと向かう。久しぶりに見た高い壁を見て、帰ってきた、という実感が彼女に湧いてきた。


『それにしても相変わらず高い壁ね。今まで貴方の体の中から何度も見ていたけど、本当に圧倒されるわ』

「だよねぇ」


 頭に響くアイリスの言葉にそう返しながら門の前まで来ると、いつも彼女がお世話になっている衛兵が出迎えてきた。


「お久しぶりです、衛兵さん。帰ってきました」


 そうシェリアが声をかける。しかし、衛兵は彼女の方を見て口を開けたまま、そこに棒立ちになっていた。明らかにいつもと違う様子に首を捻る。ふと、彼の周りを見てみるとそこにいる他の衛兵も同じ反応だった。どうしたんだ、と思い尋ねようとした時だ。


「もしかして……姫ちゃん、か?」


 絞り出すような、そんな口調で衛兵が口を開く。


「はい、そうですけど・・・。どうしました?」

「ああ、そうだったのか。てっきり王族の姫様が訪ねてきたんだと思ってな・・・」

「えっ、王族?」

「おいコラ、シェリア。まずお前の服装を考えろ」


 後ろから追ってきたウィルがため息交じりで声をかけてくる。その言葉を聞き、シェリアは自分の服装を確認するが、そこには二ヶ月間同じ風景が広がっている。


「服装?何時もしている服装ですけど・・・あっ」


 そこでようやく彼女は気づく。自分が未だにドレスを着ていることに。あの呪いのために二ヶ月の間ドレスを着るしかなった彼女であったが、今ではそれを違和感なく着こなしている。それ故に自身の格好に違和感を覚えず、そのまま話しかけてしまったのだ。


(ど、どういうことだ。確か私はかつてこのドレスを着ることに恥ずかしさを感じ、自分から着るようなことはしなかったはずだ。それが今では着れるようになっている・・・。まさかあの幼女、これが目的だったのでは?私に強制的にドレスを着させ、そしてそれを続けることで違和感を無くし、自主的に着るように仕向けたのでは!?だとしたら、あの幼女は今頃自分の思い通りに事が進んでほくそ笑んでいるに違いない。卑劣、卑劣!次にあの幼女に会ったら絶対に・・・)


 シェリアはその場に蹲り、頭を抱えながら思考の海に沈んでいく。


「ったく、容姿はどこかの姫様のような感じなのに、本当に中身は残念なヤツだな」

「お、おい、ウィル。姫ちゃんは大丈夫なのか?」

「ああ、心配するな。妙な発作が出ただけだ。ところでそっちはどうだ。何か変わったことでもあったか?」

「ああ、俺は特に変わったことはねぇ。ただな……」


 そう言って衛兵はウィルから視線をそらす。何かを言わんとしているが、どうにも話しにくい内容なのだろう。また、彼の周りにいる他の衛兵も苦笑いをしている。


「ん、何かあったのか?そういえばジイさんがギルドの定例会に行くとか言ってたな。もしかしてその関係か?」

「いや、それは関係が無い。そもそもその問題は、それがある前から起こっていたからな。取り合えず姫ちゃん、お前さんはすぐにギルドに向かった方が良い。ちょっと大変なことになっているからな」

「ふぇ!?」


 突然声をかけられたシェリアは思考の海から急速浮上すると、間抜けな声を上げながら衛兵に視線を向ける。


「えっ、それは一体どういう……」

「おい、シェリア。お前、一体何をやらかしたんだ?」

「いや、何もしていないはずなんですけど」


 ウィルの問いにそう答えるしかない。そもそもこの二ヶ月間、アリオンにいなかったのだから、そんなことは起こるはずもない。それを見ていた衛兵が彼女をかばうように口を挟む。


「いやいや、姫ちゃんは何も悪くねぇんだ。むしろやらかしたのはギルドというか何というか。とにかく姫ちゃんはギルドに向かってあげてくれ。そこに行けば何が起こっているのか分かるからよ」

「は、はぁ」


 シェリアは衛兵に中に入れて貰った後、ウィルと別れて大通りの一角にあるギルドの建物に向かった。何が起こったのか気になるのか。その足どりは速い。当然その格好から注目を浴びるが、ギルドのことが気になっている彼女はそれを気にすることはなかった。


「一体何があったんだろうか」

『とにかく行ってみれば分かるでしょう。あの衛兵も言っていたことだし』


 やがてギルドの建物に辿り着くが外観は以前とほとんど変わっていない。季節の移り変わりがあったためか、花の種類が変わっている程度である。それは中に入っても何も変わらない。家具などの配置も、掲示板の位置も何も変わっていない。


「何も変わっていないように見えるんだけど……、アイリス姉はどう思う?」

『私にも分からないわ。でもあの衛兵の様子を考えると何かが起こっていても不思議じゃないと思うわ。受付の人に聞いてみたら?』

「うん、そうするよ」


 そう言ってシェリアは手近なカウンターに近づいていく。その時だ、ドレスを着ていたため、そこの職員も衛兵と同じ反応を見せる。しかしすぐにそれが待ち望んでいた人物と言うことに気づき、職員が叫んだ。


「みんなー、帰ってきてくれたぞー!!」


 その声を共に一斉にギルドの職員が彼女に殺到する。


「えっ、えっ!?」


 訳が分からず、その場に立ち尽くす彼女に職員達が涙を流しながら囲んだ。そして口々に助かった、ありがとう、俺たちの女神様、など様々な言葉が飛んでくる。


「ほらほら、皆。シェリアちゃんにそんなことをしたらダメでしょ? 驚いちゃっているじゃない」


 聞き慣れた声にシェリアが首を向けると、そこにいたのは彼女の専属受付攘になっていたレミールが立っていた。


「あっ、レミールさん、お久しぶりです!」

「久しぶりね、シェリアちゃん。元気そうでなりよりだわ。それにしても見違えたわね。そのドレスはどうしたの?」

「あー、これは私がこのアリオンに来た時に着ていたものでして……。そんなことよりもレミールさん、衛兵の方から聞いたんですけど、大変なことになっているって本当ですか?」

「ああ、そのことね。とりあえず帰ってきたところ悪いんだけど、早速クエストを受けてくれないかしら?」

「クエストって、いつもの雑用クエストですか?別に構いませんけど、一体どうしたんです?」

「うん、それがね……」


 そう言ってレミールが話す内容にシェリスは呆れて物が言えなくなった。


 あの正月休みが終わり、ギルド職員が心機一転で頑張っている頃、ギルドには大量の雑用クエストが舞い込んでいた。その理由は簡単だ。彼女がアリオンにいないことを知らない多くの人が、シェリアに雑用クエストをして貰おうと依頼してきたのだ。当然ギルドはその対応に追われる。


 しかし、その雑用クエストを受ける冒険者は未だ少なかった。しかも、これまで雑用クエストをしてきた経験を持つ冒険者がランクアップし、その多くが外に出てしまっていたことも問題だった。

 そのため新しく入った冒険者を使って対応していたが、そもそも人数が足りない。そのため依頼は遅々として進まず、徐々に履行できない依頼も目立ち始めた。また派遣した新人の冒険者達が問題を起こすこともあり、真面目にやらない、仕事が遅いなど、様々なクレームが出始めてきた。

 

 それはギルドへの不満になっていき、ギルドへの不信につながり始めたのだった。


「それはまた……。研修とかはしなかったんですか?」

「したけどね。とりあえず人との接し方とかそんなのを、ね。でも守ってくれる子が少ないのよ。真面目にやっている子は評価も高いんだけどね」

「……報酬を増やして経験のある人にさせるとか?」

「そもそも雑用クエストを受ける人がどんな風に思われているか知っているでしょ?あなたはその容姿も相まって例外だと思われているけどね」

「うっ、そうですね」


 知られている通り、雑用クエストは冒険者になりたての新人が行うもの、もしくは金のないものが追い詰められて受けるものと思われている。そのため、ランクアップし、すでに新人でないシェリスが異端なのだ。


「とりあえず、地元の人たちと組んで啓蒙活動を行うつもりよ。そんなことはない、街の人の役に立つ立派な仕事だってね。実際、あなたの影響を受けて率先して雑用クエストを受けてくれる子も増えているから、その子達のためにも頑張らないとね」

「それは良いことですね。そうなれば私への負担も軽くなる」

「そうね。でも、今はそんな時間は無いから、またお願いできるかしら?」

「もちろんですよ。是非やらせていただきます!」


 **


 数日後。


「今日も一日、異常は無かったな」


 日が地面の向こうに沈む頃、一人の兵士がそう言葉を漏らす。

 彼がいる場所、そこはアリオンが存在するリヴィエール諸国連合と隣国のレーツェル王国の国境線に位置する関所であった。そこは左右を山に囲まれた街道に設置され、簡単な門と周辺に簡易的な柵が置かれている。ここの主な目的は不法な者が入国しないかを検査するのが主な目的であったが最近は暇な時が続いていた。

 というのもこの街道は隣国とアリオンを結ぶ重要な街道であったが、最近の魔物騒ぎでここを通る者は激減している。それ故にここに駐屯する兵士達は暇を持て余していた。


「しっかし、こう何も起きないと体がなまってしょうがねぇ……。なんか起きないものか」

「おいおい、心にもない事を言うんじゃねーよ。何もしなくったって俺たちには給料が入るんだからよ、こんな楽な仕事はねぇぜ」

「だな」


 その時だった。彼らの耳にある音が聞こえてきた。小さく聞こえていた音が徐々に大きくなっていくと、それが足音であることに気づく。そしてそれは一つではない。いくつも重なって聞こえてくる。まるで行軍の足音のようだ。


「な、何だ?隣国の奴らが騎士団でも送ってきやがったのか?」

「バカな、そんな予定はないぞ!?」

 関所にいる兵士達は事に慌て始める。隣国が軍を出し、侵略を始めたかもしれないのだ。先ほどまでの緩やかな空気は何処へやら、兵士達は剣を抜いて戦いに備える。そしてそれは彼らの前に姿を現した。

「あ、あれは……」


 そこに見えたのは兜や盾、鎧などで武装した無数のゴブリンとオークの群れだった。しかもゴブリンの方は通常よりも大きくなっているように見える。


「な、何だあれは……。あんな数、見たことがないぞ!」

「アリオンに早馬を出せ!早く!」



**



シェリアがアリオンに戻ってから二日が経過した頃、その日の夕方、アリオンの近郊にある小さな丘の窪みにシェリスは立っていた。着ている服装は修練の時に着ていたドレスではなく、アリオンで購入した私服だ。そこは何時も彼女が利用している練習場であり、そして今日は仕事後にここにいた。


「よし、それじゃ例のヤツを試すとしますか」


 そう言ってシェリスは周囲に『6個』の魔方陣を展開した。それに書かれている言葉は『小口径荷電粒子砲』だ。


「んー、やっぱり多数展開出来るのは良いな。手数が増えるし、格好いいし」

『それにしても、あなたが使うとそんな効果があるとは思わなかったわ。結局精霊魔法は使えなかったから、てっきり効果が無いと思っちゃった』


 アリオンに戻ってから、クエストの休み時間を利用して彼女はあの杖を試していた。そして使用していく中で分かったことは二つある。一つはその杖を持っても、精霊魔法は使用できないと言うことだった。いくら魔力を流して唱えても、彼女の声が寂しく響くだけで何も起きなかった。

 そしてもう一つは展開できる数が増えたと言うことである。ビーム及びプラズマ砲では2つ増えて合計6個、レーザーに関しては4つ増えて10個まで展開出来るほどに魔力供給が増えたのだ。


 これらの結果からシェリアは杖の効果についてある仮説を立てた。この杖は使用者の潜在能力を引き出すのではないか、と言う物だった。

 そう考えるとシェリスに精霊魔法が使えない理由は、そもそも彼女の奥深くにも属性という物自体がないため、引き出せなかったのではないか、というものだ。魔力回路においては、元々の母数が少ないため、そこまで引き出せないと言うことだろう。


「でも通常の魔法が使えなくても問題ないよ。私にはこの光学兵器があるからね。それじゃ早速、試射だ!」


 そう言ってシェリスは展開した6つの魔方陣を空に向けると、それぞれの後ろに複数の大きさの違う魔方陣を作り出す。それは彼女の荷電粒子砲の加速器としての役割を持った物の小型版といった感じだ。彼女はそれに魔力を込め始めると、後方の魔方陣が回転を始める。次に前に展開された魔方陣に加速器で加速された魔力が球体となり圧縮されながら充填されていく。その表面には青白い電撃のような物がびっしりと張り付くように流れている。以前に比べて明らかに違うそれに、シェリスは笑みを浮かべる。そして充填開始から5秒後、それは解放された。解放されたそれは以前の物に比べて幅が広くなり、近くにいる彼女が熱いと感じるほどの熱量を持っていた。


「いいな。次」


 次に行うのは以前試したときと同じように連射を試す。貯めて、撃つ。これを十回繰り返した。そして最後の射撃が終わり、シェリスは魔方陣を全て解除した。


「うん、熱量も上がったようだし、もっと収束させればかなり厚い陣地も破れるかもな」

『ご満悦ね。で、実戦には使用できそう?』

「大丈夫だと思う。けど撃った時かなりの熱を感じたから、射撃の間、周辺はかなり暑くなるかもな」

『それで標的はどうするの?またぶっつけ本番でいくのかしら?』

「そうするしかないかもね。オリハルコン製のゴーレムを借りる訳にはいかないし……。アレ、結構高いんでしょ?」


 オリハルコンは希少な鉱物資源というだけでなく、その製造のために鉄以上の熱量を用意しなければならない。となれば一つ当たりのコストは鉄よりも更に高価になる。

 実際にアリオンにおいてオリハルコン製の剣は存在するが、町全体でも数本しかなく、値段も鉄製の剣は高い物でも金貨8枚程度だが、オリハルコン製は安い物で金貨60枚にも及ぶ。

 そのため、なかなか手が出せない代物なのだ。オリハルコンで作られた大型ゴーレムなどの物の値段がどの位になるのか見当も付かないだろう。


『そうね、それを考えると手近な岩があれば良いんだけど。山の麓に行って地面に向けて撃って見たらどう?強度はないけど、どの位穴が空くかである程度威力が分かるでしょう?』

「そうだね、それで行こう。改良した荷電粒子砲も試したいし」

『アレを改良したの?正直言ってアレを改良する必要は無いとお姉ちゃんは思うけど・・・』

「そうはいっても、改良する余地があるならどんどん改良したいって思うのが人でしょ?私はそれに従うだけだよ」


 そんなことを言い合っていると近くの街道から馬の足音が聞こえてきた。音の様子から馬が走っている音と言うことが分かる。目の前の丘が邪魔で街道が見えないが、音によってそれが奥にある街道を通り過ぎていった事を感じ取ることが出来た。


「珍しいね、ここを馬が全力で走らせるなんて。大体普段はゆっくり歩かせる程度なのに」

『そうね。何かあったのかしら?』

「分からないけど、とりあえず私は私のするべき事をしないとね。と言うわけで手頃な山に向けて出発!」


**


 彼は焦っていた。馬を走らせてからすでに二日が経過しようとしている。その間にもあの軍団はどんどんアリオンに向かって進撃している事だろう。


「早く知らせなければ……」


 そうして馬を走らせていると徐々に視界の向こうに大きな壁が見えてきた。城壁都市アリオンの象徴である巨大な城壁だ。それが見えてくると彼は少しだけだが安堵する。ようやく辿り着けたと、そう思ったからだ。

 彼は城壁前に着くと、詰め所のある住人用の城門に向かい、声をかけた。


「緊急事態につき失礼します!隊長格の方はおられるでしょうか!?」


 詰め所にいた衛兵達は突然現れた兵士に怪訝な表情をするも、初老の衛兵が彼の所に向かい対応を行う。


「私がここの隊長だが、君は?」

「ありがたい!私はレーツェル王国方面の国境警備を担当している者だ。昨日、国境線を無数のゴブリンとオークが突破した!」

「何?それば一体どういうことだ?レーツエルから来たのならば、そちらから情報が来ていてもおかしくないはずだが?」

「我々にもそれは分からない。しかし現に我々は攻撃を受け、国境は突破された」

「君以外の兵士はどうした?」


 隊長の言葉にその兵士は力なく首を振るだけだ。その動きだけで残りの者がどうなっているかは簡単に想像できる。


「……にわかには信じがたいが、未確認情報として中央にあげておこう。誰か、行政府に使いを出せ!」


 その言葉と共に一斉に衛兵達が動く。早馬を用意する者、報告書の作成を始める者など、次々に行動を始める。その光景を見て兵士は隊長に頭を下げた。


「すまない、感謝する!」

「何、中央から未確認情報は上に上げるように言われているのでな。後の判断は中央がやる。すまないが、君は証人としてここにいてくれ」

「ああ、分かった」


**


「遅くなっちゃったな……」


 すっかり暗くなった街道を歩いて帰るシェリア。それに中にいる住人は窘めるような口調で言う。


『私がもう帰りましょう、って行っても聞かなかったからよ』

「そうは言っても、人間良いところまで行っていたら、やめたく無くなるのは当たり前でしょ?」

『そうは言っても限度があります。もし城門が閉まっていたらどうするの?』

「大丈夫だよ。この時間ならまだまだ空いているし、それに城門前にもまだ人がいて・・・ってあれ?」


 視界内に入ってきたアリオンの城壁に彼女は疑問に思った。何時もは中には入れない人たちがキャンプをしていたはずである。しかし、そこには天幕どころか、人の姿も全く見受けられなかった。ふと城壁の上に視線が移る。そこには普段、城門前を監視する兵士達がいるが、そこまで数は多くない。だが今はどうだ。何人もの兵士達がそこを走り回り、そこに大きな物体を設置している。


「あれって、もしかして大砲じゃ……」


 彼女の目はその物体を正確に捉えていた。壁の上には良く昔の教科書に出てくるような大砲がいくつも設置されていた。その周りでは兵士達が忙しそうに走り回っている。

 その光景を眺めながら、彼女ははいつも出入りしている門に向かう。門はすでに鉄格子が降りており、中に入ることが出来ないようになっていた。そのため、シェリアは外から声をかけた。


「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」


 その声に出てきたのは何時もの衛兵だ。彼はシェリアの姿を見ると、目を大きく開いて彼女に詰め寄ってきた。


「姫ちゃん!?今まで一体どこに行っていたんだ、心配したんだぞ!」

「えっ、あ、すみません。魔法の練習に夢中になっていたもので・・・」

「とにかく、無事で良かった。中に入ってくれ」


 衛兵が鉄格子の門を開け、彼女は中に入る。そしてそれを確認した衛兵はすぐに鉄格子を閉める。そして、詰め所に入ると中にある大きなレバーを下げた。その瞬間、地響きと共に鉄格子の後ろの壁から鉄の扉が姿を現す。それはゆっくりと反対側の壁に向かって進み、そして石同士がぶつかるような音と共に止まった。


「え、衛兵さん。あれは何ですか?」

「緊急用に使う扉だ。通常は使わないが、いざ事が起こった時に閉めるようになっている。と言っても正門には付いていないけどな」

「えっと、本当に何があったんですか?」


 そう話す衛兵にシェリアは怪訝な顔をしながら彼に聞くと、彼はゆっくりと話し始めた。


 国境からの早馬が到着して数時間が経過した頃、新たな早馬が到着した。

 それはアリオンまでの街道の周辺にある見張り台からの報告だった。その内容は、街道沿いに無数のゴブリンとオークの群れがアリオンに向けて進軍しているという内容だった。更に攻城兵器の存在も確認されたとのことだった。これを受けてアリオンの行政府は緊急会議を行い、結果三つの壁の内、一番外に位置している住人に対して避難命令を下した。そして外側の壁に兵士を集め、防衛体制を固めることを正式に決定したのであった。


「そんなことが起こっていたんですか?それで一体どれだけの数が来ているんですか?」

「今のところはまだ俺たちにも情報が来ていない。だが、尋常じゃない数なのは間違いないそうだ。それと、ギルドにも召集が掛かったらしい。姫ちゃんもギルドに向かった方が良いだろう」

「分かりました」


 シェリアは衛兵にそう答えると急いでギルドに向かって行った。


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