第4話 地下迷宮とゴーレム

 魔方陣から発せられた光に包まれた後、シェリアの視界は青一色の世界が広がっていた。どちらを向いても全て同じ色だ。その中で彼女は浮遊感に似た感覚を覚えていた。わかりやすい例としては、下へ向かうエレベーターが動いたときの感覚と言えばわかりやすいだろう。

 その感覚からくる違和感に顔をしかめながら、彼女はじっと動かず我慢する。やがて靴の裏にゆっくりと着地したような感触を抱いたと思うと、青い一色だった世界が一変した。


 見えてきたのは青色の光で照らされた小さな広場だ。前には奥へと続く道があり、足下には地上にあったものと同じ模様の魔方陣が描かれている。そして広場の壁を構成している天然の岩には青色に発光している枝のようなものが張り付いており、それを辿って天井の方を見る。そこにあるのは天井を覆い尽くすような青色に発光する木々の群れ。所々に木々の枝よりも強い光を放つ花が出来ており、神秘的な光景が広がっていた。


「ここが地下迷宮の入り口か……。さすが異世界、私の世界の常識が通用しないな」


 彼女は嘆息しながらそんな感想を漏らす。彼女の世界にこんな花が生えていたならば一部は研究所に送られ、洞窟は天然記念物として指定され、多くの観光客が訪れることになるだろう。それを眺めていると頭の中にアイリスの声が聞こえてきた。


『これは”アオイロソウ”という花ね。洞窟等の光が届き難く、かつマナが豊富な場所に生えていることが多いわ。こういうのは私が生きていた頃と変わらないわね』

「そんなに昔からあるのか。ちなみにアイリス姉、これはどんな仕組みで発光しているの?」

『私たちの時は……そうね、大量に吸収しすぎたマナを放つときに発光するって言う仮説があったわ。けどその後に戦争があって、私はその先を知ることがなかったわね』


 と、若干落ち込んだ雰囲気で話すアイリス。外に出てきていないため表情が分からないが、自分が死んだことを思い出しているのだろう。余計な事を思い出させた、と思ったシェリアは話題を変える。


「そ、そっか。でも明かりがあってよかったよ。青一色で神秘的なんだけど、不気味にも感じる。幽霊とか出ないよね?」

『そういえば私が初めて貴女の前に姿を現したとき、変な感じに思えたんだけど・・・。今考えると、その何というか……怖がっていた。そんな感じに思えるんだけど?』

「……」

『シェリアちゃん、もしかして貴女……』

「さっ、行こう!こんなところでのんびりしている暇はないからね!」


 そう言ってシェリアは誤魔化すように視線の先にある道へと向かって行き、進んでいった。道は比較的広く、幅は5メートル、天井の高さは3.5メートルほどあり、ここにも天井にアオイロソウがびっしりと生えていた。青色に照らされるその道はまるで青色の水に照らされた鍾乳洞のように思える。地下であるためかひんやりした空気にドレスのみである彼女はブルッと体を震わせる。


「うーん、少々寒いか。せめてここまで胸元が開いていなければもう少しましだったんだろうけど……。仕方がないか」

『確か、そのドレス以外を着ると語尾に『にゃん』がつく呪いだったかしら?なかなか面白い呪いじゃない。私は面白いと思うけどね』

「やめてくれ。私は恥ずかしくてしょうがないんだから……。ん、あれは……?」


 道の先に何かが見えた。シェリスは立ち止まると、目を細めてそれを観察する。そこにあったのは大小様々な大きさに分かれている大量の石だった。青い光に照らされた壁の色とは違い、茶色っぽい色をしており、道の真ん中に無造作に転がっている。


「あの石は何だろう。色が違うから天井から落ちてきたものじゃないだろうし……」

『シェリス、気をつけて。もしかしたらアレがアンジェの言っていたゴーレムかも知れない。見たところ、ただの石のように思えるけど、もう少し近づいたら動き出すかも』

「了解。じゃあゆっくり行こう。すぐに攻撃できるように準備をしてね」


 そう言ってシェリスは前に一つの魔方陣を形成する。

 攻撃方法は魔方陣に書かれている高エネルギー粒子砲だ。

 展開したのを確認すると、ゆっくりとそれに近づいていく。そしてある程度近づくと変化が起こった。突然、紫色の光を放つ宝石が宙に浮いたと思うと、それに呼応するように周囲に散らばっていた石も宙に浮き、その周りをすごいスピードで回り始め、やがて一つに集まっていく。それはやがて人型の体を構成し始める。それを見たシェリスは立ち止まると充填を始める。魔方陣に魔力が集まり、3秒後には魔力が圧縮し終わり、発射可能になった。


(充填が早い。4つも起動していないから供給が早いな)


 そんなことを思っている間に、目の前の物体はその体を作り終えたようだ。出来上がった体はシェリアよりも少々大きく、無数の石で構成された体は手足の指までも再現されている。しかし、様々な大きさの石を使用しているからか、胴体の所々には隙間が生まれており、そこから紫色の光が漏れ出ていた。そしてゴーレムはゆっくりとシェリスに向かって歩を進めてきた。


『やっぱりゴーレムだったわね。準備は良いかしら、シェリア?』

「いつでも」


 ゆっくり歩いてくるゴーレムの速度に合わせて後退し、シェリアは一定の距離を取りながらそう答える。


『よろしい。さっき浮かび上がった紫色の光を放っていた宝石の事は覚えているわね? アレがゴーレムにとっての心臓になる魔石よ。魔石に魔法陣を彫り込むことで動作するようになっているわ』

「……つまりアレを壊せばゴーレムは動かなくなると、そういうこと?」

『そうよ、ゴーレムと戦うときは魔石を壊すことを考えて。もちろん四肢を破壊するという方法もあるけど、その場合は徹底的に部品を破壊すること。中途半端だと壊れた部品を組み合わせて再生するから。そして重要な点が一つ。これは経験した方が良いかな?魔力障壁を張りながらゴーレムを倒してみて』

「障壁を張りながら?分かった」


 アイリスの言葉に不穏な何かを感じ、何が起きても良いように全方位に障壁を厚めに張る。そして、充填した魔力を発射した。

 彼女とゴーレムの距離が近いため、発射と同時にビームは魔石がある胴体に命中する。命中した箇所は、それ自身が持つエネルギーによって融解する。そこを貫通すると内部にある魔石に達した。そして魔石も同様に融解していき、次の瞬間、周囲に紫色の電撃を発しながら爆発した。その爆発はゴーレムの体を内部から破壊し、四方八方に破片を飛び散らせた。


「うわっ!」


 シェリアは思わず目を瞑り顔を斜め下に向け、さらに両腕を使ってガードする。しかし飛び散った破片はあらかじめ張っていた障壁に阻まれ彼女に届くことはなかった。

 彼女は恐る恐る顔を上げ、瞼を開きながら両腕を下ろしていく。そこにはゴーレムの体はなく、あちこちに小さくなった破片が転がっているだけだった。


『これが重要な点よ。ゴーレムは魔石を破壊されると爆発するの』

「わぁお……」


 突然の爆発で呆然となったシェリアはそうとしか答えられなかった。そして不穏な何かの正体はこれか、と心の中で思った。そんなことを思っているとシェリアがさらに続ける。


『ゴーレムに使用するような魔石は、大量のマナが含まれていることが多いの。だから魔石を破壊すると言うことは、その魔石が内包しているマナを解放すると同義なのよ。そして解放されたマナは周囲に飛び散ってしまう。それがあの爆発なのよ』

「だから障壁を張れ、と。確かにあれに巻き込まれたらマズいな。爆発もそうだけど、飛び散った破片で間違いなくひどい目に遭うね」


 倒したとしても最後まで周囲に被害を与える、異世界の戦闘兵器にシェリアは唖然とする。これが周囲に仲間がいる状態であったならば、今頃阿鼻叫喚が広がっていただろう。


『昔からこれは厄介だったわ。大型の物になると魔法石を守る胴体も厚くなる上に、使っている魔法石も大型だから倒したときの被害も尋常じゃなくなる。だからゴーレムを倒すときは魔法使いが遠距離から倒すことが基本の戦い方ね』

「うん、わかった。じゃあこの先に現れるゴーレムはそう倒すことにするよ」


 障壁と魔方陣を解除し、再びシェリアは奥に向かって進み始めた。やがてある程度進むと今度は先ほどよりもさらに大量の石が途中に落ちていた。先ほどと同じように近づくと、3つの魔法石が宙に浮いて体を構成し始めた。


「やらせないよ」


 そう呟きながらすぐさま障壁を張り、魔方陣を展開すると次々にビームを放ち、魔法石を破壊していった。もちろん、次々に爆発が起こり、周囲に破片が散らばって消滅した。ゴーレムの姿を作る前に倒すという容赦のなさにアイリスは感嘆の声を上げた。


『さすがね。ゴーレムが姿を作る前に、魔法石を破壊することは重要な戦術よ』

「当然だよ。何で相手が戦闘できる状態になるまで待たないといけないんだ。弱点丸見えなんだから攻撃するチャンスでしょ」

『その通り。けれど、初級の魔法使いの場合はそうはいかないわ。初級魔法の威力ではあの高速で回る石を突破できないからね』


 初級の魔法使いの場合、その字のごとく初級魔法しか使えない。そして初級魔法はこうした貫通力がある魔法はない。可能性を考えるなら雷属性の魔法なら届く可能性があるかも知れないが、その確率は低いだろう。


「撃ってもそれに当たって魔法石まで届かないわけだね。否応なく戦闘状態のゴーレムと戦うことになるわけだ」

『アンジェがあなたの魔法を縛った理由が分かるでしょ?あんなものをどんどん放たれたら試験にならないわ』

「確かに……」


 そう答えながらシェリアは青色の通路を再び歩き出す。周囲をキョロキョロと見渡し、何か壁などにないかなど、罠が動いている可能性を考えて警戒しながら先に進む。やがて彼女の目の前に二つの分かれ道が現れた。どちらも通ってきた道と様子は変わらなかった。唯一違うのは聞こえてくる音だ。左の方からはかすかだが水が流れるような音が聞こえていた。


「分かれ道か……。どっちが正解だと思う?」

『分からないわね……どこかヒントのようなものはないかしら?』

「まったく」


 周囲を見渡してもあるのは青色に照らされた壁ばかりでヒントになるようなものは一切無い。どこもかしこも同じ光景が広がっているだけだ。


「アイリス姉、とりあえず水の音がする方に進むよ。違ったらまた引き返してくれば良いし」

『そうね、そうしましょう』


 そう言って、彼女はそちらの道を進み始める。奥へ進む度にだんだんと水音が大きくなっていく。やがて大きく開けた場所に出てきた。そこは左の方に巨大な地下渓谷が広がり、狭い通路から見ると下の方に川のようなものが流れていた。前を見ると向こう側の壁から小さな滝がいくつも流れており、下にある川に注ぎ込まれている。


「これはすごいな。今までの人生の中で見たことがない。アイリス姉は?」

『私は何度かあるわ。いろんなダンジョンを巡ってきたからね』


 アイリスの話を聞きながら彼女は渓谷の奥の方を見てみるがその先がカーブになっているため、それ以降がどうなっているのかを知ることが出来ない。少し先に進むと再び洞窟の中を進んでいくことになった。そしてその先にあるのは再び分かれ道だ。今度は右の方から水の流れる音が聞こえていた。


「これ、もしかして水が流れる音が聞こえる方に進んでいけばアトリエに行けるのかな?」

『おそらくそうでしょうね。そしてあの渓谷がアトリエにまで続いているのかもしれないわね。シェリアちゃん、どんどん奥に進みましょう』

「うん」



 そしてその考えは正解だった。水が流れる音の通路を選んで進んでいき、度々渓谷を眺める空間を超えていった。そしてたどり着いたのは一つの大きな空間だった。いや、ドームと言うべきだろう。天井には巨大な半球状の水晶のような物が8つ埋め込まれている。中央には魔方陣が描かれた台座、そしてドームの壁により掛かるように4体のゴーレムが寄りかかっている。


「ここが終点かな?」

『分からないわ。でも、かなり奥まで来たことは間違いないわね。それにしても壁に寄りかかっているゴーレム達……、気になるわね』

「確かに……」


 彼女たちがそう思った理由はそのゴーレムの種類と配置だ。

 まず。それらは道中、彼女が倒した物とは明らかに姿形が違っていた。道中のゴーレムは最初はバラバラの姿だったが、それらは初めから形が出来ていた。大きさは6メートルほどあり、人の身長ぐらいはあろうかという大きな手、太く頑丈そうな脚部。胴体は一切の隙間がなく、とても厚そうな装甲板に守られているようだった。

 そして配置。それが置かれているのはドームの四方に置かれており、魔方陣を囲むように配置されている点だ。


「あの魔方陣を起動しようとしたら、動き出すんじゃないの……?」

『その可能性はあるわね。でも他に道はないんだし、進むしかないわ。でも先に攻撃を加えて倒しておくという手もあるわね』

「……いや、やめておくよ。もしかしたら動かないかも知れないし。ところであのゴーレム、素材はさっきと同じ石かな?」

『この距離だといまいち分からないわね。石であることを祈りましょ』 


 シェリアはゆっくりと魔方陣へと向かって行く。その間にも全てのゴーレムに気を配る。どんな細かな動きも見逃さないという感じである。しかし、何か起きることもなく中央の魔方陣にまで辿り着いた。魔方陣は最初に見たものとは少々形が違うようで、同じ円形であるものの、内側に描かれている模様が違っていた。そんな風に魔方陣を観察していると、突然後ろの方から岩と岩が擦れ合うような音が聞こえてきた。驚いて後ろを振り返ると、入り口が上から現れた扉によって締まる光景だった。戻ろうと思っても時すでに遅く、扉は無情にも閉まってしまった。


「やっぱり罠だったかな?」

『いえ、もしかしたらこれがあなたへの本当の試練だったかも知れないわ。見なさい』


 壁により掛かっていたゴーレムの体に紫色の光がまるで回路のように走り始める。そして体全てに走り終えると役目は終わったその光が消える。

 次の瞬間、ゴーレム達が肩を前に傾け、壁から離れるとその大きな足でシェリスに向かっていく。その速度は速く人の走る速度には届かないものの、その巨体とその体の素材などを考えると十分早いだろう。

 そこからのシェリアの行動は早い。迎撃のために瞬時に魔方陣を展開し、充填を終えると一体に狙いを定めて放つ。狙いは魔石が収められていると思われる胸部だ。

 放たれた白色のビームは外れることなく、一体のゴーレムの胸部に命中する。一体倒した、そう思い笑みを浮かべたが、すぐに表情は変わる。その命中した部分が少々赤くなっている程度で、全く倒れずにまっすぐ向かってきた。

 続けてビームを放つも倒れる様子はない。赤くなっているだけで融解せず、ビームが貫通できていないようだった。


「あのゴーレムの素材は石じゃないのか……!」


 そうシェリスが焦っている間に他のゴーレムもかなり近づいてきていた。


『どうするの?貫通できないとなると、他の四肢をもいで破壊するという事は出来なさそうよ』

「……とりあえずこのまま一点に集めて動かしやすくする。四方から攻撃される方がキツい」


 その言葉の通り、シェリアはそのまま中央に留まり、ゴーレム達が集まるのを待つ。そして一点に集まったとき、それらはその大きな手を振り上げて彼女を押しつぶそうとした。しかしその前に彼女は大きくジャンプして飛び越える。それに気がついたゴーレム達は顔を動かして彼女の姿を追う。

 シェリアは包囲網を抜けると、そのままドームの壁に向かって走り、そこまで辿り着くとそれらの方を向く。ゴーレム達はその場でゆっくりと方向を変えると再び彼女の方に向かって移動を始めた。

 シェリスは再び一体に狙いを定め、射撃を始める。しかし、相変わらず装甲は赤く染まっていくだけで貫通にまで至らない。


『シェリス、もしかしたらあのゴーレムはオリハルコンで出来てるのかも知れない』

「オリハルコン?私の世界だと架空の金属だったんだけど、一体どんな物なの?」

『鉄よりも頑丈で、加工のためにさらに強力な炎が必要な金属なの』

「つまり融点がかなり高いって事か。今のビームじゃ火力不足って事だね……」


 石の融点はおおよそ900度から1100度。鉄の融点はおおよそ1500度。オリハルコンは加工に鉄よりも強力な炎が必要となると当然融点はそれよりも高いことが分かる。ならばそれを貫通するにはさらに強力なエネルギーを当てるか、諦めずに当て続けて熱を蓄積させて融解させるしかない。しかし、後者は当てている間にゴーレム達が近づいてくるために間に合わないと言うことだ。


(マズい……、どのくらい威力があるのか確認していないのが徒になった。といってもここで荷電粒子砲を使えば大変なことになる事はわかりきっている。くそっ、もう少し検証やらやっておけば良かった)


 良い標的がなかったためでもあるが、そのテストをしていない事がこの状況を生み出したことに後悔するシェリス。しかし、そんな時間も与えるつもりはないのか、ゴーレムは近づいてくる。しかも分散し、彼女を囲むように広がりながら向かってきていた。これで彼女は目論見の一つを潰されたことになる。

 貫通させることが出来なければ内側にある魔石を壊すことが出来ない。壊すことが出来ないと言うことはゴーレムを倒すことが出来ない。ではプラズマ砲はと言うと、あれは接触した段階で爆発を引き起こすため、貫通能力はないに等しい。


(もっと圧縮してレーザーにすれば短い時間で貫通できるか? いや、それだと正確に魔石を狙わないといけない。ならばどうすれば……)


 そんなことを考えていると、ゆっくりと向かってきていたゴーレムの動きが止まる。

 ――どうしたんだ? そんな思考が彼女の脳裏をよぎる。すると、ゴーレム達の肩に魔法陣が浮かび上がる。その色は全て赤色だ。

 その行動に嫌な予感がしたシェリアは、攻撃を中止して前面に集中して障壁を展開する。次の瞬間、それらからファイアバレットが放たれたのだ。そしてそれは外れることなくシェリアの障壁に命中する。彼女の障壁はそれを防ぐが、彼らの魔法は途切れることなく放たれ続ける。それぞれ単発で放ってくるものの、四体の攻撃に障壁がみるみる削られ始めた。


――まずい。


本能でそれを感じ取ったのか、さらに魔力を供給し続けることで耐える。


「ぐううぅぅぅぅぅ……!」

『なんてこと……、こんな技術は私の時代にはなかった。500年の間にゴーレムがこんなにも進歩していたのね』

「喜んでいる場合じゃないだろ! このままだと負けることはないかもだけど、勝つことも出来ないよ!」


 シェリアは同居人にそう反応しつつも、魔力を送り続ける。現在のところ、障壁が削れる量に対応できているようだ。その様子に若干冷静になった彼女は、その状態で魔法陣を上に展開し粒子砲による反撃を行った。しかし、やはり貫通できない。また若干ではあるが、チャージ時間が延びているように彼女は感じていた。


 ゴーレムは彼女の障壁を貫通できない。だが、彼女もそれらを倒すことが出来ない。戦況は完全に膠着状態に陥っていた。


「くそっ、このままじゃ先へ進めない。一体どうすれば……」

『いえ、もしかしたらゴーレム達を倒す必要はないかもしれないわよ? 天井を見てみなさい』


 アイリスにそう言われ、シェリアが首をあげると、天井に埋め込まれていた8つの水晶のうち、2つに光が灯っていたのだ。そしてそれを見ている間にもさらに一つ光が灯った。


『恐らくだけど、あれは残り時間を表しているんだと思う。あれが全部光った時に道が開かれるんじゃないかしら』

「……それが本当なら、後5つ耐えればこっちの勝ちか。このままの状態を維持すれば楽勝だな」


 そう思った時だった。四体のうち半数が射撃を中止して向かってきたのだ。しかも先ほどのようにのろのろと向かってくるのではなく、走っているのだ。ドシンドシンと地面を揺らしながらどんどん向かってくる。


(こっちに向かってくる!? 埒が明かないから接近戦を仕掛けてくるか……)


 今、彼女の障壁はそれらの攻撃を耐えている。だが、純粋な質量とパワーが占める殴りに耐えられるだろうか。シェリアにはそれに確信が持てなかった。逃げるしかない、そう考えると障壁を張りながら移動しようとする。が、そうはさせないと、射撃を行っていた二体からの攻撃が激化したのだ。先ほどまでリボルバーのように単発で放たれていた攻撃が、まるでマシンガンのように変化する。再び障壁が削られていき、彼女はそれに維持に意識が持って行かれてしまい、動けなくなってしまう。

 その間に二体のゴーレムは距離を縮め、目の前に迫ると大きく腕を振りかぶった。

 

 ――やられる。


 そう思った時、同士討ちを心配したのか、一瞬ファイアバレットによる攻撃が止んだ。その隙を突いてシェリアは咄嗟に左へと飛んだ。そして一瞬の後に彼女がいた場所にゴーレムの質量とパワーが振り下ろされた。

 振動とともに、床の素材が木の葉のように周辺に飛び散る。


 それを見て助かったと思ったのも束の間、彼女の目の端に中央のゴーレムが再び攻撃を行おうとしているのが見えた。シェリアは飛び起きると、右側に障壁を張りながらドームの外周を回るように走り出す。

 それと同時に攻撃が始まった。彼女が走るスピードは早く、それについて行けないのか、それらの攻撃は当たることなく、走りすぎた後の壁にむなしく当たっていく。

 シェリアは走りながら、天井をちらっと見る。現在点灯しているのは5つ。後3つ耐えればなんとかなる、そう考えながら、反対側の壁にまでたどり着くと、再びゴーレム達に向きあい、障壁を厚く張る。

 

(よし、後はこのまま耐えれば時間が切れるはず。頼むぞ、予想通りであってくれ……)


 そんなことを思っていると、ゴーレムの動きに変化が生じる。ドームの反対側にいたゴーレムが左右に分かれて、ドームの外周沿いにシェリアに向かってきた。そしてそれらは近くまで来ると立ち止まる。


 ――何だ? こっちに来ないのか?

 

 その行動の変化にシェリアは怪訝な表情を浮かべる。天井を見れば水晶はまだ6つしか光っていないことから、まだまだ時間はある。故障か、そんな言葉が彼女の頭をよぎる。

 そんな彼女の考えを否定するかのように、二体のゴーレムの肩に赤い魔法陣が浮かび上がった。


「っ! 嘘だろ!?」


 シェリアは前方にしか展開していなかった障壁を全方位に拡大する。そして魔法が放たれた。左右にいるゴーレム、そしてドーム中央にいるゴーレムの三方向からの攻撃により、障壁にはいくつもの波紋が生じる。また、複数の方向から攻撃を受けているためか、障壁が削れる量が当然増大し、供給しなければならない魔力もうなぎ登りに増えていく。


「やばい、供給が間に合わない……!」


 徐々に薄くなっていく障壁に焦りがこみ上げてくる。その時だ。


『シェリア、中央の魔法陣が!』


 その言葉に目をこらしてみれば魔法陣が青色に光り輝いているのが見えた。天井を見れば全ての水晶が光っているのが確認できた。


「アイリス姉の予想が当たったね。問題はあそこまでどうやって行くかだけど……」


 そう言ってシェリアは顔を曇らせる。その魔法陣は起動したが、それを守るようにゴーレムがその前に移動し立ち塞がっているのだ。それをどうにかしなければ、そこにたどり着くことはできない。


『シェリア、おそらく時間はあまりないでしょう。障壁がさらに薄くなっているわ』

「うん、このままだと間違いなく破られる。これは覚悟を決めないといけないかもね」

『シェリア?』


 待っていても障壁を破られ、反撃をしても効果がない。どう考えても詰みの状態である。ならば賭に出るしかない。シェリアはそう考えたのだ。そして、腰を低くして魔力を前方に集中させ始める。


「今のうちに言っておく。ごめん、アイリス姉」

『シェリア? あなた何を考えて……、まさか、あれを突破する気?』

「もう、そうするしか方法がないからね。お説教は後で受けるからね」


 その瞬間であった。

 魔力の供給がなくなった側面の障壁が破られた。と、同時に中央に向かって彼女は地面を思いっきり蹴った。前のみになった障壁に全力の魔力を送り込む。厚くなり、大量の魔力が供給されたそれは二体の攻撃など意にも返さない。だが、後方から放たれる攻撃には無防備だ。

 

 後ろにいる二体が彼女の動きに合わせて攻撃を放ち始める。それを彼女は自身に当たらず、肌に感じる弾の熱源、そして通り過ぎるそれを見て感じていた。

 運よく当たっていないが、もし当たってしまえばどうなるか。

 それへの恐怖を覚えながら一心不乱に走り続ける。


 そして目の前にゴーレムが迫った時、それを飛び越えるために彼女は地面を強く蹴った。その軌道は弧を描くように、そして体を常にゴーレムに向けるように宙を舞う。

 やがて着地する同時に彼女は転がるように魔法陣に向けて飛び込んだ。その動きに、ゴーレム達も反応し、攻撃を行うため体を向けるが、時すでに遅い。魔法陣から青色の光が溢れ、彼女の姿はそれに隠れて見えなくなる。それが収まった時、彼女の姿はもうそこにはなかった。

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