第3-2話 邂逅と光の柱②

 シェリアがアンジェの元を訪れてから二ヶ月が経った頃。それは彼女が体の中にいる同居人と出会って二ヶ月経つということにもなる。この頃になると彼女の特徴が分かってくる。


 まず、彼女には一切魔法が使えないことだ。すでに魂だけの存在になっているためか、属性が一切なくなっているのである。また、自分の体の維持に魔力を消費しているため、魔方陣を使った魔法に関しても魔力が足りないのである。

 次にシェリアから直線距離で10メートルほどしか離れられないということである。これはシェリアの回路強度が低いため、送れる魔力が少ないのが原因であった。魔力は遠くまで送ろうとするほど減衰し、その量が少なくなっていく。つまり彼女の体を維持できる程の魔力が供給できる限界がこの距離であり、これ以上は体を維持できずに消えてしまう。とはいえ消えてしまっても、本体である彼女の魂はシェリアの中にあるため問題は無い。

 そして彼女は食事をしなくても良いということだ。そもそも彼女の体は魔力によって構成されシェリスから供給される魔力によって維持されている。よって食事から栄養を補給する必要が無いのだ。また、本物の体ではないため、食事をしても味を感じない。そのため、食事をする楽しみを感じることも出来ないのだ。


 そして真面目であるが、若干子供っぽいところがあることだ。見た目に反してのその姿は非常に可愛らしいものでもあった。


 そんな彼女であるが、二ヶ月の間にある事を習得していた。

 それはシェリスとの回路を使った会話だ。回路を電話回線のように使用することで、声を出さずとも会話をすることが出来る。これを使うことでアイリスが体の中に引っ込んでいてもシェリアと会話することが出来るようになった。しかし、これにはシェリアの回路を使用して行うため、他の人の会話に使用できないということが難点である。


 さて、この頃になるとシェリアも自身の能力を使った魔法が完成の域に入って来ていた。そこまで来ると行う事といったら、当然それのテストである。

 アトリエ前にはシェリアと、そして向かい合うようにウィルが離れた場所に立っている。

 そしてアンジェ、フィリアはアトリエの玄関近くに置かれた椅子に座ってそれを見学している。そして遠くに離れることが出来ないアイリスは、危険が無いようにシェリアの体の中に引っ込んでいる。


「じゃあ、今からやるぞ。準備は良いか?」

「はい! いつでもどうぞ!」


 ウィルは右手の平をシェリスへと向け、詠唱を唱えながらそこに真っ赤な火球を作り出す。火属性の初級魔法であるファイヤボールだ。そしてそれが彼女に向かって放たれる。しかし、それに彼女はまったく避けようとはしなかった。当たってしまえば間違いなく火だるまになるだろうにもかかわらずに、だ。その理由はすぐに明らかになる。

 彼女の目の前にまで迫ってきた火球が膜のようなものに接触し爆発した。

 接触と爆発によってその膜は少し凹み、周囲に波のようなものが発生するが、すぐに元の形に戻った。その膜に保護されたシェリアは当然無傷である。


「次、行くぞ! 力と破壊の象徴たる火の精霊よ、火矢となりて相手を貫け、ファイヤバレット!」


 続いてウィルの掌から先程のファイヤボールとは違う形状の火球が放たれる。それは先端が尖っており、まるで砲弾の様な形状をしている。それが次々と放たれる。放たれたそれは速度もファイヤボールと比べて段違いに早い。

 しかしそれもシェリアに届く前に膜にあたって爆発、消滅した。


「よし、成功だ」


 と、目の前で起こっている光景を見て、そうシェリスが満足気に呟いた。


 彼女が行ったのは魔力を自分の周りに展開し、それを球状の膜のように変化させることで自分自身を守るシールドにしたのである。このシールド、彼女は魔力障壁と呼んでいるが、なかなかの防御力を持っており、初級呪文はもちろん、中級魔法も防ぐ程である。


 そしてこの魔力障壁の最大の利点は、魔力が供給される限り展開し続けることができる。また一箇所に集中させて展開することで、膜を厚くして防御力を上げたりなどすることが出来るなど非常に汎用性が高い。ちなみに着弾した場所は白い波が立つようになっており、どこから攻撃を受けたのかがすぐに分かるようになっている。


『本当に作っちゃったのね。できるかどうか怪しいと思っていたけど、案外そういうこともできるのね』


 彼女の内側にいるアイリスが感心したように言った。その言葉に彼女もご満悦だ。 


「まあ、私も作って実物を見るまではうまく行くか不安だったけどね。でもまだまだ伸びしろはあるみたいだし、もっと強化すれば更に強力な魔法も防げるようになるかも」

『それができちゃったら、あなたはほとんど無敵ね。で、次は『びーむ』っていうのを試すのかしら?』

「うん。すみません、ウィルさん!?次のを試すので離れておいてくださーい!」

「分かった!」


 シェリアの言葉を聞き、ウィルはアンジェ達がいる場所へと向かう。ウィルが退避した事を確認すると彼女は一言呟く。


「展開」


 そうして現れるのは彼女の背丈よりも少々大きい白色の魔法陣。外周は間に『高エネルギー粒子砲』と文字がいくつも書かれた二重丸、内側には星をかたどった模様が一つ描かれている。それが彼女を中心に4つ出現した。

 そしてシェリアはその魔法陣に向けて魔力を注ぎ込んでいく。すると中央に魔力の塊ができ、圧縮されていく。それがある程度溜まったことを確認すると、彼女は魔法陣を斜めにして空に向けて、それを一斉に開放した。

 次の瞬間、4つの魔法陣から白色のビームが放たれる。放たれたそれは光の道となって空に描かれる。しかしそれは長くは続かず、すぐに途切れた。

 次に彼女はその動きを繰り返す。貯める、撃つ、貯める、撃つ、貯める、撃つ。

 10回程繰り返すとそれを止めて魔方陣を霧散させた。


「うん、良い感じだ」


 彼女が行ったのは魔力で魔方陣を形成し、その中でチャージ、砲撃の処理を行うものだ。

 彼女が魔方陣を作ってそれを行ったのにはいくつか理由がある。

 まず、彼女自身の能力の事である。彼女の能力はこの世界において固有の能力であり、他の人物には真似の出来ないものである。そして場合によっては思い通りに世界を改変出来るような物なのだ。となれば彼女の能力を悪用しようと考える者も現れるだろう。

 ならば魔法として隠してしまおうという考えから生まれたのだ。魔方陣を使って魔法を使っています、と言い訳すればある程度そのようなリスクを抑えることが出来る、そんな考えだった。

 

 そして魔方陣を形成することで能力を使う際に想像しやすいからである。

 最初は魔方陣を形成せずに行おうとしたのだが、彼女にはどうもそれが難しく、複数使おうとするとどうしても安定しなかったのだ。そこで生み出されたのがこの方法というわけだ。これを行う事により動きが想像しやすくなったことで、不安定だった動作が安定するようになった。また、現時点での彼女の能力では送る魔力に限界があるようで、ビームとプラズマ砲では同時に4つまでなら実用できる。レーザーの場合は6つまでである。それ以上を行おうとすると各魔方陣に送る魔力が大幅に低下してしまう。わかりやすい例として、家庭での水道が上げられる。例えば風呂場でシャワーを浴びているとき、どこかで水道を使うとシャワーの勢いが弱くなる。それと同じ現象だ。とはいえ最初はどれもさらに少ない個数しか配置できなかったことを考えると、徐々に成長していることは間違いない。


 なお、これらの攻撃を放ちながら魔力障壁を展開し続けることが出来る。無論、魔力の供給が出来る範囲という制限があるが、それでもこの世界では反則に近い戦闘力を持つことになった。


「これである程度、戦闘に使えるものが出来た……

『よかったわね。これで安心できた?』

「うん」


 アイリスの言葉に彼女は安堵の表情を浮かべながら答えた。今までの自爆する可能性がある攻撃から、さらに安全であり、なおかつ威力がある攻撃方法を得ることが出来たのだ。それを考えると彼女が安堵の表情を浮かべるのは必然だろう。

 彼女が胸をなで下ろしていると、拍手の音が聞こえてきた。そちらに目を向けるとアンジェが手を叩きながら向かってくるのが見えた。


「見事ね。この短期間でそれだけのことが出来るようになるなんて」

「いえ、私がこれだけのことが出来るようになったのはアンジェさんが魔力がなんたるかを教えてくれたおかげです。それに私の場合は私の世界の知識があったからですよ」


 彼女が元いた世界は、科学全盛期である現代日本だ。その世界で暇つぶしにインターネットなどで様々な雑学を調べていた。そのときは趣味にもならない物であったが、その時の知識が今の彼女を支えている。それが無ければ彼女がここまで思いつくことは出来なかっただろう。


「で、これは何かに当てたりしたのか?」

「いえ、今のところはしていませんね。何か良い目標があれば良いんですけど・・・」


 近づいてきたウィルに彼女はそう答える。標的に当てることが出来ればおおよその威力は把握出来る。問題はそうそう良い標的など見つからないことだ。一番良いのは巨大な岩など大きく頑丈な物であるが、このアトリエ周辺にはそのような物が見当たらない。


「それよりも、最後のテストにいきましょう。正直言ってこれが本命ですし……」

「ああ、お前が言っていたアレ、か。話を聞く限りかなりヤバイものって分かるんだが……。本当に大丈夫なのか?」


 そう言うウィルは不安げだ。そんな彼の不安を和らげるようにシェリアは胸を張る。


「まぁ、何度も寸止めまでいっていますし、大丈夫ですよ」

「……不安だ」

「何故に!?」


 ウィルの反応にそこまで信用がないのか、と心の中でそう思う。しかしそう思われていても彼女にやめる気はさらさらない。何せそれが彼女の集大成になるものなのだから。


 シェリアは再びウィル達を離れさせると周辺に4つの魔法陣が展開する。そして今回はそれだけでなく、彼女の前にも列を作るように魔方陣が3つ展開した。

 まず動き始めるのは周辺に展開した4つの魔方陣だ。そこから白いビームがシェリアの前に展開した魔方陣に放たれる。すると、一番手前の魔方陣が回転を始める。その動きは前へと前へと波及し、3つ全ての魔方陣が回転を始めた。それを見て彼女はさらに魔力を送り込む。魔方陣は高速で回転し始め、それと同時にいくつもの電撃のようなものが3つの魔方陣を移動していく。

 この時の他の反応は様々だ。彼女の後ろにいるアイリスは何度もその光景を見ているため、特に驚きはしなかったが、その様子を中から見守る。


 アンジェは自分が見たこともないことを見られることが嬉しいのか顔を輝かせ、フィリアも同じく目を輝かせそれを凝視する。ウィルは若干不安そうな表情であるが、それから目を離すまいとしている。

 やがて準備が完了したシェリアは前方に展開した魔方陣を真上に向ける。そして呟いた。


「発射」


 最初に来たのは一瞬の静寂。

 そして次の瞬間、魔方陣からその大きさよりも、さらに太いビームが空に向かって放たれた。ビームによる反動のためか魔方陣が傾きそうになるのを、シェリアは能力を使って必死に抑える。

 周囲は突然発生した膨大な魔力の流れによって大地が震え、その発射源から衝撃波のような強い風が辺りに吹き荒れる。その暴風に飛ばされそうになったフィリアをその腕に抱え、アンジェはもう片方の腕で目をガードしながら低い姿勢で耐えている。ウィルも同様で目に砂が入らないように右手でガードしていた。

 その間にも発射された白いビームは空に向かってまっすぐに突き進み、そこにあった雲をいくつも貫き、その衝撃で大穴を開けながらさらに上へと伸びた。それはまさに空に向かって伸び続ける光の柱だ。何者にも止めることが出来ない、白くて純粋な力の奔流だ。 

 そして、永遠のように思われたそれは、ため込んだ魔力全てを放出することで終わった。吹き荒れていた暴風もなりを潜め、辺りは元通りののどかな森の中に戻った。そして荒くなった息を整えながら魔方陣を霧散させ、顔に張り付いた汗を拭う。


「これで荷電粒子砲も成功かな?」


 荷電粒子砲。

 理論的には現代の技術でも実現出来る技術だが、重要な因子である加速器の小型化、軽量化が困難であるため、未だフィクションの域を出ない架空の兵器だ。


 原理としては電子、陽子等の粒子を加速器に入れて莫大なエネルギーを与えて加速、射出するものだ。このとき、粒子がもつ熱エネルギーと粒子加速器内で与えられた膨大な運動エネルギーによって目標に膨大なダメージを与えることが出来る。

 しかし、最初に述べたようにそれを成すための加速器がまだまだ発展途上ということと、粒子を加速するためのエネルギーがあまりにも膨大なため、未だ実用化には至っていない。


 しかし彼女の能力はそれを覆すものだ。彼女の元素を操る能力を使えば粒子を加速させて飛ばすということは造作も無いことだ。想像しやすいように魔方陣を組み合わせ、実行に移した。その結果がこれである。予想を超えるそれに彼女の心の中は歓喜に満ちていた。


『私も放つところは初めて見たけど、これはすさまじいわね』

「でしょ?けど、これも威力が計れていないのが問題なんだよね。一体どれだけの威力を持っているのやら……」


 そうシェリアはため息をつく。

 そもそも膨大なエネルギーを放出するこれに見合った目標などまず見つからないといってもいい。何せほとんどはそのエネルギーによって瞬時に蒸発してしまうことが予測できるのだから。また、その威力から放つ方向も意識しなければならない。そうしなければ確実に味方を巻き込んでしまう可能性もあるだろう。


「それに撃つときはこれの制御に手一杯になるから障壁も張れないし、諸刃の剣なんだよね。この問題を何とかしないと……」

「あの、終わったのよね?」


 シェリアが今後のことを考えているとフィリアを抱えたアンジェが声をかけてくる。両者ともにおどおどした表情だ。一方、ウィルは無事に終わったことに安堵しているようだった。


「あ、はい。終わりました。えっと、大丈夫ですか?」

「うん、何とかね。で、あれがあなたの言っていた『かでんりゅうしほう』ってものなのね。異常な光景だったわ。何というかこの世の終わりって感じの物だったわ」

「あはは、そうですか」

「で、お前はこれで何と戦うつもりなんだ?婆さんがここまでなるってことは、明らかに異常なことだぞ」

「まぁ、何かに役立つかも知れませんし、完成して悪いことはないかと」

「でもあの威力は異常ね。シェリス、悪いことは言わないから、必要なとき以外使用しないようにしなさい」

「それは……分かっています。あまりにも過ぎたる力ですからね」


 シェリスの返答にアンジェは満足そうに頷くとウィルの方を向いた。


「じゃあ次はウィル、あなたね。あなたがどれだけの事が出来るようになったか、私自らが確かめてあげるわ」

「お断りします」


 アンジェの言葉に、とても涼しげな表情で即答したウィルであったが、当然逃げることは出来なかった。結局彼は夕方になるまで散々しごかれたのは言うまでもない。



「くそ~、婆さんのヤツ、本気で来やがって……」

「お疲れ様です」


 リビングのテーブルに体を突っ伏したまま動かず、そうぼやくウィルにシェリアはねぎらいの言葉を掛ける。今の彼の姿はまさに精根が尽きたと言う言葉がよく合っていた。

 そんな彼に外に出てきていたアイリスが声をかける。


『あそこで断ったのが運の尽きね。でも、よく善戦していた方だと思うわよ。あの人、かなり強い魔法使いなんでしょ?』

「まぁな。かつてはジイさんと一緒に世界中を回っては、伝説を作って回ったって話だ」

「そうなんですか?」


 シェリアの頭にオスマンとアンジェの二人が、魔法を使って次々に問題を解決していく姿が映し出された。しかし、あの温厚なオスマンとアンジェがそんな事をしていたとは思えなかった。


「あっ、ジイさんにはこの事は言うなよ。ジイさんにとってはそれは黒歴史なんだとよ」

「あ、はい、分かりました」


 そんなことを話していると階段からおなじみの緑のワンピースを着てアンジェが降りてきた。そしてシェリアを見つけると彼女に近づいてきた。


「シェリア、ちょうど良いところにいたわ。あなたにちょっとした試験の事を話そうと思ってたのよ」

「試験、ですか?」

「そう、正直言って私からあなたに教えることはないわ。というよりそもそもあなたの魔法は私達のそれとは明らかに違うから当然よね。だからその最後の試験として、あなたには地下迷宮に行ってもらいます」

「地下迷宮?」

「婆さん。もしかして地下迷宮ってあれのことか?」


 テーブルに顔を沈めていたウィルは思い当たることがあったのか、顔を上げてアンジェに問いかける。それに彼女は首を縦に振った。


「確かに、あそこなら試験にはもってこいだ。いざという時はすぐに助けに行けるしな」

「えっと、話が見えてこないんですけど、一体どんなところなんですか」


 シェリアが小さく手を上げながらそう問いかける。それに答えたのはウィルだ。


「その名のとおりだ。地下にあって中が迷宮になっている。ただ、二度と出て来れないわけじゃないけどな。そしてある人のアトリエでもある」

『アトリエって、つまり他の魔法使いの拠点ってことよね?勝手に入って大丈夫なの?そういう所って侵入者を阻むための罠とか仕掛けてあるんじゃない?』


 そう不安を投げかけるのはアイリスだ。シェリアが行くと言うことは必然的に彼女もそこに行くことになるため、不安になるのは当然だ。


「その辺は心配いらないわ。すでに許可はもらっているし」

「早いですね。というかこうなることを予期していたんですか?」


 そう問いかけるシェリアにアンジェは笑いかけることで返答をした。


「出発は明日よ。しっかり準備してきなさい」


 **


 夜、自室にてシェリアはジッと天井を眺めていた。その心の中は明日行くことになった地下迷宮のことでいっぱいだった。どんなところ何だろうか、とんな試練なのだろうか、一体何があるのだろうかと、そんなことだ。まだ見ぬ地下迷宮にワクワクしていたが、不安な気持ちもあった。そんな複雑な感情が心の中に入り乱れていた。


『眠れないの?』


 枕元に座っているアイリスが顔を向けながら声をかける。


「うん。正直言って今まで安全なところしか行っていなかったから、いざそういう所に行くとなると、ね。それにアンジェさんは罠とかの心配はないっていってたけど、危険はないって言わなかったから、ちょっとね……」

『確かにそうね。そんなことはないと思いたいけど……。でも心配いらないわよ。もし何か危険なことがあったら、私がサポートしてあげる』


 夢の中の彼女と同じように優しい笑顔を向けてくるのを見て、シェリアは心の中が安らいでくるのを感じていた。それに、苦笑しながら顔を向ける。


「ありがとう。それにしても本当に貴方はしっかりしているね。何だかお姉さんって感じだ」

『あら、貴女に初めて会ったときからそのつもりだったわよ。手の掛かる妹って感じだったわ』


 そう言って笑う彼女につられてシェリアも笑った。互いに笑い合い、優しい空間がそこに生まれていた。


『そうだ。シェリア、貴女にお願いがあるんだけど良いかしら?』

「私に出来ることなら良いけど……。あまりに変なお願いだったら拒否するよ?」


 現在進行形で続くミリスの呪いの事を考えて、彼女は怪訝な表情を向ける。それを知っているのか、アイリスは小さく笑う。


『大丈夫、簡単なお願いだから。私の事を貴方って他人行儀じゃなくて、お姉ちゃんって呼んでくれないかな?私、ずっと妹がほしいと思っていたからね。だからお願い』


 そう言って顔の前で手を合わせながら彼女はシェリアに言ってきた。しかし、彼女はそれに少々戸惑いがあった。


「呼んでも良いけど……すこし恥ずかしいな。うーん……」


 そう言ってシェリアは目を瞑って、頭の中でいろいろな候補を作っては消していく。その中で一つ、彼女が良いと言うものが出来た。目を開いて再び視線を彼女に向けた。


「『アイリス姉』じゃだめかな? ちょっと省略しているけど、こっちの方が私も呼びやすくて良いんだけど……」

『アイリス姉、アイリス姉か。うふふ、なんだかとても親しい感じで良いかも。うん、それで行きましょう』


 綺麗な顔が崩れるぐらいに嬉しそうな様子にシェリアも自然と顔が緩む。


「じゃあ、これからもよろしく、アイリス姉」

『うん、よろしくね。シェリアちゃん』


 そう言ってアイリスはベッドに潜り込むとシェリアの頭を抱え込むように腕で捉えるとその豊満な胸で彼女の顔を埋めてきた。


「ちょ、アイリス姉!?苦しいって!」


 そう言いながらシェリアは抵抗するが、妙に強い力で抜けることが出来ない。


『あら、良いじゃない。お姉ちゃんは可愛い妹を甘やかしたい気分なの。大人しくしていなさい』


 そう言ってさらにギュッと抱きしめて来ると、右手で頭を優しく撫でてきた。撫でられる度に徐々にシェリアは眠くなっていく。胸から伝わる柔らかい体温もそれに加速をかける。これは逃れるのは無理かな、と思いながら彼女は眠りに入っていき、やがて規則正しい寝息を立てはじめた。

 そしてそれをアイリスは愛しい者を見るような視線を送る。


『おやすみなさい、シェリア。良い夢を』


 **


 次の日の朝、シェリアはアンジェに連れられて、ある場所に来ていた。


「ここが、地下迷宮の入り口ですか?」


 彼女が連れられてきたのはアトリエがある場所からさらに森の奥に向かったところである。そこにあったのは白色の台座だ。素材は石のように硬いものでできており、形は正方形で一辺の大きさは5メートルほどで、高さは30センチほどだ。長い年月の間そこにあるのか、台座のあちこちに削れたようなあとがある。

 その中心には黒色の魔法陣が描かれていた。


「そう、中心にある魔法陣があなたをそこまで送ってくれるわ。そしてそこの奥深くにある部屋に置いてある杖を回収してきてね。それで試験は合格になるわ」

「わかりました。では早速向かって・・・」

「おっと、その前に一つ言っておくことがあるわ」

「何ですか?」

「実はね、地下迷宮では私が作った戦闘用のゴーレム達が、侵入者を撃退するために襲ってくるの。したがって、あなたはそれと戦いながら奥へ進むことになるわ」

『あなたが作ったって、それ大丈夫なの?』


 心配そうな声が体の中から聞こえてくる。それに関してはシェリアも同意だ。


「それ、大丈夫なんですか?」 

「あら、私はあなたなら大丈夫だと思っているわよ。確かにウィルとかなら少々キツいけど、あなたなら簡単に乗り越えられるはずよ」


 そう自信を持って行ってくるアンジェにシェリアはこれ以上言う言葉はなかった。さらにアンジェは続ける。


「そして、この地下迷宮に挑むにあたって、あなたに制限を与えるわ」

「制限ですか?一体どんなのです?」

「簡単よ。地下迷宮を攻略するまで、あなたの『ぷらずまほう』と『れーざー』と『びーむ』三種類を制限します。具体的に言うと、魔法陣の形成を1個に制限して戦うように」

「それはまた……一体どうしてですか」


 これにはシェリアも驚く。何せ実質的な火力が4分の1にまで低下することになるのだ。火力の低下はそのまま戦闘力の低下につながる。それほどの制限が必要なのかと彼女は思う。それにアンジェが答える。


「簡単に言えば強すぎるからよ。あなたの魔法はどれも一線を越えている。あんなのをばらまかれたら、ゴーレムどころかアトリエ自体危なくなるわ。制限された状態でどこまで出来るか確認できる良い機会だと思ってやってみなさい」

「わかりました。それでは行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい。そして聞こえているか分からないけど、アイリスも気をつけて。そしてその子のことをよろしくね」

『言われるまでもないわ。しっかりサポートします』


 アンジェの言葉にアイリスはそう呟いた。

 シェリアは台座の上に乗ると魔法陣の中心に立つ。すると黒色の魔法陣が青色に変わり、光を発し始める。やがて光が彼女を包み込んでいった。

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