第3-1話 邂逅と光の柱①

 フクロウの鳴き声と風に揺られた木々の擦れる音のみが響く時間帯。

 月明かりに照らされたアンジェのアトリエの各階は光が落とされ、窓から入ってきた月から照らされた光のみが部屋の中を照らす。それはシェリアがいる部屋も例外ではない。ベッドに座ったシェリアに窓から入ってくる月光が当たり、金色の髪は白色の光を反射し輝いている。着ているドレスも月光に照らされ、神々しさを感じるものであった。

 しかし、腰を抜かしたような姿と目を見開いて驚くその表情がそれらを少々台無しにしていた。


 彼女がそんな姿になっている理由は目線の先にある、淡い光を放ちながら立っている人物が原因だ。

 月光に照らされた膝まで余裕で届く長さの金髪は、不可思議な力で一本一本が、まるで柔らかな風に靡くように揺れている。薄緑色の瞳はシェリアの瞳のように妖艶な感じはせず、むしろ清純な雰囲気が漂う。しかし、髪と顔立ちは彼女と瓜二つであり、双子の姉妹と言っても誰も疑うことはないだろう。着ているドレスもほとんど同じものであり細かな装飾品の形が少々違うといった程度だ。


『私はアイリスっていうの。よろしくね、シェリア』


 それを聞いてシェリアは混乱した。目の前の人物は一体何なのだ、と。そして一体どこから現れたのか。シェリアの脳内回路は全力で目の前の状況を分析しようと必死に演算を行う。しかし、それを行う度に次から次へと疑問が湧き出てきて、何時しか疑問がループし始める。やがて処理能力を超えた脳内回路が強制的シャットダウンを行おうとする。それに伴い、シェリアの意識が遠くなっていき、彼女はそれに身を任せるように意識を手放そうとし……


『コラ!しっかりしなさい!』


 強く叱られる声に手放し掛けていた意識を取り戻した。それと共に混乱状態になっていた脳内がクリアになっていく。その状態でシェリアは再び彼女の方を見る。そこには腰に手を当てて若干不機嫌そうに眉間のしわを寄せていた。


『ダメでしょ、相手が自己紹介をしているときに眠ったら』


 彼女の前にいる女性は気絶しようとしていたのを眠ろうとしたと思ったようだ。それにシェリアは微妙な雰囲気になっていることを感じつつ、ばつが悪そうに右手で髪を弄る。


「あ、えっと、ごめんなさい……」


 何で謝っているんだろ、と若干冷静になったシェリアはそう思いながら視線をそらしてそう言った。


「でーその、何でしたっけ? アイリスさん? 貴女は一体どこから現れたんです?気配とか全く無かったんですけど?」


 そのアイリスの言葉に不機嫌そうな顔が一転してキョトンとした顔になったと思うと次の瞬間には意地悪そうに目元と口元を上げる。そして左手の人差し指を自分の口元に当てながら言った。


『ふふっ、どこだと思う?』


 そう試すかのような仕草にシェリスはイラッとした感情に包まれる。眉がピクピクする感覚を覚えながらシェリアはそれに答えた。


「いえ、わかんないです。というか、もしかして私の夢に出てきた人ですか?」

『あ、覚えててくれたのね。てっきり忘れているものかと思った』

「で、その夢の中の人が何のようですか?人がベッドで寝ようと思っているときに勝手に部屋に入ってきて……。これ不法侵入ですよ、不法侵入」

『あら、それはちょっと違うわね。私は貴女が寝た後に入ってきたわけじゃないの。あなたがこの部屋に入ったとき、私もこの部屋に一緒に入ったことになるのよ』


 その言葉にシェリアは思考が止まる。彼女、アイリスが言ったことが理解できなかったためだ。何故、自分がこの部屋に入ったことで一緒に入ったことになるのか、この疑問に回路は詰まってしまう。シェリアがそうなることを予期していたのか、アイリスはクスリと笑うとその疑問に答えるように口を開く。


『私はね、”元々あなたの体の中”にいたのよ』

「は?」

『もっと正確に言えば、私の魂があなたの体の中に入れられていたの』


 そう言って、アイリスは備え付けの机まで向かい、そこにあった椅子に座ると再び彼女に向かい合う。


『私がそれを自覚したのは半年前。それまでは、そうね。まるで夢を見ているような感じだったの。そして徐々にだけど、時間が経つごとに私という存在が、あなたの体の中にいるということがわかったの。けど私は魂だけの存在。しかもあなたの体の中にいたからいくら話しかけても気づいてもらえなかった。そこで私があなたに気づいてもらうためにある事をした。何をしたか、分かるでしょ?』

「っ、あの夢!それで私があの夢を見るようになったのか」

『その通り。あの時の私があなたに気づいてもらうにはあれしか方法がなかった。でもあなたは単なる夢って思ってたみたいだけどね。寂しかったのよ?いくら話しかけてもあなたは寝ているばかりだったんだから……』

「え、あ、それはごめん!まさか本当に存在するとは思わなかったから・・・」


 視線を落とし悲しそうな表情をするアイリスにシェリアはベッドから立って必死に弁解する。口調も何時しか変わっていた。そんな彼女の様子を見て面白かったのか、彼女は悲しそうな表情から笑顔に変わる。


『そんなに気を遣わなくても大丈夫よ。そもそも夢と思っていても、私のことを知っていてくれてたら嬉しいから。それでしばらくはそれで満足していたんだけど、だんだん貴女と本当に話したいと思ったの。それで次にやったのが魂を共鳴させて貴女と話す方法。それなら貴女の魂そのものに声を届けられるからね。でもそう簡単にはいかなかった』

「それはどうして?」

『予想以上に力を使ったの。それも一言二言話すだけで疲れるようなものだったの。だから本当に必要なときにしか使わないようにしていたんだけどね』

「必要な時って……、もしかして前にオークと戦ったときに話しかけてきたあれ?」

『そう。さすがにマズいと思ってそれを使ったのよ。全くあなたにはヒヤヒヤさせられたわ。貴女がもし死んだりしたら私も死んじゃうんだからしっかりして貰わないと』


 頬を膨らませて小さな少女のように怒るアイリス。その姿とは真逆の子供っぽい仕草にシェリアは思わず吹き出した。


『あー、笑ったわね!こっちは真面目な話をしているのにー!』

「ごめんごめん。それでさ、最近の夢に出てきたときに、もう少しで会えるとか言っていたけど、今私の前に現れることが出来るということだったの?」

『ええ、そうよ。具体的にはあなたの回路に流れる魔力を全部使って私を具現化しているの。まぁ、私の魂は変わらず貴女の体の中にあって、私の生前の姿を外に映し出していると言ったほうがわかりやすいかしら』

「ぜ、全部?今、全部って言った?」

『ええ、聞き間違いじゃないわ。でもあなたの魔法には問題はないでしょ?だって貴女は回路を使って魔法を使っているわけじゃないから』


 シェリアの魔法は彼女の能力をフルに使った特殊なものだ。彼女の体の内部にある膨大な魔力を移動させて使用する。それは回路を使ったものではなく、必然的に魔力回路はいらない子扱いになっていたため、魔力自体が回路に割かれたとしても彼女の力には微塵も影響を与えないだろう。


「まぁそれは良いけど……。ちなみにその姿は他の人には見えるの?」

『ええ、具現化しているから誰にでも見えるわ。ちなみにこの体は魔力で作っているけど、触れることも出来るわよ?触ってみる?』


 そう言って両腕を組み胸の下に持ってくると、誘惑するようにその豊満なバストを上げ、さらに胸元を強調するかのようにシェリアに向けてくる。彼女はそれを見てため息一つ、そして右手の平を向けて制止する。


「それは遠慮しておく。で、それは良いとして貴女は一体誰……というか何者なんだ。名前しか分からないから、その辺りを教えてくれたら嬉しいんだけど」

『そうね、とりあえず私はこの時代の人間ではないとだけ言えるわ。少なくとも500年前に生きていた人間ね』

「500年前って、かなり昔の人間だな。そんな昔の人間がどうして私の体の中にいたんだ?」

『それは……ごめんなさい、私にも分からないの。私は確か殺されたはずなの。でも気づいたらあなたの体の中にいた。私が分かるのはそれだけね』

「そっか。で、魔力でその体を作っているって言ってたよな?その出所は私の魔力として、それを止めたらどうなるんだ?その体が維持できなくなって消える?」


 その問いにアイリスは首を縦に振る。その答えから彼女は魔力を止められるとその体は消滅してしまうと言うことが分かる。その答えにシェリアは小さくため息をついた。


「それはまた、不安定な体だね。私に存在を握られているような物じゃないか。貴女はそれでもいいのか?」

『例え魔力の供給を止められても、魂は貴女の体の中だから私という存在が消えることはないわ。それに体を具現化させたいというのは私の我が儘なんだからそのぐらいの事はあってしかるべきよ』


 そう言うアイリスの目は、まるでシェリアを射貫かんとばかりに真剣な視線で見つめていた。真面目な人なのだろう、とシェリアは心の中で思う。


「わかった。でも魔力の供給を止めたりはしないから安心して。て言うか、そもそも私は回路の制御の仕方なんて分からないから、そんなこともしようも無いけどさ」


 そう戯けたように言うシェリアにアイリスはホッと安心したように真剣な眼差しが柔らかなものへと変わった。


『ありがとう。その代わりあなたが困っている時とか知らないこととかは私が教えてあげる。これでも昔は最高の魔法使いって皆に呼ばれていたんだから』

「けどそれって500年前の知識だろう?今のこの時代に役立つのか?」

『あら、魔法の知識に新しいも古いも無いと思うけど?それと、回路の閉じ方も教えてあげるわ』


 そんな彼女の提案にシェリアは呆気にとられる。それは自分の存在を他人に委ねるということに他ならない。そんなことを提案されるとは思わなかった彼女は困惑する。


「えっ、そんなことをしなくても良いのに……」

『貴女が私を信用してくれるその気持ちはとてもありがたいわ。でもそれじゃ私の気が済まないの。だからそれを覚えて。そうしたら私も気が済むから』

「……分かった。貴女がそう言うのなら覚えるよ。で、だ。貴女のことアンジェさん達に説明しないといけないんだけど、どう説明するかな」

『えっ、そんなことしなくても、その人達と遭うときだけ私が消えればいい話じゃないの?』

「いや、だっていちいちそんなことをしていたら面倒くさいだろう?それにせっかく体を得たんだからさ、一緒に会話に混じって楽しんだらどうだ?ていうかそうしてくれた方が私も気を遣わなくて済む」

『え、いいの?もしかしたら、貴女に迷惑が掛かるかも知れないわよ』

「一向に構わない!」


 シェリアは威勢よく答えた。

 そう答えた理由は、彼女がその体を得たいという理由を知ったためだ。つまりウィルやアンジェ、その他の人と話しているとき、アイリスも彼らと話したいのではないか、または彼らと一緒になって楽しく過ごしたいのではないかと、自分自身がそう考えてしまうとそう思ったからだ。一度考えてしまうとそれが気になってしまう、と言うことが容易に想像できてしまった。そうなればそれは精神衛生上良くない。そう考えたから、彼女はそう断言したのだ。


『そう、貴女がそう言うならそうさせて貰うわ。ありがとう』

「で、どう説明するかだけど・・・、これは難しいな。なんて説明すれば良いのか思いつかない」


 いつの間にか自分の体の中に別の魂が入り込んでいました。と説明して果たしてそれで納得のいく人間はいるだろうか。シェリアの予測ではそこから根掘り葉掘り聞かれて、最終的につじつまが合わなくなるだろうと考えていた。


(いや、この世界に召喚されたって言ってるから、その時に入れられたかもの方が波風が立たずにすむか。後は勢いで誤魔化すようにしよう)


 そう思ったシェリアは彼女にその考えを伝え、彼女もその考えを支持した。


『わかったわ。その時は私も口裏合わせるから、心配しないで』

「うん。それと貴女が500年前の人間というのも隠しておこう。そこまで言うと奥まで聞かれるかも知れないから」


 そうして互いにどのように説明するか考えていった。

 

 次の日の朝、二人の姿は1階のリビングにあった。シェリア達は壁の方に立ち、テーブルに着いているのはウィル、アンジェ、そしてフィリアの三人だ。そこに座っている三人の表情はそれぞれ違う。アンジェは頬に手を当てながら、また面白いことが起こりそう、等と考えているのか、笑顔で二人を見つめる。フィリアは彼女達の瓜二つと言っていいその姿に、理解が追いついていないのか口を開けて唖然といる。そしてウィルは頭の痛みを感じているのか、目を瞑ってこめかみを片手で揉んでいる。

 そんな各自が様々な反応をしている中でシェリアは言い放った。


「と、言うわけで私の中に同居人がいましたので、以後よろしくお願いしまーす」

「いや、同居人がいたってお前、よろしくってお前……」

「どうしたんです、ウィルさん?この人がここにいる経緯は説明しましたよね」

「ああ、説明された。そしてその経緯は自分を騙すことで無理矢理納得させた。だがな……」


 そう言うとウィルはゆっくり立ち上がると、まるで力を貯めるかのように大きく深呼吸をする。そして息を止め、彼女の達の方を向いた。


「何でお前らの姿が瓜二つなんだよ!双子かお前ら!」


 まるで、心の奥底から叫ぶかのようにウィルは感情を吐き出した。


「フフン、ウィルさん。私の世界では”世界には自分に似ている人が三人はいる”という言葉があるんです。だからここに似ている人がいても不思議じゃないんですよ」

「似てるって程度じゃねーだろ! 瞳の色以外全部一緒じゃねーか! ていうか服の種類までほとんど一緒なんだよ! それならせめて別の服に変えとけよ!」


 そこまで言って息が切れたのか、ウィルは両手をテーブルについて両肩で激しく息をする。


「まあまあ、ウィル。いいじゃない。別に害があるわけじゃないし」

「……それはそうだけどさ。なんか釈然としない」

「それより私は魔力でその体を作ったというあなたのその技術が面白いわ。一体どうやってそれを再現しているのかしら」

「ふふっ、それはねー」


 そう言ってアイリスはアンジェと共に魔法談義に花を咲かせる。それを見ながらシェリアはウィルの方に向かい声をかける。


「すみません、ウィルさん。またご迷惑をおかけします」


 そう言って顔の前で両手を合わせて小さく頭を下げる。その様子にウィルは肩の力を抜いて脱力したように椅子に座り込んだ。


「ったく、お前は俺の頭や胃袋に恨みでもあるのか?お前と一緒にいるといつも痛みを感じているような気がするぞ」

「あはは……すみません」


 頬杖を着いてこう抗議してくるウィルにシェリアは乾いた笑いを返す。そんな彼女を一瞥したウィルは再び立ち上がると、彼女の手を掴むと彼女を引きずるように引っ張っていく。


「ちょ、ちょっとウィルさん!?」


 シェリアがそう言うもウィルは聞かず、彼女を二階にまで連れてくると壁際に押しつける。


「あのウィルさん、どうしました?」


 これが有名な壁ドンか、みたいなことを考えながら困惑した表情を浮かべるシェリア。一方でウィルの表情は真剣そのものだ。


「あいつが何者か知らないが、信用できるんだろうな。お前の話を聞く限り、なんかあったとき、一番危ないのはお前だぞ?お前はお人好しだからな。騙されてないか心配になる」


 その言葉を聞いてシェリアも真剣な表情になる。

 ウィルはあの得体の知れないアイリスと言う人間が彼女と同じ体に入っている事が心配なのだろう。もし何らかの力で彼女にシェリアの体が乗っ取られるかも知れないと考えたのだ。

 そんな彼にシェリアは彼の目をしっかりと見て意見を言った。


「もし私の体を乗っ取るつもりなら、そもそも私に接触してこないでしょう。体を乗っ取るその時まで隠れているのが当たり前の行動です。ですがあの人は違った。自らの姿を私に見せてた。それにいざというときには私の回路を閉ざせばあの人はあの体を失います。そして自らその回路の閉じ方を教えてくれると言っていました。その事から信用はおけるかと思います」

「そうか・・・」


 そう言ってウィルは目を瞑って何やら考えた後、再び目を開いて答えた。


「悪いが、俺はもう少し見極めさせてもらう。いいな、シェリア」

「はい、分かりました」


 シェリアがそう答えるとウィルは首を縦に振り、彼女から離れた。そして一階に向かって階段を下りていく。シェリアもそれに続こうと階段と下りようとしたとき、ふと気がついた。


(あれ? そういえばウィルさん、今私の名前を呼んでくれたよね?)


 今までウィルは彼女に対して名前で呼ぶことはなかった。基本”お前”か、”おい”と呼ばれるのが関の山だった。その彼が彼女の名前を呼んだ。


(認めてくれたって事かな?)


 自然と表情に笑みがこぼれる。そんな風に表情を崩しながらシェリアは階段を下りていった。


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