第1-2話 森の中のアトリエ②

 中に入ったシェリアが部屋の中を見渡してみると、そこには所狭しと家具が置かれていた

 まず中央には、大きな切り株で作られたテーブル。周囲にいくつかの椅子が置かれている。入口から左を見ると小さな出窓があり、そこには数本の色とりどりの花が入れられた花瓶が置かれている。右には本棚が置かれており、ぎっしりといろいろな本が詰め込まれていた。


「紅茶を入れてきますのでそこで座ってお待ちになっててくださいね」


 そういうと少女は部屋の奥にある、白いのれんのような物が掛けられた場所に引っ込んだ。シェリア達は、少女に言われた通りに近くのテーブルの席に腰掛ける。部屋は窓から入ってくる日光の光によって明るく、隅々にまで光が行き渡っているようだ。

 周りにたくさんの家具が置かれているが、どれも丁寧に掃除されており埃一つない。

 一通り眺め終わった後、シェリアは疑問に思っていたことを話す。


「あの、もしかしてあの子って、魔法使いの使い魔みたいな感じですか? マスターって言っていっていましたし……」

「おそらくそうじゃろう。見たところあの子はここでの家事や主の世話を担当しておるようじゃ。それと儂の勘じゃが、おそらくあの子は使い魔と言うよりは”人形”と言ったほうが正しいじゃろうな」

「人形?ちょっと待ってください、とてもそうには見えないんですけど」


 オスマンの言葉に驚いたシェリアはそう返す。彼女の目にはあの少女が人形には思えなかった。

 というのも彼女が思っている人形というのは、よく現実世界で存在している日本人形やフランス人形と呼ばれているような物だ。

 そのどれもが無機質な目をし、表情は変わることは決してない。しかしあの少女の瞳は人のそれと変わらず、かつ表情は変化しており、頬も血が通っている人のように赤みを帯びていた。故にシェリアにはあの少女が人形とは思えなかったのだ。

 驚く彼女にオスマンは小さく苦笑いを浮かべる。


「確かに姿形や皮膚などは人にそっくりじゃ。しかしその内部は精密に作られた人形……、いや、アーティファクトと言うべきかのう。魔法石の心臓を持ち、食事や休息を取らなくても体が健在で有る限り可動し続けるのじゃ。とは言え、儂等の事を知らぬと言うことは、あの子はまだ作られて日が浅いようじゃのう」


 シェリアは少女が消えた部屋の方に視線を向ける。そこからは中の様子は見えなかったが、中で紅茶のカップを用意しているのだろう、カチャカチャと陶器の当たる音が聞こえてくる。


「えっと、アーティファクトってアリオンのあちこちに置かれている明かりのことですよね?」

「うむ、あれもアーティファクトじゃ。それの定義は魔石を使用して稼働する製品群を指す。広義の意味じゃかの」

「お前、婆さんの二つ名を覚えているか?」

「えっと、馬車の中で話してくれたヤツですよね。えっと確か『人形遣い』でしたよね?」


 ウィルからの問いにシェリスは視線をウィルに向けてそう答える。ウィルは腕を組み、彼女の答えを肯定するように首を縦に振る。


「婆さんは人形を使って魔法を使用するが、それだけでなく人形を作ってそれを使い魔として使い、戦わせる事ができる。そして婆さんのすごいところは、作った人形が人形と思えないほど人に近いことだ。あれみたいに、な。これが婆さんが人形遣いと呼ばれる理由だ。ただ人形を操るだけじゃない。作る人形も精巧だから付けられた二つ名だ」


 ウィルの言葉を聞いて自分が教えを請おうとしている人物がとんでもない人だということを知り、目を見開いて驚くシェリアだった。しかしそこに疑問が生じる。


「でも、それってどの属性の魔法になるのですか? 魔法って、いくつか属性がありますよね? どれを使ってそれを再現しているんです?」

「それはワシにもわからん。そもそも、帝国が作っているあの照明器具程度のアーティファクトでも苦戦しておるのじゃ。わかる訳がない。基本的な原理はわかるがの」

「と、いうと?」

「おぬしは魔石がどのようなものが知っておるか? あれはの、自然界のマナが何らかの力で圧縮されて結晶化したものじゃ。それに魔力に変換する魔法陣と、動作させるための魔法陣を組み込んでおるのじゃよ。これを効率的に動くように組み合わせ、そして動作させるために科学、じゃったかの? とにかくそれを使って稼働するようにしている。それがアーティファクトじゃ。おそらくあの子を作るためにあやつは相当苦労したのじゃろう」

「そうなんですか。あれ、でもオスマンさんの奥さんって、あの子を作れるぐらいの技術を持っているってことですよね? だったらその人に頼めば、技術はもっと発展するのでは?」

「それが出来れば苦労はせん……」


 そう言って、オスマンは体を反らせて天井を見る。一体どうしたのだろう、と首をかしげたシェリアにウィルが答えを出す。


「婆さんが協力したがらないんだよ。あの人は常に自由な人だからな。国家に縛られて研究するなんてごめんって思っているんだ」

「はぁ、気難しい人なんですね」


 そんな事を話していると紅茶の香ばしい香りと共に少女が奥の部屋から出てきた。その両手には紅茶が入っているカップが載ったお盆を持っていた。そしてオスマンとウィルの間に立つと、二人の前にそれをゆっくりと置いた。


「お待たせしました、紅茶です」

「おお、すまぬの」

「おう、ありがとうよ」


 次に少女はシェリアの元へと向かう。そして同じように彼女の前にカップを置くが若干緊張しているように思えた。


「あの、紅茶でよろしかったでしょうか」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 そう言ってシェリアは少女に向けて優しい笑みを向ける。すこしでも彼女が喜び、その緊張を解いてくれるようにという思いからだ。その効果があったのか、少女の表情は和らぎ、はにかむような笑みを浮かべた。


「私はシェリア。シェリア・ラグ・パストラールって言うの。あなたの名前は?」


 それは子供に言うように優しく、そして早口にならないようにシェリアは少女に声をかけると少女もそれに答えた。


「は、はい。私はここでマスターに仕えているフィリアと言います、よろしくお願いします」

「フィリアちゃんだね。これからよろしくね」


 シェリアがそう言って片手を差し出すと、彼女は若干頬を赤く染めながら、差し出された手を両方の手で取った。フィリアの手が小さいため握手と言うには微妙なものであったが、これでこれで十分なものだろう。


「は、はい、よろしくです!それであの、間違っていたらごめんなさい。もしかしてアリオンにいるシェリアさんですか?」

「う、うん。多分そうだけど……」


 他にシェリアという人はいないよな、と思いながら彼女は曖昧に答える。するとフィリアの瞳がとたんに輝き始める。そして先ほどまでの緊張していた雰囲気はどこへやら、笑顔が更にパーッと明るくなり食い入るようにシェリアに顔を向けてきた。


「マスターから聞いています!アリオンにすごい魔法使いがいて、その人がシェリアって名前だって聞いていましたが、お姉さんがそうなんですね! 人が必ず持つはずの属性がないとか、魔力を測る機械を破壊したとか、山一つ吹き飛ばせる魔法が使えるとか」

「あれ? 明らかに身に覚えのない話も混じっているんだけど……。ていうか君のマスターからそんな風に聞いているの?」

「はい、もちろんです!」


 シェリアは己の記憶を辿っていくが、そんな内容のものは当然存在しない。明らかな誇張が入っているが、嬉しそうに話す彼女の笑顔を見てそれを言うことは出来なかった。


「でもすごいです。属性を持たない魔法使いだなんて本当に昔話の人のようですよ」

「昔話?」

「ご存じないのですか? かつてこの世界を魔王が支配しているときに、魔王を倒すために立ち上がった四人の勇者達がいたんです。そのうちの一人、魔法使いがお姉さんと同じようにまったく属性を持っていなかったそうです。にも拘わらずその人は常人以上に魔法を使いこなし、勇者を支えたそうです」

「へぇ、すごい人なんだな」

「はい、それはもうすごい人だったそうです。でもその人は最期に死んでしまったと聞いています。何故死んだのかは話の中にはありませんが」


 そういう彼女の顔が曇る。彼女にとってもその人物は思い入れのある者なのだろう。その表情の変化から彼女はそう思った。若干重たい空気になったことを感じたシェリアは話題を変える。


「そういえば、君のマスターってどんな人? こちらでは話を聞かなかったからさ、どんな人か分からないんだよ」


 重たくなった空気を感じたシェリアは話の流れを変えるため話題を変える。


「マスターですか? とっても優しい方ですよ。私を実の娘のように可愛がってくれています。最近ではお母さんって呼んでって言われるようになっているんですけど……」

「ど……何?」

「やっぱり恥ずかしいんですよね。今までマスターって呼んでいた分、急にそんな風に呼ぶのはなかなか難しいですよね」


 そう顔を赤くしながら指をモジモジさせ、俯くその姿があまりにも可愛く、シェリアは思わず抱きしめたくなるような衝動に駆られるが、理性でこれを抑え込む。


「ほっほっ、いつの間にか儂等がここに来ないうちにそんなことになっておったとはの。それにしてもあやつは遅いのう……。かなり遠くまで行っておるのか」


 そうオスマンがぼやいたときだった。シェリアの耳に、非常に僅かな土を踏みしめるような音が聞こえていた。徐々に大きくなっていくそれは、玄関の方から聞こえているようだ。その音が気になりシェリアは玄関に視線を向ける。


「どうしたんじゃ、シェリア?」

「いえ、外の方から足音が聞こえてきまして……。もしかしてこの子のマスターが帰ってきたのでしょうか?」

「儂の耳には聞こえんが……確かか?」

「はい、間違いないかと。ここに人が訪れることはあるのかな?」

「いえ、ここに来る人の殆どはマスターがここにいないことは知っていますから来る人は少ないです。ですのでおそらくマスターですね」


 そんな風に話している間にも足音は大きくなっていき、ドアの前で止まると木の軋む音と共に一人の女性が入ってきた。頭がすっぽりと入りそうなくらいの大きさを持つ紫色の三角帽子をかぶり、その下にはクリーム色の長い髪に青色の瞳が見える。鼻は高く顔全体は綺麗に整っており、ピンク色の唇は若干濡れているためか妖艶な光を放つ。体は紫色のドレスを着ており、大きく開かれた胸元には豊満な北半球が見えている。腰は細く、尻の付近は大きい。出るところは出て締まるところは締まる、という言葉がぴったりのプロポーションだった。

 そしてシェリアが最も目を引かれたのは彼女の耳だった。彼女のそれは人間の耳とは違い、長く、そしてピンと上に向かって尖っている。彼女の脳内には『エルフ』という単語が思い浮かんだ。そんなことを考えていると、フィリアが彼女に駆け寄っていった。


「お帰りなさい、マスター!」

「ただいま、フィリア。今帰ったわよ、ってお客様かしら?」

「お客様かしら?ではないわい。お主の我が儘を聞いてシェリアをここまで連れてきたというのに……」

「あらオスマン、いつものように小言が多いわね。昔のあなたはそんなことを考えずに、ただただ敵に向かって上級魔法を放つだけだったのに」

「昔の話はやめてくれ。それは儂の黒歴史みたいな物じゃ」

「あら、私は結構好きだったわよ。誰が相手でも全力を持って対するその姿、素敵だったわ」


 眉をひそめながらそう呟くオスマンに彼女は目を細め彼に向かって優しく微笑む。そして視線をウィルに向けた。


「久しぶりね、ウィル。元気にしていたかしら?」

「この通り何も変わらないさ。婆さんも変わらないな、さすがエルフだ」

「ふふっ、そうね。でもあなたもエルフの血を引いているじゃない」

「かなり薄くなっているけどな。で、婆さん。こっちに座っているのがジイさんの言っていたヤツだ」


 そうウィルは腕を組みながら顎でシェリスを指す。それに彼女は視線を向けた。


「あなたがオスマンの言っていた面白い人物ね?」

「初めまして、シェリア・ラグ・パストラールです」


 そう言われたのに合わせてシェリアは椅子を立つと彼女に頭を下げる。


「私はアンジェ・ヘーネシス。話はオスマンからたくさん聞いているわ。なんでも町を塞いでいた岩を素手で砕いたり、指先一つで地面を大きく割ったり、世界を滅ぼすことが出来る魔法を使えるって」

「あれ? さっきと比べて身に覚えのあることが一つもなくなったんだけど?」


 先程フィリアから聞いたものよりも、遙かに誇張された内容に思わず突っ込みを入れるシェリア。やはり、フィリアにあの内容を教えたのは間違いなく彼女だろう、そんな考えがシェリアの脳裏に流れる。


「さてフィリア、私は着替えてくるから、もうちょっとの間はお願いね」

「はい、マスター」


 フィリアの返事を聞くと赤い髪の女性、アンジェは部屋の奥にある階段へと進み、そして突然立ち止まる。どうしたのだろうか、とシェリアが思っているときアンジェはフィリアの方を向く。


「フィリア。あの、お母さんと呼んでもいいのよ?」

「さっさと行ってらっしゃいませ、マスター」

「ううっ、でも私は諦めないわ。何時の日かフィリアにお母さんと呼んでもらえるまで」


 そんなことをぶつぶつ呟きながら、アンジェは階段を上っていった。その様子にウィルは呆れた表情でアンジェを見送るとフィリアに視線を移す。


「なんと言うか、あんな感じで言われているのか?」

「はい、お客様の前だというのに困ったものです」


 そう言ってフィリアは大きくため息をつき肩を落とす。その様子に一同は苦笑いを浮かべる。


「恥ずかしいかもしれないけど、一度くらいは呼んでみたらどう? お母さんって」

「今はまだ無理ですよ。今までマスターって呼んでいた反動で。それに、呼んでって言われたから呼んだんじゃ、何というか主従の関係でそう呼んだみたいで嫌なんです」

「あー、なるほど」


 フィリアのその言葉にシェリアは納得する。彼女としては呼べと言われて呼ぶのではなく、自分自身で自主的に呼べるようになりたいのだ。主従ではなく、家族として。そしてお母さんとして。そんな気持ちになったときそう呼びたいのだ。


(アンジェさん的にはそんなことは考えてもいなさそうだけど、こればっかりはフィリアちゃんが変わらないとダメだろうな)


 そしてフィリアは紅茶を入れ直すと言って部屋の奥に引っ込む。そしてしばらく待っていると階段を下りる音と共に、先程のドレスの様な服が放っていた淫靡な雰囲気とは打って変わって、ライトグリーンのワンピースを身にまとったアンジェが降りてきた。


「おまたせ、せっかく尋ねてくれたのにこんな感じでごめんなさいね」


 そう言いながらアンジェはシェリスの向かいに座る。


「じゃあ、もう一回自己紹介をしましょう。私はアンジェ・ヘーネス。ギルドからは人形遣いと言われているわね。人形遣いというのは、要するに私が人形を使った魔法を使うことから来ているんだけど知っているかしら?」

「はい、ウィルさんから聞きました。それにフィリアちゃんのような子も作ることが出来ると伺っています」

「そう。今度はあなたの番ね。あなたはどこから来たのかしら?」

「えっと、信じてもらえるかは分からないですけど……」


 そう前置きをしてシェリアは語り始める。当然、神様の存在等は隠してだ。



「と、言う訳なんですが……、これでよろしいですか?」


 少々不安げな様子でシェリアがアンジェに問いかける。アンジェは目を閉じ、じっと何かを考えているようだったが、やがて目を開ける。そして口角を上げる。


「ええ、ありがとう。それにしても私たちの世界とは違う世界から来たと。ふふっ、長い間生きて来たけど、こんな面白いことは初めてだわ。フィリアはどう思う?」

「すごい事だと思いますよ、マスター! じゃあ私が知らないような世界をシェリアさんは知っていると言うことですよね!あの、シェリアさんの世界は一体どんな世界だったのですか!?」


 そう言ってどんどんフィリアがヒートアップしていく。彼女にとってシェリアは興味の塊のようなものになったのだろう。とにかく矢継ぎ早に質問していく。そんな様子にアンジェは言い聞かせるようにフィリアに言葉を掛ける。


「落ち着きなさいフィリア。とりあえず自己紹介はここまでにしましょう。フィリア、確か空き部屋が二つあったわよね? 両方にベッドとか諸々を準備してくれる?」

「はい、わかりましたマスター。じゃあ、シェリアさん。後で詳しくお話を聞かせてくださいね」


 そうシェリアに言うとフィリアは階段を登っていった。一方、彼女はアンジェが出した指示の意図が分からず、彼女に尋ねる。


「あの、何のことですか?」

「あなたが眠る場所を作る為よ。オスマンからあなたに住み込みで魔法を教えてほしいと言われていたからね」

「そうだったんですか。ありがとうございます。あれ? でも今二つ部屋が有って両方に用意してほしいって言われていましたけど……」

「ああ、それは俺も気になった。婆さん、どういうことだ?」

「それじゃあ、ちょっと検査してみましょうか」

「おい聞けよ……」


 ウィルは怪訝な表情を向け問いかけるが、何事もなかったかのようにアンジェは近くにある戸棚に行くとゴソゴソと中を漁り出す。そしてアンジェは座布団のようなものが敷かれた、二つの水晶玉を思ってきた。


「これはなんです?」

「魔力等を計る検査器だけど、見たことないの?」

「あ、これ検査器ですか。いや、私が見たことがある物は豪華な土台が付いていましたので」

「そういえばギルドのは結構豪華な作りの物だったわね。でもこれはギルドの物のように豪華な装飾はされていないけど、性能は遙かに上よ。さぁ、まずこっちに手をかざして」


 シェリアはアンジェに指示された通りに手を翳す。水晶玉は彼女が最初に検査をしたときと同じ白い光が生まれ輝きだした。


「本当に色が出ないわね。私が昨日調整したばかりだから故障はあり得ないはず……。次はこっちの水晶玉の上にかざして」

「えっと、こっちの水晶玉って魔力の量を量る器具ですよね? ギルドで計ったときは水晶玉に大きくヒビが入ったんですけど、大丈夫ですか?」

「心配はいらないわ。これはギルドで使っている物とは違って容量が大きいし、耐えられなくなったら自動で切れるようになっているから」

「それなら安心です。じゃあ、かざしますね」


 シェリアは手を翳す。水晶玉の中に光が生まれ、その光はどんどん大きくなっていく。そしてその光は猛烈な光を周りに飛び散らせ、シェリスはその眩しさに目を瞑る。それは長くは続かず、その光は突然フッと消えた。


「これは、本当に予想外ね…」

「えっと、結果はどうなったのですか?」


 シェリアがそう聞くとアンジェは、お手上げ、どうしようもないと言わんばかりに両方の手のひらを上に向け、両肩をあげる。


「測定不能よ。光が消えたのはこの水晶玉の防護装置が働いたせいね。これで分かったことは、ギルドが思っているよりもあなたの魔力の量が異常と言うことと、あなたの属性は確かに存在しないということで間違いないって言うことね。でもあなたは異世界から来たことを考えれば不思議じゃないわ。それにしてもこれはかなり特殊ね。私に教えられることがあるのかしら……」


 そう言いながらアンジェは考え込む。それを見ながらシェリアは無理もないとそう思いながらも不安になる。もしここで何かを学べなければ自分の身を守るのも大変だろうと思っていたからだ。彼女が生み出した水素での攻撃も良い物であるが、如何せん場所を選び過ぎるという欠点がある。それ以外は今だ実験段階である。これで不安にならない方がおかしいだろう。


「とりあえず、やれるだけやってみましょう。こんなところであーだこーだ考えたところで分かるわけないし。岩にぶつかって砕け散るような感じで」

「それ玉砕してますよね。可能性を信じて突っ込んで夢破れていますよね。せめて岩をぶち破るような感じでしてもらえないですかね?」

「さて、そろそろフィリアが戻ってくることかしら」


 シェリアの突っ込みを華麗にスルーし、階段の方を眺めるアンジェ。しばらくすると階段から足音が聞こえ始めるとフィリアがそこから姿を現した。


「マスター、部屋の用意が終わりました。いつでも大丈夫です」

「ありがとうフィリア。それじゃ悪いけどこの子を部屋に案内してくれないかしら。ウィルも一緒にね」

「ちょっと待て婆さん。なんとなく考えている事はわかった。でもよ、俺は魔法を学ぶつもりはないぞ」

「そうはいってもね……、オスマンから貰った手紙にあなたにも教えるように書いてあったし」

「おい、ジイさん」


 ウィルはそう言ってオスマンを睨み付けるが、彼は背中をウィルに向けて全くあさっての方向を見ている。全く聞く気が無いと言わんばかりの態度だ。


「いいじゃない。これを機会に魔法を学べば、クエストの幅も広がるかも知れないわよ?あっ、もしかして自信が無いのかしら。自信が無いのならそれでもいいけど?」

「完全に煽ってきてるよな、それ。分かったよ、俺も魔法を学ぶからよ。ったく、ジイさん一つ貸しだからな」


 ため息一つ、ここまで来たら逃げられないと思ったのか、ウィルは肩を落としてそう言った。すると、その言葉を待ってましたと言わんばかりに、オスマンは満面の笑みを浮かべながらウィルに向き直った。


「おお、ようやくバカ孫が魔法を学ぶようになってくれたか。儂は嬉しくてたまらんぞ」


 いけしゃあしゃあというオスマンに青筋を立てて、さらに強く睨み付けるウィル。その様子が面白いのか、アンジェは口に手を当てながらクスリと笑う。 


「それじゃフィリア。この二人を案内してあげてね。私はオスマンと話したいことがあるから」

「はい、お任せ下さい! と言うわけでシェリアさん、こちらです!」

「え、ちょっとフィリアちゃん!?」


 早く早くと言わんばかりにシェリスの手を取り引っ張るフィリア。そんなフィリアの行動に途惑いながらシェリアは階段を上っていった。そんな姿を見守りながらアンジェは、


「あの二人、今日出会ったばかりなのにもう姉妹みたいになっちゃって。母親としてはここは喜ぶべきなのかしら?ウィル、あなたも行きなさい」

「言われなくても分かっているさ」


 そう言ってウィルもだるそうな様子で椅子から立ち上がると二人の後を追って上へと階段を登っていった。



 フィリアに案内された部屋は八畳程度の一人でいるにはなかなか広い物であった。そこに机、ベッド、壁に掛けられた大きな鏡、化粧台などの家具が置かれていた。そのうえ床には絨毯が敷かれ、南向きの大きな窓からは燦々と太陽の光が入ってきており、とても良い部屋に思えた。


「ここがシェリアさんの部屋です。どうですか?」

「ああ、とっても良い部屋だと思うよ。ウィルさんの部屋もこんな感じなの?」

「はい、お二人とも同じ配置にしていますよ」

「にしてもここって空き部屋だったんだろ?家具とかはどうしたんだ。元々ここにあったわけじゃねーんだろ?」

「実はここは昔お客様がいらっしゃった時に使っていた部屋だと聞いているんですよ。家具とかも置きっぱなしだったので、おそらくマスターはここをそのまま使ってしまおうと考えていたんだと思いますよ。あっ、掃除はいつもしていますので大丈夫ですよ」


 そう言われてシェリアは部屋の中に入るとあちこちを見て回る。机の上にも窓枠にもホコリが溜まっていたような形跡がない。確かにいつも綺麗にしているようだった。


「ありがとう。それにしてもこれからいよいよ魔法の勉強が始まるのか。楽しみですね」

「俺は正直言って面倒だがな」

「そう言えばウィルさん、魔法を学ぶことを嫌がっていたみたいですけど。昔、一体何があったんですか?」

「まぁ、何というか意地みたいなものさ。今まで嫌がっていたのにいきなり魔法を教えてくれって言いづらいからな」

「あー、確かに。幼い時にこじれた事とか結構引きずることがありますからね」

「まぁ良い機会だと思って学ぶさ」


 そう言って笑いながらウィルは肩をすくめ、その様子にシェリアも笑うのであった。

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