第1-1話 森の中のアトリエ①

それは年が明け、新たな暦が始まったころだった。

 角度が小さくなった太陽と青い空が広がり天候に恵まれているが気温は低く、外に出るには防寒具が必要になる寒さだ。

 しかし現在のアリオンの街はそんな寒さなど関係ない、と言わんばかりに年越しを祝う人で溢れていた。大通りはいつものように多くの人が行き交っており、店もかき入れ時とばかりに開いては客引きに必死だった。

 未だ隣国であるレーツェル王国への街道は魔物などの襲撃のため不安定であり、貿易量は減少したままで回復するのは難しい状況であった。しかし、アリオン周辺で起きていたゴブリン襲撃事件が収束したため、他の地域から貿易量が回復したことがこの景気の良さにつながっている。

 町には各地方から集められた商品が並び、多くの人がそれを手にとっては選び購入していく。


 そんな活気溢れるアリオンから離れること馬車で2時間。

 街道を走る一台の馬車の中にシェリアはいた。頭には銀で花の形をかたどった小さな髪飾りをつけている。そして首には毛糸のマフラーをし、その下にはいつもの赤色のコートを羽織っている。そして隣の席には他の衣服が入った布敷が置かれていた。

 そんな彼女は壁により掛かり、揺れる車内に自分の体を任せ、窓から見える外の景色をじっと見ていた。そんな彼女は心の中でポツリと呟く。


(年明けからと聞いていたけど、まさか正月休みを無くされるとは思わなかったな)


 彼女は日本において正月に当たるこの日を、部屋で何もせずにゴロゴロすると決めていた。

 何せギルドは年越しに伴う長期の休みに入るため、そもそも仕事が入ることはない。また街の住人から、ずっと働きづめの彼女に休みを取らせてあげたいとの要望を受けて、ギルドも彼女に休みを与えたのであった。

 では何故、彼女は今馬車に揺られているのだろうか。それは年越し休みに入る前の事である。


『え?年越し初日に馬車で向かえと言うんですか?』

『すまぬ、向こうから強く言われての……』


 彼女がいるのはギルドにあるオスマンの部屋である。年越し休み前日の最後の仕事を終え、ギルドに戻ってきた彼女は、話があるとのことでオスマンの元へ向かった。そこで聞かされたのは、彼女の魔法学習が年越し初日から行われると言う内容であった。

 突然の内容に若干引きつった顔で問いかけるシェリアと、冷や汗をかきながら申し訳なさそうな表情でオスマンは答えていた。


『しかし、何故そんなに早くなったんです? 向こうも年越しはゆっくりすると思っていたんですけど』

『ううむ、儂もそう思っておったんじゃよ。だからこそ年明け後に伺うという話をしていたんじゃ。すると、向こうから連絡があっての。早く会いたいから、年が明けたらすぐに連れてきてと言われたんじゃ』

『ちなみに断った場合はどうなるんですか?』

『あやつの事じゃから直接乗り込んでくるじゃろうな……』


 そう言ってどこか遠い目をしているオスマンに、シェリアは困惑した表情を向けると同時にまだ見ぬ自身の先生に不安を感じ始めた。

 ――行きたくないな。

 と思い始めたシェリアであったが、彼の言葉から推測されるその人物像から、断ったりなどした場合にどんな目に遭うか想像がつかない。

 しかし、どのみち年明けからでもこうなると考えられたシェリアの腹は決まった。


『分かりました、そういうことなら構いません』

『そうか、すまぬな。わしもやれることは何でもしておこう』


 そのような経緯で彼女は馬車に揺られている。ちなみに馬車に乗っているのは彼女だけではない。実は彼女には二人の付き人がいた。一人はこのような状況になった事に負い目を感じているオスマンだ。そしてもう一人は、


「それにしても、ウィルさんが来てくれるなんて思いませんでした。ホントに良いんですか?」


 そう言って窓から目を離し、反対側に座るもう一人の付き人、ウィルに声をかける。彼は小さく笑うと言った。


「ジイさんの慌てふためく様子が見られると思ってな。いつも冷静なジイさんが自分の奥さんにどんな目に遭わされるか楽しみだ」

「全く、我が孫ながら性格の悪い奴じゃ……」


 彼の言葉に、怨嗟にも似た声でオスマンが返す。

 シェリアの魔法の先生がオスマンの奥さんというのは、この馬車の中でウィルから聞いた話だった。かつてオスマンが現役の冒険者だった頃、共にパーティを組み、そして死線を幾度もくぐり抜けてきた仲だったらしい。その中で二人は互いに心引かれ恋人同士になり、そして結婚したとのことだった。現在は離婚はしていないものの、別々の場所で暮らしているとのことだった。


「そういえばウィルさんはオスマンの孫って言っていましたけど、何故魔法の道に進まなかったんですか?」

「それがのう、聞いてくれないか。こやつは魔法の才能があるのに勉強がめんどくさいとか言ってしなかったのじゃ。俺は剣を振り回している方が性に合っているとかも言っての」

「仕方がないだろう、俺はそっちの方が良いんだからよ」


 そう嘆くオスマンにウィルの反応は冷ややかだ。その様子から今更魔法の勉強などやるつもりはない、ということだろう。


「まったく、せっかく儂と同じ火と雷の属性を持つというのに嘆かわしい……」

「えっ、火と雷?ウィルさんって二つの属性を持っているんですか!?」

「ん? 言ってなかったか?」

「初めて聞きましたよ! と言うか属性って二つも持てるんですか? 一つしか持つ事が出来ないんじゃ……?」


 シェリアはあっけらかんと言う彼にそう返す。彼女は自身が言ったとおり今まで属性は一つしか持ていないと思っていた。しかし、その考えが崩れる瞬間である。


「いやいや、シェリアよ。そんなことはないぞ。むしろ魔法使いであれば二つ持っているのは普通だと思って良い」

「そうなんですか?」


 かつてシェリアがギルドに入るとき属性の説明をされたときにはこう言われた。


 ”この属性は生まれ持ったものであり、たとえ魔法の素質を持たないものであっても必ず持っているものだ。”


 そしてアリオンの図書館で読んだ本にはこう書かれていた。


 ”属性は火、水、風、雷、地の5つであり、この属性は全ての人が必ず一つは持っているものである。”


 つまり一つしか持てないとは書かれていないのである。彼女はこれを誤解し、一つしか持てないものと勘違いしていたのだ。実際はオスマンの言うとおり、魔法使いであれば二つの属性を持っているのは当たり前なのであった。


「今まで一つしか持てないと思っていました。でも、それを考えるとウィルさんは魔法使い向きのように思えますね」

「やめてくれ、俺は勉強なんて真っ平御免だ。そんな物よりも剣を振り回している方が俺に合っているんだからな」

「むう、この偏屈者が……。まぁ良いわい、どうにかしてお前に魔法を勉強させてやるからの」

「はいはい、楽しみにしているさ」


 苦々しい顔をしているオスマンに涼しい顔でウィルはそう返答する。その様子が面白く感じたのか、シェリアは口元に手を当てながら小さく笑う。


「そういえば、オスマンさんの奥さんってどんな人なんですか?私、その辺りは聞いていないんですけど」

「ああ、婆さんのことか。そうだな……。とりあえず婆さんは『人形遣い』って他の魔法使いからは呼ばれているな」

「人形遣い……ですか?何か人形を使って魔法とかを使ったりするんですか?」


 その言葉に彼女の頭の中で人形を操り、その人形から魔法が放たれる様子が思い浮かぶ。


「まぁ、そんな感じだ。で、魔法使いって言うのは基本的に自分のアトリエ……、まぁ拠点みたいなものだな。そこにいることが多いんだが、婆さんの場合は特殊で、ほとんどそこにはいない。いつも世界のあちこちをフラフラ回っているんだ。けど、俺の親父が成人になるまでは、子育てのためにジイさんとアリオンにアトリエを構えていたようだけどな」

「なるほど。それを聞く限り、とても自由な方のようですね」

「そうなんじゃ、本当に自由なヤツなんじゃよ。子育てが終わってからほとんど家に帰ってこないし……。なんでわし、あいつのことが好きになったんじゃろうか」

「惚れた弱みだな、ジイさん」


 両手で顔を覆い、ため息をつくオスマンをニヤニヤと意地の悪そうな笑顔を向けながらウィルがそう言った。そしてウィルはシェリスに再び視線を合わせる。


「そういえばお前、最近着飾るようになったよな。一体どうしたんだ?」

「えっ?」

「アリオンに来たときから”仕事は友達です”みたいに装飾品に一切興味なさそうだったからな。それが今じゃ装飾品を身につけるようになっている。今もそうだ、頭に付いているその髪飾りにそのコートに隠れているが首飾りもしているだろう?一体どういう心境の変化だ?」

「えっと、そんな風に見えます……?」

「見える」


 シェリアの問いにウィルはそうはっきりと答えた。

 彼女がこの世界に来て8ヶ月ほどが経過している。その間、女性物の服を着続けていたためか、彼女は女の格好をしても何の違和感も感じなくなっていた。むしろそれが当たり前と言わんばかりに、すっかり受け入れている。

 さて、そんな状態になっている彼女であるが、最近ではさらなる心境の変化があった。

 ある朝、いつものように髪を解いていた彼女であるが、鏡に映った自分の姿を見て何か物足りないと思った。そんな時、彼女は友人となっていたアリアに誘われて装飾品店に入ることになった。

 当初は綺麗な装飾品程度にしか思わなかったシェリアであったが、アリアと店員に勧められた物をつけて鏡に映った己の姿を見た時、あることに気づいた。

 自分が感じていた物足りなさが消えていたのだ。そしてそれは店にあった商品を試していくことで彼女は確信した。自分には小物が足りなかったのだと。

 それで彼女に何らかのスイッチが入ったのだろう、彼女はそこで試した物を全て購入し、自身の部屋に戻ると持っていた服を全て引っ張り出した。そして次から次へと着替えては、買った装飾品を身につけて自分の鏡に映していく。

 その時の彼女の心境は、例えるならばキャラクリエイトで良いキャラが出来たから、着飾ってもっと良いキャラにしたい、そんな心境に似たものだったのだろう。しかしそれが彼女の心を大きく動かしたのは間違いない。


(俺、元の世界だと男だったよな……?あれ、女だっけ?もう訳が分からなくなってきた……)


 そんなことを考えながらシェリアは視線を泳がせる。そして一言発する。


「まぁ、その、いろいろあったんですよ……」

「いろいろ……ねぇ」

「ウィルよ、お前は本当に無神経じゃのう。あまり女性のことをあれこれ詮索するものではない。そんなことをするからお前はモテないのじゃ」

「いや、モテるモテないは関係ないと思うけどよ? ああ、それともう一つ聞きたいんだけどよ、お前そのコートの下に白いドレスを着ているだろ? それもいろいろあった結果なのか?」

「ああ、それはですね……」


 と、彼女は答えようとして言葉に詰まった。何故かというと、そもそもシェリアはこのドレスを着ようとは思っていなかったのだ。しかし、ある事情からそれを着なければならなくなり、今こうしてコートの下にドレスを着ているのである。何故そんなことになったのか、それは今から三日前の出来事が原因であった。


 それは夜、彼女がいつものように眠っているときだった。

 ふと彼女が目覚めたとき、そこは全方位全てが白く染まっている空間だった。見覚えのある空間に上半身を起こすと、目の前に見覚えのある人物が立っていた。首元できれいに切りそろえられた金色の髪に十から十二才ぐらいの年に見える身長。

 彼女をこの世界に送り込んだ張本人であるミリスだ。その服装はかつての物と違い黒いゴスロリ服を身にまとい、そして両手を腰に当てている。その表情はかつての優しげなものではなくどこか不機嫌、と言うより拗ねているように思えた。


『えっと、ミリスさんですよね?なんで不機嫌そうなんですか?』

『……なんであのドレスを着てくれないの?』


 かつてのソプラノ調の優しい声と違い、今回はそれより低めの声だ。口調もいかにも怒っていますと言わんばかりに不機嫌だ。


『あのドレスって……ああ、私が最初に着ていたあれの事ですか。仕事の時にスカートとかが邪魔になると思って仕舞い込んだままでしたね』


 彼女はしまい込まれているドレスの事を思い出す。あのドレスは彼女が新しい服を買った以降から一切着ていない。理由としてはそもそもそれを着る必要性がなくなったためであり、そしてドレスを着るというのが彼女にとって恥ずかしいものであったためである。

 彼女が元々女性であり、本当にどこかの貴族などであればそんなことはなかっただろう。しかし現実はそうではなく、かえって正反対。

 そのため、一般的な服を手に入れればそちらを着るのは当然のことであった。それに彼女がそのドレスを貴重な物だと思っていたこともあり、汚したりすることを恐れていたと言うこともある。

 故にドレスは着られることなく、新しく買った収納家具に仕舞い込んだままとなった。


『でもそれがどうしたんです……ってなんで泣いているんですか!?』

『だって!私が夜なべしてまで作ったドレスを着てくれないんだもん!』


 シェリアはミリスの両目に溜まっている涙を見てそう言うと、ミリスはまるで子供が癇癪を起こしたように叫んだ。


『あれミリスさんが作ったの!?どこかで売られていた物じゃなくて!?』

『そんなわけないでしょ!あれは私がシェリアちゃんのために作ったオーダーメイドだったの!異世界に行くとき困ると思ってせっかく作ったのに……うわーん!』


 その言葉を合図にミリス口から大音量が、そして両目から大粒の涙が一気に流れ出した。泣いているその姿はとても神様とは思えず、ただの小さな少女にしか思えなかった。


『ちょ、ちょっと落ち着いてください!』


 あまりの音量の大きさに両耳を塞ぎながらシェリアはそう言うが、ミリスは泣き止むことはない。彼女は目の前で起こっている光景にどうしたら良いか必死に考える。そして答える。


『わ、私だってちゃんと機会があれば着ますから!』

『ホントに?じゃあ、今度街の外に行くことがあったら着てくれる?』

『あ、いや、それはちょっと……』


 ドレスを着ることに恥ずかしさがあったシェリアはそう曖昧に答える。それがまずかったのだろう。再びミリスは大きな声で泣き始めた。


『わ、わかった、わかりました!今度街の外に出るときにはちゃんと着ますから!それでいいでしょ!?』


 シェリアが苦し紛れにそう答えると、ミリスはピタッと流れ出た涙を止め、今まで泣いていたことが嘘のように笑う。


『うん、君ならそう言うと思っていたよ。じゃあ、約束だね』

『……は?』


 あんなに泣きわめいていたミリスが突然泣き止んだことに彼女は戸惑う。そんな彼女を置いてきぼりにしながらミリスは続ける。


『今の言質取ったからね。君は今度街の外に出ることがあったら必ずあのドレスを着ること。良いね?神様との大事な約束だよ』 

『おいこのクソ幼女。先ほどまでの涙は全て嘘か?嘘なんだな?』

『あー女の子がそんな言葉使いしちゃーダメだよ。今の君の外見は綺麗な女性なんだから、中身も綺麗じゃないとね』

『うるせぇよ、今この場だけ見逃せコノヤロウ』


 目の前の少女に手のひらで転がされていた事に文句を言うシェリアであるが、ミリスは何処吹く風だ。その様子にシェリアのイライラゲージは溜まっていく。


『そうそう、忠告しておくけど、これは神様との約束だから破ったらダメだよ。破ったらペナルティとして君にある呪いが降り注ぐ事になるからね』

『呪い? 一体どんな呪いなんだ?』

『ふふん、それはねぇ……』


 シェリスの問いにミリスはそう言って一呼吸おく。


「君がしゃべるごとに語尾に『にゃん』が付く呪いだよ」

「やめろ!せっかく町で頼れる貴族のお嬢様みたいなイメージなのに、妙なキャラが付いてしまうだろうが!なんて事をしようとしているんだ、このクソ幼女!」


 ギルドでの仕事はなんだかんだで自身のイメージが大事、と言うことはアリオンで働く中でシェリスは感じ取っていた。そんな中で語尾を付けられようものなら、それが低下することが容易に想像できる。彼女としては絶対に避けたいものであった。


『あれ? もしかして知らないの? あの町の人たちには実際には”頼れる貴族のお嬢様”ではなく”可愛くて人懐っこい貴族のお嬢様”と思われてて、半ばマスコット扱いなんだけど?』


 しかし、現実は無慈悲である。


『知りたくなかった新情報!?』


 知りたくなかったであろう情報に、頭を抱えながら悶絶する彼女にミリスはクスリと笑う


『大丈夫だよ。きちんと約束を守れば発動しないからさ。ボクは君のドレス姿を見ることが出来る。君はそうすることによって呪いに掛からない。まさにwin‐winの関係だよ』

『それのどこがwin‐winの関係なんだよ。こっちが一方的に不利益を被ってんじゃねーか』

 

 こうしてミリスの泣き声に負け、ああ言ってしまったことにシェリアは深く後悔したのだった。




(そんなことがあったからドレスを着た、なんて言っても頭のおかしい人って思われるだけだよなー)


 時は戻り、件のアトリエに向かう馬車の中。シェリアは視線を落とし、先日起こった出来事を頭の中で考えてはそう思った。夢の中に自分をここに送り込んだ神様が現れて、いきなりドレスを着ろと言われたなどと信じてくれる人はまずいないだろう。


「ん?どうしたんだ?」


 何時までも答えない彼女が気になったのか、ウィルが首を小さく横に傾けながらそう声をかける。それに慌てながら彼女は、彼に視線を移すと両手の平を彼に向けて何でもないと表現するように小さく振る。


「いえ、大丈夫です。それでドレスのことですよね?あれは、その、私の趣味です……」

「は? 趣味?」

「あの、何というか私たちの世界ではああいう服を着るのが流行っていた、そんな時期があったんです。で、私もそれに乗って着始めたら嵌まってしまっったんです。その結果、その後も趣味としてドレスを着たりするようになったんです」

「そうじゃったのか。しかし、お主が初めてアリオンを訪れて以降その服を着ているときは見ておらぬが?」


 と、オスマンが長い髭を弄りながらそう聞いてくると、シェリアはすぐさま答えた。


「それはそうですよ。さすがにあの姿ではあまりにも浮いてしまうと思いましたし、それに汚すのはちょっと躊躇ったので……。で、今回はあんまり汚れるような事は無いと思いましたし、それにどんな服を着ていけば良いのかも思いつかなかったのでこの服を着たんです」

「うむ、そういうことか。しかし修行に行くというのにドレスというのはどうかと思うがのう……」

「婆さんはそのぐらいのことをとやかく言うような人じゃねーし、俺は心配ないと思うけどな。でもよ、そのコートを着ていたらさ、ドレス着ている意味が無いと思うんだけどよ?」

「いや、それはその、やっぱり寒いのと、恥ずかしいので……」


 これは偽りのない本当のことである。彼女が着ているドレスは肩と胸半分がむき出しになっているものであり、その隙間から容赦なく冷たい風が入ってくる。この時期に着るにはとてもつらい物だ。また、それだけ露出しているため、恥ずかしいというのも当然の心境だろう。


(このコートを着てもペナルティは発生しなかったからな。これだけは見逃してくれたのか、それともあの人が抜けていたのか……。今となっては分からないな)


 シェリアがそんなことを考えていると外から大きな声が聞こえた。


「お客さん方ー、そろそろ目的地に到着しますよー!」



 声が聞こえて五分後、シェリア達は目的の森に到着する。馬車から降りるとまず見えてくるのは目の前に広がる大きな森である。しかし以前彼女がクエストで向かった樹海とは違い、そこに生い茂っている木はおおよそ8メートルぐらいと標準的な高さだ。また森には奥へと続く道が整備されている。そのため奥に進むのに苦にはならないだろう。

 そして彼女が目を引いたのは森の奥、そこにそびえ立つように立っているとても大きな木だ。あの樹海で見た巨木よりもさらに大きなものであった。あの巨木の所に住んでいるのだろうか、とシェリアは巨木を眺めながらそう思った。


「よし、では奥へと進むぞ」


 ここまで連れてきてくれた馬車を見送るとオスマンがそう声を発する。その言葉を合図に3人は森の中の道を進み始めた。

 森の中は日光が届き適度な明るさとなっている。その上道が整備されているため、つまずくようなことはない。何の問題も起こらずにどんどん森の奥に進む。進んでいくとシェリアはある変化を感じ始める。


「あの、なんか空気が暖かくなってきているんですけど、気のせいですか?それに、あちこちに満開の花が現れ始めたんですけど……」


 彼女の言葉通り、先ほどまで風が吹けばその顔に容赦なく冷たいものが叩きつけられていた。しかし何時しかその風は柔らかく、そして暖かい物に変わってきている。それに伴い、周りには満開に咲かせた色とりどりの花が増えてきた。その異常な光景に戸惑いの表情を隠せないシェリアに前を歩くオスマンは笑いながら答える。


「おお、気づいたようじゃの。この辺りは彼奴の魔法によって季節が春で固定されておるのじゃ。一体どんな魔法を使っておるのか儂にも分からぬがのう」

(魔法で固定って……。一体どんな魔法を使えばそんなことが出来るんだ?)


 そんなオスマンの言葉に驚きを隠せないシェリアであったが、歩みを止めることなく奥へと進んでいく。やがて彼女の視界が開けた場所にたどり着く。

 そこには木の柵に囲まれ、周りには綺麗に手入れされた花壇がある。そしてそれに囲まれるようにあったのは先程見た巨木と、それにくっついている大きなきのこがあった。巨木は森の外から見たときよりも大きく見え、くっついているきのこは大きく赤い傘に白い水玉模様の特徴的なものであった。

 そして目の前の巨木にはドアや窓が付いていた。窓に関してはいくつも取り付けられている。その様子からこの巨木には人が住んでいることが推測出来た。


「えっ、何ですかこれ。もしかしてこの木そのものが家なんですか?」

「ほっほっ、さすがに驚いておるの。その通りじゃ。この木自体が彼奴の家、いやアトリエじゃな」


 驚くシェリアにニコニコと笑いながらオスマンはそう答える。そんなことをしているとウィルがドアに近づきノックする。


「婆さん、俺だ、ウィルだ!いるかー、いるなら返事をしてくれー!」


 しかし誰も出てこない。二回同じことを繰り返したが、誰も出てこなかった。声も物音も聞こえず人がいるような気配がしなかった。


「ふぅむ、どうやら留守のようじゃのう。まぁ、彼奴のことじゃからどこか薬草でも探しに行ったのかのう」

「どうするんだジイさん?出直すか?」

「その必要は無いじゃろう。ほれ、そこで隠れてないで出て来なさい」


 オスマンはある一本の木の方を見ながらそう言う。他の二人もその方向を見ているとそこからゆっくりとあるものが出てきた。それは身長が三十センチほどの女の子であった。メイドの服を身に纏いフワフワと宙に浮いて、花束を入れた籠を手に持っている。そしてその表情は見知らぬ人たちが来たためか、少々不安げだ。


「君はここの主の子か?儂はオスマンと言うんじゃが、ここの主に用があってきたんじゃ。何か聞いておらぬかのう?」

「オスマンさん……もしかしてアリオンのギルドマスターさんですか!?す、すみません、変な人たちが来たと思って隠れてしまいました」

「いやいや、構わんぞ。そう思うのも当たり前じゃ。ところで、お主のマスターは今どこにいるんじゃ?」


 なるべく優しく子供に言い聞かせるようにオスマンは語りかける。その様子に女の子の表情は和らいだようにシェリアには思えた。


「マスターは今、森の奥にある薬草の採取に行っていますので、もう少ししたら帰ってくると思います。ですので中で待っててもらってても良いですか?」

「中にかの? 入って良いのか?」

「はい、大丈夫ですよ。中で紅茶を入れますので、どうぞどうぞ」


 そう言うと小さな女の子はドアを開けると中に入っていく。それを見ていた三人もその後に続いて入っていった。

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