新たな力

第2部 プロローグ

 そこは街道から少し外れた場所にある大きな砦だった。壁には蔓が巻き、城壁を構成している岩のあちこちには苔が、その隙間からは緑色の草がいくつも生えていた。

 その様子からこの砦が主を失ってから長い年月が経っている事が伺えるが、ここには誰もいないのかというとそうではない。既に中は多くのゴブリンによって占拠されており、彼らはここを自らの拠点としていた。

 彼らはここを拠点としながら、街道を進んでいる手薄な商隊や砦を訪れる冒険者を襲っては、物資を奪い生活していた。

 そんな生活を送っていた彼らに転機が訪れたのはほんの数日前だ。


 一体のゴブリンが彼らの砦を訪れた。そのゴブリンは彼らとは明らかに違っていた。彼らが棍棒に腰布をしている程度に対し、それは腰に剣のついたベルトに革製の兜と胸当てを装備していた。自分たちよりも明らかに装備が良い彼はこう言った。


 ――お前たちはこのような生活に満足か? もっと豊かになる方法があるとしたらどうする? もっと心が満たされるようなことをしてみないか? もしそうしたければ私と共にここに来ると良い。ここで待っているから答えを聞かせてほしい――


 そう言ってそのゴブリンは砦の近くにどこから持って来たのか、小さめのテントを張るとそこに陣取った。

 彼がそうしているのを確認すると、彼らは集まると会議を始める。彼は何者なのか、あの装備は何なのか、そして彼が言っていたことは本当なのか。

 彼らは話し合った。やがて意見は真っ二つに割れる。彼について行くべきだという方と、罠かも知れないから危険だという方だ。しかし、最近はどの商隊にも護衛がつくようになり、砦を訪れる冒険者もいない。そのため物資は不足気味であり今後もここで生活できるかは分からなかった。

 長い議論の末、多くのゴブリンが彼について行くことを選んだ。

 それを見た彼は良い結果に醜悪な表情をさらに歪ませながら歓喜した。そして言った。


 ――この勇気ある選択をした偉大な同胞よ! 今を以って我らは同志だ! 共に道を歩み、共に繁栄し、共に成長する偉大な同志だ! さあ行こう、新たな天地へ――


 そして彼らの先頭に立ち、目的の場所に向かい始め、彼らもそれに続く。砦を去って行く彼らを城壁の上から見送る者たちは、ある者はさみしそうに、ある者は自らの拠点を放棄しようとする彼らに侮蔑の視線を向けていた。


 **


 そこはある一室。広めの面積に周囲を石の壁に囲まれ、隅には本棚や武器棚が置かれている。部屋の中央には大きな机が置かれており、そこには部屋を照らすための明かりが灯されていた。そして今、その机を中心に二人の人物が立っていた。

 一人は黒いフードにローブをまとった人物。そしてもう一人は、ボサボサの黒髪に目元にクマを作り、瞳は黒色で、背中に羽織った黒色のマントに内側には銀色の鎖帷子を装備している。腰ベルトには一振りのロングソードと短剣がつけられている。


「計画は順調に進んでいるか?」

「はい、現在の所は問題ありません。どこかに気づかれた気配もなく順調です」


 凜とした女性の声を発するローブ姿がそう答えると、男は自身の計画が順調に進んでいることに口を歪ませ歯を見せて笑う。


「結構だ。それであれは未だにあの街にいるのだな?」

「はい。しかし年明けから別のクエストがあるとのことで、しばらく留守にするそうです」

「……それまでに間に合わせることは?」

「まず無理でしょう。それが戻ってきた頃を見計らってからの方が戦力を整えられ、確実性が増します」


 そう断見され男は目を瞑り顎に右手を当てながら考え込む。


「仕方がない。そうするとしよう」


 やがて男は目を開くとそう答える。その答えを出すのが悔しかったのか、表情は苦虫をかみ殺したかのように歪んでいた。しかしそんなことはお構いなしにフードの人物は口を開く。


「しかし、ここまで集めてそんなことをする必要はあるのでしょうか。明らかに無駄な数だと思いますが……」

「ああ、確かに過大な戦力だ。しかし、お前が報告していた奴は今後大きな障害になる。お前の見立てではそうなのだろう?」

「はい、恐らくですが……」

「なら手を打っておくべきだ。場合によってはいろいろな情報が手に入るだろうからな」

「……そうですか。私はあなたに従うと決めた者、これ以上の反論はございません。では、まだ準備がありますのでこれで失礼いたします」


 そう言ってフードの人物は踵を返し部屋を出て行こうとする。


「ああ、それともう一つ」


 と、男が声をかける。それは何か悪いことを思いついたかのように笑いながらもどこか歪んでいた。


「あいつにいつでも出られるように伝えておけ」

「承知いたしました」

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