第1部 エピローグ

「まさか、こんな所に件のゴブリンの拠点があろうとはの。しかも、オークが上に立って指揮していたとは……」


オスマンは右手で長い髭を弄りながらそう呟く。そんな彼の前ではギルドの職員、雇われた冒険者、そしてアリオンの衛兵たちが慌ただしく動いている。


「私も驚きました。しかもあのゴブリンの集団が、まさか馬車を襲撃していた一団だとは思いませんでした」


 そのオスマンの横でシェリアがそう口を開く。

 あの後、彼女は持ち前の身体能力を駆使して全力でアリオンに帰還。そのままギルドに向かいオスマンにそのことを伝えたのであった。その後の彼の動きは早く、大急ぎで職員、冒険者を招集すると現地へと向かった。

 その際、事情を聞いたアリオンの行政府から衛兵が派遣された。彼らと合流後、シェリアの案内でここに到着した彼らは、次々と事態へ対応していった。現在は攫われていた人たちを保護、順次アリオンに送り出す作業を行っていた。しかし、ここは森の奥と言うことで馬車などの手段が使えない。そのためギルドは手分けして担架を作り、それに乗せて森の外まで運んだ後に馬車で一斉に運ぶようにした。

 

 当然シェリアもこれを手伝った。布を使い、できる限りの品物を包み、それを背負うと森の中を縦横無尽に飛び回り、森の外まで運び出していったのだ。それにより作業自体は捗ったものの、それでも数が多いため時間を必要とした。結果、全てを森の外に運び出すのに一つの夜を越え、次の日の昼近くまで掛かってしまった。


 そして現在、運び出し作業を終えて暇になっているシェリア、現地での指揮として来ていたオスマン、そして彼女と同じくこの場にいたウィルの三人は目の前の作業をのんびりと見ていた。


「ふむ。しかし、そんな予想外の事態にもかかわらず問題なく対応できるとはの。お主、一体元の世界でどんなことをしていたんじゃ?」

「うーん、特に何も。普通の一般の人と変わらない生活をしていたと思いますよ」

「その一般人でもあんなことが出来る世界って考えたくないぜ……」


 オスマンを挟んでシェリスの反対側にいたウィルが肩を竦めてそう口を開く。そんな会話をしている間に目の前の作業はどんどん進んでいく。彼女らの前を一台の馬車が通り過ぎていく。攫われた人たちの誰もが灰色の布をかぶせられ身動き一つせず運ばれていく。


「ひどいですね。ゴブリンってこんなことをするんですね……」

「奴らには雌がいないからのう。他の種族を襲ってそやつに産ませようとする。それによって今までに多くの村が潰されてきた。それはアリオンのように周辺の村々からの物資によって潤っておる都市にとっては死活問題じゃからのう。だからこそ行政府は周辺の魔物狩りを行っておるのじゃ」

「そうだったのですね。じゃあ、この集団は一体どこから来たんでしょうか?」

「むう、オークがいる時点でこの辺りにいた魔物ではなかろう」

「となるとジイさん、やっぱり他の国からか?」

「分からぬ。しかし魔物が他の国からわざわざこちらに来るとは考えにくいのじゃがな」

「あの、一つ質問しても良いですか?」


 そう考える二人にシェリスが恐る恐る手を上げて二人にそう問いかける。 


「おお、よいぞ。わしに分かることなら答えよう」

「ありがとうございます。あの、オークって頭が良いんですか?あのゴブリンたちを率いていたように見えましたけど……」

「うむ、それはわしも妙に感じておった点じゃ」

「どういうことです?」

「オークの知能は子供程度の知能を持つゴブリンよりは高い程度、と言われておる。そして基本的にオークは森の奥にいて、外に出ること自体まれなんじゃ。そんなオークがゴブリンを率いて森を出るだけでなく護衛を伴った商隊を襲い略奪を行うなど本来であれば考えられぬことじゃ」

「そうなんですか。となると誰かがオークたちにそのやり方を教えたとかはありませんか? 子供程度とはいえ、ゴブリンには考える力があります。それを考えると、戦いのやり方を教えればそのようなことも出来るのではないでしょうか?」

「確かにその通りじゃ。が、問題は誰がそのようなことをするのか、という事じゃな。普通はそのようなことを考えぬからのう。となればこれをしようとした者は一体どんな者なのか……」


 オスマンはシェリスの意見を肯定しながらもそう推測する。シェリアはオスマンのその言葉に頷く。


「しかし、その話は後々考えるとしよう。それよりもじゃ……」


 そう言って彼はシェリアに向き合うとゆっくり頭を下げた。


「申し訳ない。ギルドマスターの責務とはいえ、お主には不快な思いをさせてしまった」


 突然頭を下げられたことに彼女は一瞬困惑したが、すぐにその理由が分かった。

 必要だったとはいえ、ウィルに後をつけさせて監視する。それを行われた本人はいい気持ちにはならないが、アリオンのギルドマスターとしての判断としては間違っていない。そしてそれは彼女も理解していた。


「オスマンさん、頭を上げてください。私もそれが必要なことだったと言うことは理解していますので。そんなことよりも、私のランクアップクエストはどうなるのでしょうか?」

「そんな事ってお前……、疑われたことはどうでも良いのかよ」

「当然です。今後の私の生活を左右する重要な事なのですから」


 呆れた表情で言うウィルに彼女は胸を張り両手を腰に当てながらそう答える。心配するな、と言わんばかりの反応に、オスマンに安心したかのように笑う。


「お前は何というか……、まぁいいさ。良かったなジイさん、コイツ気にしてないってよ」

「そのようじゃな。感謝するぞ、シェリア。それでお主のランクアップについてじゃが、わしが考えているのはお主をEではなくDへと2段階上げる事じゃな」

「Dランクへですか?しかしなぜ?」

「あのオークは通常Dランクの冒険者が倒すレベルなのじゃ。それをお主は苦戦したとは言え倒してしまったのじゃから、その評価を考えてのランク上げなのじゃ」

「そうなのですか。まぁ、無事にランクが上がるなら問題はないです。それと……」


 シェリアは周囲を見渡し他に人がいないことを確認すると自身の顔をオスマンに近づける。


「私の能力のことですが……」

「分かっておるわい。案ずるな、誰にも漏らさぬよ。むしろそれ程の人材をうちのギルドに迎えることが出来て嬉しいわい」

「ありがとうございます」


ほっと安心した顔でシェリアは小さく頭を下げるとオスマンから離れる。


「そういえばジイさん。コイツに魔法を教えるとか言う話はどうなったんだ? コイツがアリオンに来てすでに半年近く経っているのにまだ進展はないのか?」

「それなんじゃがの、ようやく向こうと連絡が取れたんじゃ。それで年明けぐらいから訓練をしてもらえるようになったんじゃよ。シェリアよ、すまぬがもう少しだけ待ってくれ」

「はい、わかりました!」


 そう、彼女は表情を緩ませた。

 と言うのも、彼女は最近の練習でやっていることは、今までやってきていたことの繰り返ししかしていない。能力の無から有を生み出せない性質上、彼女の知識では生み出せないことが多く、練習は行き詰まっていた。しかし、自分の世界にはない魔法という新たな知識。

 ――もしかしたら今の状況を打破できるかもしれない。

 そんなことを彼女は心の中で考えていた。


「ところでウィルよ。お前もせっかくじゃし一緒に魔法の訓練をしたらどうじゃ?」


 と、そんな時にオスマンが意地の悪そうに口元を歪ませながら、ウィルにそういうと彼は不機嫌に目を細めオスマンを見る。


「毎回言ってるだろう、俺は魔法はいらないってよ。ったく、何時になったら諦めてくれるのか……」

「そうは言っても祖父としては諦めきれぬのじゃ。孫が魔法を使って活躍しているところをこの目で見てみたいのじゃ」


 と、懇願するように言うオスマンであったが、ウィルはまるで意に介さない様子だ。そんな中、シェリアはオスマンが言ったある単語に引っかかった。


「孫?」

「ん、ああそうか。言ってなかったな。俺はこのジイさん、ギルドマスターの孫だ」

「え、えええええええ!」

「なんじゃ、ウィル言ってなかったのか」

「特に言う必要は感じなかったからな。おっとジイさん、どうやら向こうは終わったらしいぞ」


 ウィルにそう言われシェリア達は視線を向けると、保護した人たちは全て送り出し、略奪されていた物も馬車に積み終わる直前だった。


「そうか、さすがにここまで運べば後は人数が物を言うからのう。これだけの人数を集めてきただけはあるわい。それじゃ、戻るとするかの」


 オスマンのその言葉を合図に彼らは人員輸送用の馬車に向かい乗り込んでいく。全員が乗り込んだことを確認すると、馬車を発車させた。ゴトゴトという音が響き動き出していく。それにほっとしながらシェリアは馬車の壁に体を預けると、体の力を抜いて休息をし始めるのであった。


 **


 アリオンへと向かう道。そこに一台の馬車が走っていた。大量の荷物を載せ護衛を伴った商人の馬車だ。そんな積み荷と一緒に馬車に乗っている一人の女性がいた。大きな紫色の三角帽子の下にはクリーム色をした長い髪が見え、肩と大きく豊満な北半球が見えるドレスを着ている。その傍らには銀色の蔓のような意匠に赤い宝玉がついた大きく長い杖が置かれている。

 そんな彼女は馬車に揺られながら一枚の手紙を読んでいた。


「属性がなく、検査機でも測りきれないほどの魔力を持つ……ね。久しぶりに面白い人材に出会えそうね」


 そう言って彼女は口元を緩ませる。彼女の人生の中で今まで特殊といえる人材は数人はいた。しかし、今回の物は今までの物とは違うと書いてあり、それが自身が信頼している筋からの物だ。


「本当に楽しみだわ。一体どんな風に私を楽しませてくれるのかしら」


 そう言って彼女は今だ見ぬその人物に思いを馳せるのであった。


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