第8話 森の奥から現れた者
奥から現れた巨体はゆっくりとした足取りでシェリア達がいる広場に足を踏み入れる。そして周囲を見渡し始めるとそれの視界に先ほど倒したゴブリンの死体が入り込む。すると、それは右手に持っていた女性を投げ捨て、腰を落とし左手に持った巨大な棍棒を構え、自らの敵を探すように周囲を警戒する。
「あれは、オークだ」
「オーク? オーガじゃないんですか?」
そう彼が呟いた言葉にシェリアはそう疑問を投げかける。彼女の知っているオークは豚のような鼻に二本の牙。しかしそれほど長くなく。腹には大きな脂肪がたっぷりついている。
一方でオーガはオークよりも大きな体。その体を支えているのは鉄のように強靱な筋肉。牙もオークのそれに比べて長く鋭い。その知識から彼女はそう考えたのだ。
「オーガ?あんな可愛いオーガがいるか。オーガはあれよりもさらにやばいヤツだ」
――あれよりもやばいって、どんなやつなんだ。
この世界に存在する、自身が未だ知らない脅威に不安を覚えつつも、シェリアはオークと呼ばれた魔物を見つめる。オークは目の前の惨状に動揺することなく、周囲を見渡している。
「なんであんな魔物がこんな所にいるんです?このあたりはほとんど魔物がいないんでしょ?さっきのゴブリンといい、なんでこんなに?」
「さぁな。どちらにしても、俺たちはあれを倒さねーとこいつらを助けることなんて出来ないってこった」
そう言いながら彼は捕まっていた女性たちを一瞥する。シェリアも同様に見るが、誰一人として自分自身の意思で動くのは難しい人ばかりであり、オークから逃げられるような気は全くしない。
再び彼女はオークの方を見る。するとそれに動きがあった。周囲を注意深く見ていたオークが彼女達のこもる建物をじっと見ていたのだ。そして視線を戻した彼女と目が合ったのだ。その瞬間、シェリアは背中に一気に冷や汗が出てくるような感覚に襲われる。彼女は本能で気がついたのだ。見つかった……と。
その後の動きはもはや条件反射だ。すぐさま川から大量の水素と酸素を生成し、自身とオークの直線上に配置するように操作する。一方でオークは棍棒を構えると、うなり声一つあげず建物に向かって走り始めた。その質量故か速度は遅いもののそれから発せられる音は地面を揺らし、迫力の重低音を奏でる。
「気づかれたのか!?」
ウィルがそう悔しげに叫ぶが、彼女にその相手をしている余裕はない。オークはどんどんとその姿を大きくしていく。それに焦りながらも、必死に操作する。そしてオークが中間あたりまで接近したときだった。
(まだ距離がある。今なら――点火!)
そう心の中で呟いた瞬間、そこを中心に再び爆発を起こした。オークは爆発の炎と煙の中に消え、シェリア達には爆発の衝撃波が襲いかかる。衝撃波によって屋根と壁の一部が吹き飛ばされる。それだけでなく、入り口の近くにいた彼女達も吹き飛ばされて床に倒れ込む。
「痛つつ……。やばい、ちょっと多すぎたのかな?」
そう言いながら首をあげて入り口の方を見れば、黒い煙がもうもうと上がっており、オークの姿は確認できない。
ゆっくりと起き上がると、四つん這いのまま先ほどの壁に体を隠し、首だけを出して様子をうかがう。今だ煙は晴れず様子が分からない中、同じように吹き飛ばされたウィルも起き上がり反対側の壁に隠れる。
「やるならやるって言ってほしかったぜ」
「すみません、そんな余裕なかったもので」
「で、どうだ。あいつをやったのか」
「分かりません」
視線をそらさず彼に問いに答える。やがて、目の前を覆っていた煙は徐々に周囲に拡散していき晴れていく。そしてある程度晴れたときに彼女は大きく目を見開いた。そこには両腕で顔を守りながら立っているオークの姿があった。
「うそー、あの爆発でもダメなのか」
しかし、無傷とはいかなかったようで皮膚のあちこちは焦げている。しかしそれだけであり、大きなダメージを与えているようには見えなかった。
「何なんですか、あれ。なんであの爆発を耐えられるんですか」
「あいつの筋肉はかなり頑丈なんだよ。普段はそうでもないようだが、ああやって戦闘に入ると筋肉が膨張して鋼のように頑丈になるんだ」
そう言われて彼女がオークを観察すれば、確かに遠目で見たときよりも筋肉が少し膨張しているように見える。それが特徴なのだろう。その話が本当ならば、生半間な火力では傷をつけることが出来ないだろう。しかし、ならば火力を上げれば解決する話だが、今ここでそれを行うわけにはいかないと彼女は考えていた。
その理由は単純だ。
――火力を上げれば、動けない彼女たちを巻き込むことになりかねない。
ウィルに関しては事前に通告を行えば問題ないだろう。だが、この場にはそれ以外の者達がいる。しかも自分の意思で動くことのない人形と化した人たちがいる。火力を上げるために分量を上げた結果、万が一にも彼女たちを巻き込むようなことがあっては目も当てられない。
ならばと、シェリアは数多くの経験をしているであろう、彼に期待する。
「オークへの対策は? いつもはどのような形で戦っているんですか?」
「俺らは基本的に毒殺だ。毒をつけた刃を使ってどこでも良いから切りつける。あいつは筋肉まみれだが、全てが筋肉ってわけじゃないからな。後は毒が回るまで逃げ回って、動けなくなったところを殺る」
「効率的ですね。ちなみにその毒は?」
「持ってきていると思うか?そもそもここはあんな魔物が出ること自体が予想外だ。それに毒の管理はアリアの奴がしているんだ、調合もな。あいつがいない時点でその戦法はとれねーよ」
「じゃあ、今私たちは詰んでいるんですね、わかりたくないですけど」
そんなことを言っている間に、爆発からの衝撃から立ち直ったのだろう。オークは防御の態勢を取っていた両腕を戻す。するとそこから見えてきたのはオークの怒りともとれる表情だ。顔面にはいくつもの血管が浮き出ており、口からは白い水蒸気のような物が出ている。
「ウィルさん。あのオーク、多分怒ってますよね?」
「ああ、間違いない」
そんなことを言い合っていると、オークは口を大きく開け、周囲の空気をとどろかせるような咆哮を上げる。その声に彼女は思わず自分の耳を塞ぐ。そして音がやんだとき、オークは再び彼女らの元へ向かい始めた。その速度は先ほどの元とは明らかに違い段違いに早くなっている。
「まずい、外に出ろ!」
「え?」
そう言ってウィルは建物から飛び出すとオークとは反対方向に走り出す。しかしシェリアは反応が遅れ、出ようと思ったときにはすでに目の前にはオークが迫っていた。オークは右手に持ち替えた巨大な棍棒を高く掲げると力一杯に振り下ろした。
「――っ!」
シェリアはとっさに振り下ろされる方とは逆方向に飛ぶことで間一髪避けることが出来た。そして彼女がいた場所は棍棒の質量と、オークの筋肉から繰り出される力によって一瞬のうちに木片へと姿を変えた。それを見ていた彼女は、目の前で起こった出来事に驚きを隠せない。
(なんて無茶苦茶な攻撃だ!ていうか、ここで戦うのはまずい!)
隙間から囚えられていた女性たちが見えたが、誰一人として逃げ出す様子はない。となればこのままここで戦えば悲惨なことになる事は誰にだって想像がつく。無論彼女もそうだった。
シェリアは立ち上がると急いで建物の外に出る。そしてオークの背中に爆発を起こす。大きな爆発音に比べて小さな爆発だ。しかし、怒り狂っているオークの気を引くのには十分な物だった。
オークはゆっくりと後ろを向き、彼女を見つけると再び棍棒を構え襲いかかってきた。
(よし、こっちに気が向いた。そのままこっちに向かってこい!)
シェリアは彼女たちとの間を取るため、逃げるように逆方向に走り出す。それを見たオークも速度を上げて追いかける。その速度はゴブリンの比ではない。そもそも歩幅も大きいため、一歩踏み出すだけでも大きな距離を進むことが出来る。通常の人間ではあっという間に追いつかれてしまうだろう。
しかし彼女の場合は別だ。本人の身体能力のおかげで追いつかれることがなく、距離を保つことが出来ている。
(うまいこと行っているな。とりあえず端っこまで行って木の上に逃げるか)
そう思ったシェリアだったが、次の瞬間、状況は大きく変わる。彼女を追っていたオークが突然止まると踵を返し別の方向へ走りだす。
「なっ――!」
突然の行動に彼女は急ブレーキをかけ、振り向く。そしてオークが走る方向を見るとその先には先ほどの家屋があった。
(まさか、俺に追いつけないと思ってあの人たちを殺る気じゃ――)
瞬間的に彼女は動いていた。オークの進行方向に再び水素爆発を起こすのに必要な物を集め、近づいた瞬間に起爆する。大音量共に爆発が起きるが動揺していたせいもあるのだろう、先ほどよりも遥かに小さい。そのため、オークはそれに構うことなく家屋へと向かっていく。
(くそっ、集めきれなかったか!あいつの視線もこっちに向いていないし!)
シェリアとしてはとにかく自分に気をそらさせたかったが、その思惑通りになることなく、オークは家屋に辿り着くと棍棒を振り上げて一撃を加える。先ほどを同じように木片が宙を舞い、同時に大きな破壊音が響き渡る。
(やばい、保護している人たちが――!あそこは近すぎて大きな爆発を起こせない!)
シェリアはその戦いの経緯からオークに有効打を与えるためにはもっと強力な水素爆発を起こす必要があるということを考えていた。だが、その爆発を今オークがいる位置で起こせば家屋に保護している女性たちはその衝撃波をもろに受ける。さらに爆発の衝撃で飛び散った破片も当然襲うことになることはわかりきっていた。
シェリアはオークの背中に小さな爆発を起こすが、はじかれるだけで全くそこから離れようとしない。
(怒りで我を忘れているって事か?仕方ない、危険だからやりたくはなかったけど……)
シェリアは走り出す。向かう先はオークの懐だ。彼女は今のオークが怒りで我を忘れて目の前の物しか見えていないと考えた。ならば自分をその視界内に収めればこちらに気が向くのではないか、と思ったのだ。彼女は先ほどの走りとは比べものにならない速度で走っていく。
そしてあっという間にオークの近くまで辿り着く。後は懐に飛び込むだけ、というときだ。ふと彼女の目にあるものが映り込む。それは首を動かし横目でシェリアの方を向くオークの姿だ。目はつり上がり、口角が大きく上がっている。まるで狙い通りと言わんばかりに……。
(……まさか!)
それを見たシェリアはオークの思惑に気づき、思わず急ブレーキをかけてしまった。もしかしたらそのままの勢いで進めばそれを躱せたかも知れない。だが、彼女はそこで止まってしまったのだ。
それを待っていたと言わんばかりにオークは棍棒を振り上げ、その巨体に似合わない動きで体を彼女の方に向けると、その勢いのまま彼女に向かって降り下ろした。全てはオークの罠だったことに気づき、そしてそれを予想していなかったシェリアは完全に動きを止めていた。
彼女には振り下ろされる棍棒がまるでスローモーションのように見えていた。ああ、これはダメだな、と彼女は諦めかけた時だった。
『諦めないで。あなたなら受け止められる』
そう彼女の脳裏に声が響く。最近よく夢の中で聞く声だ。
――なんだ。
そう彼女が思ったとき、その両手が自然と上に動く。
『大丈夫。冷静になって。あなたなら出来る』
まるで年下に言い聞かせるように聞こえてくる優しい声。それに導かれるように手のひらは迫ってくる棍棒に向けられる。
そしてその瞬間は訪れる。両方の手のひらに棍棒が接触し二本の腕、そして体全体と荷重がかかる。骨が軋み、全身の筋肉が悲鳴を上げる。痛みが走り、顔を歪めて歯を食いしばって耐える。そして振り下ろされた棍棒はこのとき完全に勢いを止められた。
オークはそれに気づき、さらに力を込め押しつぶそうとする。しかしそれに対抗するかのように力を入れて耐える。
『そのままよ。そのまま。大丈夫、あなたの相棒が助けてくれる』
「相……棒?」
そうシェリアがその言葉を呟いたとき、オークの後ろから迫る影があった。それは先ほど彼女よりも早く家屋から脱出したウィルだ。彼はオークの懐に入り込むと右手に持った剣で両足の膝裏を瞬時に切りつける。筋肉があまりついていない関節部分を狙ったようだ。オークは悲鳴を上げ、棍棒に掛かっていた力が緩む。それを感じたシェリアは棍棒を左に受け流すように手と体を動かし脱出する。そして後ろに下がり、オークから距離を取った。
「ありがどうございますウィルさん!助かりました!」
「良いって事だ。しかしオークの一撃を受け止めるとは思わなかったな」
「あはは、そうですね」
そんなことを言いながらシェリアはオークの動きを見張る。彼は先程の良い気分を台無しにされたのが余計に腹が立ったのだろう。顔はさらに歪み醜悪な顔がさらに迫力を増す。そしてゆっくりと立ち上がるが、膝裏を切りつけられたのが効いているのだろう。その動きは鈍い。
「動きが鈍くなりましたね。でも、次はどこを狙います?あの程度では死なないでしょ?」
「ああ、その通りだ。首を狙うのは一番良いが、あそこにも筋肉があるからな。さて、どうしたものか……」
と、その時だ。上空でゴロゴロと言う音が聞こえ始める。シェリアはオークが視線の外に出ないようにしながら上空を見ると黒い雲のあちこちが光っていることに気づく。
(雷が……。爆発はダメでも強力な電撃なら――!)
そう思ったシェリアは再び能力を使用する。するとあちこちから黒い粒子のような物が彼女の頭上に集まってくる。
「お、お前、一体何をするつもりだ!?」
突然、彼女の頭の上に発生した黒い塊に動揺するウィルであるが、そんな彼を無視してシェリアは能力の制御に集中する。オークもその異様さに自身の危機を感じ取ったのだろう。それを阻止しようと彼女に向かおうとするが関節を切りつけられたためか、動きは非常に鈍い。
シェリアは頭上に溜まったそれを動かしてオークの頭上に移動させると、上部から紐のように細いものを空に向かって出し始める。オークは自身の頭上にある黒い塊を散らそうと棍棒を振り回すが、それは実体がないかのようにすり抜けている。
「ウィルさん!目と耳を塞いで!」
シェリアが叫ぶように言う。それを聞いた彼は彼女に言われるがまま目を閉じ、耳を塞ぐ。そして空に伸びていた黒い紐が雲に達する手前で彼女も同じような行動をとった。
その刹那、周辺に強烈な閃光が走る。それと同時にジェット機が音速を超える様な、すさまじい轟音が轟いた。
シェリアは耳を塞いだにもかかわらず、その鼓膜には大音量が耳鳴りが響いた。それに顔をしかめながら耐えると、ゆっくりと瞼を開く。そこにいたのは口や目、鼻など体中のあちこちから煙を出して立ちすくむオークがいた。やがて、オークの体は重力に引かれ、前のめりに倒れた。その質量に地面が少し揺れる。
「成功……したか」
彼女が行ったのは砂鉄を使った雷の誘導路作りだ。周辺にある砂から砂鉄を分離し自身に集めたのち、それを使って空にある雷雲とオークとの間に道を作ったのだ。そして天然の避雷針となったその道は雷を誘導し、そしてオークに数千万ボルトという大電圧と数万アンペアという大電流を見舞ったのだ。アースなどの電気に対する備えなど持たない動物など一瞬だ。相手は未知の生き物であるオークであり、それで死んでいるとは判断がつかない。
「死んでいるのか?」
「分かりません」
二人はそう言い合うと、顔を合わせて一回頷き合うとゆっくりオークに近づいていく。徐々に距離を詰めて手前まで来たとき、ウィルが持っていた剣でオークを突っつく。それに何の反応もなく、鉄のように堅い筋肉は柔らかくなっている。
「死んでいるようだな。だが念のため、首を切り落としておくぞ」
「はい」
そう言って彼は剣を振り落とすと、オークの首を切り始めた。軟らかくなってはいるものの、厚い肉の塊に少々苦戦をしながらも首を切り落とした。
「よし、これで大丈夫だ」
そう、二人が安堵のため息を漏らした時だ。空にある黒い雲は、その内部にたっぷりと溜め込んでいた水を放出し始めた。あたりは落ちてくる大粒の雨音で支配され、声もかき消されるほどだ。さらに太陽もかなり沈んできているのだろう、周辺はかなり暗くなって来ていた。
「よし、建物に入るぞ!」
「はい!」
大雨によってずぶ濡れになっている二人は、それから逃れるように家屋に入る。内部は先ほどの戦闘でさらにひどい状態になっていた。しかし、体を温めるための暖炉は無事であり、再び火がおこせそうだった。
「よし、俺はあいつらの手当を始めるからお前はそこで火をおこして休んでろ」
「手伝わなくてもいいですか?」
「ああ。お前があのオークを倒したんだ。その功労者としてゆっくりしていろ」
「ありがとうございます」
彼にお礼を言うとシェリアは暖炉に向かう。そして再び同じ方法で火をつけるとそこに座り込んだ。
「はぁ、ちょっと落ち着いた……。次はこの服を何とかしないと……」
彼女の着ている服は大量の水分を吸い込んでおり重くなっていた。また、雨水によって肌に張り付いているため着心地は良くない。そこで彼女は服に染みこんだ水分を自身の目の前に集めていき服を乾かす。集めた水はそのまま外に移動させ捨てた。
「はぁ、やっぱり服が乾いているというのはいいな」
そんなことを呟きながらシェリアは先ほどの戦いで聞こえた声について考えていた。
(あの声、多分夢の中で聞こえていた声と同じだよな?じゃあこれは夢か?いや、こんなリアルな夢を見るわけがないし……。それにあの声のおかげかは分からないけど、オークの一撃を受け止めることができたからな)
実際その声がなければ、彼女はあの棍棒の餌食になっていただろう。死ぬことはないかも知れないが、今のようにのんびりとすることは出来なかっただろう。
(あの声の主は誰なんだろうか?ミリス……さんではないよな。声が大人びていたし、お姉さんって感じだった)
一体誰なのだろうか、しきりに考えるも答えを出せないシェリアは、もうやめたと言わんばかりにその場に寝転んだのであった。
**
オークとの戦闘からすでに一時間が経過し、周囲が完全に闇に包まれた頃であった。未だに雨は降り止まず、大きな雨音が家屋の中に響き渡る。また、屋根の隙間から雨が侵入しているのか、あちこちで雨漏りが発生していた。そんな家屋の中にある暖炉を挟んで二人は互いに向き合いながら座っている。
「さて落ち着いたことだし、そろそろ話してもらおうか。お前のあの力は何だ?魔法じゃないんだろう?」
彼は真剣な目をシェリアに向ける。それに彼女はばつが悪そうに視線をそらす。経緯はどうであれ自分自身が能力を隠していたことは事実だ。
(どうする……話をそらせて誤魔化すか?でもそれで信用を失えば今までの苦労が水の泡だ)
見知らぬ世界でようやく自身が手に入れた居場所。それを失いたくないと思うシェリアは意を決して答える。
「はい。あの力は私が持っている能力の一つでして、おそらく他の人には真似できないと思います」
「ゴブリンを殺ったのもその力を使ったのか?」
「そうです。ゴブリンを集めたところに爆発する物を設置してまとめて吹き飛ばしました」
「……正直言って信じれない。つまりお前の力は、その、魔法とは違うって事だろ?」
「そうですね。これは魔法と言うより、超能力って言った方がいいでしょうか」
「俺としては、その、超能力って言う方がよくわからなくなるんだけどよ。で、お前は一体どうやってそんな力を手に入れたんだ?」
「それは、その、偶然と言うしかありません」
これは本当だ。そもそも彼女がこの力を手に入れたのは、ミリスが作った体にたまたま死んだ彼自身の魂が入ったことで手に入ったと言っても過言ではない。もし、入れられたのが別の魂であれば、彼女は今頃彼として天国に召されているだろう。
「偶然って、一体どんな偶然ならそんな力が手に入るんだよ……。じゃあお前の、あの人間離れした力も偶然か?」
「はい。納得していただけないと思いますけど……」
と、シェリアはバツの悪そうな表情で答えるが、対するウィルは腕を組み何かを考えている。そして何かしらのことを思ったのか、彼女に問いかけた。
「お前もしかして……勇者か?」
「ゆ、勇者?いえ違いますけど……。なんで私を勇者だって思ったんです?」
突然降って涌いた単語に理解できない彼女はそう返す。
「この国の隣にレーツェル王国って国があることは知っているだろう? そこの風の噂で勇者を召喚しようとしているって話があったんだ。だからそこからの奴だと思ったんだが……」
「いえ、それは私とは無関係ですね」
そう答えながらまだ見ぬ王国の事を考える。
(たしか、あの本だと魔法大国って話だったよな。だったら召喚の技術を持っていても不思議じゃないか……)
本に記述がなかったため、てっきり持っていない、もしくはそもそも存在しない物と考えていた彼女にとっては面白い情報だ。とはいえ役に立つかは全くの不明だ、とも彼女は思っていた。
「じゃあ、お前は一体何なんだ?一体どこから来た?」
「えっとですね。勇者というのは違いますけど、おそらく私も他の世界から召喚されてきたんだと思います」
「召喚?一体誰に?」
「分かりません。気づいたら私は湖が近くにある草むらで寝ていました」
これは嘘だ。シェリアがこうしたのはミリスの事を話しても信じてもらえないと思ったからである。他の世界で死んで、この世界の神に拾われて新たな体をもらいました、と言うよりかは勇者の召喚と言う物がある以上、そのように答えた方がリアリティがあると思ったからである。
「うーん、勇者召喚以外にそんな召喚があるとは聞いたことがないが……、あの国ならあり得ないことじゃない。じゃあ、お前が言っていた記憶喪失というのは嘘か?」
「そうなります。ですが、そうでも言わないと信じてくれないと思いまして……」
「そうだな。確かに異世界から召喚されてきました、なんて言われてもあれを見ない限りは信じるヤツはいないな」
(どうやら信じてくれたようだな……。一時はどうなるかと思ったけど何とかなりそうだ)
その説明で納得したのかウィルは首を縦に振りながらそう答える。その様子にシェリアは心の中で安堵のため息をつく。
「それと、お前に聞きたいんだが、お前は今回のクエストで誰かに監視されると気づいていたんだろう?なんでそれが分かっていてわざわざ能力を使ったんだ?何の能力も使わずにいればお前の事は知られなかったはずだろう?」
「そ、それはその……」
そう言ってシェリアは顔を赤くして口ごもる。彼女自身なぜそうなったかは分かっていた。だが、あまりにも情けない理由だったために言いたくないという思いがあった。
「どうした?」
「あの、笑わないって約束してくれます?」
「ああ、良いぞ」
「その、最初はそれで警戒していたんですけど、たぶん森に入ったあたりからその事を忘れちゃてて……」
あまりにも情けないと思ったシェリアはさらに顔を赤らめ、視線を下げる。最後の方は今にも消えそうなぐらい小さな音量である。その様子が面白かったのだろう、ウィルはそれを見て、
「……ぷっ、そうか」
「あ、今笑ったでしょ!」
「いや、すまん。お前の反応が怒られそうになっている小動物のような反応したからな。外見はどんなに美人でも中身は子供か」
「ひどい!」
「まぁ、それで分かったよ。お前は誰かを貶めるようなことは出来そうにない。そんな能力はなさそうだしな」
「あの、遠回しにバカって言われているような気がするんですけど……」
そう言いながら彼女はじとーっとした目つきを向けるが彼は何処吹く風だ。
「さて、外はもう暗い。良い子は眠る時間だ」
「いや、良い子って私もういい年した大人なんですけど!完全に馬鹿にしていますよね!」
シェリアがそう抗議の声をあげるのが面白かったのか、ウィルは腹を抱えて笑いだす。
「もー、ちょっとなんでそんなに笑うんです?そんなに今のやりとりが面白かったんですか?」
「わ、悪い。いつも大人しいお前がそんな風に反応するのが面白くてな。これはもう今後もいじり倒すしかないな」
「何でですか!私、別に突っ込み担当じゃないですよ!」
「ん、ツッコミ?何だそりゃ?まぁ、いいや。それじゃ、可愛い可愛い子供がよく眠れるように子守歌でも歌って……」
「あの、そのくらいにしておかないとぶっ飛ばしますよ」
馬鹿にされていると思って拳を握り不機嫌な声を上げるシェリア。すると降参とばかりに彼は両手を挙げてアピールする。
「わかったわかった。で、今回の俺への依頼を出した奴のことだが、あのオスマンのジイさんだと言うことまで予想したか?」
「……いえ。ただそれなりに上の人と言うことまでは予想してました。でもあの人がなぜ?」
「あのジイさんもジイさんなりにあの街のことを思っているって事だ。とにかくお前があの街に害をなさないか見ていたんだ。で、今回ランクアップクエストってことでお前がどんな奴か見極めてほしいって頼まれてな」
「そうだったんですか。それで、あの、結果は……?」
不安そうに問いかけてくる彼女にウィルは肩を竦めて答えた。
「ジイさんにはお前の事は放っておけって伝えておくさ。それだけ言えばあのジイさんは察してくれる」
「あ、ありがとうございます!」
「良いって事さ。で、それよりも聞きたいことがあるんだ。お前が使っていた能力、超能力って言ったか?どうやってあんな爆発を起こせた?」
「ああ、あれはですね……」
そう言ってシェリアはウィルに原理を説明していく。本来は秘匿している事であるが、彼女としては協力者になり得る彼に話しておきたかった、と言うのが彼女の考えだ。
しかし彼女の深淵では寂しいという気持ちがあったのだろう。知らない異世界に来て、当然家族はいない。そんな中で隠し事をして生きていくというのは彼女に孤独感を感じさせていた。誰も自分のことは知らない。だけど話すわけにはいかない、そんな矛盾した気持ちを持っていたからこそ彼女は今信頼できる人に自分の事を話したかった。とは言え、彼女自身はその気持ちに気づくことはない。
「……それ本当なのか?本当に水の中にそんな物があるのか?」
「まぁ、そうなりますね」
信じられないという表情の彼に対し、シェリアは意外という表情を浮かべる。技術水準を見ている限り、そのような知識が一般的だと考えていたからだ。
「で、お前はそれを自在に操ることが出来る……か。これを俺以外に言ったことはあるか?」
「いえ、ウィルさんが初めてです」
「そうか。悪いことは言わねー、お前が信頼できる奴以外には絶対に言うな。ろくでもないことになりかねないぞ」
「それは……分かっています」
「そか、ならいい。一応ジイさんにも話をしておけ。そうすれば何かあってもあのジイさんが何とかしてくれるからよ」
「は、はい。このクエストが終わったら話しておきます」
そうして彼らの夜は更けていく。
そんなシェリア達がいる家屋の近く、大木の上に黒いフードをかぶった人物が立っていた。その人物はしばしそこを眺めた後、その場を後にした。
**
「おい、おきろ。朝だぞ」
「あ、おはようございます……」
ウィルに起こされたシェリアは目をとろんとさせながら、弥次郎兵衛のように左右にゆっくりと揺れる。まだまだ眠そうだ。
「まだ眠そうな所悪いが、雨がやんでいるからアリオンの街に向かってくれないか。ここは俺が守っておくからよ」
「えっ、一人でここをですか?」
「ああ。ここはおそらく森の奥の方だ。地道に下を歩いて行っては出るのに時間がかかる。けど、お前なら木を渡って進めるだろう?俺もそれを見ていたがその移動方法なら下を歩くよりも遥かに早い。だからお前に行ってほしいんだが、いいか?」
「それは構いませんけど……」
ウィルの言葉にふとシェリアは女性たちを一瞥してそう答える。
「何だよ、何か心配事か?」
「私がいない間にここの女性たちを襲ったりしませんよね?」
「よし良い度胸だ、そこに座れ。俺がここでお前の息の根を止めてやろう」
「じょ、冗談です!お願いですから剣に手を触れないで落ち着いてください!」
「良いからとっとと行け!」
「サー、イエッサー!」
シェリアはそう叫ぶように答えると尻尾を巻いて逃げ出すように家屋から出る。そして木々を伝って森の入り口へ向かって行った。
「何だ今の返事……。今のが異世界の返事なのか?」
呆れた表情でウィルはシェリアの後ろ姿を見送ると再び家屋の中に戻っていった。
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