第7-1話 ランクアップクエスト①

 シェリアはある夢を見るようになっていた。

 

 それは、どこか分からない草原に彼女自身が寝そべっている夢だ。そしてその隣には一人の女性が座っている。彼女と同じ金色の長い髪をしているが、顔の付近は暗く隠されているような様子であったため、その顔を伺うことは出来ない。

 そしてその女性は語りかけてくるのだ。年下の子に優しく言い聞かせるように。それは楽しい話であれば、すこし怒られるようなものなど様々だ。しかしどの夢も優しい空間で心地よいものであった。

 だが、どんなものにも終わりが来る。この夢も他に見るモノと何ら関わらない。

 目の前が白くなっていく。この夢の終わりを告げる合図だ。やがて目を開いたシェリアが最初に見る物は何時もの天井だった。


「また、あの夢か……」


 そう呟いてシェリアはゆっくりと上半身を起こす。

 彼女がこの夢を見るようになったのは3ヶ月前からである。毎日ではないが、一週間に2回ほどの頻度で見ているのだ。悪夢とは違うため彼女自身は嫌な感じなどしていないのだが、それでも夢の中で優しく語りかけて来るその人のことは気になっていた。


「何かの予兆か何かかな……。おっと、今日は用事があるんだった」


 シェリアは大急ぎで着替えると慌ただしく部屋を後にした。


**


 アリアとの風呂での一件から二日後、シェリアの姿はギルドの受付にあった。少々緊張している面持ちでクエストの登録を待つ。


「じゃあ、姫ちゃんのランクアップクエストはこれね」


 そう言ってレミールはクエストの概要が書かれた書類を彼女に手渡す。

 内容はアリオンの近くにある森に自生している薬草を採ってくるものだった。報酬は銅貨五十枚、期限は二日。書類には採ってくる薬草の名前と絵、そしてそれが手に入る大まかな位置が書かれていた。


「これがクエストの内容ですか……。なんか思ったよりも簡単そうに見えるんですけど」

「見える、じゃなくて本当に簡単よ。実際、FランクからEランクに上がる程度であればこんなものね。そもそも、初めて街の外に出る新米冒険者に難しいクエストなんて出るわけがないでしょ?」


 確かにそうだ、とシェリアは思った。今まで街の雑用クエストしか行ってこなかった者に討伐などのクエストが出来るわけがない。そもそも試用期間扱いのFランクから見習いのEランクに上がる程度である。この扱いは当たり前だろう。


「それにしても本当に一人で大丈夫? 何なら一人連れて行っても問題ないけど……」

「あはは、大丈夫ですよ。それにこのあたりには魔物は騎士団と衛兵さんたちが狩り尽くしているんでしょ? それにゴブリンの襲撃が行われているのはクエストの場所と外れているんです。全く問題ないですよ」

「そう?あなたがそう言うならいいけど。でも本当に気をつけてね。怪我とかして帰ってきちゃダメよ。それとこれを渡しておくわ」

「何ですか、この袋?」


 シェリアは手渡された袋をまじまじと見ながらそう訪ねる。それは焦げ茶色の革で作られており、口には紐が付いていて巾着袋のように紐を引っ張って締めるタイプの袋であった。


「それは採取クエスト用の袋で、目的のものを採取したらその袋に入れて提出することになっているの。丈夫な造りになっているから詰め込んでも大丈夫よ。じゃあ、よろしくね」

「分かりました。では行ってきます!」

 

 そう言ってシェリアはレミールに手を振り、別れを告げるとギルドから出た。そして大通りを歩きながら内容を確認する。


「月見草って名前か。水場の近くに多く生息……。で、これを五本か」


 そこに描かれていた月見草という植物は細長い葉を全方向に伸ばし、中央部分から伸びた茎の先には薄いピンク色でラッパのような形をしている花がついていた。


(結構特徴的な形をしているな。水場を見つければすぐに見つけられそうだ。で、大まかな場所は……)


 シェリアは地図が描かれている紙を出す。そこにはアリオンからかなり離れた場所にある森に大きく丸が書かれていた。しかしその内部について詳細に書かれた地図はなかった。


(月見草が手に入る、その肝心の水場の位置が書類には書かれていない……か。さすがに試験みたいなものだからそこまで書いていないのか)


 そう、非常にクエスト自体は簡単ではあるが、その生息域については書かれていない。つまり、そこまでは自分で調べろ、といったところだろう。

 他と比べれば遥かに簡単であるが、土地勘のない新米冒険者にとってはなかなか難しいものとなる。

 それ故に通常は経験のある冒険者と共に向かい、場所や見つけ方を教えて貰いながら行う物なのだ。そのため、実は彼女が思っているような試験と言うわけではなく、どちらかというと研修という意味合いが強い。シェリアは自身で縛っているため、試験という状態になっているのである。


「まぁ、いいや。とにかく一人でやるって言ったんだし、それに……」

 

 そう呟いてシェリアは昨日の夜のことを思い出す。 

 その日は今までと同じようにウィルたちと行きつけの食堂で夕食をとっていた。



「つー訳でコイツのギルドランクアップを記念して、かんぱーい」

「「かんぱーい!!」」


 ウィルの合図の後、ロイとアリアは乾杯の合図と共に手に持っていたジョッキほどの容器に満たされた酒を飲み干す。

 ちなみに今シェリアが飲んでいるのはエールではなくただの水だ。初めてのランクアップクエストということで万全な体調で挑みたいとシェリアは思ったためである。


「ていうか、私まだランクアップしてませんよ。ランクアップクエストを受けるっていうことだけですよ」

「シェリアちゃん、要するにこれはランクアップを祈願した俺たちからの前祝いみたいなもんだ。何にも間違っちゃいねーよ」

「ロイさん、私にはそれを口実にただ酒を飲みたいだけのように感じますけど」


 そう言ってシェリアはロイに白い目を向けるが、ロイは構うことなく酒をその胃の中に流し込んでいった。


「まあまあ、シェリアさん。今から気を張っていても仕方がないでしょ。リラックスしていかないと出来る物も出来なくなるわよ?」

「それは分かっていますけどね……。何というか、まだ内容について聞いていないので緊張してしまって……」

「内容なんて心配するな。俺がジイさんから聞いた話だと簡単な採取クエストだそうだ。採ってくるものの絵も書いているし、どんなところに生えているかも書いているそうだ。さすがに詳細までは教えてくれなかったけどな」

「そうなんですか?それなら心配なさそうですね」

「そうだシェリアさん。そのクエスト、私が手伝ってあげようか?私は薬草なんかよく使うしどこでとれるかも知っているわよ」

「本当ですか?でも・・・」

「遠慮しなくてもいいよ。明日は私も暇だし」


 そういうアリアの提案はまさに魅力的だった。そもそもシェリアには薬草がどのようなものでどんな場所に生えているということなど知っているわけがない。故にシェリアはそれを受け入れようかと考えた。だがそれにウィルが口を挟む。


「いや、今回はお前一人でやってみろ」

「え?」

「ウィル、一体どうしたの? あなたのことだから、こいつに一人で行かせるのは心配だ、とか言ってそうな気がするんだけど……」

「そうだぜ。それに今は街道を襲うゴブリンが出ているんだろう? この辺りはまだ大丈夫だけどよ、シェリアちゃん一人に行かせるのは危ないだろうがよ」


 アリアとロイはそう言ってウィルに不満げな表情を向ける。彼らのその気持ちはもっともだ。魔物がいない安全なアリオンならば心配はしなかっただろう。しかし今は謎のゴブリン集団によって街道の治安は悪化している。そんな中でシェリア一人に向かわせるのは不安であろう。 

 そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、ウィルはエールを一口飲み込むと言った。


「俺も最初はそう思ったんだけどよ、普段のこいつの力量を見たらそのぐらいは出来るんじゃないかと思ったんだ。何せ、魔法で自分の力を上げているという話だからな」

「あ~・・・」


 その言葉にシェリアは自身の身体能力のことを、魔法による身体強化ということにしている現状を思い出した。今まで指摘を受けなかったため放置していたが、ここになって彼女の首を絞め始めた。


(やっぱり何かしら疑われているか。そりゃそうだよね、記憶喪失ってことなのに都合良く身体能力の魔法だけ思い出しました、なんて通じないよな……。むしろここまでよく放置していたよな。もしかして……)


 シェリアはウィルが誰かの依頼から自分を一人で行かせて何かをしようとしているのではないかと考えた。ではその依頼主は一体何のためにそうさせようとしているのか。


(真っ先に考えられるのは危険人物として俺を殺そうとしている、って事なんだろうけど、今の状況で考えにくいと思う)


 彼女がそう考えたのは、現状シェリアがアリオンのギルドに与えている利益は大きなものと考えているためである。ギルドが溜め込んでいた仕事を消化し、そして現在では彼女指名の仕事が舞い込んできている。そんな中でいきなり自身を手放すことはないだろうと思ったからだ。後は本人がそれはないと思いたいため、である。

 とはいえ、有能な者を事故に見せかけて殺すと言うことは世界の歴史を見て当たり前のことである。


(あと考えられるのは俺の実力がどのぐらいなのかを調べるためかな?いや、そうなると誰かが自分につくだろうし……、いや、一緒だったら俺が力を見せないと思っているのかも知れない)


 考えてもシェリアの中ではそれがまとまらない。


(万が一殺されそうになっても、ミリスさんの話が本当なら死ぬ事はないだろうし。それに賭けてみるか)


 考えがまとまったシェリアは視線をウィルに向ける。


「分かりました。一人で何とかしてみます」

「えっ!シェリアさん本当にいいの?大丈夫?」

「はい、内容も難しいものじゃないみたいなのでやってみます」

 



(で、一人で行くことになったんだもんな)


 そんな事を思い出しながら、シェリアはいつもの門をくぐると街道を進む。目的地は歩いておおよそ2時間ほど。結構な距離を歩くことになるがシェリアには造作もない距離だ。


(場所は街道を歩いていって途中の分かれ道を右に曲がった先。山の麓にある森の中か……)


 手に持った地図を眺めながら歩く。そして時折、ついてきている人間がいないか見てみるが、怪しい人物の姿は見えない。


「ま、いっか。能力を使わないように行けば大丈夫……だよな?」


 若干不安になりながらもシェリアは街道を進んでいった。


 ――2時間後


「あそこが目的の場所で間違いないんだよな?」


 彼女の視線の先、そこには背の高い木々が山脈までの広い範囲を覆い尽くしている光景だった。それはいわば侵入してくるものを拒む、そんな印象を受けるかのように天然の壁が立ちふさがっていた。


「あれは……入っても大丈夫なのか?ていうかあれって森じゃなくて樹海って言うんじゃ……」


 目の前の光景に若干いやな気分になりながらもそこへ進む。

 そしてそこまで近づくとさらに木々の大きさがうかがえる。高さは軽く二〇メートルは超えるかのようなもので、幹の太さも十メートルを超えるほどに太いものだ。そしてその木々は奥に向かって大量に生えていた。


「遠くから見てたから分からなかったけど、意外と木々の間が広いな。これだったら問題なく進めるか。後は迷うことがなければ大丈夫だよな」


 シェリアは森の中に足を踏み入れる。木々の間を進み、踏み出す度に柔らかい土の感触を味わいながら奥へ奥へ進む。しかし進めども進めどもあるのは巨木ばかりであり、また似たような景色が続くだけだった


 **


 それは二日前の出来事だった。彼、ウィルがクエストを終え、ギルドへ報告に来ていた時である。

 

――ギルドマスターが呼んでいます。

 

 そう職員から言われ、オスマンのもとに向かった彼が見たのは、何時に無く難しい顔をしたオスマンの姿だった。彼がいつもの定位置に座るとオスマンは話し始めた。 

 

『ウィルよ、彼女についてじゃが……』

『あの姫様の事か? 今のところ不審な点はないぞ。仕事も真面目に働いているし、一人で生きていけるくらい金を稼いでいる』


 オスマンの問いにウィルは即答で答える。


『では、彼女のその異常な能力については?』


 これについてはウィルも言いよどむ。思い当たる点があるためだ。 


『……あいつは、あの身体能力は、魔法を使って強化したとか言ってたけどよ。あいつは記憶喪失じゃなかったか?』

『そうじゃ。しかし現に彼女はそれを発揮しておる、魔法の適性もないのじゃがな。それに、わしも偶然見てしまったのじゃ……』

『何を?』

『彼女が”魔法のようなもの”を練習していた所じゃ』


 それを聞きウィルの目が鋭くなる。もしそれが本当ならば彼女が言った記憶喪失という言葉は完全に嘘になる。そもそも世界のこと何も覚えていないのに、魔法によって身体強化をしたということだけでも不自然なのだ。だがそれよりも、ウィルはオスマンの言葉が引っ掛かった。


『魔法のようなものって一体何なんだ? 魔法じゃないのか?』

『それがの、魔方陣もなく詠唱をすることもなく、ましてや杖の様な媒体を持っておらんかった。にもかかわらず、彼女は目の前に水を生み出したり、それを凍らせたりしておったのじゃ。まったく、どういう原理でそうしておるのかさっぱり分からん』

『ジイさんが分からないって言うくらいだから相当だな。で、俺に何をさせたいんだ?そのために俺をここに呼んだんだろう?』

『……これはお願いと言うより依頼となるのじゃか……。実は……』


 ギルドマスターからの依頼。それは彼女がランクアップクエストを受ける際に一人で行かせるようにして、その後を尾行し、監視するというものだった。支払いが良かったためと、彼自身、彼女に思うことがあったためだ。それ故に彼はその状況になるように仕向け、そして現在、彼女の監視をしている。


(といっても今のところ不審なところは見当たらないけどな)


 木の陰から彼女を見ながら彼は小さく呟く。オスマンから提示された金額は金貨五枚。監視と報告するだけでその金額のため、オスマンがこれをどれだけ重要視しているかは彼にも分かっていた。


(確かにあいつは不自然な点がいくつかあるからな。結局、報酬も良かったからジイさんの依頼を受けたが、あいつは一体何者なんだろうか)


 尾行しながら彼はそう思う。周囲の話を聞く限り彼女の評判はとてもよく、彼自身も彼女がとても好感の持てる人物であることは知っている。しかし彼女の素性は全くの不明であり、そして理解できない能力を持っている。


(ジイさんが警戒するのもわかるぜ。しかしあいつ、街から出るときに付いてきている奴がいないか見てたな。絶対昨日の俺とのやりとりから気づいてるよな。俺のやり方も悪かったか・・・)


 ちょっと強硬過ぎたかと彼はそう思う。そんなとき、前を歩いていた彼女の動きが止まる。それを見てウィルは姿勢を低くし木の陰に隠れる。見つかったか、と思った彼だったが彼女は後ろを振り返ることはなく、代わりに上をむいた。何をしているんだ、と彼が思っていると彼女は両足を折り曲げ、次の瞬間一気にジャンプし、あっという間に巨木の上に登ってしまった。


「……は?」


 彼女が屋根伝いに進んでいることは、もちろんウィルは知っているし見たことがあった。しかしアリオンに存在する建物よりもはるかに高い巨木に乗り移るなど、思いもよらなかった。その光景に呆けている間に彼女は枝を乗り継ぎながらどんどん先へ進んでいく。


「あんな高さもいけるのかよ」


 呆れた声を上げながら彼は必死に彼女の跡を追う。


 **

 

 森に存在する木々は巨大なだけあって、そこから別れる枝もかなりの太さになる。シェリアはそんな枝を狙っては飛び移っていく。飛び移っていく中で背の高い木があれば、それに飛び移り周囲を見渡して再び移動を開始する。その繰り返しだ。


「始めからこうすれば良かったな」


 と、彼女はしみじみとそう呟く。何せ歩いても歩いても同じような景色ばかりだった。それに飽きが出てきた彼女は木々を伝って進むことを思いついたのだ。実際、下を歩くよりも速度が段違いであり、上から見渡せながら進むことが出来る。

 そんな風に進み始めて数分後であった。


「ん?向こうの方に何かあるな」


 ひときわ高い木に登った時、彼女の瞳に見えたのは眼下に広がる緑の絨毯に一部分だけ空いている場所が見えたのだ。


「もしかして・・・」


 シェリアはまっすぐそこに向かって移動を始める。その場所に近づいていくと徐々ではあるが彼女の耳に水が流れる音が聞こえ始める。それはだんだん大きくなり始め、その音が一番大きくなった時に現れたのは幅が百メートル以上はあろうかというU字の大きながけだ。その真ん中の場所にはいくつもの滝が流れており、下にある滝壺に向かって大量の水を叩きつけている。それによって大量の白い水しぶきが上がっていた。


(水辺・・・だな。と言うことはこのあたりに目的のものがあるかもな)


 そう思うとシェリアは足下に注意しながら枝を伝って下へと降りていき、最後は木の半分であるおおよそ10メートル程から飛び降りて着地した。


「ふう、無事についたな。さてっと目的のものはあるかな~と」


 そう言って崖下の川に下りる。水が流れていない場所は小さな砂利程度しか存在しておらず、容易に川に近づくことが出来た。そこを流れる水は綺麗な無色透明であり、その周りには淡く光っている植物が沢山生えている。その中に目的であった月見草も生えていた。


(あったあった、これだな。でもこれ採るとき注意事項とかあるのか?まぁ、何も書いていなかったからとりあえず抜くか)


 と、シェリス腕まくりをすると月見草を両手でしっかりと掴んで引っ張り始める。すると月見草は根ごと簡単に引っこ抜けた。


「おお、簡単だな」

 

 その簡単さに驚きながらも彼女は次々に月見草を抜いていく。そして目標の五本を抜くと、それぞれの根っこに付いた土を川の水で洗い採取袋に入れる。


「これでクエスト完了ってことかな。さて、じゃあ帰る……いや、ここで少しのんびりしていくか」


 あまりに早く帰ると余計に疑われると考えたシェリアは近くにあった木の根っこに腰を下ろす。

 そこから水の心地よい音を聞きながらを周りを見渡して木々を観察していく。木々には見たこともない鳥が止まっていたり、木の穴から小動物がひょっこりと顔を出したりしていた。それが面白く彼女はそれを夢中で見ていた。そのため娯楽を何も持っていなかったが退屈はしなかった。

 そんなことしているとぽっかり空いた穴の端っこから黒い雲が徐々に頭を出して来たのが目に入る。


「おいおい、雨雲か?せっかくゆっくりしようと思っていたのに……」 


 楽しんでいたところに水を差された彼女は、雨が降る前に帰ろうと思い立ち上がり、コートについたほこりを叩いて落とす、そんな時だった。耳に微かだが音が聞こえてきた。バシャバシャと水の中を歩く音。何だろうと耳を澄ませばそれが単体ではなく複数の音であることが分かる。その音は下流の方から徐々に大きくなって近づいてきていた。


「……」


 嫌な予感がしたシェリアは立ち上がると崖の上に飛び移る。そしてすぐさま地面に身を伏せて見つからないようにゆっくりと頭を出し下流に視線を向ける。やがて見えてきたのは彼女が知っているものであった。


「あれは――!」


 下流から歩いてきたそれにシェリアは目を大きく見開く。川の浅いところを水音を立てながら歩いてきたのは緑色のゴツゴツした皮膚が特徴のゴブリンだった。数は三体。彼らは何やら話しながら片手に棍棒、もう片方にはかごのようなものを持っている。やがて滝壺の付近に到着するとゴブリンたちはそれぞれ周囲の水を見渡す。やがてそのうちの一体が何かに気がついたのか、ゆっくりとある場所へ近づくと素早い動きで水の中から何かをつかみ取った。


「魚?」


 その手には一匹の川魚が握られていた。ゴブリンはそれをかごの中に入れると再び見渡し始めた。


(ゴブリンって漁とかするんだ。それにしてもこのあたりの魔物は全て刈り尽くしているって話だったけど、それから漏れた連中かな?)


 そんなことを思いながらシェリアはじっと伏せたままゴブリンたちを観察している。

 そんな中、あるゴブリンが『ギャギャ』という鳴き声と指である方向を指す。すると近くにいたゴブリンがすぐにその方向を見て駆け出す。そして水に手を突っ込み魚を採った。魚を捕ったゴブリンはそれを教えてくれた個体に見せるように掲げ、教えた個体も両手を挙げて喜んでいるような声を上げた。そんな光景を見て彼女は思った。


(もしかしてゴブリンって頭が良いのか?)


 ゴブリンたちが互いに鳴き声と体を使ってコミュニケーションを取っているところを見てシェリアは警戒を強めた。今までゴブリンはゲームの雑魚キャラのように知能が低く、他者に使役されるだけの存在と彼女は考えていたが、そうではないと思ったからだ。


(もし、あれが誰かに率いられたらまずいよな。確実に組織的な攻撃が出来るだろうし……。ていうかオスマンさんも言ってたっけ。最近ゴブリン達による組織的な攻撃が行われているって。あれを見たら確かにそんな感じはするよな……)


 身ぶる手振りでもコミュニケーションをとれると言うことは襲撃するタイミングも計ることが出来る。そうなればどんなに弱い存在でも大きな脅威となる。

 シェリアがジッと眺めていると、ゴブリンたちは十分な量がとれたのか、下流に向かって歩き去っていった。それを見送り、彼女は周囲を確認しながらゆっくりと立ち上がってゴブリンたちが去った方向を見つめた。


「なんとかやり過ごしたけど……。さてどうしようかな」


 このまま帰っても良かったがシェリアはそのゴブリンたちがなぜか気になっていた。確信があるわけではない。ただの勘であるが何か嫌な予感が彼女の脳裏をよぎる。このまま放っておいたらいけない、そんな予感だ。しかし、当然それを追っていくのは不安がある。確かに彼女には人を遙かに超えた力がある。能力もある。だが、武器も持っておらず実戦経験がない。そんな人物に何が出来るだろうか。例え力があっても良いようにやられる可能性が高い。


「……偵察ぐらいなら出来るかな?いざって時はここに来たときのように木を渡って逃げれば良いか」


 そう決めた彼女はゴブリンたちの後を追うため、すでに黒い雲によって薄暗くなっていた森の中を進んでいった。

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